7王 反旗
ルシェンドラは、実父の領土であるオーティス公爵領にいた。
オーティス公爵領は、スリード王国の西、ロルカ平原を超えたところであり、王都ケイティパレスよりは、王国最西のグレン砦に近い領土だ。
南部の穀倉地帯を通る街道から少し入ったところに、オーティス公爵領へ向かう道が出ていた。
オーティス公爵領の中心都市マイナンパルクは、西の都とも呼ばれる程の規模を誇っている。
王都ケイティパレスは、人口200万の巨大都市であるが、ここマイナンパルクも、人口100万を超える都市である。
スリード王国西部では、最大の都市である。
「殿下、よろしいでしょうか」
「なんだ、ジイか」
剣の稽古をしていたルシェンドラに、マーハラーンが声をかける。
「ガンツ殿のことですが」
「ジイは、オレが王になることへ意見があるのか」
「しかるべき時であれば、それもまた叶いましょう。ですが、このようなやり方、殿下の御ためにはなりますまい」
「ふむ」
ルシェンドラが当時のことを思い出す。
ルシェンドラがガンツに敗れた時、ガンツはルシェンドラの身柄を拘束し、捕虜とした。
そして、壊滅状態にあった南部連合軍をまとめ、一度レオロ村の拠点へ撤収した。
一度はグレン砦から王国軍が出てこようとした気配も見せたが、ルシェンドラの部隊が壊滅したところを目の当たりにし、砦の門すら開けずに様子を見守っていた。
レオロ村では、部隊の司令官がグレン砦の攻略に頭を悩ませていたが、そこへ先遣部隊が壊滅した報を受ける。
「ガンツ、きさまおめおめと戻ってきおって! きさまに貸し与えた兵は、ことごとく敗れ去ったと聞くが、どう申し開きをする!」
あまりの興奮によって、ところどころ声が裏返っていたことに、ガンツは苦笑する。
「きーさまー! なーにがおかしい!」
意に介さず、ガンツは耳を指でほじくっている。
「まあまあ、そうがなりなさんな、司令官殿。今回は部隊どころじゃねえ土産があるってんだからよ」
そういうと、ガンツは後ろ手に縛ったルシェンドラとマーハラーンを部屋に入れる。
「こ、こいつは、まさか」
「司令官殿でもご存知だよな、蒼の王子、第7王子と呼ばれる、スリード王国の武闘派、ルシェンドラだ」
司令官は、わなわなと震えて、ルシェンドラを見る。
「こ、こやつを捕らえたとな!? うむ。よい、よい手柄だ! ほ、褒美をくれてやろう、なんでも好きなものを言え」
「ほほう、それは太っ腹だねぇ、司令官殿?
では一つ聞くが、司令官殿はこいつをどう使う」
「ひゃははっ、そんなもん、決まっとろう。アガレスト王国へ連れて行き、士気高揚のため処刑するのだ!」
「そしたら、この戦、勝てるのかい?」
「当然だろう! 王国も王位継承者を失って、さぞかし意気消沈することだろうな。
しかもだ、王国随一とうたわれる、蒼の王子だぞ! ガンツ、おまえの腕が優れていても、まさかここまでの戦果を挙げるとはなあ、思ってもみなかったわ。いや、快挙快挙!」
顎を上げて司令官を見下ろす形で眺めていたガンツの瞳に、炎が宿ったように見えた。
「じゃあ、そのご褒美なんですがね」
「おう、言ってみろ言ってみろ。これでオレも、昇進間違いなしだしな。フヒヒ」
司令官が椅子から立ち上がり、手を広げてガンツを歓迎するような仕草で高笑いする。
「おろ?」
司令官は、首の下に冷たいものを感じた。
後ずさりしているわけでもないのに、視線が後ろへ動いていく。床が自動的に後ろへ動いているかのような感覚だった。
見れば、自分の服を着た男の背中が目の前にある。
その男は、首から上が無く、数瞬の後、激しく血飛沫をまき散らして倒れた。
目にも留まらぬ速さで、ガンツがバトルアックスの【赫斧】を水平に投げ飛ばしたのであった。
【赫斧】は司令官の首を斬り、そのまま首を載せて部屋の壁にめり込んでいた。
部屋には、首のない司令官の身体が横たわり、壁に刺さった【赫斧】の上に、司令官の首が置かれている状態だった。
「欲しいのは軍の指揮権だ。おめぇのくだらねえことしか考えられないような頭はいらねえよ」
ガンツは後ろ手に縛られていたルシェンドラたちの縄をナイフで切り、2人を自由にする。
「よいのか、このようなことをして」
「まぁ見てなって」
ガンツは司令官の首を掴むと、家を出て村の広場に行く。
南部連合軍の兵たちがそこに集まっていたが、司令官の成れの果てを見て動揺し始める。
「みな、聞けぇいっ!」
兵たちが注目すると、そこには司令官の、まだ切り口から血を滴らせた生首の髪を掴んで持ち上げるガンツの姿があった。
「司令官は、反心ありとしてここに討ち取った! こやつは、諸君らの働きで得た戦利品を独り占めするだけではなく、それを売りさばいて私腹を肥やしていた! そして、此度多くの犠牲を払ってまで得た蒼の王子を使い、王国に寝返ろうとしていたのだ! 前線で、命を懸けて奮戦しているみなを見捨ててである!」
兵たちの動揺が、怒りへと変わっていくのがガンツには判った。
「それも、蒼の王子が我ら南部連合に協力の意を示したことによって明らかとなった。
蒼の王子は、王国にとって不遇とされてきた王弟の流れである。
王国は、常に王弟の犠牲の上に成り立ってきた。
古くは南部連合の祖となった、イナンディルの実弟、オロエウス僭称王然り、ベフオルド一世の弟、ゲールザルト公然り、そして、現国王クリング三世の実弟、エルフェス大公然りである!」
ルシェンドラが家から出てきて、ガンツの横に立つ。
「蒼の王子ルシェンドラは、連綿と続く王弟の悲劇を繰り返すまいと、王国からの独立を誓われた! 新たなる南部連合の1国が生まれたのである!」
ガンツは、司令官の首をさらに高く掲げる。
「その王子の大志を理解できず、国を裏切り、兵を欺くこのような小人にこれ以上軍の指揮をさせるわせるわけにはいかない! よって、指揮権を剥奪し、首を晒すものとした!」
兵たちから歓声が上がる。
確かに、大小さまざまなところで、司令官は悪事を働いていたため、兵たちの評判は悪く、毛嫌いをされていた節はある。
それに比べ、多少乱暴ではあるが、常に先頭に立って兵たちの目の前で戦果を挙げるガンツに、惹かれる者は多かった。
だからといって、命までは奪う必要は無かったが、それも自分たちを裏切ろうとしていたことが露呈したとすれば、このような処置も当然と思えた。
ましてや、蒼の王子が南部連合に降り、その客将として迎え入れられたことは、自分たちの行いを正当化されたと見えることでもあるため、かえって司令官の振る舞いが、許せないものと思えたのだ。
(そうなるよう、ガンツが仕組んだのか……。脳味噌まで筋肉かと思ったが、なかなかどうして侮れん)
ガンツは、レオロ村に駐屯している部隊、1000名を掌握し、ルシェンドラを客将として、オーティス公爵領マイナンパルクへ押し寄せたのである。
マイナンパルクでは、爵位を継いで当主となったルシェンドラの弟、アンティモアが城門を開き、実兄であるルシェンドラを受け入れた。
これにより、オーティス公アンティモアの兵2万を加え、後続から糾合した南部連合軍1万2000の合計3万2000の兵力が、スリード王国の国王クリング三世陣営と対立することになった。
「殿下、聞いておいでですか?」
「ん、ああ。すまん、ここに来た頃のことを思い出していてな」
稽古でかいた汗を、長布で拭き取る。
草原の風が、火照った身体に気持ちよかった。
「正式に王位へ就かれるのであれば、誰からも異論は出ますまい」
「だが、現王朝に反旗を翻してのことでは、誰にも相手にされないと言いたいのだろう」
「解っておいででしたら、なぜこのようなことを……」
「確かに、オレは王位継承権の所有者だが、王太子ファイエルバークをはじめ、オレの前には6人の継承権者がいる。中にはオレの義父上もいるが、ほとんどはオレと同年代の者だ。正式にと言っても、待っているだけではオレの所に王位は転がってこないだろう」
「しかしながら、軍事的にそれを返そうなどと」
マーハラーンの眉根が寄って皺を作る。
「そこだ。今の王国は、外部の侵略を跳ね返す力が無い。だからこそ、帝国や、身内であるはずの南部連合なぞに攻められることになるんだ。
オレは、武力には武力で、攻めてくる敵には、それ相応の報いをくれてやるためにも、力のある国を創りたいのだ」
「なればこそ、南部連合軍の力を借りるなぞ」
「なあに、今は利用しているだけよ。オレが王国を掌握すれば、また見えてくる景色も変わってこよう。
さあ、準備ができ次第、エルフェス大公領へ向かうぞ。これが成功すれば、王都の軍と互角に渡り合える兵力となろう」
ルシェンドラは、義父であるエルフェス大公へ渡りをつけ、エルフェス大公領の兵力1万5000を引き入れようと、自らが馬を飛ばす。
護衛として、マーハラーンとガンツが付く。
エルフェス大公領は、王国最西のグレン砦と、最北のイベータ城塞とを結ぶ街道の中ほどにある領地で、どちらの砦の連絡も中継する重要な位置にあった。
王都からは遠いものの、北方のローエンダルク帝国とのにらみ合いにも積極的に加わり、イベータ城塞と連携を取りつつ国境の防衛に努めていた。
(義父上はこの戦、お許しになられるだろうか)
一抹の不安を抱え、ルシェンドラは義父の領土であるエルフェス大公領に足を踏み入れた。
(ガンツが近くにいる内は、迂闊なことはできない。だが、傀儡とはいえ、玉座が目の前にあるということは、この好機を掴み、その後でガンツを追い落とすことができれば……)
そのためにも、自分に忠誠を誓う配下を多く抱えることが、そして、ガンツと相対して引けを取らない人物を得ることが、何より自分の玉座を安寧にする秘訣だと、ルシェンドラは考えていた。
ガンツは、ルシェンドラの後ろから、見透かしたような視線を送る。
エルフェス大公の居城が、眼前に迫ってきた。
次回、アインツたちがメルクリウスと今後のことを相談するお話です。




