34騎 商人の護衛任務
「いやー、まったく、素晴らしい! 実に素晴らしい!」
ここはブルーレティ公国の首都アクラ。
バンブルビーの邸宅に招かれたアインたちは、応接間に通される。
バンブルビーは好事家と言っていただけあって、アインからしてみれば、奇妙な調度品が所狭しと飾られている。
「まずは買い取らせてもらいました、あの荷車の料金です」
執事がアインに渡した小さい箱は、珍しい彫刻が掘られ、金糸で飾り付けもされていた。
そしてなにより、ずしりと重みがあった。
開くと中はコインケースになっており、金貨50枚の列が4本、合計200枚入っていた。
金貨は1枚で1万カラトの価値がある。
これだけで、200万カラトあるということだ。
「あの巨大ハイエナの皮や爪、牙などは、加工すれば結構なものになると思うんだけど、どうだろうか」
「そうですね、あれ程の逸材ですから、末端価格では1千万は下らないでしょう。ただ、加工にも手間取るといいますか、なにせ堅いので、普通の職人では歯が立たないのですよねえ。そうなると、一級の鍛冶職人が加工することになったりして、いやまあ、芸術品にもなれば、億は行きますかね、億は」
話が終わらないため、アインが遮る。
「素材代として頂いておこう」
「まぁ、あのハイエナの話は尽きないのですけどね、あなた方の腕を見込んで、私の商売を助けて頂きたいのですよ」
貴族とはいえ、形だけの子爵で、領地も地方の片田舎であるバンブルビーにとっては、自分の領地にいるよりも、首都アクラで好事家のサロンに入り浸る方が心休まるといった様子だ。
好事家だけあって、商人からいろいろ買い漁ってもいるのだが、それだけでは金が足りない。
そのため、バンブルビーは手広く穀物や美術品の売買にも出資しており、地方や他国との行き来を使った簡単な貿易のようなもので利益を生んだりもしている。
地方領主が、骨董を始め様々な商品に手を出せるのも、それらの利益があっての事である。
「このところ、私の商売でも、積み荷を襲われる事が多くなりましてね、まったく、安心できない世の中になったものです。
そこで、腕の立つ冒険者や傭兵を雇って、護衛に就いてもらっているんです」
「ほほう、荷車の護衛か」
「そう嫌そうな顔をしないでくださいよー。ちゃんと、報酬も勉強しますから」
「しかしなぁ、今の装備を見てもらえれば判ると思うけど、オレたちはまだ駆け出しのブロンズなんでね、お役に立てるかどうか」
マイケルがバンブルビーに自分の階級章を見せる。
「なるほど、でも、私も貴族とはいえ商売の目利きもする者として、階級だけで判断はしませんよ。
それに、巨大ハイエナという実績もお持ちだ。これを逃す手は無い、そうでしょう?」
(そういう点では、見る目がありそうだとも思えるな)
アインはバンブルビーの言葉と態度から、そう思えた。
「では、頂いた200万で揃えられるだけの装備を整えたいのだが、よろしいか」
バンブルビーは、少し悩んだ後で、アインたちに提案する。
「それはお使いにならずとも結構です。支度金として、こちらで用意できる物は準備させましょう。武器や防具も、屋敷の武器庫にあるものでしたら、ご自由にお使いになって結構」
「ほほう、それは大きく出たな」
「今回は、南のツーグルス川を越えて、フェリストメレク領まで進み、マーロン自治区を通って、もう一度ツーグルス川を渡り、ゴルフェメル国を通って、ここブルーレティ公国の首都アクラに戻って頂く予定です。
南部連合の国々とはいえ、国を跨いでの長旅となるので、お力のある方にお願いするしかないのです。
それに、途中には暗黒の湖と呼ばれる、デモルギア湖がありますので、万が一にも備えて、ということです」
確かに、南部連合の5つの国の内、4つを行き来しようというのだから、大遠征といっても過言ではない。
また、デモルギア湖は魔瘴が発生すると言われているいわくつきの場所だ。
「判った。それでは、報酬はかなりの額を期待してもよいと?」
「報酬は1000万。支度金として、前払いで300万お渡ししましょう」
「やけに大きく出たな。このままオレたちが逃げるとは思わないのか」
「そのために、こちらをご用意しました」
バンブルビーが執事を呼ぶと、執事は手持ちのクッションの上に、金色に輝く指輪を3つ持って現れた。
「これは誓約の指輪です。これから、私を裏切らないと誓約して頂きます」
「なるほど。それを違えるとどうなる?」
「呪いの指輪に変化し、指輪をしている者を呪い殺します」
「それは興味深い」
「既に誓約内容は込めてあります。そのまま指にはめて頂ければ、契約は成立です」
アインは金色の指輪を一つ取り、眺めたり透かしたりしてみたが、特に何の特色も無い、無垢な指輪に見えた。
意を決したのか、右手の小指を指輪に通す。
親指でも入りそうな大きさの指輪であったが、小指を通過させた途端、アインの指の太さに合わせて、自動的にサイズを縮めて丁度いい大きさになった。
「ん!」
アインは、指輪の裏に棘のような痛みを感じた。
「それが誓約の証です。間違っても、私を裏切ることの無いようお願いしますね。互いのために」
アインは、不敵な笑みでそれに応えた。
アインたちの他に、5人の護衛が準備されていた。それに商人を加えた9人が、今回のメンバーである。
装備も一新し、ひとまずセミオーダーの鎧一式を揃え、武器も兵士が使う物よりは多少質のよい物を揃えることができた。
南部連合の小国とはいえ、まがりなりにも首都アクラである。
戦時下ということもあり、多少は高くつくが、いい物が出回っていたこともある。
そうして新しい装備に、トレードマークともいえるような白のローブとマントで覆う。
魔法の武器が欲しいところだが、桁が一つも二つも違うため、今回は見送ることにした。だが、それも街の武器屋で置いているということ自体が、品揃えの豊富さを物語っていた。
アインらも含め、護衛の8人は、荷の上げ下ろしも受け持つ。
当然、それに合わせて賃金は乗せているが、そういった仕事に対しても了解を得られるメンバーを揃えたようで、他の護衛も、力仕事である積み荷の扱いについては、特に不満を漏らしたりはしなかった。
荷馬車は、頑丈ではあるものの、バンブルビーの趣味とは別に、簡素なものであった。
実用品にまでは、コレクションに加えるような華美なものは使っていないし、どちらかといえば機能美に近いもののようで、性能は折り紙付きだった。
それに、全てのものにおいて豪奢である必要は無く、また、バンブルビーの財力としても、そこまでは整備できないものではある。
貴族の中には、己の力を誇示するため、人目に触れる物は必要以上に飾り立てるという考えもあるが、バンブルビーはそういったものには興味が無かった。
道具は、使えるだけの機能を持っていれば十分である。
そのせいもあって、アインたちが護衛する荷馬車は質はいいものの、はたから見ればごく普通の荷馬車であり、売買を任されている商人も、ごく普通の商人に見えた。
今回の積み荷は、領土へ持って行く穀物の輸送がメインではあるが、その他にも嗜好品や香辛料、酒など、首都アクラの邸宅でバンブルビーが不要になったものを中心に集め、それを現金化することが目的であった。
当然、ある程度の資金を持ち帰ってもいいし、その金で国外や地方の珍しい品を購入してきてもよかった。
その裁量は、商人に任されていた。
「変にごてごて飾った馬車なんか引いてたら、盗賊に狙ってくださいって言っているようなものだからな」
アインが商人のエイブラーンに話す。
「そうですねぇ。ある程度高価な品もあるので、私としても、無事に商いを終わらせたいものですから、目立たないというのも重要なことです」
エイブラーンは、バンブルビー専属ではないものの、このところ頻繁に取引をするようになったとかで、今回も荷物の扱いを一手に任されている。
首都アクラに邸宅を構え、地方都市との取引を行う大店の主人だった。
今回は、バンブルビーの依頼ということもあり、本人が商隊を率いることになった。
エイブラーンの見た目は恰幅がよく、にこにことした笑顔で人当たりもいいところは、さすが大店の主人かと思わせるものだった。
「ゆくゆくは、私も店を子供に譲って、隠居生活を送りたいと思っているんです。
そうしたら、伝説の道具を探しに旅へ出たいと思っていましてね。
金糸の前掛けや、見極めの天秤など、商人としては垂涎の、憧れのひと品を、ぜひこの目で見てみたいのですよ」
「その時は、私がまた護衛するよ」
「はははっ、それは頼もしい。聞きましたよ、巨大ハイエナの話。あれだけの獣を仕留められるなんて、大した腕をお持ちだ。
あなた方がよければ、隠居後だけではなく、これからの仕事の時にも護衛をお願いしたいですよ」
「ええ、報酬は弾んでもらうがね」
「はっはっは、もちろんですとも。その時もまた、武勇伝をお聞かせくださいね」
談笑しながら、荷馬車が街道を南へ進んでいった。
荷馬車は、のどかな田園風景を経て、林の小道を進んでいく。
首都アクラを出て、そろそろ2日が経とうとしていた。
気配が異質なものへ変わる。
「気を付けた方がいい」
マイケルが、商隊の全員に告げる。
その矢先、荷馬車の御者をしていたエイブラーンめがけて、矢が飛んできた。
警戒していたマイケルが、それをショートソードで叩き落とす。
「戦闘態勢! 抜刀!」
アインが剣を抜き、荷馬車を背にして構える。
他の護衛も同様に荷馬車を中心とした方円陣を組む。奇襲に対して防御を高める陣形だ。
前方から、大量の矢が降り注ぐ。
ほとんどは木や地面に突き刺さり、荷馬車に届きそうなものはアインたちが叩き落としていった。
運悪く、護衛の中で腕や脚に矢を受けた者がいたが、致命傷ではなさそうだった。
エレナは負傷者を荷馬車の下に転がし、これ以上矢傷を受けないようにする。
(敵の狙いは、火矢を使ってこないところを見ると、積み荷の鹵獲と見ていいだろう)
アインは敵の動向を探る。
バラバラと、前方から盗賊らしき男たちが襲い掛かってくる。
見たところ、武器も鎧もバラバラで統一感は無かったが、唯一頭に赤い布を巻いているのが共通点である。
「その積み荷は、赤巾党が頂くぜ! 今の戦に明け暮れる連合から独立し、オレたち農民が暮らせる国を造るため、その活動費にしてやるからありが」
襲い掛かりながら何かを叫んでいた男の頭が、次に走ってきた男の頭にぶつかる。
「おい、なんでオレに頭突きをかますんだよ、敵はあっちだろ、あっち!」
「お、おお、すまん、あれ、オレなんでお前にぶつかってれれれ……」
男は舌が回らず、白目をむいて、落ちた。地面にぼとりと落ちたのは、先頭の男の首だけだった。
アインが目にも止まらぬ抜刀術で、先頭の男の首を斬り飛ばしたのだった。
新品とはいえ、なかなかの高品質の剣であったからこそ、アインの技量に耐えられたと言えるだろう。
あまりの剣の速さに、斬られた男ですら、自分が斬られたことに気付かなかったほどだ。
一拍置いて、先頭の男だった身体から血が噴き出して、前のめりに倒れる。
荷馬車の護衛は、3人が怪我を負い荷馬車の下へ退避し、後背に1人残し、アインらともう1人の護衛を加えた4人で盗賊に相対している。
赤巾党を名乗る盗賊がアインに向かってくるが、アインはこれを袈裟斬りに斬って捨てる。
別の盗賊が荷馬車に近寄るが、エレナがメイスを振り回すと、横殴りに腰を砕かれた盗賊がその場で倒れる。
その盗賊は、腰から上がありえない方向に折れ曲がっていた。
飛びかかる盗賊たちをマイケルが矢で射ぬく。1人は額を貫通し、もう1人は肩口から腕が吹き飛ばされる。
前衛部隊があっという間に壊滅状態となり、それに続く者がいなくなった。
何人かは荷馬車の周りを遠巻きに見ていたが、アインがナイフを、マイケルが矢で何人か倒すと、後は蜘蛛の子を散らすように林の中へ逃げ去って行った。




