3王 査問と方策
「改めてお伺いいたす。元老院におかれては、何故この私を召喚されたのか、その意図をお聞かせ願いたく」
ルシェンドラは、形ばかりの儀礼にこだわることを捨てる。
「今は我が王国にとって、危急存亡の秋。前線に一兵でも多く備えねばならぬ時世に、戦いから遠ざかるは、戦人にとって苦しゅうございます。
なにとぞ、この私めを兵のいる戦場へ参らせたまいたくお願いする所存」
「流石、勇猛なること王国随一の武人とうたわれたオーティス卿。王国に身を捧げるそのお志、称賛に値しましょう」
ルシェンドラが眉をひそめる。
ルシェンドラ・レムルス・デ・オーティス男爵。
これが彼、第7王子と呼ばれるルシェンドラの地位である。
元々オーティス公爵家の第一子として生を受けたが、現国王クリング三世の弟、エルフェス大公の長子ヘッケルが、先天性の病を患っていたため教会へ預けられ、余生をすごくべく王家から離脱し継承権も返上していた。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時7歳のルシェンドラであった。
クリング三世とは血縁の従弟であるオーティス公の血筋という事もあり、エルフェス大公家へ跡継ぎとして迎えられたのであった。
中央の元老がしわぶきながら答える。
「そなたには、王国への反逆罪の疑いがかけられておる」
ルシェンドラが目を見開く。
「なんと!」
(馬鹿な、なぜ反逆などと)
内心、思い当たる節は無く、何かの間違いとも思えたが、まずは元老の言葉を待つことにした。
「先の戦い、ルガール平野での北の蛮族との戦いの折、敵将を討てるところにありながら、敢えてそれを助けたという噂がある。
敵将を敢えて逃すなど、利敵行為とも取れる所業。腹に一物抱えていると思われても致し方あるまい。
身の潔白を示すのであればよし、さもなくば納得のいく説明を求めたいと思うての」
ルシェンドラが、目を細める。
あたかも、獲物を見据える肉食動物のような視線が、元老院の老人たちに向けられる。
「ほほう、噂、ですか。
さすれば、国家の重鎮たる方々が、特に調べもせず、軽々しくも市井の噂に踊らされ、あまつさえ敵が攻め来ようという時に将たる身を戦地から遠ざけようなどと、その浅慮たるや、後の歴史家から嘲笑をもって評価されることになるでしょうな」
「なっ、おのれ、元老院を虚仮にするか!」
元老の怒りの声が聞こえるが、ルシェンドラは言葉を続ける。
「どちらが国家に仇なす族か、判じずとも明白なりや?」
「愚弄するにも程があろう!」
「それも己の罪を隠そうとするがゆえであろう!」
年寄りのしわがれた声がそこここから聞こえる。
「まぁ待たれよ、皆々様」
左の2番目が制止する。
「卿の赤心は承知しておる。確かに、今は北も帝国が攻め寄せ、また、南からも公国の連合が穀倉地帯を焼いていると聞く」
「……それは私の耳にも届いております」
「で、あればだ。このような形でそなたを問い詰めたくはなかったが。
西のグレン砦に、私の身内の者がおってな。その者からの話では」
老人が一息入れて、言葉を続ける。
「白銀の守護者を名乗る者が現れた、ということだ」
ルシェンドラは、一瞬この老人が何を戯れたことを言っているのかと思った。
(白銀の……守護者だと!)
ルシェンドラの顔が、一気に紅潮する。
「私の息子の一人がグレンの総督をしておってな。あやつは治世の才は無いが、出世のため、王都に戻るためであれば、多少は脚色しておろうが、不確かなことは言わぬ奴だ」
そう言って、左から2番目の元老、モルグール伯爵がルシェンドラに説明する。
モルグール伯爵の末子ウスラーは、グレン砦の総督として赴任していた。
伯爵は、ウスラーが末っ子という事もあり、他の兄弟に比べ、大事に育てていたつもりであったが、それが甘やかしであったという事に気付いたのは、既にウスラーが権勢欲に執着するようになってからであった。
総督といえども辺境の地にあって、王都とのつながりを絶やさないためにも、常に報告と珍しい品々を送ってくるものだった。
己が不利になることはもちろん伝えないが、そうでないものは、誇張はあるものの概ね正しい情報を伝えていた。
「白銀の守護者とは、あの騎士団のことでしょうか……」
ルシェンドラは拳を握りしめ、わなわなと震える。
そして、絞り出すように言葉を発する。
その変貌ぶりを見て、他の元老たちは少し留飲を下げたようにも見えた。
(今はそのような些事に構うところではないわ。まさかこのような時に、奴らが……)
「卿とは因縁もある奴らだ。厚い恩寵をお与えになっていた陛下は、病の床に臥せっておいでである。陛下のお耳に入るより先、なすべきことをなしたらどうかと思ってな」
右端の元老、ポラーク老がルシェンドラを煽る。
(白銀の守護者……。妹たちの、仇……)
事は3年前に遡る。
悪魔リバーモアが、貴族の令嬢、カナーティア・マリル・アフナを襲ったあの事件。
カナーティアには、3人のメイドが身の回りの世話をするため、傍に控えていた。
メイドは、ホロウィッツ男爵令嬢と、メレーナ・オーティス公爵令嬢、ヘスリン・オーティス公爵令嬢の3人だった。
ルシェンドラがエルフェス大公の養子となり、家こそは違えど、メレーナとヘスリンは、ルシェンドラの実の妹である。
3人のメイドが仕えるカナーティアは、ジェローム・アフナ侯爵の養女であるが、その出生は謎に包まれていた。
また、国王クリング三世が、カナーティアの養子縁組に一枚噛んでいるという宮廷の噂もあり、侯爵令嬢でありながら、クリング三世と親しくする間柄であると言われていた。
更に、ホロウィッツ男爵令嬢はともかく、オーティス公爵家の娘が、位の下がる侯爵令嬢の身の回りの世話をするなどということからして、異常中の異常であった。
なにかと異例で、いわくつきの侯爵令嬢であった。
その侯爵令嬢が、養父の領地から王都へ帰る途中、それも街道で、悪魔に襲われるという異常事態である。
その時の護衛任務に当たっていたのが、当時まだ傭兵騎士団であった、アインツたちであった。
実際には、その頃のリーダーはタケマルという名の格闘家で、騎士団もそれ程整っていた訳ではなかったが、戦力としては他を圧倒する集団であった。
その護衛がありながら、メレーナとヘスリンは、悪魔の刃に命を奪われたのだ。
その他にも被害が無かったわけではないが、死者はその2人だけであった。
オーティス公爵家は、先王ベフオルド一世の弟、ゲールザルト・オーティスが公爵の位を賜ったところから始まる、家としては新しく創設されたものであった。
そのゲールザルトの子、現オーティス公の子供が、ルシェンドラたちであった。
ゲールザルトは、先王ベフオルド一世と、王位継承争いを繰り広げ、一時期は南部連合とも共闘し、一大勢力を築き上げたところであったが、ベフオルドは、別の大陸のエクスパニア共和国と手を組み、それを退けたのであった。
互いに他国の力を借りたことは事実だが、南部連合は元々スリード王国から分かれた国家群であるし、当時も属国として支配下に置いていた事もあり、世論への影響は少なかったが、エクスパニア共和国というまったくの別の国の助力を得て形勢をひっくり返したベフオルドは、少なからず国民の不興を買うことになった。
力で弾圧するをよしとしなかったベフオルドは、ゲールザルトを赦し、公爵として臣下の礼を取らせたのであった。
国内を安定させるための方策ではあったが、貴族内に軋轢を生む結果ともなった。
そのような背景がある中で、現国王クリング三世の肝煎りのカナーティアが生き残り、メレーナとヘスリンだけが死んだという結果は、オーティス公爵派の力を削ぎ、国王派の勢力を伸ばす事にもつながった。
それこそ、あの悪魔自体が、国王派の仕組んだ罠だったのではないかと、まことしやかに噂されるほどであった。
併せて、一介の傭兵騎士団に、国王自ら称号を下賜されるなど、異例続きの事である。
通常、王国にまつわる称号は、ドラグロス大陸の盟主を自負するスリード王国では、青にちなんだ名を冠することが常であった。
王族には青が付く称号を。臣下には蒼や藍といった色を与えることが多い。
だが、傭兵騎士団に与えられたのは、青に関する称号ではなく、エクスパニア共和国がある白の大陸、ティガールの色を入れた、白銀の守護者というものであった。
白の名を冠する騎士団。
エクスパニアがいなければ、自分がそこにいたであろう地位。王位継承の序列も、今よりもっと高かったろう。
そして王家に近い存在。
ただ、何よりも許せないのは、自分の妹たちを見殺しにし、それでも英雄視されているという事だ。
(あいつらだけは、絶対に許さない!)
「そこでだ。他国の脅威も拭い去れない今の時期ではあるが、国内が乱れてしまってはそれに対処することもままならぬ。
ゆえに、白銀の者どもを、どのように処するか。
そなたであれば、解ると思うが」
皺に覆われた顔が、更に皺だらけになりながら、老人が問いかける。
「いいだろう。今回だけは、お前たちの駒として動いてやる」
仮面を外したルシェンドラが、老人たちに向かって吐き捨てるように言う。
「謂れなき疑いはこれで晴れたろう。
オレはやることができた。これで退出するが、異論はないな」
「よかろう。卿の王国を思う心、存分に示すがよいぞ」
(チッ。胸糞悪い妖怪どもめ。己らは自らの手を汚さず、甘い汁だけ吸おうという魂胆だろうが、それでも妹たちの無念を晴らすためだ。ここは利用させてもらうとしよう)
ルシェンドラは、自分の立っているところに唯一ある扉を開け、ホールから退出した。
元老院の建物から出ると、マーハラーンが階下で控えていた。
「お待ちしておりましたぞ、殿下。元老院の怪物どものお相手、ご心労お察しします」
「ジイ、馬を用意し、戦力を整える。かの仇敵、白銀の者を始末するため、まずはグレン砦に向かいたい。力を貸してくれ」
マーハラーンが、最敬礼で応える。
「かしこまりました、若。すぐに支度を致しましょうぞ」
(これで、メレーナも、ヘスリンも、少しは笑ってくれるだろうか……)
ルシェンドラは、夕日に染まった空を眺める。
その頬には、一筋の光が流れていた。
次回、レオロ村から逃げ出した、アインツと村人たちのお話です。




