59騎 落城
「アインツさん、やられたっスよ」
マイキーが指をさす向こうには、王都ケイティパレスが見えた。
「お城から、煙が……」
カナーティアが、震える声で呟く。
「まずはここを切り抜けてからです」
アインツの持つランスから、風の渦が巻き起こる。
「脱出用の魔鉱石があります。多少技を使ってでも、ここは突破しますよ!」
少しでも敵の戦力を削ぐためにも、アインツは、嵐の魔神ストーリアに攻撃させる。
「ストーリア、広範囲に敵の戦闘能力を奪うぞ」
『承知!』
【ストームランス】から吹き出す風の渦が、突風となって近くのリビングデッドを薙ぎ払う。
特に至近の敵は、高速回転する渦に巻き込まれ、その身体は細切れになるほどである。
「殿下、城への侵入路は、この排水路だけなのですか?」
「オレたちが通った道は、城の中庭に続くものだったが、他にも隠し通路は存在する。
それに、排水路は城壁の内側へ入る程度のものであれば、いくつも道がある」
「敵はアンデッドっスからね、堀から水に潜っても、呼吸いらずっスね」
マイキーが言うように、呼吸を必要としないアンデッドであれば、堀につながる水路を使って侵入することは可能だった。
排水路から、街の広場の洗い場などへ侵入することも、イラストアインツたちには容易に想像できた。
「相手は人の死体から作られたアンデッドですからね。ある程度命令を遂行できて、手先も器用なら、内側から容易く門や鍵を開けることができるかもしれません」
「ちっ、そうなると、リビングデッドに堀はまったくの無力だな。その上、侵入路として使われては、城壁も機能を果たせないだろうし、厄介な奴らを敵にしたもんだ」
ヴィルヘンドルが歯噛みして悔しがる。
アインツが周辺のリビングデッドを蹴散らすが、敵の数はまだまだ多く、遠くからアインツたちへ、にじり寄ってくる。
「城壁の内部に火の手が上がっているということは、もう敵が侵入してきたと……」
「そう思いたくはないが、恐らくはな」
「皆さま、今一度、お城に戻るわけには……」
カナーティアは、解ってはいるものの、あえて自分の希望を口にしたが、誰もそれに同調しようとしない。
「では、せめて、この地の敵だけでも」
「陛下のお気持ちをお察し下さい。
まずは姫様、あなたが無事にこの地から離れることがなによりも大切です。
どうか、ここは我慢していただけませんでしょうか」
「……あなたは冷たいお方ですね、アインツ様」
「私に力が足りないがために、お救いできないことは承知しています、姫殿下」
「ご自分が強ければ、この局面を打開できたなどとおっしゃるのは、思い上がりではなくて?」
「もうやめないか、カナーティア。アインツ殿とて、戻れるものなら戻っていたさ。
だが、それでは父上のご意志に逆らうことになってしまう。
それに、責められるとすれば、それはオレも同じこと。
国の王子として、我が身の不徳に忸怩たる思いがある。だが、城を枕に討ち死にすることが、父上の望むことではない。
オレは、国を統べる者として、その責を負わねばならん」
カナーティアは堪えていた涙を目に浮かべ、口を真一文字に結ぶ。
「王家の者の務め、おまえにも解っていよう。我が妹よ」
ヴィルヘンドルが、妹の肩に手を添えると、カナーティアはただうなずいてそれに応える。
「さてっと、敵さんもじっとは待ってくれないようっスよ。どうするっスか?」
マイキーは、石飛礫の魔神スリンジャーの能力で浮かせた石を、リビングデッドへ向けて撃ち放って牽制する。
「南の街道は、南部連合軍の兵がひしめき合っているでしょう。
東に出て海を行くにしても、船の支度がありません。
白銀の村はここからかなり西にありますが、直接西に行けば、王都の近くを通過しなくてはなりません」
「すると、北側に進んで、荒野を西へ向かうということか?」
「はい。北へ向かい、先の戦場となったオウリス平原を横切り、そこから西へ向かいます。
途中、スクイレル教会があったとされる場所も見ておきたいと思いまして」
スクイレル教会は、元々アインツたちのギルド、ローテフェザーが、アビスクロニクルのゲーム内で、地上エレベーターとつながっていた拠点で、ゲーム内ではセーフティエリアとして機能していた。
それがこの地下世界にリンクしているのであれば、その痕跡が何かあるだろうと考えたのだ。
「そこには、天からの管というものがあったが、今は崩れ、瓦礫となっているという話だな」
「ええ、そのようなことを聞いています。
もし、私たちがよく使っていた教会であれば、その周辺の風景なども、見覚えがあるはずですし」
「いいだろう。どこへ行っても危険だというのであれば、丁度良い迂回路になるだろうしな」
「了解、じゃあ、北はこっちっスからね、突破口を開くっスよ!」
マイキーの石飛礫が、ノロノロと歩くリビングデッドに襲いかかる。
既にアインツたちが出てきた横穴へは、多くの敵が群がっていた。
「後戻りは、もうできません。前に、進みましょう」
マイキーが切り開いた道を、アインツたちが駆け抜ける。
日はまだ高い。
「国王はいたか!」
ルシェンドラが周りの兵たちに確認するが、望んだ答えは返ってこない。
「多少痛めつけても構わんが、必ず生きたままでオレの元へ連れてこい!」
王都ケイティパレスの中央にある城の一室、国王の執務室で、ルシェンドラがマーハラーンと城内の地図を調べている。
「王弟の血を引いているオレだが、王家のみに伝わる隠し部屋や隠し通路までは把握していないからな。
どこかにそれらが記されたものがあると思ったのだが……、くそっ!」
ルシェンドラが机の上に広げていた、城内の見取り図や巻物を床にばらまく。
「リビングデッドどもには、この杖でも捜索なんぞ難しいものは効かんからな。
地下道を通って城内には入れだとか、門を破壊しろ、などという指示なら、数を使えばなんとでもなるようなものを」
「そればかりは致し方ないでしょうな。指示されても、それを理解するだけの知能がありませんのでな」
「所詮は、融通の利く程度の木偶人形、といったところか」
「街の者への監視というところでは、立たせているだけでも効果はありますが」
ルシェンドラは、城内に攻め入ったのちは、リビングデッドを歩哨とし、警護に当たらせるようにしていた。
夜には戒厳令を敷き、街の住人を家から出さないようにする。
通りという通りをリビングデッドに警戒させ、動く人間や、危害を加えようとするものに対して、攻撃するように指示を出している。
それにより、何もしなければ反応もしないが、敵意のある動きに対しては、苛烈な反撃が待っているのである。
なにより、死の原因となった傷もそのままの姿は、戦いに免疫の無い街の住人にとってみれば、恐怖の対象以外のなにものでもなかった。
「それに、簡単な指示だけであれば、大して魔力も消費しないようだしな」
警護に不足がある部分については、ルシェンドラが率いてきたオーティス公爵軍やエルフェス大公軍の一部を充てるようにしている。
オウリス平原の戦いの後、ルシェンドラは帝国軍や南部連合軍の兵たちを糾合し、ルシェンドラ直轄軍を編成している。
これに、公爵軍などを加え、3万程の兵力に、消耗したとはいえ7000近くのリビングデッドを使役していた。
ルシェンドラがマーハラーンと、城内の地図を漁っていたところへ、伝令が部屋に入る。
「殿下、国王クリング三世に、王太子ファイエルバークの所在がつかめました!」
「まことか! どこに潜んでいたか。よし、オレが直接行こう。あないせい!」
腰に佩いた剣を確かめ、ルシェンドラは伝令の後についていく。
マーハラーンがそれに続く。
「こちらです、殿下!」
伝令が部屋に入ると、そこは玉座の間であった。
「なるほど、最期が玉座の間とは、よく出来たものだな。国王よ」
玉座には、国王クリング三世が座り、王太子であるファイエルバークがその脇に控えていた。
(玉座の間は、占領時一番初めに調べたといってもいい。その時にはいなかったのに、今になってなぜ……)
マーハラーンが逡巡した刹那、玉座の間の入り口の扉が、軋む音を立てて閉じた。
それと同時に、錠のおりる音がした。
「しまった! 殿下、これは罠です!」
叫ぶマーハラーンの腕に矢が刺さる。
「ジイ!」
自分に向けられた矢を、【氷雨】で凌いだルシェンドラが、老兵へ意識を向ける。
「ご案じ召さるな、殿下。これしきの矢、傷とも言えませぬ」
気丈に振る舞うマーハラーンだが、腕の傷は深く、剣を手にしても、持ち上げることができなかった。
(これは腱をやられたか……)
利き手ではない左で剣を持ち直し、飛んでくる矢を弾いてみたが、明らかに動きが鈍くなっていることを自覚したマーハラーンは、柱の陰に身を潜めつつ、成り行きを見守る。
マーハラーンが身を隠したことを確認し、ルシェンドラが【氷雨】を振るう。
氷の刃が矢を射かけた者の方角へ向かい、何人かの倒れる音が聞こえた。
「ジイ、己の身は己で守れよ」
「面目ない。よもやこの老骨、このようなところで不覚を取りますとは」
「言うな。泣き言は後で聞こう」
他の柱の影や垂れ幕の裏から、武装した兵が一斉に躍り出る。
マーハラーンは柱を背にし、これを迎え撃つ。
もはや老兵を意識する事はなくなったルシェンドラが【氷雨】を振り払うと、その先に立つ兵が、凍結して氷柱となる。
ルシェンドラはその氷柱を蹴り上げると、氷は木っ端微塵に砕け散る。
押し寄せてくる敵兵を、凍結させ、武器を落とし、固めては破砕していく。
「流石は蒼の王子と異名を持つルシェンドラだけはあるな」
ファイエルバークが剣を抜き、ルシェンドラと対峙する。
「王太子殿下、ひとつ剣の稽古をご指導願いますぞ」
ルシェンドラは大きく振りかぶると、上段から【氷雨】を振り下ろす。
ファイエルバークは、剣を横にし、手を添えてこれを受けようとするが、ルシェンドラの【氷雨】は、これをすり抜けたかのように見えた。
「ば、バカな……防いだ剣ごと、断ち切る……とは」
ファイエルバークの持つ剣は、【氷雨】に両断されていたが、折られた後に冷気で凍結し、また元の1本の剣の姿になっていたのであった。
「……こ、これが、氷の刃……」
ファイエルバークの身体に、脳天から股間にかけて氷の棘が生える。
「口ほどでもありませんなぁ、義兄上。せいぜいあの世で、剣の腕でも磨いていてくだされ」
ファイエルバークがそのままの姿で後ろに倒れると、氷の生えた部分を境に、身体が二つに分かれて転がる。
「罠にはめたつもりだろうが、わざわざオレの前に出てきてくれたことには、礼を言わなくちゃな。
オレの知らない部屋に隠れられたら、それこそ見つけられなかったかもしれないしなぁ。
でしょう、国王陛下?」
義理の叔父である王に、【氷雨】の切っ先を向けたルシェンドラが、酷薄な笑みを浮かべる。
その歪んだ顔を認めた王は、静かに目を閉じた。
ここに、スリード王国のブラッカ・ランドルス・ダム・クリング三世の治世が幕を閉じた。




