50騎 聖騎士の力
オウリス平原での軍事衝突は、歴史上これが初めてであった。
今まで、スリード王国に対抗する勢力はあったものの、王都に近いこの平原にまで押し寄せてきた軍勢は、未だかつて現れなかったのだ。
「まさか、このオレが、王都へ攻め入ることになろうとはな」
ルシェンドラが、戦端の開かれた喧騒と土埃を見て腕を組む。
「いまさら、止めようはないでしょうが、こうなれば死力を尽くすまでです」
「ジイ、頼むぞ」
「はっ」
連合軍は、先鋒として帝国軍3万を前線に置き、ルシェンドラ率いるオーティス公爵軍2万がその後ろに本陣として控える。
左翼には、南部連合とイベータ城塞兵の混成部隊2万が陣取り、右翼はエルフェス大公軍1万5000が固める。
総勢、8万5000を数える大部隊である。
対するスリード王国軍は、およそ5万の軍勢に、アインツたち3名が加わる。
「帝国軍を率いるバルバウ将軍はどうか」
全軍を指揮するルシェンドラが、指示を飛ばしすぎて喉が渇いたのか、水を口にしながら先陣の帝国軍の動向を確認する。
「はっ、既に戦闘を開始しているとのことですが、敵兵3名に苦戦しているとのことです!」
「なんだと、たかが3人だと!」
ルシェンドラは、あまりのことに手にしたカップを落としてしまう。
軽い音と共にカップが地面に落ち、中に入っていた水が周囲を濡らす。
(ガンツのような奴が、王国軍にもいたというのか。さて、どうしたものか……)
帝国軍の指揮を執るのは、こたびの遠征の軍を預かるバルバウである。
「敵は寡兵、何をしておるか!」
「しかしながら将軍、敵の騎兵は、何かに守護されているかのごとく、こちらの攻撃が一切届いておりません」
「だが、騎兵だろう。長槍歩兵に槍衾を作らせよ!」
「はっ、直ちに!」
伝令が飛び、長槍歩兵が隊列を組む。
長槍は、3メートルはあろうかという長い槍である。
「敵はあの土煙からこちらへ進んできている! 長槍歩兵、構えぇい!」
歩兵の隊列が、右足を一歩下げ、左の膝を曲げて構える。
長槍は、槍の一番後ろの部分、石突を右足の土踏まず辺りに当て、左足の膝で支えるようにして持つ。
そうすることで、手で持つよりも、相手の突進の衝撃を受け止めることができる。
アインツたちが帝国兵を蹴散らしていくと、その先にずらりと並んだ槍の壁が現れる。
人間が長槍を持って作った馬防柵である。
「マイキー!」
「了解っス!」
マイキーが石飛礫の魔神スリンジャーに命じる。
「撃つっス!」
浮遊していた先の尖った石が、錐もみ状態で長槍歩兵たちに襲いかかる。
槍は携えているが、盾は持っていないため、槍を潜り抜けてくる投擲武器には、ほぼ無防備だと言える。
長槍で躱すことも弾くこともかなわず、高速で迫る石の弾を避けることもできない。
石の塊が、次々と長槍歩兵に当たる。
槍の穂先がぶれる。
「そこっ!」
槍衾の隙をぬい、アインツが長槍を弾き飛ばす。
槍を弾かれた兵は、続くアインツたちの突撃に、なすすべもなく吹き飛ばされていく。
正面を突破された長槍歩兵は、一斉に長槍の穂先を天頂伝いで向きを変え、後ろへ槍衾を切り替え、アインツたちを追いかける。
だが、通常の馬の3倍は速度が出ているアインツたちは、既にかなり先へ進んでいたのだった。
「長槍歩兵、突破されました!」
「ううむむむ、重装歩兵のタワーシールドで固めろ! その間に、本隊は塹壕地帯まで退避する!」
騎馬隊でさえ正面切って相手にならず、騎兵対策の槍衾も用を成さない。
「塹壕は落とし穴としても機能する。相手が馬であれば、足止めはできよう」
バルバウは、塹壕地点へ急いで戻ろうとする。
「将軍! 重装歩兵の盾部隊、突破されました!」
「なにぃー!」
タワーシールドは地面に突き刺し、全体重をかけて盾を裏側から支えるため、多少の衝撃ではびくともしないはずだった。
「敵は、重装歩兵部隊も軽々と弾き飛ばし、踏みつけて突破してきました!」
「なんという化け物だ! 私が塹壕へ退避するまで、弓兵の射撃で止めよ!」
「しかし、この混戦の状況では、味方にも被害が……」
「構わぬ! それも覚悟の上の犠牲である! 弩隊も使え! 奴らを止めよ!!」
「アインツさん、帝国側は、まだ抵抗してくるようっスよ!」
「陣の突破はしていますが、戦力を削いだことにはなっていません。まだこれからです!」
「アインツ、矢が飛んでくるぞ!」
アインツたちが見上げると、天を覆うばかりの矢が、アインツたちめがけて飛来した。
「味方もろともか。なりふり構わずだな。シエラ、甲羅の魔神の力を示せ!」
『承知、アインツ様』
シエラが変身していた盾が霧散し、アインツたちの周りに、緑色に光る六角形の透明なタイルが複数敷き詰められた。
エネルギーフィールドによる、防護膜のようなものである。
飛んできた矢は、この半透明の緑色の六角タイルに弾かれ、地に落ちる。
このフィールドを突破する程の力は、一般兵の放つ弓には無かった。
正面からは、弩から放たれた矢が飛んでくるが、これも甲羅の魔神によって弾かれる。
アインツの周りには、激しい金属音が鳴るものの、それはすべて弾かれた矢が発するものであった。
それよりも流れ矢に当たって、味方の矢で帝国兵が倒れていくため、アインツたちにしてみれば、楽に馬を進ませることができた。
「このまま帝国軍を蹂躙し、敵将を討ち取れば、軍は崩壊するでしょう」
「そうじゃな、まだ魔力に余裕はあるし、回復には使っていないからの、こちらは問題ないのじゃが」
「オレっちも大丈夫っスよ。矢は無くなっちゃったっスけど、魔神の石がまだいけるんで」
「よし、このまま突っ切りましょう!」
アインツが【ストームランス】を一振りすれば、10人近くの兵が吹き飛ぶ。
マイキーから飛び出す石飛礫は、1発で確実に敵兵を減らしていく。
敵の攻撃は、ことごとく魔神の防御と、エレーナのホーリーシールドで弾かれる。
滑るように突き進むアインツたちは、無人の野を行くがごとくであった。
「ようし、ともかく塹壕には辿りつけた。後ろの部隊から援軍が来るまでここで凌ぐとするか」
バルバウが泥まみれになりながら、塹壕で丸くなっていた。
喧騒が近づいてくるため、塹壕から頭だけを出して、外の状況を伺う。
「ま、バカな!」
アインツたちは、塹壕地帯に来ても、その勢いは止まらない。
地面に深く掘られた溝や穴。アインツたちはそれを躱しているのかといえば、そうではなかった。
「ま、まさか……」
バルバウが目を凝らして見る。
アインツたちの馬は、塹壕の上、掘られた地面の穴を蹴っているのであった。
地面の無いところに足を踏み入れても、穴に落ちたりせず、そのまま空間を蹴って、前に進んでいるのである。
「ストーリアが風の反動をつけてくれるから、何歩かぐらいだったら、気にしなくても大丈夫です」
「アインツさん、これなら空も飛べるんじゃないっスかね?」
「試してみたけど、3歩が限界でしたかね。まぁ、空中3段ジャンプはできるってことですが」
「うわっ、スゲー。格ゲーみたいっスね!」
種明かしをすれば、魔神の力ということになるのだが、それを知らない帝国軍にしてみれば、塹壕もお構いなしで突き抜けるアインツたちは、不思議というより恐怖を覚えるものだった。
マイキーが視力を集中させ、辺りの様子をうかがっている。
「お、あれ、前方500メートル、派手な兜のおっさんがいるっスよ」
マイキーとバルバウの目が合う。
「なるほど、あれか」
アインツが、きらびやかな兜を目標にする。
アインツの眼光が、バルバウを射抜く。
塹壕に隠れて、頭だけ出していたバルバウは、アインツに視線を移すと、そのまま恐怖に身を強張らせるだけであった。
「な、なんだあいつは……、白い、死神!」
刹那、アインツの馬がバルバウの隠れていた塹壕を通過する。
バルバウは、塹壕の中で背中から落ちて倒れる。
失った頭部の代わりに、おびただしい血が噴き出していた。
千切られた首は、【ストームランス】の穂先にひっかけられ、おびただしい血と、脳漿をまき散らした。
「バルバウ将軍がやられた!」
「白い死神だ! あいつは白い死神だあ!」
「うわぁ! 逃げろ、もうダメだぁ!」
頭を抱えてうずくまる帝国兵、とにかくアインツたちから遠ざかろうとする帝国兵、茫然自失となる帝国兵。
既に、帝国軍からは、アインツたちに立ち向かおうという戦意が消えていた。
「ほほう、こやつ、帝国の将軍じゃったか」
「帝国の将を、この白銀の守護者、アインツ・ヴァイ・ドライが討ち取ったり!」
穂先に将軍の首を掲げ、高らかに宣言する。
アインツたちの突破により、帝国軍は5000を超す死傷者を出し、本隊を守り切れなかった挙句、最高司令官を失うという損害を出した。
「将軍! バルバウ将軍!」
塹壕に駆け寄ったメビウスは、バルバウの首の無い身体を見つけ、自分が将軍を守れなかったことに歯噛みした。
「退却の折、混乱で見失うことさえなければ……っ!」
過ぎ去ったアインツたちを見やるが、既にその影は遠く、小さくなっていた。
「将軍の仇を! 今すぐ兵をまとめよ! 全軍の指揮は、補佐官であるこのメビウスが引き継ぐ!
あの白い死神に、一矢報いるのだ!」
「なりません、メビウス補佐官殿! 監督官としては、ここは一度兵をまとめ、退却することを進言します。今いる者だけを集めても、抵抗すらできません。
一度陣まで戻り、散り散りになった兵を糾合すれば、立て直すことも適いましょう!」
「ならん! 将軍の仇だ!」
激昂するメビウスを、シュタウフェッツが平手打ちする。
「落ち着かれよ、補佐官殿」
メビウスは、はたかれた頬を押さえ、歯ぎしりをする。
「将軍は、平民の出であった私を、ここまで育ててくださった大恩あるお方。
人に荒く、戦闘には不向きであったかもしれないが、私に学問というものを授けてくださり、剣の修行の機会もくださった。
今私がここにあるのは、将軍がおられたからこそだ。
その将軍を、将軍を!」
メビウスは、誰はばかることなく、涙を流して慟哭した。
「白銀の守護者、いや、白い死神め……。断じて、断じて許さん! 許さんぞぉ!!」
メビウスの悲痛な叫びは、未だ剣戟の鳴り響く戦場にこだました。




