35騎 国境
「なんとか撃退できたようだが」
アインは盗賊たちが撤退するのを見て、そう呟いた。
「いやいやいや、なんとかという話ではありませんよ、圧勝、圧倒、圧巻ですよ!」
エイブラーンが、諸手を挙げて称賛する。
矢傷を受けた3人は、各時で応急手当てを済ませていたため、それ以上被害が広がらずに済んだ。
対して、襲撃してきた盗賊は、8人が物言わぬ骸となり、1人が腕を無くす重傷を負って倒れている。
エレナがその盗賊の傷口をロープで縛り、出血を止めたところで布を巻いてやった。
他の盗賊が頭に巻いていた赤い布である。
「手当てしてあげたんだから、感謝しなさいよね」
痛みに耐えられず意識の無い盗賊に向かって、エレナが独り言を漏らす。
国境の関所。
今までいたブルーレティ公国と、これから行くフェリストメレク領の国境であり、この関所はツーグルス川の両隣に配置されていた。
関所は、ツーグルス川の渡しも兼ねていたため、それぞれの国の領内で、検問が敷かれることとなっていた。
それまで、ブルーレティ公国内で何度か通過した関所では、バンブルビーの通行手形があるため、何の問題も無く通過することができた。
それは、バンブルビーが国の貴族であり、自分の領地へ行くまでのルートであったため、特に警戒されることは無かった。
ただ、この国境にある関所は、バンブルビーとしても領外であり、当然他国への渡航となるため、国外輸送許可や、入国手続きを取る必要がある。
バンブルビーはそれも当然了解の上での貿易であり、必要事項は処理された上で、ブルーレティ公国の許可と公国内のフェリストメレクの大使館からの許可を得ていた。
当然、経路となるマーロン自治区や、ゴルフェメル国の大使館からも許可を得た通行手形である。
エイブラーンは、通常とは異なる点として、普段にはない物々しい警備が気になるところであった。
「何かあったのでしょうかね」
エイブラーンがアインに訊くが、当然アインは知る由もない。
「普段からこんな感じなのか? 国内の関所とはまた警備が違うようだが」
逆にアインが質問すると、エイブラーンも怪訝そうな顔をする。
「いつもはこんなに厳重じゃないんですけどね。連合内の国同士なので、もう少し緩いはずなのですが。
それに、空気も幾分ピリピリしているような気がしますし。
まぁ、私たちは子爵様の手形もありますし、これは正規の手形ですから、疑いをかけられる余地も無いはずです。心配には及ばないと思いますけど」
エイブラーンはそういうものの、厳重な警備が敷かれている関所を見て、少し戸惑いがある様子でアインたちに説明する。
それは、自分に言い聞かせるようにも見えた。
そして、関所の確認は、アインたちの番まで来た。
「抜け荷改めである。荷をそちらの小屋へ持って行き、そなたらはあの控室で待たれよ」
案内を受けたエイブラーンが、一歩進みでて案内係に話をする。
「お役人様、積み荷には貴重な品々もございますれば、こちらの手形をご確認頂きたくお願い申し上げます」
エイブラーンが、バンブルビーの手形を見せる。
手形の裏に重ねて、コインを、恐らく金貨だろうが、数枚役人へ渡す。
役人は表情を変えず、エイブラーンに指示する。
「そなたらは、あちらの屋敷に行くがよい。後は屋敷の者が対処する」
「判りました。ありがとうございます。
では、アインさんたちも、ご一緒に」
エイブラーンたちは、案内された3階建ての屋敷へ向かう。
先程の荷物小屋などとは異なり、それなりにしっかりした建物である。
装飾はそれほど華美ではなく、堅牢さを表しているように見えるのは、これが兵士の宿舎も兼ねての事なのか、通行する者に対する威厳を見せるためなのか。
屋敷の前に行くと、中央の玄関とは別の脇の扉が開き、中から警備と思われる兵士が出てくる。
「お荷物、武器はお預かりします。中で、この関所の奉行が待っていますので」
アインたちは、兵士に荷物と武器を預けると、扉から入ってすぐの待合室のようなところへ案内される。
「少々こちらでお待ちください」
兵士はそう言うと、部屋から出て扉を閉めようとする。
マイケルが違和感に気付く。
「この窓、鉄格子がかかってるぜ」
待合室の入り口が締まり、鍵がかけられたような音がする。
「な、ちょっと待てよ! 何するんだよ!!」
ドアノブを回そうとするが、鍵がかけられており、開けることができない。
「やられた!」
アインたちは、この待合室のような部屋に閉じ込められたようだった。
鉄格子のはまった窓以外は、鍵のかかった扉があるだけである。
他は、白壁に囲われた部屋で、中にある物も、大きめなテーブルと、椅子が4脚。サイドテーブルには花が活けてあるが、しおれて枯れかけている。
マイケルが扉を叩いても返事は無く、大声を上げても反応は無かった。
「どうなってんのよ?」
エレナがエイブラーンに詰め寄る。
だが、エイブラーンにも何がどうしたのか皆目見当がつかない。
「わ、私だって、何が何やら……」
「少なくとも、武器も無く、ここに閉じ込められたということか」
アインが皆に聞こえるようにつぶやく。
「荷物を調べたら、放してくれるんじゃねぇか?」
護衛の1人が希望的観測を口にする。
「そうなれば御の字だろうがな」
アインはそれに反論する。
「以前と役人の顔ぶれが違うようにも見えましたが……。袖の下では、効果が無かったということでしょうか」
エイブラーンが己の行為を正当化しようとする。
「何か意図があってのことかもしれない。それか、何か理由があっての事か」
アインが状況を把握しようとする。
「アイン、どうするの? 私たちなら、ここから抜け出すことは難しくない事だと思うわ」
エレナが壁を叩きながら言う。
確かに、レンガで出来ているこの白壁なら、破壊することはできるかもしれない。
「おい、うるさいぞ!」
エレナの言葉は聞き取れなかったようだが、何か不穏な会話をしている事は判ったようだ。扉の向こうで、門番らしき男から注意の声を上げる。
「わかったわよ。静かにしていればいいんでしょ」
エレナは、敢えて大きな声で答えた。
「さっきは返事しなかったクセに、こういう時だけ反応するんだから、嫌になるわ」
エレナは独りごちた。
エイブラーンとアインたちは、なぜこのような事になったのかを推察する。
「子爵様の領地で、私たちが持ってきた穀物はほとんど置いてきました。その代わりに、領地の村から受け取った、加工野菜や干し肉などの日持ちのする特産品を受け取りました。
その他は、バンブルビー子爵のお持ちであった骨董品や、酒の樽、香辛料などです」
エイブラーンは、持っている荷物の内容を思い出しながら言った。
「だが、今の関所での対応は、荷改めをする前に言われた気がするが」
アインの指摘ももっともかもしれない。
「とすると、荷物が問題ではないか、手形に問題があったかだが」
「手形は正規のもので、これは正しい手続きで発行されたものです。相手がその正規の手続きを認めないような軍事政府ででもなければ、こちらの権利を承認する事でしょう。
となると、荷物にも手形にも、不正も不満も無いとすれば、その他の要因で……」
そこまで言いかけて、エイブラーンが言葉を飲み込む。
いきなり大きな音を立て、扉が開いたからだ。
数人の兵士と、貴族の紋章を付けた騎士が入ってくる。
「関所入り口の魔法検知で、お前たちの荷物の中から強い魔法反応が認められた。
お前たちの荷物の中に、魔法の道具があるようだが、装備品以外での高レベルの魔法道具は国外への持ち出し、持ち込みは認められておらん。
お前たちの持ってきた物について、説明をしてもらおう」
アインは積み荷の事など一切知らされておらず、興味も無かった。
エイブラーンも、魔法の道具が含まれていようなどとは思ってもいない様子である。
確かに、各国を巡る際、交易をする大商人や貴族への付け届けとして、売買とは別なアイテムを用意していることは聞いている。
だが、高レベルの魔法の道具は、そうやすやすと他人に譲渡するようなものではない。
もちろん、交易の付け届けなどに用いることもない。
装備品や一部の魔法の道具は、持ち主が明確であれば、持ち込み、持ち出しも認められる。
それは、冒険者など旅を生業とする者たちが、強力な魔法の剣や鎧、マジックアイテムを持つこと自体は不自然ではないためだ。
命懸けの冒険で得られた物もあれば、代々伝わってきた物もある。
それらの扱いには寛大であるが、今回のように、誰の持ち物か判らないアイテムがあるということは、不正に持ち出そうとしている可能性があり、盗品や隠さなくてはならない理由があるのではないかと疑われているわけである。
「ガデュリン様、これが魔力検知器に引っかかった物です」
兵士が部屋の外から騎士に声をかける。
(この騎士は、ガデュリンと言うのか)
アインは、兵士が言った騎士の名前を意識するようにした。
その兵士たちが手に持っているのは、抱えれば1人でも持つことができる程度の大きさの、金属の箱である。
(確かこれは、マーロン自治区の貴族に渡す予定の品と聞いていたが……)
エイブラーンは、箱には見覚えがあったが、そのまま渡せと言われていたため、中身については知らされていなかった。
「それは、バンブルビー子爵からの贈り物で、マーロン自治区のアルフォンス様へお渡しするようにと言われておりましたもので、はい」
マーロン自治区は、フェリストメレク領の次に訪問する予定の国である。
フェリストメレク領と、マーロン自治区は、南部連合の中でも、南に位置する国家である。
この二国は、他のアガレスト王国、ブルーレティ公国、ゴルフェメル国とは、ツーグルス川で隔てられているため、あまり交流も盛んではない。
その位置関係もあってか、今回のスリード王国侵攻に対しても、それ程積極的でない様子であったが、一応は南部連合の国として名を連ねているため、形の上でも出兵には加わっているような状況であった。
「この箱については贈り物とあるだけで、魔法に関することは一切手形にも記載されておらぬのでな」
「しかしながら、魔力感知というものは、以前であればここまでお調べにならなかったのですが」
ガデュリンの発言に、エイブラーンが食い下がろうとする。
「確かに、以前であればそうであったかもしれぬが、今は戦時下。高レベルの魔法の道具そのものに価値があり、国外への持ち出しは厳しく取り締まらねばならぬのだ。これが重要なアイテムだとして、国力低下、国家の損失になるような事態は避けねばならん」
「なるほど、言いたいことは判った。ではどうだろう。この箱だけを、バンブルビー子爵の許に戻しては。そうすれば、強大なマジックアイテムも、国外への持ち出しを行わずに済む。
それに、オレたちは他の荷物を金に換えたり、先々で買わねばならん物もある。
これから先へ進みたいのだが」
アインが箱の処遇について提案する。
「そうだな、箱だけをここに置いていくわけにもいくまい。
だが、まず中を確認してから判断しようか」
ガデュリンは、兵士の持つ金属の箱に手をかける。
「ん? これはどうやったら開くんだ?」
ガデュリンはいろいろとまさぐるが、開けるためのくぼみや取っ手が見当たらない。
それどころか、見れば見る程、どこが蓋でどこからが箱なのか、見当がつかなくなっていた。
「お奉行様、それ以上箱をお触りになりませんよう、判りました、全て持ち帰り、バンブルビー子爵にお返し致しますので」
エイブラーンがガデュリンの動きを止めようとする。
「なんだ、お前、よせ!」
ガデュリンは、エイブラーンが力づくで止めようとするその手を撥ね退けようとした。
エイブラーンを叩いた手が、金属の箱に当たる。
持っていた兵士が、不意を突かれて手から滑らせてしまう。
箱が兵士の手から離れ、大きな音を立てて、床に転がる。
それと同時に、商人がうめき声を上げて、受け身も取らず、その場にくずおれる。
「おいおい、無理をするから……おい、どうした!」
騎士が慌てて商人を見、部屋の中を見回して護衛たちを見る。
アインたちは、胸を押さえてうずくまっていた。
他の護衛たちも、床に転がっている。
金属の箱は、角がひしゃげ、変な形に隙間ができていた。




