39騎 魔の影
ナイプライド辺境伯の邸宅。
アインツたちはその食堂に招かれている。
「メルクリウスさん」
アインツが、以前から仲間だったプレイヤーの名前を呼ぶ。
「久しぶりだね、アインツさん」
メルクリウスは、椅子から立ち上がると、アインツたちに近づいて握手を交わす。
「我は、メルクリウス・ナイプライド。ブルーレティ公国の辺境伯だ」
右手を胸に当て、半歩前に出した左足を膝で軽く曲げる、形式ばった挨拶をした。
「やー、エレーナ。元気だったかい」
おもむろに、メルクリウスがエレーナを抱きしめる。
「やめんか、痴れ者が」
エレーナの右こぶしが、メルクリウスの頬にめり込む。
「相変わらずだなあ、エレーナのパンチは」
頬を押さえながら、苦笑いする。
「でも、メルクリウスさんが辺境伯なんて、知らなかったっスよー」
おどけた感じでマイキーが椅子に腰を下ろす。
見知った顔であったためか、今までの緊張感が一気になくなる。
マイキーは、ついでにテーブルの上のフルーツを口にする。
「そうだね、あれからいろいろあってね。一応ボクも白銀の守護者だからね」
「最近は全くプレイしていないのかと思いましたよ。パーティチャットにも出なかったし」
「ごめんごめん。一応、南部連合に所属もしていたんでね、チャットはオフにしていたんだよ」
メルクリウスが椅子をすすめ、やれやれといった風情で、アインツたちも席に着く。
「話せば長いことなんだけど」
「なら黙るんじゃ」
「いやいや、ここは聞くとこっスよ~」
「そのノリ、久しぶりだなー」
メルクリウスが苦笑し、手にしたワインを口に運ぶ。
「パーティから一時外れて、ボクは南部連合の国々で冒険をしていたんだ。
希少金属が採れるっていうんでね、ちょっと興味があってさ」
「それがどうして辺境伯に?」
メルクリウスが、懐から鉱石を大小いくつか取り出す。
「これが鍵だった。ボクはてっきり、オリハルコンとかそういう魔法金属や超金属の類いかと思ったんだけど、希少金属って、そうじゃなかったんだよね」
「ほほう、魔鉱石じゃな」
「エレーナ、ご名答!」
「魔鉱石ってなンすか」
「この地で採れる魔鉱石は、言うなれば魔法の電池みたいなもの、かな。魔力の塊として、安定状態にある個体、と言ったところだろうね。
こう、力を注ぐと……」
メルクリウスが小さな魔鉱石を握る。
握った拳の指の隙間から、鈍い光が漏れだす。
「アビスクロニクルの世界では、使用者のMPに還元される光なんだ」
「普段はポーションとかで回復していたから、魔鉱石のお世話にはなりませんでしたけど、私もこんな大きな魔鉱石を見るのは初めてです」
「めったに出回らないからね。特別イベントの報酬とかでちょっと出るくらいだったかな」
「だが、辺境伯は昔からこの地方の豪族だったと聞くが、その昔がここ数年という事ではあるまい?」
「うん、そうなんだよね。ここは元々、ナイプライド家の自治領というべきかな、私領というか、勝手に住み着いたのが始まりだったらしい。
それで、たまたまボクが鉱石を探して拠点にしたのがこの近辺だったというわけなんだけど」
「そこからはわたくしがお話いたしますわ」
奥の扉から、ドレスに身を包んだ妙齢の貴婦人が現れる。
「お初にお目にかかります。わたくし、妻のナスターシャと申します」
ゆったりとしたドレスの裾を軽くつまみ、上に少しだけ持ち上げる。
それに合わせて少し膝を曲げ、ふわりとしたお辞儀をした。
立ち居振る舞いは上流階級の教育をしっかりと受けた者のそれであった。
「つ、妻ぁ!?」
アインツたちは、目を丸くしてナスターシャと名乗る女性を見つめる。
整えられた髪は金髪に近い茶色で、髪飾りに付けられた宝石がキラキラと光を反射している。
顔立ちはずば抜けてというわけではないが、整った目鼻立ちをしており、その笑みには上品さが見える。
背も女性にしては高いが、メルクリウスの身長が180センチなので、並ぶとちょうどよいくらいであった。
「妻はナイプライド家の一人娘でね。冒険で疲れていたボクに、とても優しくしてくれたのさ」
「あー」
「そうしたらもう、二人は熱い恋に落ちたってわけ!」
「あー」
「義父上ははじめ認めてくれなかったけど、そりゃそうだよね、辺境伯の一人娘と、どこの馬の骨ともわからない冒険者だもの。でも、元々白銀の守護者でもあったし、何よりこれ! この魔鉱石を見つけ出したボクの功績! あ、ここは鉱石と功績を掛けているところだからね」
「あー」
「そうしたらとんとん拍子だよー。あれよあれよという内に、婿養子になったってわけ」
(メルクリウスは、口癖がリア充爆発しろ、じゃったからのう。変われば変わるものじゃ)
(ちょっと優しくしてもらって、勘違いしちゃったのかな……)
(幸せそうでなによりっス!)
「でも、残念なことに、義父上は1年前に他界されてね。その後でしょ、大変動があったの。もう、てんやわんやだったさ」
「それは大変でしたね。まぁ、こちらも負けず劣らず大変でしたけど……」
「元の世界、地上世界へ戻る方法とか、情報はないっスか?」
「それなんだけど、辺境伯の情報網をもってしても、戻ることに対しての情報が全くといっていいほど無いんだよ。
スリード王国のスクイレル教会に、天へつながる、天からの管と呼ばれるものが崩壊したという噂は聞いたよ。恐らくそれは、ゲームで使っていた地上へのエレベーターを指しているのじゃないかと思うんだけどね。
それと、空に穴があいているわけでもないし、どこへつながっていたのか、なぜ崩れたのかが判っていないんだ」
「そうですか。スリード王国へは行こうとしているので、崩壊跡も見られれば、確認してきます」
「うん、その時は、こちらにも情報を頼むよ」
「判りました」
「あーあ、できるなら元の世界に戻りたいっスけど。まずは今生きることが大事っスからねー」
「メルクリウスさん、地上世界には?」
「それなんだけどさー、戻んなくてもいいかな、なんて」
「えー!」
アインツたちはメルクリウスを凝視する。
「それがね」
いきなりメルクリウスの目尻がだらしなく下がる。
「できちゃった……」
「え? 何が?」
「6カ月だって、さ」
メルクリウスは赤い顔をしてはにかみながら頭を掻く。
「え? え?」
そういえば、とメルクリウスの妻のナスターシャを見れば、ゆったりとしたドレスだったので目立たなかったかもしれないが、確かに腹部が大きくせり出していた。
「えーーー!」
ゲーム内ウェディングや、VR家族なんていうのはあったが、アインツはまさかこのような形で子供ができるとは思ってもみなかった。
「ていうか、ヤれンすね!?」
マイキーの頭を、エレーナが思いっきりひっぱたく。
「それはさておき、本題に入りましょうか」
アインツが井戸端会議となりつつあった会話を途切る。
「辺境伯に伺いたいのですが、今回のスリード王国への侵攻。これはどういった理由なのでしょうか」
アインツが詰め寄る。
メルクリウスは先刻承知していたことであるため、ことさら驚いたり慌てたりしない。
「正直、ボクにも判らない。国々の会議にボクが出席していないので、そこらへんの情報が入ってこないんだよ」
「反戦派、じゃからか?」
「そうなんだよ。一応、公国には所属しているものの、元々この地の豪族で、仕方なしに南部連合に組み入れられちゃった経緯があるからね。
基本的には、救護で後方支援をするという役回りにしていて、負傷者が出たら領内で受け入れる、ということにしているよ」
メルクリウスが地図を持ち出す。
「南部連合は、その成り立ち、王様の弟という立場から、スリード王国に対して、いつでも反旗を翻そうとしていたんだ。自分が取って代わろう、としてね。
ただ、経済力も、軍事力も、生産性も乏しい南部の国々にとって、庇護下から離れる、そして親に噛みつくという行為は、自殺にも等しいものなんだよね」
地図の上の湖を指す。
「南部連合は、北にアガレスト、中央にブルーレティとゴルフェメルがあって、その南にあるツーグルス川が平野を東西に走っている。そして川向こう、そのツーグルス川を挟んでフェリストメレクとマーロンがある。そのフェリストメレクとマーロンに挟まれたところに、暗黒の湖デモルギアがあるんだ。
デモルギア湖は周期的に瘴気を吐き出すらしく、その時には南部連合全体に及ぶほどの疫病や飢饉が発生するんだよ。
もちろん、ツーグルス川の近くにある、ここナイプライド辺境伯領にもね」
「それで、今まで南部連合は、国力が増大することなく、スリード王国の属国という地位に甘んじていた、と」
「まぁ、そんなところだろうね。自然現象には勝てないというところかな。これが自然現象、ならね。
それと」
メルクリウスの指が、大陸北方のローエンダルク帝国を指差す。
「帝国が南部連合を支援しているというのは本当だよ。遠交近攻とはよく言ったものだね。まさにスリード王国がそんな感じで挟撃されているって感じかな」
ずいっと、メルクリウスの身体が近寄ってくる。
「でもね」
「その帝国をも裏で動かしている者がいるという噂が流れてきたんだ」
「帝国が?」
メルクリウスが首を縦に振る。
「帝国も操り人形だった、ということさ」




