2王 元老院
遥か古の時代、世界がまだ混沌に覆われていた頃、世界は龍たちが支配するところであった。
龍たちは各々が覇を競い、力を誇示し、戦い、そして死んでいった。
それらは海や、山や、泥濘に堕ち、更に屍が山を造り、丘を成し、平地となった。
原初の龍は、6匹。
初め、青き龍は東へ堕ち、ドラグロス大陸となった。
次に、緑の龍は北で朽ち、スクトル大陸へ変わった。
更には、白き龍は西で果て、ティガール大陸を造った。
続いて、赤き龍は南で分かれ、スードリ諸島が生まれた。
そして、黄の龍は中央で倒れ、フォーラン大陸の基となる。
最後、黒き龍が滅し、魔界が発生した。
スリード王国は、青の大陸、ドラグロスと呼ばれる地の中央の平野部に位置する一大国家である。
周辺には、強国、ローエンダルク帝国が北にあり、南は属領ではあるが、南部連合の国々があった。
東は海に続いており、沿海国家群が存在し、貿易も盛んにおこなわれていた。
西は未開の土地が広がっており、猛獣や魔物が棲むと言われている。
さらに遠方にも、数多の国が存在するが、このところ国の威信が揺らいでいるのか、他国からの朝貢や訪問も少なくなっていた。
それを感じてか、周辺国家の暗躍が激しくなり、ついには表立って敵対する勢力も現れた。
それまで派閥争いや後継者争いに現を抜かしていた王侯貴族たちは、スリード王国に対する他国の包囲網に脅かされる日々を送っていた。
宗主国たるスリード王国に南部連合が反旗を翻したのも、北の脅威として常に小競り合いを続けていたローエンダルク帝国が、裏で手を回しているからだという噂が、王都ケイティパレスでさえも、まことしやかに囁かれていた。
「何もこのような時に、王都までお呼びにならずとも」
マーハラーンは、まだ納得のいかない様子で、ルシェンドラに話しかける。
ルシェンドラは、至急戻られたし、という元老院からの指示に従い、王都へ帰還している。
王都ケイティパレスは、100万人からなる巨大都市で、生産、流通、文化の集約地点である。
都市の活気は天を衝く程であり、整然とした街並みには、多種多様な人種、国の人が集っていた。
帝国からの侵攻も例年の事だし、南部連合が攻めてきたといっても、遠い南部での話であった。
王都は、いたって平和であり、都市の人々は、その平和を享受していた。
「元老院からの達しだ。理由も無く断るわけにはいくまい」
ルシェンドラは、部門一辺倒であったマーハラーンに答える。
若い頃のマーハラーンは、王国随一と言われた剣の使い手で、老齢になってからも、ルシェンドラにはまだ勝ちを譲らない程の腕前であった。
実際の戦闘となれば、スタミナもあるルシェンドラが勝つことになるだろうが、剣技そのものについては、マーハラーンが一枚も二枚も上手であった。
経験による差は、体力だけでは追いつけないものがあった。
戦いの呼吸であれば察することもできようが、政治の世界や貴族の駆け引きなどにはとんと疎く、そのためもあってか、王国一の剣の使い手が、第7王子という、王位継承権のそれほど上位ではない者の教育係りとして置かれたのであった。
一般教養以外にも、政治学や帝王学といったものは、別の家庭教師がそれぞれに就いていたものだが、こと武術に関しては、マーハラーン1人に任されていた。
それだけに、ルシェンドラの信頼も厚く、常にそばへ置いているのであった。
特に戦ともなれば、マーハラーンは喜々として参陣するため、かえってそれを止めることの方が難しく、今まで一度も成功したことはなかった。
「道中、何もなかったからよろしかったものの、護衛を軽騎5名だけとは、いささか心配でありましたぞ」
「それでも多いくらいだ。ジイとオレだけで本当は十分だったのだ。そもそも、オレらに勝てるような奴が、王国の内陸深くにまでいようはずがあるまい」
「そう言われますな、殿下。万が一ということもあります。事が起きてからでは困るでしょう。5人と言わず、10人でも100人でもお供をお付けしたいと、砦のキプルカート卿もおっしゃられていましたぞ」
「まったく、ジイはいつになったらオレを子供扱いしなくなるのだ。そんな大名行列、面倒でかなわんわ」
きらびやかな宝飾品で飾られた元老院の建物の前に到着する。
下から眺めると、天高くそびえる鐘楼は、雲一つない空へ、どこまでも続いていくかのようにも見えた。
元老院は、王都の中央にある宮殿の隣に建てられている。
ルシェンドラは自分の屋敷には戻らず、帰還したそのままの姿で、元老院の門を叩く。
しばらくして、元老院の執事が現れる。
執事も元老たちと引けを取らない程歳を重ねている様子だった。
「ルシェンドラ殿下、お待ちしておりました」
恭しく、執事が招き入れる。
ルシェンドラが元老院の門をくぐり、それに続いてマーハラーンが入ろうとしたところで、執事がそれを遮る。
「何をする、無礼ぞ。なぜ邪魔をするか」
マーハラーンが執事に詰問するが、執事は顔色一つ変えずに、道を譲ろうとはしなかった。
百戦錬磨のマーハラーンの圧力に耐えうる精神、気概を持っているのか、はたまたそこまで老いぼれてしまったのか、ルシェンドラには判らなかったが、執事が一歩も引かない態度には、一種の驚きと感嘆を覚えた。
「元老院には、ルシェンドラ殿下のみお通しするようきつく言いつかっておりますゆえ」
なおも食い下がろうとするマーハラーンを、ルシェンドラが制止する。
「なにも取って食おうという訳では無かろう。ジイは、そこの控えの間で待っておれ」
元老院の脇に併設されている屋敷は、従者や控えの者が一時身を置く場所として用意されたものだ。
元老院の建物程ではないにしろ、なかなかの豪華なつくりになっているのは、元老院に用がある者がかなりの地位の者も含まれるためであり、当然その付き人も、場合によっては配偶者や血縁の者だったりするので、ある程度の設備は整えておく必要があったのだ。
主にそう言われてしまっては、その判断に従うほかはなかった。
元老院の扉が閉じると、マーハラーンは、その屋敷へ不承不承向かう。
「なにかあったら、その時は、解っておろうの」
獲物を見る猛禽類のような視線を元老院に向け、悔しまぎれのセリフを吐き捨てていった。
元老院の建物に入ったルシェンドラは、その豪勢さに目を見張る。
玄関ロビーはすべて大理石で造られており、柱を飾る宝飾品が、天井からぶら下がるシャンデリアの光を反射し、いたるところで様々な色のきらめきが辺りに映っていた。
これだけの贅を、どれだけ国民から搾り取ったのか。
ルシェンドラはこれらのきらびやかな装飾品に、下卑た汚水のようなものを感じた。
マーハラーンに育てられたといっても過言ではないルシェンドラにとって、機能美こそが理解できるものであり、他人の力を奪って飾り立てた物には、まったく好意を持てなかった。
「少々お待ちください」
執事が、一室の前でルシェンドラを止める。
少し扉を開け、部屋の中となにやら話していたが、ルシェンドラに向き直ると、扉を開けて言った。
「元老院様方がいらっしゃいました。どうぞ、お入りください」
ルシェンドラには、この執事が、恭しいというよりは、慇懃無礼ともとれるように見えてきた。
心の中で舌打ちし、通された部屋に入る。
そこは、大きな円形のホールであった。
ホールの高さは10メートルくらいあるだろうか。
ルシェンドラは、およそ2階程の高さの壁から突き出した半円形の足場の上にいた。
半径2メートル程の足場は壁から生えるようにして付いており、腰の高さの手すりはあるものの、足場より先は何もなく、一歩足を踏み外そうものなら、3メートル近く下の床へ落ちてしまう事だろう。
これが劇場の観覧席であればよいのだが、ルシェンドラはこの足場で1人立ち、そのような悠長なことは無いだろうと想像する。
向かい側は、3階に相当する高さに、キャットウォークのような足場と手すりが見える。
こちらから見れば、下から覗き込むようなアングルになるのでよくは判らないが、どうやら椅子のようなものがあり、そこには既に5人、座っている者の陰が見える。
(あいつらが元老院のジジイどもか……)
くっきりと見える程には明るくないため想像の域を出ないが、ある程度の視覚情報から、彼らが元老たちであるということは判った。
「殿下、ようこそお越し頂きました」
しわがれた老人の声が、正面の人影から聞こえる。
(なにがお越し頂きだ。呼んだのはそちらだろうが)
ルシェンドラは内心そう思うが、口には出さずに相手の様子をうかがう。
「此度は、殿下にお聞きしたいことがあり、イベータ城塞からお戻り頂いた次第」
「元老院の皆様方は、このわたくしめに何か御用がおありの様子。先の帝国との戦の勝利を祝って頂けるものかと思って楽しみにしておりましたが」
高みから見下ろす陰に向かって、ルシェンドラが語りかける。
「未だ帝国の動きも活発であるこの時に、わたくしをお召しになるには、さぞや大事が起きたものやと思われますが、いかがでございましょう」
「口ばかりは達者だな。そちは剣の腕よりその舌の技を磨いていたと見えるわ」
右側の影が甲高い声で話す。
「まったく、嘴の黄色いひよっこと思うておったが、その頭は鳥の巣ではなかったようだの」
左端の声が同調する。
「元老院の方々に、お褒め頂けるとは望外の喜び。わたくしめも言葉を鍛えた甲斐があるというものです」
ルシェンドラは丁寧に礼をし、それに答える。
(さて、いつから本題に入ることやら)
もう既に、ルシェンドラはこの場から退出して、自分の屋敷に帰りたくなった。
「第7王子と言えども、爵位は男爵であるからな、期待はしておらなんだが、どうしてどうして、受け答えも楽しませてくれよるわ」
左側2番目の声がそう評価する。
(面倒なことに巻き込まれちまったようだな……)
ルシェンドラは、これから起こることを想像すると、さらにうんざりするのであった。
次回、続けてルシェンドラのお話です。




