36騎 嵐の戦い
「どうした、おい!」
奉行の騎士、ガデュリンが、アインたちに駆け寄る。
他の兵士たちも、何人かが待合室に入ってくる。
手狭になった待合室では、アインたちが胸を押さえて呻いていた。
見ると、アインたちの中で、かろうじて意識のある者は、アインの他にはエレナとマイケルだけであった。
他の者を見ると、護衛の戦士たちや、商人のエイブラーンは、横たわったままピクリとも動かない。
「ま、まさか……」
アインが自分の小指を見ると、金色に輝いていた指輪は、真っ黒に染まっていた。
(呪いの指輪……!? 何か誓約を破ることでもしたのか。あの箱が壊れたことで、発動したとでも言うのか)
アインは様々な思いを巡らすが、胸の苦しみは一向に治まらない。
(仕方ない、か)
アインは、左手を右の小指に沿え、目を閉じる。
「呪い解除」
魔法を唱えると、黒くなった指輪が、灰となってさらさらと指から流れ落ちる。
「っ、かはっ!」
それと同時に、胸のつかえも薄らいでいく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
アインは呼吸を整え、エレナとマイケルにも呪い解除をかける。
2人はアインと同様に、指輪の呪力から解放させる。
苦痛が取れたエレナは他の護衛たちを見るが、アインに向かって横に首を振るだけであった。
「私たちは抵抗できたけれど、他の皆はそうじゃなかったみたい。あれだけ強い呪いの力に耐えることはできなかったのね」
エレナは、浅い呼吸の中で、アインに告げた。
「っくふぅ、オレも、結構、ギリだったぜ」
マイケルが尻餅をついた格好で、激しく胸を上下させて、なんとか新鮮な空気を取り込もうとしていた。
「今回は、ちとヤバかった……。あれ、こんなに強力、だとは、思わなかったぜ」
「でも、なんで呪いが発動したのかしら」
「オレたちは、別にバンブルビーを裏切るようなことをした覚えは無いんだがな。あの誓約というのは、いったい何だったんだ」
「子爵に聞ければいいんだけどね。ここにいないから、仕方ないわね」
「そうだな」
エレナの言葉に、アインがうなずく。
「それにしても、なんでまた。あの箱が落ちてからすぐだったよな」
マイケルが当時の状況を思い出す。
「あーっ! 箱が、なんか隙間が空いてるぞ!」
マイケルが、壊れた箱を見て隙間を覗く。
「真っ暗でよく判んねーけど、何も入ってないみたいだな」
「な、神聖魔法を扱えるなど、お前は、ただの戦士ではないな!」
呪い解除は、高位の聖職者や、騎士の中でも聖なる位とされる聖騎士にしか扱えない神聖魔法である。
その様子を見て、ガデュリンがアインに詰め寄る。
「手形には、商人の他に今回の護衛として戦士が8人とあったが、神聖魔法を使える戦士なんぞあり得ん! お前、いった何者だ……」
「そんなことはどうでもいい。あんたが余計なことをしてくれたから、こいつらは死んだんだぞ」
アインは物言わぬ塊と化した商人や護衛たちを指差した。
「そ、そんなことを言っても、そんなことオレは知らん……。オレは何もやっておらん」
狼狽するガデュリンは、部屋からあとずさりしようとする。
「グギャァッ!」
入り口の辺りで、兵士が異様な声を上げる。
水風船が壁に叩きつけられて割れるような、そんな音が聞こえる。
兵士が駐屯する屋敷でもあるため、廊下の天井は高めに造られている。
その天井にも届きそうなくらいの、大きな影があった。
影というのも適切ではない。
なぜならば、空気の揺らぎでしか、その存在を確かめる術がなかったからだ。
「こ、これは」
ガデュリンは更に混乱する。
剣を抜くことも忘れ、ただわなわなと身体を震わせるだけだった。
「下がってろ。それと、武器を借りるぞ」
アインは騎士の腰から剣を奪い取ると、廊下に出て陽炎のような空気の揺らぎに対し、正眼の構えを取った。
「ソードプレッシャー!」
そこから目にも止まらぬ勢いで突きを繰り出す。
空気の揺らぎの中心が、剣圧で吹き飛ばされる。
揺らぎの中心は突き抜けるが、また周りから空気の圧力が戻ってくる。
空気の塊が、アインの隣に立っていた兵士にぶつかる。
兵士は、潰れたカエルのようなうめき声を残し、廊下の壁に激突する。
廊下の壁が崩れ、大きな穴が空く。
揺らぎがアインに向かって押し寄せてくる。
まさに空気の壁である。
風の圧力が、アインを押し潰そうとする。
「エアスラッシャー!」
マイケルが、倒れた兵士から剣を奪い、空気を切り裂く斬撃を繰り出した。
アインに迫ろうとしていた空気の圧力が分断される。
「助かった」
「なぁに」
空気の塊が、また集まってアインとマイケルに襲いかかる。
「こんな事なら、攻撃魔法が得意な奴を連れてくればよかったかな」
「今更、だわ」
アインの呟きに、エレナが返す。
「ホーリーシャワー!!」
エレナがスクロールを読み、聖なるカーテンを展開する。
スクロールは、魔法の力を封じ込めた巻物で、魔力が無くとも発動できるが、使用は1回きりというマジックアイテムだ。
スクロールに記されている魔法の文字が光を放つと、その光が宙に躍り出る。
スクロールから浮き出ているようにも見えるその文字が、更に光を強くし、辺り一面に広がる。
光の洪水が落ち着いたころ、聖なる加護を受けた薄い光の膜が、天井から降り注ぐ。
空気の塊がアインたちに向かってくるが、ホーリーシャワーに遮られ、そこから先に進むことができない。
「これで少し体制を立て直そう」
アインが周りに指示をする。
なんとか正気を取り戻したガデュリンは、生き残っている部下の兵士を集めて廊下に集結する。
空気の塊は、徐々に圧力と密度を増し、透明度を無くしていく。
その形は、風というより嵐のようで、その中心部は、一糸纏わぬ女性の姿に空気の塊が集約されていった。
その青白い姿は竜巻のような嵐を纏い、深淵を覗き込むような灰色の瞳が、アインたちを見据えていた。
『我は嵐の魔神、ストーリア。よくもこれまで、あのような狭い世界へ我を閉じ込めておったな』
ストーリアと名乗る魔神が右腕を振り上げると、そこから生まれた竜巻の渦が、廊下を突き抜けていく。
ホーリーシャワーで無力化はするが、その範囲外の場所は竜巻がそのまま通り抜けてしまう。
そこにいた兵士が、たちまちずたずたに切り裂かれていく。
風の塊であった竜巻が、瞬時に赤い渦と化していく。
「密集!」
ガデュリンが部下に指示を飛ばす。
兵士たちは、ホーリーシャワーの範囲内に身を寄せるようにして集まる。
手持ちの武器は、ストーリアに向けている。
「そうか、封印の箱か!」
マイケルは、壊れた箱を改めて見る。
中が空だった訳ではなく、この魔神がなんらかの力であの箱の中に封じられていたのだと理解した。
「待ってくれ! オレたちはあんたを封じた者じゃない! 敵対するつもりはないんだ!」
状況を把握したアインが、ストーリアを説得しようとする。
『戯言を。人間風情が、我を言霊で意のままに操ろうなど、笑止。
うぬでも他の者でも、人間は人間だ。我をその薄汚い箱に縛り付けようなどと、その傲慢、命をもって償わせてやろうぞ』
ストーリアの青い長髪が逆巻く。
『去ねい!』
ストーリアの腕が振り下ろされるたびに、竜巻がアインたちに襲いかかる。
ホーリーシャワーである程度凌げてはいるが、そう長くはもたない。
ホーリーシャワーの効力が薄まり、それを突き抜けた竜巻が、アインたちを襲い始める。
それをアインたちは、剣圧で弾き返そうとするが、全ては受けきれず、鎧の隙間から入り込んだ風のナイフが、身体を切り裂いていく。
後ろで何人かの兵士が、吹き飛ばされ、切り裂かれていく。
生きたまま細切れになっていく者もいれば、飛ばされて壁に激突する者もいる。
『何より、我を封じた者がしておった指輪をうぬらもしておったのを、我はこの目で見ておるのだぞ』
「指輪……? まさか」
「呪いの指輪か」
「やってくれたわね、あのクサレ子爵」
「エレナ、言葉」
ストーリアの発言は、驚くなと言う方が無理であったろう。
アインたちは、それでもかろうじて気を張ることで、戦意を奮い立たせ、嵐の魔神と対峙していた。
「あのリングで、封印を強化させていたという半面もあったのだろう。
だが、封印していた箱そのものが破壊され、リングの補助だけでは封印し続けることができなかった、というところか」
アインが推論を述べる。
(もしかしたら、魔神を封じた力が、箱の封印を破ったことで、リングの所持者にもフィードバックしたというのが、この呪いの一つでもあるのだろうか)
アインは、意識の中で呪いについて考えてみる。
(こんな時だというのに、冷静……なのか)
ストーリアの攻撃が、ついにホーリーシャワーを打ち破る。
聖なる光が、散り散りになって消える。
アインたちは、技を繰り出し、向かってくる竜巻を逸らし、跳ね返す。
弾かれた竜巻が壁を破壊し、天井を突き抜け、大きな吹き抜けを作る。
躱しても弾き返しても、魔神は竜巻を繰り出して来る。
アインたちの攻撃は、竜巻に遮られてまともに相手まで届かない。
「ふぅ、もういいじゃろ。これでは埒が明かん」
エレナがアインに話しかける。
「そうですね、このままだとジリ貧です。致し方ありません」
アインがそれに答える。
「んー、しゃあないっスかね~」
マイケルも合わせる。
マイケルは、後ろにいる兵士からショートスピアを奪い取り、アインに渡す。
「これならイケるっスよね?」
「長柄武器、助かります」
アインがマイケルに礼を言う。
「まずはこの嵐の魔神を倒してからです」
アインは、魔神を射抜くかのような視線を向ける。
「一気に方を付けましょう」




