46騎 贄
「な、なにを言っているんだ」
演じることも忘れ、少女に問いただすアルフォンス。
「今夜、雨乞いの儀式として、大きな櫓で火を焚くのです。
私が、その櫓の真ん中で、炎と共に、天へ登るのです」
「なん、だと……」
「この身は灰となりましょうが、精神は神様の身元に参ります。より近くでお会いすることも叶いましょう」
少女は手探りで崩れた石碑を見つけると、そっと口づけをして、深々とこうべを垂れた。
「心の庭でお会いできますことを、願っております」
心の庭とは、この地域の信仰で、死後に精神が向かうと考えられている場所である。
少女は、元来た道を戻っていく。
(バカな、死の後は無だ! 心の庭など無い! 村の住人のため、その憂さ晴らしのための生け贄ではないか!)
アルフォンスは、荒れ地から離れ、少女の村へ行こうとする。
日が陰り、夜が近づく。
遺跡からそう遠くない場所に、村はあった。
日照りが続き、畑の作物は皆枯れていた。
畑自体も干からび、乾燥した土が風に舞っていた。
村の中心にある広場に、木の櫓が組み上げられている。
アルフォンスが思っていたよりもそれは大きく、天をも衝くかと思われた。
その櫓中央、見上げた先には、あの少女の姿があった。
普段のボロではなく、全身黒い布を巻きつけたような姿で、手を胸の前に組み、祈りを捧げている様子だった。
(くそっ、術式は間に合わなかった! どうする! 私はどうしたい!)
アルフォンスが村人に紛れ、櫓の前で逡巡していると、村はずれから松明を掲げた一群が現れる。
「これより、荒天の魔女の処刑を始める!」
村人の中で年かさの男が、声高に宣言する。
「この魔女は、過去に打ち捨てられた忌まわしき邪神を崇め、村に日照りと飢饉をもたらした! その行い、許し難し。
よって、神聖なる裁判の結果、穢れを祓い、神への供物とすべく、火あぶりの刑に処する!」
村人から歓声が上がる。
「焼け! 焼いて清めろ!」
「魔女は殺せぇ!」
「オレたちに雨を返せ!」
村人たちの声が、徐々に熱を帯びてくる。
(なぜだ、なぜこのような奴らのために、あの娘が犠牲にならなくてはならないのだ! 目が見えないからか。働けないからか。優しいからか!)
アルフォンスは憤りを覚え、自分の中の矛盾と戦っていた。
(もともと殺そうとしていた人間どもだ。なぜ私はこの娘に執着するのだ。なぜこうまで、心がかき乱されるのだ!)
村人たちのテンションが最高潮に達する。
そして、櫓に松明の炎が燃え移った。
もうもうと櫓が煙を上げ、赤々(あかあか)と炎が燃え盛る。
炎によって生まれる熱と上昇気流が、先端にいる少女の黒い布をはためかせ、脂と汚れでくたくたになった髪をなびかせた。
炎が少女の脚を舐め、熱が全身を覆うが、少女は呻き声ひとつ上げず、祈り続けていた。
「見ろ、笑っている、笑っているぞ!」
村人が騒ぎ立てると、一斉に少女の顔へ視線が集まる。
少女は、慈愛に満ちた笑みを見せるが、村人たちにはこの状況でも笑っていられる、悪魔の所業に思えてならなかった。
「気持ち悪い魔女め!」
村人が少女に向かって石を投げる。
石は、鈍い音を立てて少女の額に当たり、軽やかな音と共に木の櫓を転げ落ちて行った。
額からおびただしい血を流しながら、それでも少女は笑みを絶やさなかった。
「私は皆を愛します。神様、どうか皆をお許しください」
少女の声が、炎の中から聞こえた。
(くそっ! 雫の魔神よ、お前の契約を移す。今よりお前の主は、あの娘だ!)
アルフォンスが手持ちの魔神を召喚し、少女へ契約を切り替えさせる。
『承知した。今より我の契約者は、かの娘、ウォルトナとなった』
(さあ、疾くその雫を用い、汝の契約者を守護せよ!)
『言われずとも、参ろう』
細かい水の粒が渦を作って、少女、ウォルトナへ向かって行く。
(この背信行為は、厳罰に値するな。侵攻先の相手に、魔神を契約させるなどと、軍法会議では済まされないだろうな)
雫の魔神が櫓の炎を全て消し去り、ウォルトナを祈りの姿のまま、水の渦に乗せて櫓から連れ去る。
ウォルトナが地面に降り立つと時を同じくして、火の消えた櫓が崩れ落ちた。
村人たちは、その光景に怯え、一目散に逃げ去っていた。
広場には、アルフォンスとウォルトナだけが残された。
「ウォルトナ、無事か」
ウォルトナは、聞き覚えのある声に安堵するが、初めて自分の名前を呼ばれたことに、いささか戸惑いを覚えた。
「神様、ありがとうございます。村に、雨をお恵みくださったのですね」
「いや、これは雫の魔神だ。雨ではない。だが、そなたの命を救えたのであれば、他はどうでもよいことだ」
アルフォンスは、ウォルトナを優しく抱きしめると、その額に口づけをした。
アルフォンスの目から涙がこぼれると、頬を伝ってウォルトナの顔に落ちる。
ひとつ、またひとつ。
「これは、雨ですか、神様」
涙をこらえようとしたアルフォンスが顔を上に向けると、その眉間に水滴が当たる。そして頬へ、また額へ。
雨が、降りだした。
「今思えば、晴天の術式がほとんど解除された状態で、大きな焚き火をしたのだから、その上昇気流が雲を作り、雨になったのだと思うのですがね、その時は、本物の奇跡かと思ったものですよ」
アルフォンスが、テーブルに置いてあった皿から、スプーンでスープを口に運ぶ。
「おかげで私は、脱走兵として元の次元世界からはお尋ね者にされたというわけです」
「なるほど。では、嵐の魔神も」
「ええ、私と同じように、異界ゲートで持ってきた兵器なのですよ。バンブルビー子爵には、ゲート転送時に散らばってしまった魔神の回収を行ってもらっているのです。
その中でも、嵐の魔神は超レアでしてね。まあ今回は、回収前に封印を解かれてしまった上に、他の方、そう、あなたに契約されてしまうとは思っていませんでしたが」
「では、他にも魔神はいる、というか、存在するのですね」
「はい。そして私は、各地に散ってしまった魔神を回収するのと同時に、ウォルトナが守ろうとした村のあるこの地に館を築き、彼女の意思を継ごうとしているのです。
もう、村はありませんけどね」
「それで、ウォルトナさんは」
「もう数百年も前のことです」
「そう、ですよね。え? では、あなたは……」
「はっはっは。なんてね、信じました? 数百年も前なんて、そんなことあるわけがないではないですか。時代背景については、ちょっとした作り話ですよ、作り話」
「おい、おっさん……」
アインツは担がれたと思う半面、どこか真実味を帯びた話に、釈然としない何かを感じていた。
「あら、あなたまたあのお話をしていますの? お客様がお困りでしてよ」
そこには、黒のドレスを身にまとった、美しい女性が立っていた。
女性は、整った顔立ちをしていたが、その瞼は閉じられたままであった。
「皆様、ようこそおいでくださいました。アルフォンスの妻のウォルトナと申します。
先ほどは、主人が大変失礼いたしました。どうか怒らないでやってくださいましね」
「いやー、今夜はとても愉快でした。あなたたちのような方が来るから、荷物運びをお願いするのはやめられない。本当、愉快愉快」
「これ、あなた。およしなさいな」
「はっはっは、すまんすまん」
夫婦でじゃれあう姿を見て、アインツたちは呆れた表情を見せる。
「なんじゃこの三文芝居は……」
「もういいっス。それより飯っス」
一通りアインツたちが食事を済ませ、雑談に花を咲かせていると、アルフォンスが話を切り上げようとする。
「それでは、夜も更けた頃ですし、そろそろお休みになりますか? バンブルビー子爵には、今回の魔神の件含めて、お伝えしておきますので」
「ああ、もうそんな時間ですか。では、この嵐の魔神、ストーリアの扱いについては」
「既に新たな契約をあなたと結んでいるので、そのまま使役していただいて構いません。
それに、私が元の次元世界と袂を分かったのは本当のことです。
妻のいるこの世界を守るためであれば、助力は惜しみません。
嵐の魔神ほどのレアリティではありませんが、いくつかお渡ししましょう。よければ、使ってやってください」
アルフォンスは、老執事に指示すると、老執事がカートにいくつかのアイテムを持って戻ってきた。
「石飛礫、電光、囁き、灯火、甲羅です。
今は封印されて、誰とも契約していない、いわば野生の状態です。
使役するには、一度戦って力でねじ伏せる必要がありますが、まあ、大丈夫ですね?」
「はい、それはもう経験済みですから。
でも、よろしいのですか。これほどのもの、私たちに託してしまって」
「よいのです。どうせ私にはもはや無用の長物。私の法螺話に付き合ってくださったお礼ですよ」
「それでは、遠慮なく使わせていただきます」
「ええ、頼みましたよ」
「さてと、明日もお早いのでしょう。スリードの王都へ向かわれると、辺境伯からの親書にもありましたから、今夜はごゆっくりなさってください」
アルフォンスは後のことを老執事に任せ、妻のウォルトナと共に、ホールから出て行った。
「お客様、それでは寝室にご案内いたします。どうぞこちらへ」
全てが腑に落ちたわけではなかったが、腹も膨れ、疲れも出ていた頃である。
老執事に案内されるまま、アインツたちは寝室へ向かう。
男女でふた部屋があてがわれていたため、アインツとマイキーは、エレーナと別れてそれぞれの部屋に入る。
寝室もダンスホールと同様、きれいに整えられていて、落ち着いた雰囲気の中にも、贅を凝らした作りになっていた。
ベッドはキングサイズが2床あり、それぞれ天蓋まで付いていた。
シーツは清潔な匂いがするが、少しひんやりした感触があった。
「いやー、今回のはほんと、疲れたっスねー。でもまさか、他の魔神までもらえるなんて、思ってなかったっスよ」
「確かに、初めは怪しいとは思ったけど、話してみたらいい人のようだったしね」
「そうっスね、クロノスよりガリガリな人、初めて見たっスけどねー」
アインツは苦笑し、鎧を身につけたまま、ベッドに横たわる。
疲れは取れにくいが、有事の際に即時対応できるようにするための行為であった。
ほどよい疲れが、アインツを眠りの世界へと誘う。
次回、アルフォンス邸で一夜を過ごしたアインツたちのお話です。




