26騎 逃避行の始まり
レオロ村の南側、グレン砦とは反対の方向の街道には、おびただしい数の南部連合の兵士が転がっていた。
付与魔術によるクエスの手助けや、マイキーの援護射撃はあったが、ほとんどアインツが1人で戦った結果だった。
ガンツが引き上げた後、南部連合の兵士たちがレオロ村へ襲いかかろうとしていたため、アインツがそれを迎え撃った形となったのだ。
アインツの持っていたショートスピアは、ガンツとの一騎打ちの時に破壊されていた。
追い剥ぎ団から奪ったロングソードも、強化の付与魔術がかけられていたが、5人目を斬り倒した時に折れてしまった。
それからのアインツは、兵士たちが持っていた武器を拾っては使い、また折れては拾うを繰り返していた。
何人かは逃げ出したようだが、最後にアインツが兵士にとどめをさした時、兵士の身体に突き立てた剣は根元から折れた状態であり、ほとんど剣の鍔で戦っていたようなものだった。
アインツは兵士たちの戦いでは一切傷を受けることなく、また、村人たちにも1人も被害を出すことはなかった。
「ふぅ」
動く敵がいないことを確認し、ようやく一息ついて、アインツがその場にしゃがみ込む。
様子を見ていたマイキーが、集会場のエレーナに連絡を付ける。
「はぁ、無理をしよって」
エレーナがアインツに治癒魔法をかけながら、ため息をつく。
「それにしてもアインツさん。鬼気迫るものがありました。あの人数を撃退するなど」
クーネルが賛辞を贈ると、クロノスもそれに続く。
「流石アインツ様、あの剣闘士との戦いもさることながら、その後の獅子奮迅ぶり。このクロノスも、お役に立ちとうございました」
乱戦を避けるため、また、別軍がアインツの後背を突く恐れがあったため、アインツは敢えて自分以外の戦力の投入をせず、村の防備に専念させていたのだ。
アインツが単独で戦いを挑んだのも、正面から戦いを挑む相手に後れを取るつもりは全くなかったからだ。
それだけに、ガンツの出現と、知ってはいたもののその破壊的な戦闘力に驚きを隠せなかったが、ガンツが引いてくれたおかげで、戦術に変更をかけずに済んだというものだった。
だが、やはりというべきか、アインツの考えていたことが、いくつか証明されたようなところもあった。
この世界、地下世界の住人は、自分たち地上世界の、アビスクロニクルのプレイヤー程は強くはない。
それどころか、地上世界のメンバーは、桁違いの強さを誇っている。
それは、ガンツと戦ったことでも感じられた。
アインツが今まで相手した連中とは、強さのレベルが全く異なるのだ。
大人と子供というよりも、恐竜と蚤程の力の差と言っても言い過ぎではないくらいだ。
確かに、アインツはあれ程損傷を受けて、立つこともままならない状態であったにもかかわらず、無傷で兵士たちを倒すことができたのだ。
それから考えれば、アインツは今までの装備、ギルドから配られた鎧兜でも十分勝てたのは、あながち間違いではなかったろう。
だからこそ、ガンツの言う通り、今まで以上に装備を整える必要があると考えたのだ。
一区切りつけたところで、アインツたちは集会場に集まり、今後の対策を検討する。
「今回は、戦闘に勝利したと言ってもいいでしょう」
アインツの言葉に、場内が活気づく。
「しかし、南部連合の意図は判らない上、今回撃退したのも、地方の一部隊に過ぎません」
「するとこれからもっと大軍が来ると」
「恐らく、そうなるでしょうね」
村人の問いに、アインツが答える。
「南部連合は、スリード王国への侵攻を企てていて、王国の南方、この辺りの穀倉地帯を襲撃しています。
特にこの収穫の時期を狙ったとすれば、短期的に考えれば食料不足による国力の低下が考えられます」
「確かに、村の家々は焼かれたし、畑も荒らされた。今年の収穫は、ほとんど期待できねぇ」
ブラル村から逃げてきた老人がため息と共に話す。
「それどころか、オレたちはこの冬を越す家も食い物もねぇ」
他の村人も同調する。
「グレン砦に逃げ込んだらどうだろ」
「いや、あそこに行っても、2、3日はいられるかもしれないが、ひと冬も、ましてや来年もとなると……」
「でも、まずは命あっての物種だ、生きてさえいれば、何とかなる」
「そんなこと言っても」
「それにだ、北方で帝国との小競り合いが続いていると言っていた」
「砦も安全かどうか、わからねぇぞ」
「オレは村を離れたくねぇ」
村人たちがそれぞれの思いを吐き出すが、意見がまとまることはなかった。
アインツにしてみても、村人がここに留まるも、グレン砦に向かうも、どちらにしてもアインツたちがいなければ、ガンツには勝てないだろうと踏んでいた。
返せば、アインツたちがいればどうにかなるかというと、今の戦力、装備ではそれもおぼつかない。
ひとまず、アインツは南部連合の兵士たちの装備から使えそうなものを見繕い、上下の革鎧にロングソードとロングスピアを手にしていた。
それでも、どうしても装備を整える必要はあった。
ある程度質のよい物でなくては、アインツの技に耐えられなかったからである。
「ひとつ、教会に行ってはどうかね」
突然、クロノスが割って入る。
「ここから西、未開の森を越えたところに、教会がある。あそこはどこの国にも属さないところだ。
ここへは将来戻ってくるとして、ひとまず生きながらえるには、敵の目標としているところからは外れた方がいい。
多少片づければ井戸も使えるし、幾分かの備蓄もある」
「だけども、オレは村から離れるのは嫌だ」
「そういう奴がいたとしても構わん。残りたければ残ればよい。ただ、次に南部連合の奴らが来た時には、この村と心中することだな」
クエスが複雑な表情になる。
「確かに、レオロ村に残って戦うという選択もできる。ただ、無駄に命を散らすのではなく、一度落ち延びて、再起を図ってはどうだろうか」
「長老さま、オレたちに村を捨てろというのか」
村人たちがざわめき出す。
「そうは言わん。だが、安全になってからでも、村には戻れる。私が約束しよう」
「フン、出来ぬ約……」
クロノスが言おうとしたところで、てろてろが止める。
「まぁいいだろう」
不承不承、クロノスは言うのをやめる。
村人たちも、理解はしていた。
感情がそれに伴わなかっただけでもあり、冷静になってみれば、それしか道が無いのは確かだった。
ブラル村の生き残りの人々など、既に南部連合に蹂躙された村の連中は、クロノスの案に賛同するしかなかった。
あとは、レオロ村の人々がどうするか、そこにかかっていた。
「長老さまがお約束してくださったんだ、ここは信じてみようじゃないか」
1人の女性が、他の村人に話しかける。
レオロ村に入ったばかりのアインツに、クエスを紹介した野菜洗いの女性だった。
「そうだな、そうしよう。オレも、死ぬくらいなら、逃げた方がいい」
大勢が教会への退避に傾きかけた。
「クエス、いいんですか」
アインツが、クエスに問いかける。
「アインツ君。私はなにも、死に急ごうという訳ではないのだ。皆とここで果てるのもいいと思っていたんだがね。
でもね、できることなら、皆には生きていてもらいたい。こんな事があっても、生き延びてもらいたいんだ。
これは、私のわがままなのだよ」
「わかった」
南部連合が攻め寄せてきた時は、考える猶予も無く、元々逃げるところも無かった状態だ。
その追い詰められた状態で、死を覚悟することも仕方が無かったかもしれない。
ただ、今よりは生き延びる可能性があるのであれば、座して死を待つよりは、それに賭けてみようという気持ちも起こり始める。
「皆さん、聞いてください。私たちは、これから皆さんを、私たちが以前使用していた拠点の教会へお連れします。
皆さんが無事に到着できるよう護衛をしますが、道中は森を横切ることになります。
なるべく歩くのに支障の出るような荷物は持たず、背負って行ける程度の物にしてもらえると助かります。
今日明日程度であれば、敵も来ないと思われます。慌てる必要はありませんが、明朝出発できるよう、準備をお願いします」
獣道も無い森を抜けるため、荷車のようなものは使えない。
着の身着のままで、背負えるだけの荷物を背負い、教会へ向かうことになる。
一夜明けて、アインツが出発する。
この日、アインツに同行するのは、クロノスとクエスを含む白銀の守護者のパーティメンバー、レオロ村の村人94名、ブラル村、アチ村、ノエス村、モヤージュ村の生き残り7名だった。
家畜として連れて行くのは、牛が4頭、羊が3頭。鶏は籠に入れ、村人が背負う。これが12羽。
他は潰して食料としたり、野に放ってやったりもした。
総勢108名の行進が、未開の森へと向かう。
次回、スリード王国に視点を向けて、ルシェンドラのお話です。




