53騎 枯渇
アインツは、【ストームランス】と【シェルシールド】を構える。
それぞれ、嵐の魔神ストーリアと、甲羅の魔神シエルの顕現したものだ。
そう見れば、ガンツの持つ【赫斧】も、恐らく魔神の武器と思えるものだ。
『主殿、我らを使役なさるはもっともなれど、あまり長い時間ともなれば、主殿のご負担もかなりのことになろうかと』
(確かに、精神力の消費が激しい。今まではエレーナさんの回復魔法があったから、アビスクロニクルでいうところのSPになるだろうか、これの消費は気にしなくてもよかったのだろうけど)
アインツは、視野の端でエレーナとマイキーを確認する。
エレーナたちは、肉弾戦をあまり得意としない戦い方のため、一般の南部連合軍の兵たちに対しても、圧倒的な戦いができているとは言えない。
それでも個々の戦闘能力では、エレーナよりも強い兵はいないだろうが、数の暴力に対しては、それもいつまでもつかといったところだ。
「はあっ、はあっ……」
「エレちゃん、大丈夫っスか?」
「まだ、問題ない……」
戦う場所がアインツと離れたため、エレーナたちには、アインツの使役する魔神の防御能力が及ばない。
手傷を負うが、回復魔法をかける余裕もなく、徐々に怪我が増えていく。
「くっ」
連合軍の兵が振り抜いた剣を、ヴィルヘンドルが剣で弾く。
(まずい。先の戦闘の傷がまだ癒えていない王子の動きが遅くなってきている……!)
ヴィルヘンドルは、剣を杖代わりにして、呼吸を整える。
急造の布陣だが、ヴィルヘンドルが前衛として立ち、マイキーが中距離支援を行い、エレーナが隙を埋めつつ回復を担当する。
マイキーもショートソードで、エレーナはメイスで、近接戦闘もある程度こなすことができるため、ヴィルヘンドルの負担を多少でも減らすことができる。
「とはいえ、流石にアインツ程の安定感が無いと、回復に専念するわけにもいかぬのう」
「す、すまぬ……」
「おお、声に出してしまっておったか。他意は無いのじゃ、許せ。
それに、そなたは王子じゃろう、この程度ですまなそうにするでないわ」
「あ、おう……」
エレーナたちに攻撃を加える兵たちも多いが、それ以上に南部連合軍の兵たちは、王国軍の本隊である中央の部隊へも攻撃すべく、隊を進めていた。
「くっ、防波堤にすらならぬか……」
「気にするな、まずは己が生き残ることから考えるのじゃ」
「本隊には兄上もおる。兄上は戦上手とは言えないが、こと剣技においてはオレよりも優れておる。
むざむざとやられることもあるまいが……」
ヴィルヘンドルが率いていた、右翼の王国軍1万5000は、既に壊滅している。
左翼に展開している部隊は、敵の右翼部隊に加え、中央の本隊も攻め寄せてきているとの報告があった。
こちらも、壊滅は時間の問題と思われた。
ヴィルヘンドルたちが抑えきれなかった敵の右翼部隊である、南部連合軍の混成部隊が攻め寄せてきているため、王国軍の本隊は、左翼部隊への応援もままならず、防衛に徹している状態である。
「このままでは、ジリ貧か」
「かといって、オレっちたちが本隊に戻ったら、今オレっちたちの相手をしている兵が、アインツさんに押し寄せてしまうっスよ」
近寄る兵をメイスで殴打したエレーナが息をつく。
「流石はガンツといったところじゃの。簡単には勝たせてくれそうもないわ」
エレーナの視線の先、アインツとガンツは互いに武器を振るい、打ち合いを続けている。
アインツは、ガンツとの打ち合いをどれだけ行ったか、既に数える余裕はなかった。
互いに一進一退の攻防を繰り広げるが、どれも致命的な一撃にはならない。
「ほう、勝負に出たか」
アインツは【シェルシールド】を解除し、【ストームランス】を両手で構える。
(アインツの野郎、そろそろ精神力も限界に近いのか……、それとも何か秘策でもあるのか)
アインツが地を蹴り、ゼロ距離からのチャージ攻撃を繰り出す。
「疾!!」
ガンツがのけぞりざま倒れ込み、直撃を避けるが、右肩からおびただしい血が噴き出る。
「躱しきれなかったか! なんて疾さだっ!」
突撃をかけたアインツが、正面の空中を蹴り、向きを変えてガンツへ矛先を向け直す。
「マジかよ!」
這う這うの体で横へ逃げるが、そのガンツの顔を【ストームランス】が掠める。
皮膚が裂け、血が噴き上がり、ガンツの顔面を濡らす。
「ッ!」
飛び上がったアインツが、空中で方向転換を行い、落下の速度に加えて高速でガンツに迫る。
「ぐッ!」
ガンツが【赫斧】を盾にして、直撃を受ける。
2人を中心に大地がひび割れ、陥没する。
その爆風で起きた砂嵐が、辺りを渦状に吹き抜ける。
「アインツ!」
エレーナの叫び声が戦場に響き渡る。
爆心地にいたガンツは、至る所から血を噴き出し、呼吸のたびに肩を大きく揺らしていた。
「多段ジャンプとは、やってくれるな……。
だが、防ぎきった。お前の攻撃では、オレを倒すことはできなかったな」
「ッカッハァ!」
アインツがそれまで溜めていた息を吐き出す。
その一瞬で、ガンツは【赫斧】を振り抜き、そのバトルアックスで受け止めていたアインツのランスを弾く。
ぼろぼろの身体で立ち上がるガンツが、不敵な笑みを浮かべる。
「尽きたな、精神力がぁ……」
アインツの顔から、大量の汗が噴き出し、滝のように流れる。
荒い呼吸で、言葉を絞り出すこともできなかった。
ランスを立て、寄りかかるようにして身体を支える。
膝の震えによって、鎧から不規則な音が出る。
(全身全霊をかけたコンボだったが、それでも倒しきれなかったか……)
「オレのHPはまぁだ残ってるぜぇ、アインツゥ~!」
前傾姿勢になりながらも、ぎらついた視線をアインツへ向ける。
ガンツのバトルアックスが、断続的な炎を噴き出す。
「まだまだ、楽しませてくれんだろうなぁ」
ガンツの挑発にも、アインツはゼイゼイと苦しそうな呼吸でしか答えることができない。
「聖騎士の回復魔法もそろそろ種が尽きたろうしな」
MPを消費しても死には至らないが、ゼロになれば当然魔法は使えず、場合によっては失神することもありうる。
見た目の傷はガンツの方が派手ではあるが、精神的にはアインツの方が疲弊していると言える。
「既にランスを構えることもできねぇか!」
ガンツがフラフラとではあるが、【赫斧】を引き摺りながら、アインツへ近寄り、炎をまとったバトルアックスを両手で振り上げる。
アインツが目を閉じる。
(腕が上がらない、息もできない……。
異なる世界へ飛ばされ、生き残ることだけを考えてきた。
可能ならと、周囲の理不尽な死に対しても抗ってきた。
しかし……くそっ、ここまでなのか! オレは誰も救えないのか……)
ガンツの【赫斧】が迫る。
肉を切り裂く音に、骨の砕ける音が重なる。
焼け焦げる臭いが辺りに広がる。
アインツが目を見開く。
アインツを正面から抱きつくようにして、エレーナが覆いかぶさっていた。
その背中に、深々と突き刺さった【赫斧】が見えた。
「エ、エレーナ……」
ガンツが【赫斧】を引き抜くと、噴き出す大量の血が、雨のようにアインツを濡らす。
(精神力贈与)
エレーナの唇がかすかに動き、アインツの唇に重ねられた。
そこから、温かく優しさに包まれた力がアインツに流れ込む。
アインツを掴んでいたエレーナの手が、力を失う。
「何を弱気になっているんだ、オレは……。どんなところに飛ばされても、どんな境遇になっても、生き残るって決めたんだ……」
アインツはゆっくりと立ち上がり、エレーナを横たわらせる。
「オレはこいつらを、護るって決めてたんだ!」
(フッ、偉そうなことを言うもんじゃの……)
かすかに開く口元が、アインツにはそう言ったように思えた。
「それなのに、それなのに。オレの覚悟が弱かったから、こんなことに!」
「そうだ! 解ったかアインツ! 弱さは罪! 迷いは悪! 勝利こそが絶対の正義だ!!」
アインツは怒りに燃えた視線を、ガンツに向けて吠える。
「黙れぇガンツッ!
オレの不甲斐なさが生んだ結果だ! これはオレの逆恨みかもしれない。
だがっ!」
アインツとガンツの視線が交錯し、火花を散らす。
「オレは、おまえを絶対許さんぞ!」




