60騎 落ち武者狩り
アインツたちが、スリード王国の王都、ケイティパレスから離れ、オウリス平原に着くころになっても、未だ王都の黒煙が背後に見えた。
オウリス平原は、先の王国派と公爵派の戦いで主戦場となった地である。
そこには戦乱の爪痕が残っており、折れた剣や地面に突き刺さったままの矢が、そこかしこに残されていた。
「アインツさん、落ち武者狩りでも出たら面倒っスよ。戦場から離れた方がいいんじゃないっスかね」
「そうですね、そろそろ西へ向かって、スクイレル教会を目指すとしましょうか。
排水路を出たままの服も、なんとかしたいのですが、こればかりはどうにもできないでしょうかね」
仕方ない、という顔をして、マイキーが肩をすくめる。
「姫殿下だけでも、汚水まみれの服をどうにかしたいのですけどね」
「お気遣い無用です、アインツ様。これしきの試練、どうということもありません」
カナーティアの言葉に、今度はアインツが肩をすくめた。
そのアインツに、マイキーが黙って鋭い視線を送る。
マイキーが軽口をたたかないということは、何か身に危険が迫っていることを意味する。
歩きながら右手を構えたアインツに、平原を抜ける風とは異なる空気の流れが生まれ始めていた。
「やいやい、こんなところで何をくっちゃべってんだい」
声の方に振り向くと、アインツの視線の先には、10人程の農民の姿があった。
「おっきな戦があったってぇのに、あんまり死体が無いんでなぁ。武器はともかく鎧はちっともさ。
ちょっくら生きてても構わねえから、その着ているもんをいただこうってこった。
そんなことだから、おとなしく殺されちまいなよ」
少し高い草むらの陰に潜んでいたようだが、一斉に飛び出した農民たちは、槍や剣など、戦場で拾ったであろう獲物を持って、アインツたちに迫ろうとしていた。
「おまえら、人を殺そうとする意思があるのならば、人に殺される覚悟もあるのだろうな」
ヴィルヘンドルが、あえてゆっくりと剣を抜く。
長い鞘走りの音が、平原に響いた気がした。
「おい、バルーガ、こいつら強そうだぞ、やめておいた方がよくないか」
「ええい、相手は4人、それも1人は娘っこだ。こちとら12人いるんだ。
それに、汚れてはいるが、高そうなもんを着てるじゃねえか。これを逃す手はねえだろう」
農民たちは小声で話してはいるが、遠音聴覚の能力で強化されたマイキーには、全て筒抜けだった。
『アインツさん、気配感知でも、相手は12人っす』
マイキーが囁きの魔神、ウィスパーの能力で、メンバー内に遠話を飛ばす。
これにより、声に出さずともメンバー内でコミュニケーションを取ることが可能となる。
『このような輩、数人斬り伏せれば、あとは蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ去るだろうさ』
『殿下、あのバルーガと呼ばれた男が一団のまとめ役のようです。彼の戦意を失わせることができれば、無用な流血は避けられるものかと。
私に任せていただければ、あとは適切に行いましょう』
『判った。アインツ殿に任せよう』
ヴィルヘンドルは、抜き払った剣を鞘に納める。
「お、そっちの兄ちゃんは、戦うことが無駄だと思ったんだな?」
手に持った剣を弄びながら、バルーガが嫌らしく口角を上げる。
その隙間から、虫歯だらけの黒い歯が覗き、カナーティアが眉をしかめる。
「なんだお嬢ちゃん、このオレのこと見て、嫌そうな顔をすんなよなあ、え?」
バルーガは小さな歩幅で近寄ってくる。
『一応は、こちらを警戒しているということっスかね』
「少し待ってもらえますか。私は白銀の守護者、リーダーのアインツです。
あなた方の行いは、今の私たちにとって特に関係のないことです。
どうです、この場はひとまず、お互い見なかったということで」
「おいおい、なに言ってくれちゃってんだ、そこの鎧の兄ちゃん。
兄ちゃんの鎧が一番高く売れそうなんだ。それをこっちに寄こしちゃくれないか?」
バルーガが品定めでもするような視線を、アインツの鎧に向ける。
アインツは見えるところに武器のような物を持っていない。
それもそのはず、アインツの武器は、嵐の魔神ストーリアが顕現した【ストームランス】であり、今は魔力温存のために物質化していなかったからだ。
それを落ち武者狩りの者たちが、素手であると認識しても、無理のないことであった。
「ようし、まずは両手を上げて……」
バルーガが言葉を発しようとしたところで、一陣の風が顔面に当たる。
アインツが一足飛びにバルーガの懐へ潜り込み、その手に現れたランスをバルーガの眉間に触れるか触れないかの位置で止めた。
ランスの切っ先を見るバルーガは、寄り目のまま泡を吹いてへたり込む。
尻餅をついたバルーガの股間が、見る間に濡れていく。
「命を懸けるというのは、こういうことだと理解したようだな」
腕を組んだヴィルヘンドルが、バルーガの情けない姿を見て他の落ち武者狩りの農民を恫喝する。
それをきっかけとして、農民たちは手にした得物を落とし、両手を上げて恭順の意を示した。
アインツたちは、農民の寝起きしている小屋まで案内された。
「オレたちはこの近くの農民だったんですが、戦で家を焼かれて、逃げ回ってきたんでさ。
この小屋だって、誰のだかわかりゃしませんが、誰も使ってなさそうだったんで、寝るのに使ってるだけなんで」
見れば確かに、小屋は荒れ果て、生活感がまるでなかった。
多少の小物はあるものの、必要最低限どころか、必要な物すら事欠く有り様に見えた。
他にも使っている小屋はいくつかあるようだが、そこには一緒に逃げてきた女性や子供たちが、息を潜めて隠れていた。
わずかながらの水をもらい、アインツたちは身なりを整える。
汚水まみれの服も、少しは汚れを取ることができた。
「アインツさん、この人たちは、難民って感じっスかね」
「戦で住むところを追われて、命からがら逃げてきたといったところでしょうかね」
小屋の中であぐらをかいていたヴィルヘンドルが、おもむろに話しかける。
「アインツ殿、こやつらは元々王国の民。なんとかできないだろうか」
アインツは、ヴィルヘンドルの真意を測るかのように、目を細める。
「食料を分け与えるにも、私たちが持っている量ではたかが知れています。
連れて行くとなれば、足手まといにもなりましょう」
悩み、憂いを帯びた表情をアインツに向ける。
「そこをだ。オレに剣を向けたとはいえ、元はといえば王国の内乱で生じた戦がこのような事態を招いているのだ。
出来うることなら、何かしてやりたいのだ」
その言を受け、アインツは屈託のない笑みを浮かべる。
「よろしいでしょう。彼らを白銀の村で受け入れましょう。
落ち武者狩りが正しいかはともかく、生きる術としては仕方のないことでしょうし、せっかく転がっている装備を無駄にすることもないでしょうからね」
「では」
ヴィルヘンドルの顔も、明るいものに変わる。
「バルーガさん、あなたたちを、私の村へ案内します。
生活すること自体は、今よりも楽になるとは思いますが、どうしますか」
小さく震えて畏まっていたバルーガだったが、アインツの言葉に、安堵した表情を見せる。
「よ、よろしいので?」
アインツは、柔らかな笑みで質問に応えた。
「ようし、食料と水を最優先に、あるだけ持っていけ」
バルーガが農民たちに指示を飛ばす。
他の小屋から出てきた人たちの中には、赤ん坊を抱く女性の姿もあった。
「あ、あの……可愛いお子さんですね」
カナーティアが赤ん坊に近寄り、抱いている女性に声をかける。
「抱っこしますか?」
おどおどとした表情ではあったが、女性が尋ねる。
「いいのですか? わあ」
怖がらせまいと、後ろ手に組んでいたカナーティアであったが、女性の申し出に、そごうを崩して両手で赤ん坊を受け取る。
恐る恐るではあったものの、胸元に抱き寄せると、赤ん坊をあやし始める。
「うふふ、赤ちゃんって、ミルクの匂いがするのね。
ねえ、この子は、あなたの?」
「いえ、この赤ん坊は、先日小屋の前に捨てられていたんです。
見張りの方が、鳴き声がするというので見てみたら、籠に入れられた状態で」
「そうなのね……。そっかぁ、うん」
カナーティアが赤ん坊の髪を撫でる。
「あれ、この子、耳が少し尖っているのね。それに、瞳の色。光の向きで、金色にも見える」
(まさか、魔族?)
カナーティアの心情を知ってか知らずか、女性は困ったような顔でカナーティアと赤ん坊を見ていた。
「ありがとう、赤ちゃんを抱かせてくれて。こんな戦乱の世でも、子供がいるということは、素晴らしいことだわ。
私はカナーティア。何かあったら私に教えて。あなたとこの子のためなら、できる限りのことをするわ」
「そんな、ありがとうございます、カナーティア様」
女性は、カナーティアに対して挨拶をすると、赤ん坊を抱えて出発の支度を再開する。
農民たちは、全員で22人いて、それぞれ食料と水を荷物に詰め、支度を終えた。
着の身着のままで避難していたため、他に持っていくようなものは無く、戦場で剥ぎ取った武器や鎧を着た者、小屋にあった農具を持ってくる者がいる程度だった。
小屋に備蓄していた物はそのくらいであり、食べ物も尽きかけていた状態であった。
「アインツさん、なんか前も、同じようなことがあったっスね」
「そうですね。あれから結構経ちますが、皆は元気でやっているでしょうか」
「地図の光点は動いていないンで、攻められたとか拠点を変えたということはないようっスけど」
「目的地は、白銀の村。変更はなし、ですね」
アインツたち一行は、オウリス平原を横切り、西へ向かう。
暑い季節が近づいてきているようで、日が高くなるにつれて、気温も高くなってきているが、まだ暑すぎる程ではなかった。
重傷を負っている者はいないため、体力の無い者でも、ある程度は進めると判断した。
「今のうちに、行けるところまで進みましょうか」
アインツの号令に従い、薄汚れた身なりの集団がぞろぞろと続く。
「近くで食料を手に入れることができればいいのですが」
アインツの独り言が、平原の風に流されて消える。




