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54騎 婿殿

 アインツが【ストームランス】を繰り出す。

 精神力の補充と、それ以上に己の限界を超えた想いが、アインツの身体を突き動かす。

 

 ランスのまとう空気の渦が、一層激しさを増す。

 ガンツは肩口に掛けた【赫斧あかおの】を、袈裟に斬り下ろす。

 魔神の武器である魔神具同士がぶつかり、激しい閃光が生まれる。

 

 とてつもない爆発と共に、周囲の大地が削れ、砂礫されきが宙を舞う。

 爆風に飛ばされた大地のかけらが、辺りのまだ生ある者たちに襲いかかる。

 

「アインツさん! エレちゃん!!」

 マイキーが腕で顔をかばいながら、アインツたちに呼びかける。

 ヴィルヘンドルは、自分たちを襲ってくる兵がいないか、警戒を緩めずに辺りを見回す。

 

 砂塵が収まると、削れた大地の上に、二つの影が立っていた。

 

「フッ、やるな。護るものがいると、とたんに強くなりやがる。だがなぁ!」

 ガンツは炎の消えたバトルアックスを右手で高々と掲げる。

「オレも最強を目指す身。おまえには負けねぇ!」

 ガンツの振り下ろしたバトルアックスが、アインツの首元を狙う。

 アインツは微動だにしない。


 甲高い金属音が鳴り、バトルアックスがアインツの鎧に当たり、止まる。

 

「もう、武器の重さだけじゃ、傷一つ付けられねぇか……」

 

 ガンツはそのまま、バトルアックスを手放すと、バトルアックスはけたたましい音と共に、地面へ落ちた。

 

「ゴブファッ!」

 ガンツが口から大量の血を吐き出す。

 既にアインツの繰り出したゼロ距離チャージ攻撃が、ガンツの左肺を貫いていたのだった。

 

「ガンツ。おまえは強かった。他の誰よりも」

 ガンツは、肺をランスに貫かれたまま、アインツにしがみつく。

「エレーナは、悪いことをしたな。まさかおまえのようなアマちゃんが、あそこまで怒るとは、思わなかったぜ……」

「もうしゃべるな。オレももう魔力が無い。

 死なない程度に回復はかけてやる。

 そこでおとなしくしておけ」

「な、情けなんぞ、いらん……」

 

 アインツは、ガンツを抱えると、ゆっくりと座らせた。

(ストーリア)

『はい、主殿あるじどの

(ガンツの身体からおまえを抜くとき、傷が広がらないようにしてやってくれ)

『承知(つかまつ)った』

「ガンツ、おまえを生かすのは、情けじゃない。

 エレーナなら、きっとおまえを回復させていただろう。

 勝負はついた、と」

 

 アインツがエレーナの横へ座る。

「エレーナ……」

 エレーナの周りは、背中の傷から流れ出た血が水たまりのようになっていた。

「オレのことを助けてくれたが、オレはおまえを、助けられなかった……」

 まだぬくもりの残る白い手を、アインツが握る。

 その上に、雫がひとつ、またひとつと落ちる。

 

「残った魔力をすべておまえに……」

 アインツは気を高めると、エレーナのあごを上に向け、その小さな唇に、口移しで生命力を送り込む。

(聖技回復術、第十四式。命動心伝拍ハートビート

 

 柔らかな光が、薄い膜となって、エレーナの身体を包み込む。

 魔力を使い果たし意識を失ったアインツが、その上に折り重なるように倒れ込んだ。

 

 駆け寄ったマイキーとヴィルヘンドルが、2人の様子を見る。

「この傷跡は……。火傷にはなっているが、止血されてる……」

「バトルアックスの炎で、切り口を焼いたっていうのか……」

 マイキーたちは、笛のような呼吸音を繰り返すガンツを見た。

「ガンツさん、あンた……」

 

 ガンツは仰向けに横たわる。

 口からは血の泡を噴き出しているが、呼吸は少し落ち着きを取り戻している。

「ま、まさかな……ゴボッ、エレーナは……」

 

 

『……ンツ、アインツ』

 アインツは自分を呼ぶ声に意識が定着する。

『エレーナ?』

 アインツは、様々な光の粒が漂う空間にその身を浮かせていた。

 

『エレーナ!』

 そこには、一糸まとわぬエレーナの姿があり、アインツを優しい眼差しで見つめていた。

 2人は、無重量状態のように、光の中で漂っていた。


『アインツ、よくここまで我が現身うつしみを育ててくれた』

『現身? 育てる?』

『我が魂魄こんぱくは、アインツ、おまえといることで、様々な力を宿し、目覚めていった』

『どういうことだ、エレーナ……』

 

 光の奔流が、アインツとエレーナを取り巻く。

 

『いろいろと旅をし、人と出会い、戦いも共にした。

 野ウサギを食して皆の命をつないだり、あの砦では碌に休めずに追い出されもしたな。

 幽霊屋敷も、興があってそれなりに、まぁ、なんだ。楽しめた、かな。

 そうそう、地上世界ガイアでは、おまえは社員食堂にこっそり連れて行ってくれたりもしたな。あれは面白かったぞ。

 有名なタワーの展望フロア。あそこの夜景は、まだ覚えておるよ』

 

『お、おい、変な冗談はやめてくれよ』

 

『そういえば、暗闇の中で、わたしの胸を掴んだりもしたわね』

 いたずらっぽい、子供のような笑みを見せる。

 

 だが、スッと目元が真剣なものに変わる。


『今はまだ、理解できずともよい。

 ただ、我はおまえがいたからこそ、次の段階ステージへ進むことができた』

 エレーナが瞳を閉じる。


『ひとつ、おまえに謝らねばならないことがある』

 エレーナの瞳が、決意を持ったものとなる。

 

『クエス、いや、マキナのことだ』

『マキナ……さん?』


『そうだ。マキナがああなった日、我も近くにおったのだ』

『それは、初めて聞く……』

 エレーナはうなずく。

 

『幽霊屋敷のアルフォンスの話は覚えておろう。ゲートのことだ』

『別次元世界からの侵略という話か。その侵略者の使う道具が、魔神だという』

『そうだ』

 

 エレーナは、訥々(とつとつ)とではあったが、話を続ける。

『そしてあの日、アビスクロニクルにではなく、地下世界アンダーでもなく、おまえや我、そしてマキナが生活していた世界、地上世界ガイアに突如ゲートが開いたのだ。

 一般には、ガス爆発事故や自動車事故として処理されていたものだ。

 たが、我が最後に片付けた相手に、既にマキナは……』

 

『そ、そんな……』

『我がもっと早く気付いていれば、もっと早く魔神を倒していれば、もっと早くマキナの手当てをしていれば……、住江牧奈すみのえまきなは、ああならなかったはずだ。

 世界ワールドを守護する者として、申し訳ないことをした』

 

世界ワールドを……守護……』

『そうだ。我は、アビスクロニクルのシステムに介入し、世界のことわりを片鱗ながらも知ることができた。

 であればこそ、あれは防げたはずなのだ』

 

『そんな……それを、エレーナは、黙っていたのか。今まで、ずっと』

『……ああ。済まない。いまさらではあるがな。申し訳ないことを……』


『バカやろう!』

 アインツが怒声を上げると、エレーナの肩が小さく震える。

『そんなこと、独りで抱え込むなんて、大きすぎるだろ……。辛すぎるだろ……』

 

 アインツの瞳から、大粒の涙がこぼれる。

『ゲートなんて、おまえのせいじゃないだろ! マキナだって、おまえのせいだなんて思うやつじゃない!

 それを、全部独りで背負っちまって。全部独りでなんとかできるなんて、思い上がりも甚だしいぞ!

 それなのに……、そんなそぶりも見せないで、おまえはあんなに、クールで、うまく立ち回って、いたずら好きで、それでいてツンデレで、笑うととてもかわいくて、一緒にいるのが楽しくて……。

 頼りなかったろうけど、少しはオレに話せよ。おまえだけに、辛い思いをさせていたことを、オレは……気付くこともできなかったなんて……。

 くそっ! 今まで、オレは……なにを見ていたんだ……。

 仲間を守るとか、白銀の守護者だとか、口先だけの、大バカ者だ……』

 

『よいのだ。アインツ。そう言ってもらえるだけで、我はこの上ない幸せ者だ。

 我は、おまえに救われたのだ』

 エレーナは両手を広げ、ちいさく華奢な手が、アインツの頬を愛おしげに撫でると、アインツの首にふわりとその腕をまわす。

 

 2人は抱き合うような形で、お互いを見つめた。

『エレーナ……』


『感謝する。ありがとう、アインツ……』

 エレーナは顔を近づけると、小鳥のようなキスをする。

 

 エレーナがまわしていた腕をほどくと、2人の距離が徐々に広がっていく。

 少し悲しげで、儚げで、そして満ち足りた顔を、アインツに向ける。


『エレ……』


『よい。よいのだ』

 エレーナは、涙のあともそのままに、幸せそうな笑みを、満面にたたえた。

 

『達者でな。儂の、婿殿……』

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