40騎 階層
メルクリウスの発言に、アインツたちは虚を突かれた様子でお互いを見つめる。
「帝国が、操られている……?」
「そうさ。これは確度の高い話だが、帝国の内部に魔族が潜んでいるらしい」
「魔族?」
メルクリウスがうなずく。
「その前に、アビスクロニクルの階層の話をしようか」
ナスターシャが、皆のカップに飲み物を注いでいき、メルクリウスが礼を言う。
「アビスクロニクルが、地上世界と地下世界を仮想的につないでいたということは知ってるかな」
アビスクロニクルというゲームシステムが、地上に生活をするアインツたちには、地下世界の情報を仮想現実立体映像で再現していたことと、地下世界にはアインツたちの行動を模した人形が、地下世界で実際に影響を及ぼしていたことは、以前クエスに聞いていた。
アインツたちがゲームをプレイしていた時は、各階層と呼ばれていたエリアを、階層テレポーターと呼ばれていた設備で行き来していた。
ゲームプレイ時には、階層テレポーターはエレベーターの役割を果たし、上下階の階層へ移動していたものだ。
「プレイ時にあった階層は5つ。そのさらに下には、もっと階層が続いているという話があったけど、それが実装される前に大変動が起きてしまったからね」
「確かに、その階層を行き来していましたが。今の地下世界には、階層なんてありませんよね」
アインツのその言葉を聞いて、メルクリウスが得意げな顔をする。
「それが、あるんだな~」
「えっ」
「階層は、あるんだよ、アインツ」
「それって、どういうことっスか?」
「説明してもらおうかの」
うなずくメルクリウス。
「実際には、階層という概念では無くて、そもそも階層エレベーターという設備はこの地下世界には無い」
「じゃあ、階層って……」
「まぁ聞けって。この地下世界には、5つのエリアがあるんだ」
アインツたちは、息を呑む。
「まさか」
「そう、そのまさかさ。5つのエリアが、それぞれの階層になっていたっていうことだよ」
「第1階層は、蒼の大陸、ドラグロス大陸。スリード王国やローエンダルク帝国がある、今オレたちがいるエリアだ。
第2階層は、赤のスードリ諸島。ドラグロスから南西に向かうとある島々だ。
第3階層は緑。北に位置するスクトル大陸がそれだ。
黄の大陸は、ドラグロスの西、世界の中央にある大陸で、フォーランの第4階層だ。
そして第5階層が、そのフォーラン大陸のさらに西、白のティガール大陸。
これらのエリアに設置されていた階層エレベーターが、各大陸に設置され、オレたちのデータを転送していたということらしい」
「そ、そんな情報は、どこから……。あれからゲームシステムは何もレスポンスが無いですし」
「情報は、歩いて稼いださ。実際に大陸を渡り歩いて、集めたことだ。
仮想現実立体映像は世界を忠実に再現していたことが幸いしたね。
実際行ってみたら、見知った場所がいくつもあったからさ。第1階層のモロボの町や、第2階層のレブランの町。他にも、第3、第4も、階層エレベーターのあった町が実在した。
ただ、階層エレベーターそのものは無くて、ただの掘っ立て小屋があったに過ぎなかったがね」
もちろん、ゲーム中にアインツたちが訪れた町である。
アインツたちは、大変動後身の回りのことばかりで、未だスリード王国の王都、ケイティパレスまで行ったことがなかった。
ケイティパレスに行けば、以前から慣れ親しんでいた街並みに、アインツたちは既視感を覚えたことだろう。
「階層エレベーターは、疑似的にエレベーターの形をしていたに過ぎない。実際には、それぞれのエリアで、掘っ立て小屋から人形の肉体が生成されていたってことさ」
「だとすると、各大陸で、そのまま海を渡ったりしたら……」
「本当は、別の階層へ行けたってことだね。仮想現実立体映像の行動禁止区域の制限がなければ、だけど」
アインツは、左手を顎に当てて考えてみる。
「確かに、アビスクロニクルは所詮ゲーム。プレイの継続時間にも体力的に限りがあるところで、隣の大陸まで移動しようという奴はいなかった」
「そこが盲点ということだったンすね……」
「そこでだ。そこでだよ、皆の衆」
メルクリウスが手を大きく広げて、アインツたちを見る。
「大型アップデートで、魔王の城が実装される、っていう話があったの覚えてる?」
「当時はそのようなこともあったのう」
「実際は、魔族の皇帝、魔皇の城らしいんだけど、魔界のウルグスト皇国というのが、ティガール大陸のさらに西、世界の果てと呼ばれている地域に実在したというんだよ」
「ほほう、ウルグスト皇国とな。魔界の国の名も伝わっているということなのじゃな」
「エレーナ、その通りだよ。ティガール大陸の国々では、魔族の襲来に怯えていると聞く。既に何か国かは滅ぼされたという情報もある」
アインツが身を乗り出してメルクリウスに尋ねる。
「ここはドラグロス大陸でも南東部の外れにある。その話が本当でしたら、ティガール大陸のさらに西と言えば、世界の反対側、一番遠い所ではないですか」
「うん、それも正解。だからさ、辺境伯の力を使って、自分では行けないところの情報を、商人という形で集めてきたというわけなのだよ」
ナイプライド辺境伯は、運河の交易だけではなく、他国との貿易も行っていた。
ティガール大陸で採れる白の結晶や、スードリ諸島の漁で獲れた魚の加工品なども、メルクリウスが指揮するナイプライド商会の専売であった。
それも、この情勢下、安全に交易できる護衛の力があってのことであった。
「バンブルビー子爵の交易ルートなどとは、桁が違うようじゃな」
「そうだねぇ、子爵にも何度か会ったけど、彼はまだ南部連合内で商いをするくらいが精一杯なんだと思うけどね。隣の大陸へ行く話で声をかけたんだけど、こと商売にかけては、あまり冒険をしなさそうだったよ」
確かに、バンブルビー子爵は好事家としての活動が中心で、商売は副次的なものであったろう。
それに比べ、ナイプライド商会は、財力も桁が違い、交易路の広さも段違いだった。
「そこでなんですが」
「ああ、魔神の話だね」
アインツが相槌を打つ。
「その子爵が持っていた贈り物の中に、魔神が封じられた箱があったんです」
「魔神は、そのランスだね?」
「ええ。ストーリア、顕現できるかい?」
『主殿の命とあらば』
ランスとアインツの全身鎧が、風になったかと思うと、青白い1人の娘に変わった。
全身鎧が外れたアインツは、普段着で椅子に座っている。
その隣に、長い銀髪で、青白い、それこそ透けるような肌を、あられもなくすべてさらけ出している嵐の魔神、ストーリアが立っていた。
「ストーリア、それだと目のやり場に困る。服のようなものをまとってはもらえなか」
『畏まりまして候』
また一陣の風が舞うと、全裸だったストーリアは、身体の線が判らない、ゆったりとしたコートを羽織った姿になった。
「裸にコートとは、それはそれで、エロいっスね」
エレーナが、呟いたマイキーの頭を平手ひっぱたく。
「そこで、前の話に戻ろうか」
メルクリウスがストーリアを見る。
「南部連合にも、魔族の手の者が暗躍しているという証左でもある。同様に、帝国にも、だ」
「ストーリアちゃんが、魔族と関係あるンすか?」
「恐らくそうだろうね。あの程度の、といっては失礼だけど、バンブルビー子爵クラスで、これほどの魔神は入手できないよ」
「それを贈り物にする、ということは」
メルクリウスは、肩をすぼめる。
「まぁ、ないだろうね。もしくは」
若干の沈黙。
「自分の手に余ったか、使者を試そうとしていた、かだね」
「ストーリアを封印した箱は、マーロン自治区のアルフォンスという貴族に渡す予定だったらしいのですが」
「なるほど、アルフォンス男爵か。彼は魔導に一家言あると聞くから、もしかしたら魔神の扱いにも長けているかもしれないね」
「それと魔族が、どう関係するのじゃ?」
「うーん、そこなんだよね。第三者的観点から言わせてもらうと、国内の混乱は、外の国にしてみれば、とてもいいイベントなんだよね。
敵が強大なら、内乱で外に目を向ける余裕がない。敵が弱小なら、その混乱に乗じて攻め入ることができる」
「なるほど、そこから考えると、南部連合の内部で、嵐の魔神が顕現するようなことがあれば」
「国は混乱して、戦争どころじゃないってことっスね」
「それは、恐ろしゅうございますね」
ナスターシャが、メルクリウスの方に手を添える。
メルクリウスは、その手を優しく包み込む。
「そうなんだ。でも、嵐の魔神は、きみたちだからこそこうやって配下にすることができたろうけど、倒すどころか、封印することだって、今の南部連合の人間には難しいだろうね。そのアルフォンス男爵であっても、だよ」
「じゃが、それなら南部連合を混乱させようと、スリード王国ゆかりの者が仕組んだということも」
「ここまでのことは、スリード王国どころか、ドラグロス大陸の誰もできないだろうね」
「ストーリアちゃんは、何か覚えていないンすか?」
マイキーの問いに、ストーリアがアインツを見る。
『主殿』
「うん。封印された時のことを、教えてもらえないかな、ストーリア」
『承知仕った』
ストーリアの話では、高位の召喚術士がストーリアをこの世界へ召喚し、その依り代として、封印の箱に閉じ込めたという。
『その召喚術士は、魔族のエリミダートと申しておりました』
次回、1話だけ、ルシェンドラが駆けずり回るお話です。




