49騎 オウリス平原の戦い
平原を一望できる場所に、櫓が建てられている。
物見にも使うこの櫓に、ガンツとメビウスが酒の入った水筒を持って互いの陣を見比べていた。
「こちらは20万の軍勢と号しても、実質は8万超。対する王国軍も、実質は5万いるかどうかだな」
「互いに水増しはしていたところで、想定の数からは大きく動いていないといったところでしょうな」
「ガンツ様、敵陣より使者が参りまして、これをガンツ様にと」
伝令が丸めた羊皮紙をガンツに手渡す。
特に封がしているわけではなく、ガンツが手にすると、羊皮紙が少し開く。
「おう、ご苦労。で、なになに……」
開いてみると、ガンツ宛ての世間話が書かれた手紙だった。
ガンツはその手紙を読んでみるが、怪訝そうな顔つきを見せる。
「どうかなされましたか?」
「いや、古い知り合いからなんだがな、なぜ今こんなことを言ってくるのか」
「ほほう、見せて頂いてもよろしいですか」
ガンツは特に気にする様子もなく、メビウスに手紙を渡す。
「えっと、なになに、これは、挨拶と、えっと、一緒に串焼き屋で食べた焼き鳥がおいしかったとか、筋トレの方法を教えてほしいとか、なんですかこれは」
手紙には、日常の生活や、ガンツと過ごしたことが書かれていたに過ぎなかった。
「ところどころ、読めないところがあるのですが、これは……」
「ははは、それはオレも読めん。あいつは、難しい言葉を知っているからな。
そういえば、この世界も言葉は同じなんだな。
読み書きもオレの元いた世界と同じだったんで、あまり気にしていなかったぜ」
「旧交を温めて、望郷の念に駆られるよう、仕向けたいのではないですかな?」
階下から上がってきた老人が会話に加わる。
「マーハラーン殿。いかがなされました」
「いやなに、こちらで酒宴が開かれていると聞きましてな」
マーハラーンは、手に持った水筒をふたつ、ガンツたちに見せる。
「して、ガンツ殿は、故郷がお懐かしいですかな?」
「いや、オレなんかは、今の方が生き生きしていると思うぜ。昔の暮らしは、息が詰まる。それにオレは天涯孤独の身。
唯一、ボディビルの大会で、賞を取るくらいが楽しみだったかな。
でも、映画のスタントをやるわけでもねえし、鍛えた身体を思う存分使えるっていうチャンスは無かったからなあ」
「なるほど。確かに、ガンツ殿の力量、他に類を見ない膂力をお持ちですからなあ」
マーハラーンは、酒の入った水筒の下敷きになっていた手紙を、それとなく手に取り、中を読んでみる。
「……なっ、これは!」
「ああ、それは、昔馴染みからのでな、特に昔話が書いてあるだけだったが、なんだったんだろうな」
「そ、そのようですな。で、このアインツという御仁は」
「この手紙の送り主か。アインツは、共に冒険をしていたこともあったが、それは昔の話だ。
今は王国に身を寄せているようだから、敵は敵だ。
前にどこぞの村で戦った時はいい勝負だったが、もし再戦するようなことがあれば、それはそれで楽しみだぜ」
ガンツは、【赫斧】を軽く叩く。
「なるほど」
マーハラーンの双眸がギラリと光る。
「よし、そろそろ陣に戻るとするか。戦端を開くには、まだ時間があるかもしれんがな」
ガンツは、空になった水筒をそのままに、【赫斧】を持って櫓を降りていく。
「では私もそろそろ」
「そうですな、ご武運をお祈りしていますよ」
「お互いに、の」
メビウスもガンツに続いて降りていき、マーハラーンは櫓に1人となったところを確認する。
自分以外の者は階下に降りたことを確かめたところで、放置されていたガンツの手紙を、そっと懐に忍ばせた。
スリード王国の陣営でも、戦端が間もなく開かれることを予測してか、兵たちがざわめき始めている。
武器が重なって出す音、鎧の擦れる音、馬のいななき、平原を渡る風が陣幕を揺らす音。
ピリピリとした緊張感すら、音となって耳に入ってくるような錯覚さえ感じる。
「アインツさん、なんっスか、この布陣は……」
マイキーは、合流したスリード王国軍の本陣に集まった貴族や将軍を前にして、アインツに問いかけた。
「面白いとは思うがの、あからさまじゃのう」
共にいるエレーナも、珍しくマイキーに同意する。
「うわー、マジっスかー。相手は万単位でしょー? それに対してこれはないっスよー」
「儂らは鼻先に突き付けられた餌のようなものよ。そう気張ることもないじゃろ」
「まあ、やってみるだけやってみましょう」
「かたじけない。さすれば、王国軍は部隊を4つに分けて戦いに臨むこととする。
主軍は、本陣を守る2万。左翼右翼には、それぞれ1万5000を置く。
前衛は、アインツ殿の隊、3名でお願い致す」
アインツたちは、本陣から出ると、自分たちの持ち場へ移動した。
周りに味方はおらず、全員背後に陣取るだけである。
それは、目の前に広がる敵軍を、全て相手するかのようにも見えた。
「いまさらなンすけど、王国にそこまで義理があるわけでもないっスよね?」
「まぁ、そうなんじゃがの。この唐変木は、自分が頼られると、断れない性質じゃからなぁ」
「数ある救難イベントと思えば、別に違和感無いと思いますけどね」
「そう言われると、ゲームのイベントみたいっすけど、でも、こんなのアリっスかね~。マジ死ねるっスよ~」
「マイキー、エレーナさん。私たちは、先陣であり、遊撃隊でもある位置です。
基本戦術としては、敵陣の突破、これに尽きます」
嵐の魔神ストーリアの風を操る能力で、アインツたち3人が通常の3倍の速度で行動ができるようになっている。
アインツの考えとしては、その高機動力を生かしたヒットアンドアウェイと、突破力を生かしたチャージ突撃を織り交ぜて戦うというものであった。
「まずは、嵐の魔神が化身した【ストームランス】と、甲羅の魔神シエラで攻撃と防御を高めた私が先頭に立ち、石飛礫の魔神、スリンジャーを従えたマイキーが、遠距離攻撃を行います。
エレーナさんには、絶えず防御の魔法で守備力を高め、ダメージを受けた時には即時に回復させてもらうことで、怪我を蓄積させないようにします。
エレーナさんには、魔法石を多めに持ってもらい、継戦能力を高めるようにします」
「馬は2頭でよいのか」
「はい。マイキーには、馬上で弓を使ったり、石飛礫の魔神をコントロールしてもらいます。そのため、馬の扱いは、エレーナさんにお願いしたいのですが」
「うう、判った。マイキー、儂にしがみついたら、命はないと思え」
「ひゃぁ、こえぇっス! しがみついた拍子におっぱい鷲掴みとか、ラッキースケベ期待していたのに、残念っス……」
「この戦で生き残ったら、殺してやるからそう思うのじゃぞ」
「どのみち死んでるっス~」
「まぁまぁ。一応、馬がはぐれた時には、マイキーに契約させた、囁きの魔神ウィスパーの遠話能力を使ってコンタクトを取りましょう」
「了解っス」
「よし、こちらも臨戦態勢を整えるのじゃ。能力開放! ホーリーシールド! ゴッドブレス!」
「じゃあ、オレっちも。能力開放! イーグルアイ! 連射! 速射! スリンジャー、来るっス!」
『おおう、マイキー殿。石飛礫のスリンジャー、参上!』
マイキーの周囲に、無数のこぶし大の石が浮かぶ。
顎の割れた細身だが筋肉質の魔神が、石と共に宙に浮いている。
「能力開放! 筋力上昇! 命中率向上! 武器先鋭化! 来い、ストーリア! シエラ!」
『主殿、嵐の魔神ストーリア、ここに』
『アインツ様、甲羅の魔神シエラ、まかりこしましてございます』
アインツは、右手に【ストームランス】を、左手に【シェルシールド】を構える。
全員に、甲羅の魔神の効果と、ホーリーシールドの効果が乗る。
淡い複数の光が、アインツたちを包み込む。
「さてと。そろそろかき回してきましょうかね!」
アインツの掛け声とともに、馬が走り出す。
突進する馬に乗った騎士のランスのチャージ攻撃は、他を圧倒する破壊力である。
アインツの【ストームランス】の穂先が、正面に突き出され、突撃の構えを作る。
その穂先を三角形の頂点として、薄く青い光をまとったベールが、アインツたちを包み込む。
その眼前には、ローエンダルク帝国の旗印が見えた。
「行くっスよー!」
マイキーが先制の矢を放つと、狙い過たず帝国兵に命中し、兵たちはバタバタと倒れる。
中空に漂っていた無数の石飛礫が、拡散して敵軍へ向かう。
高速で飛来する石飛礫は、帝国兵の鎧を貫通し、その後ろの兵にまで被害が及ぶ。
嵐の魔神ストーリア程のレベルではないにしても、魔神の一撃である。魔法耐性の無い鎧や盾では、まともに受けることすらできなかった。
「突撃ーー!」
アインツの構えたランスが、文字通り敵兵を吹き飛ばし、弾き飛ばしていく。
アインツたちの突撃を前に、ローエンダルク帝国軍が切り裂かれていった。
「なるほど、【ストームランス】は、嵐の魔神の化身だけあって、大したものじゃの」
【ストームランス】は、風というより嵐をまとっているため、風の渦が敵陣を突き抜け、さらには気圧と風圧の変化による真空が生み出す鎌鼬現象で、周囲のものを切り裂いていく。
また、馬の一蹴り一蹴りにも風が吹き出すため、それが推進力となり、速度も突進力も上昇するのであった。
まさに、帝国兵からしてみれば、駆け抜ける一陣の風に翻弄されているというところだ。
「なんだあの騎士は! 奴に触れる間もなく弾き飛ばされているぞ!」
「あやつは化け物か!」
帝国兵の混乱は、前線から徐々に広がっていく。
「前線の兵たちが動揺しています!」
「なにが、なにが起こっている!?」
バルバウの目には、自軍の前線で、人が紙切れのように高く舞い上がっている姿が映った。




