37騎 ストームランス
国境の関所、その弊社の廊下に、嵐の魔神ストーリアが顕現する。
『うぬらがいくら足掻こうとも我には勝てぬ。我に歯向かう愚かさを知れ』
ストーリアが、大きく息を吸い込む動作をしたかと思うと、一気に口から吐き出す。
さながら、ドラゴンブレスのような風の圧力が、アインたちに向かってくる。
「エレーナ!」
「解っておる」
小柄な1人が、白いフードを撥ね退け、顔をあらわにする。
金髪の長い髪。ハシバミ色の瞳が特徴的な美少女。
「ホーリーシールド!」
美少女が両手を前に突き出すと、魔力が聖なる力場に変換され、前面に押し出される。
聖なる光に遮られ、風の力が拡散する。
「マイキー!」
「了解っス!」
後ろに控えていた長身の戦士が白のマントを翻し、弓を構える。
つがえた矢は2本。その2本の間には、鋼でできた細い糸が結わえられている。
矢を放つと、それぞれの矢は広がり、嵐の魔神の両脇を通過する。
そうすることで、矢に結んだ鋼の糸が、魔神の身体を両断する。
物的効果は期待できないはずだが、鋼の糸には魔力を結晶化した粉が振りかけられていたため、魔神の身体を断ち切ることができた。
結合までには、力と時間を要する。
戦闘に、そのような猶予は無かった。
特に彼らを前にしては。
「いくのじゃ、アインツ!」
「うおおおおお!」
全身鎧で、先程ショートスピアを受け取った男が、魔神に向かって突進する。
『なにをっ!』
魔神は身構えるが、まだ分裂した身体がまとまりきれていない。
槍を構えた全身に、力がみなぎる。
(能力開放、筋力上昇!)
意識を高めつつ、突進を続ける。
「スピアプラッシェ!!」
駆けてチャージした勢いを、細かく分散して無数の突きとして繰り出す。
「散れぃっ!」
槍の穂先が幾重にも分かれたように見え、それが全て魔神へ突き刺さる。
空気の塊に対して物理攻撃を繰り返すことは効果の薄いようにも見えるが、繰り出される槍の圧力は、空気の塊の集約する速度を凌駕する。
塊が、分裂し、細分化され、風の粒になる。
『なんという……。嵐の魔神である我を凌ぐ風圧、そして数……』
風の、最後の粒が、意識を飛ばす。
『我の完敗である。我は魔神。滅せはせぬが、力で敗れたとあっては、うぬ、いや、汝の膝下に参ろう』
風の粒が、空中に漂う。
『汝を我が主と認む。さあ、我と契れ。汝の名を示せ!』
全身鎧の男は一歩前に踏み出すと、右手のひらを風の粒に向ける。
「私はアインツ・ヴァイ・ドライ。アインツの名において命ずる。嵐の魔神ストーリアを、我が眷属とす!」
アインツが叫ぶと、風の粒が次第に集まってくる。
一瞬光を発したかと思うと、青白い風を纏った1本のランスが、アインツの目の前に立って浮いていた。
『畏まりましてそうらえば、我が身、主殿の爪となり、皮膚となり申そう』
アインツがランスを手に取ると、ランスの纏っていた青白い風が、アインツの身体を包み込む。
アインツの着ていた全身鎧が風の中で分解され、再構成される。
その鎧もまた、風を纏っているように見えた。
「アインツ、調伏したのじゃな」
エレーナが、いつもの口調に戻ってアインツに笑顔を向ける。
「災い転じて福となす、っていうことですかね。風を纏う日が来ようとは、思ってもみませんでしたけど」
「風の属性っスか~。オレっちには相性最悪っスね~。飛び道具なんて、まるで当たる気がしませんっスよ」
マイキーがおどけて言う。
「こうなっては仕方がありません。正体を隠していたままでは、ストーリアに勝つのも難しかったでしょうから」
アインツが奉行であるガデュリンと、その部下で生き残っている兵士たちに話しかける。
「ま、まさか、あの伝説の、白銀の守護者……」
ガデュリンが驚きの声を上げる。
「南部の国にも、ある程度広まっていましたか」
再確認するように、アインツが聞く。
「あ、ああ、いや、はい。存じております!」
スリード王国に近い間柄で、国王から直接称号を賜ったということも影響しているだろうか。
南部連合の国々としては、力強くもあり恐ろしくもある騎士団の名前であった。
「いやしかし、白銀の守護者のリーダーは、角が生えた凶悪なオークの血筋で、鼻が潰れ豚餅のようなものと聞く。
よもやこのような平平凡凡とした男が、凶暴で醜悪なリーダーとは思えん……」
ガデュリンの話を聞き、マイキーが驚く。
「噂に尾ひれがつくと言っても、そこまで凶悪犯扱いとは、ある意味すンごいっスね~」
独立は認められたものの、属国扱いとして100年以上もスリード王国の下に位置付けられた国々にとって、スリード王国の認めた騎士団というものは、悪の権化のように言われていた。
「ここまで言われてしまうと、かえって訂正する気にもなりません」
アインツはマイキーたちに話しかけた。
「いえ、だからといって、嵐の魔神にオレたちだけでは生き残れなかったでしょう。そういうことから言えば、あなた方はオレたちの命の恩人です。感謝こそすれ、刃を向けるつもりは毛頭ありません」
関所の兵たちは、敵対する国家に縁のある白銀の守護者を、本来は快く思わなかっただろうが、命を助けてくれた恩人として遇することにした。
「ひとまず、座れるところへ案内します。商人たちの亡骸は、こちらで丁重に埋葬させて頂きますので」
ガデュリンが数人の兵士に、商人と護衛たちの死体の処理を指示する。
アインツたちは、奉行の執務室へ通される。
普段、ガデュリンが関所の業務を行う場所として使われていた。
部屋の中は、長テーブルに、片面4脚ずつの椅子があり、一度に8人が座れるようになっていた。
「まずは、オレたちの命を救ってくれたあなたたちに、礼を言わせてほしい」
ガデュリンが深々と頭を下げ、己の気持ちを身体で表現しようとする。
「それにしても、なぜ魔神が積み荷の中に入っていたのか。
もちろん、箱を積み荷の中に入れたのは依頼主の子爵だということだったが、それを持たせる意味と、誤って封印が解けてしまった場合の対処法が明示されていなかった」
ガデュリンが一同が椅子に座ったことを確認してから、自分も着席する。
「今回、伝説級とも言われる白銀の守護者のメンバーがいたからこそ、この程度の被害で済んだと言えるのではないだろうか。
これが貴族のサロンで発現でもしたら、目も当てられなかったろう」
アインツも頭の中でいろいろな検討を行う。
「バンブルビー子爵の考えは判りませんが、どこで暴発しても構わない、という意識があるように思えます。
南部連合でも一枚岩ではなく、仲違いの種を撒いているかのように取れる部分もあるでしょう」
そこで気になるものとして、アインツは南部連合がなぜ反旗を翻したのかを知りたいところであった。
元々、南部連合は、昔の王弟であるオロエウス僭称王が、独立して建てた国が中心となり、スリード王国から独立した国家をまとめたものが始まりである。
独立した当時に比べ、魔瘴によって国力を減らされ、反旗を翻す暇もなく、従属の道を辿る。
それでも、王国に吸収されず独立を保っていられたのは、王弟一族たちの矜持であったかもしれない。
だが、それはアガレスト王国を始めとする各国の国民にしてみれば、どちらが幸せだったのか。
それは判らない。
そのような国柄である。
いつでも反乱する機運はあったが、国力からも兵力からも、まだ王国には太刀打ちできる規模ではなく、更には仮に国を取れたとしても、疲弊した国力では、帝国を含めた外部からの圧力に対抗できるとは言えない。
内乱は、それだけのリスクがある。
場合によっては、自殺行為に等しいともいえる。
それゆえに、今回は後ろ盾の存在が噂されていた。
その第一候補は、当然というべきか、北のローエンダルク帝国である。
帝国にとって、今の王国より、帝国の傀儡となった南部連合の方が、与し易いと考えるのは自然だろう。
攻めるにしても、遠交近攻の戦略として、スリード王国の兵力の分散、各個撃破を狙うことができる。
ガデュリンの考えるところでは、個人の心情は考慮に含まれず、現場としては上からの指示であるため、否応なく従わなくてはならなかったという、思考停止に近いものであった。
だが、実際に戦闘が始まってみると、相手は王国とはいえそれまで平和な穀倉地帯で、武力介入には一切意識をしているようには見えなかったという程の防衛体制であり、攻め入る前の緊張感とは裏腹に、兵士たちの士気は上がり続けていた。
南部連合の快進撃が、更に麻薬のような効果を生み、戦争派の声が大きくなり、反戦派の力は徐々に失われていった。
(だが、戦の発端は。
そして南部連合の国々が、なんの勝算あって出兵をしているか、そのためには現場だけでは情報が足りない。
聞けるとして、貴族や権力者から話を聞く必要がありそうだ)
アインツは、この侵攻の真の目的が気になるところであった。
次回、4話分、魔族と人類の戦いのお話です。




