25騎 暁の殲滅者
「そういえば、転生者だったっけな。クエス?」
集団から出てきた男は、屈強な身体をゆらりゆらりとさせながら、クエスたちに近寄ってきた。
遠目からでも判るその特徴的な体躯。
「ガンツさん……」
アインツが、その男の名を口から吐き出す。
「アインツか。教会で会ったっきりだな。元気だったか?」
世間話をするかのように、ガンツが語り掛けてきた。
ガンツ・ブロット。
かつて、白銀の守護者のメンバーで、初代リーダー、タケマルの右腕だった剣闘士だ。
地上世界ではプロのボディビルダーで、インストラクターの仕事もしていた。
己の肉体には絶対の自信を持っていた男だ。
アビスクロニクル上での運動能力も他より抜きんでており、ゲームのレベル補正さえなければ、最強とも言われた存在だ。
タケマルがアビスクロニクルを休会してから、ガンツは護衛任務を主とする白銀の守護者のパーティ方針に納得がいかず、己を鍛えるためと、武闘派のメンバーを引き連れ、独立したのだった。
そのパーティは、暁の殲滅者、といった。
ガンツたちは、その名の通り討伐任務を主体として、モンスター狩りや盗賊討伐などを繰り返していた。
「ガンツさん、どうして……」
「なんか面倒なことになってきたな。まぁ、なんだ、ひとまず死んどくか?」
アインツの問いに、ガンツは答えようとしない。
その代わりに、ガンツのバトルアックスが、アインツに向けて振り下ろされた。
「待ってください、ガンツさん!」
アインツのタワーシールドが、ガンツのバトルアックスを受け止める。
「!!」
タワーシールドは、バトルアックスの打撃に耐えられず、半分がえぐられるように潰される。
バトルアックスには刃もあるが、斬撃は補助でしかなく、ほぼその重量での打撃に特化している。
打撃点が平坦なハンマーとは異なり、刃が食い込み、そこを叩き潰すのだ。
瞬時にアインツがタワーシールドを放り投げ、自分にダメージが及ばないようにコントロールする。
「はっはっは! アインツ、いつまでそんな装備を身に着けているんだ。そんなもんじゃ、死にに来るようなもんだぜ!」
ガンツの高笑いがこだまする。
「お前の装備、アビスクロニクルで使っていたものそのままだな。まぁ、多少補強はしているようだが。
だがな、もうゲームの効果もエフェクトもねぇんだ。そうなりゃ、ただの重てぇウェイトでしかねぇ。
ゲームの防具は重たくできているが、防御力があると思ってもらっちゃ困んだよ」
ガンツの言う通り、アインツの使っている装備は、武器こそ新たに手に入れたロングソードとショートスピアだとはいえ、追い剥ぎ団のところで拾ってきた、単なる安物の武器に過ぎない。
防具に至っては、フルプレートやタワーシールドなどは追い剥ぎ団にあるはずもなく、グレン砦では装備の提供などなかったため、ゲーム内で使用していた、ギルド提供のダイキャスト製の物をそのまま使用していた。
強化といっても、多少の修理や補強をしていたに過ぎない。
かたや、ガンツの装備といえば、両手に持つ物はれっきとしたバトルアックで、ゴム製の斧とはわけが違う。
防具も、プレートを仕込んだ鎧一式ではあるが、ギルドで渡される物ではなく、地下世界で鎧鍛冶が造った物と見える。
アビスクロニクルでは、己の肉体を誇示するかのような、防御力などほとんどない革ベルト程度の防具しか身に着けていなかったガンツだが、ここでは防御も考慮された鎧を装備している。
(現実に即した対応だ)
アインツがガンツの適応力に舌を巻く。
「なんだ、一撃で壊れちまう盾なんぞでよくも今まで生きてこれたもんだな、なぁ、三代目!?」
ガンツはバトルアックスを弄びながら言う。
「ガンツさん、どうして南部連合に手を貸しているんですか!?」
アインツがガンツへ、己の疑問をぶつける。
「んー、そうだなぁ」
ガンツは一瞬、悩んだそぶりを見せる。
「ま、たまたまだ」
いうが早いか、バトルアックスを横薙ぎに振る。
アインツはバックステップで躱す。
「筋力向上、速度上昇、知覚鋭敏」
アインツが立て続けに能力上昇スキルを発動する。
「ガンツ、やめろ! わたしたちは仲間だろうが!」
クエスがガンツに呼びかける。
ガンツは、クエスの言葉に対し意を介さず、そのクエスへバトルアックスを振るう。
アインツがショートスピアでそれを受け流す。
激しい金属音が鳴り、火花が散る。
ショートスピアには、事前にクエスが硬化の付与魔術をかけていた。
タワーシールドにも同じくかけていたのだが、簡単につぶされてしまった。
元々の耐久力が異なるのか、タワーシールドとショートスピアの精製度合いが異なるのか、ショートスピアはアビスクロニクルで使っていたタワーシールドよりは、戦える代物だった。
「なぜ、おまえは仲間に刃を向ける!」
クエスが叫ぶ。
「仲間ねぇ……」
ガンツの動きが一瞬止まる。
「今じゃ、仲間だった、だな。とはいえ、仲間だったのは本物のクエスだ。今のてめぇじゃねえよ、この転生者風情が」
ガンツが吐き捨てる。
「セイっ!!」
その隙を見逃さず、アインツの突きがガンツを襲うが、ガンツはバトルアックスでアインツのショートスピアを弾き返す。
「筋はいいが、迷いがあるな、アインツ」
ガンツが、アインツの攻撃を躱しながら話しかける。
「おまえはもっと、面白いと思ったがな」
アインツがショートスピアの突きを繰り返す。
ガンツがそれを受け流し、バトルアックスを振るう。
南部連合の兵士たちは、村へ攻めていこうとはしない。
2人の死闘を、固唾を飲んで見守っていた。
「オレはな、おままごとみたいなお前らの戦い方が気に食わなかったんだよ。護衛任務などと言い訳をして、いい子ぶっちまう。
オレは違った。戦いこそが生きる証。
元の世界とは違う。今こそ、力がすべてを統べる時だ!」
ガンツは、アインツに攻撃しながらも、己の真情を吐露し続ける。
「オレはそうやって、ぬるま湯から脱出し、ここにいるんだ」
敵は倒す。強敵は潰す。すべては力でねじ伏せる。
それが、討伐をメインにした暁の殲滅者という名のパーティだった。
大変動後も、それは変わらない。
「それによ……。
PKの醍醐味は、解放された今の世界だから実現できた事なんだぜ!」
ガンツは宣言する。
「アビスクロニクルでは、PKは禁じられていた。プレイヤー同士の攻撃は認められていなかったのは、お前も承知の上だよなぁ」
アインツに向けて、ガンツが喋り続ける。
「あの頃は、味方も敵も、攻撃しようとしたところで強制的に止められ、酷い時には自分が死んでリスポーンする羽目になった。
だが、今は違う!
プレイヤーだったものが死んだとしても、消えもしないしリスポーンもしない完全な戦いの世界だ!」
一息ついて、言葉を続ける。
「オレの最も望んでいた世界だぜ。
アインツ、オレと共に来い! お前なら、世界を楽しむだけの力があるはずだ。
こんなところでくすぶるには!」
大薙ぎのバトルアックスがアインツを狙う。
「もったいねぇだろうが!!」
アインツはさらに受け流す。
「だったら人殺しをしてもいいという訳には!」
「綺麗ごとを!」
打ち合うたびに、火花が散る。
「強い者と戦い、それに打ち勝つ! それがなくして、何が戦士か!」
空振ったバトルアックスが地面に当たり、その一帯が弾けるように爆散する。
「生きてるって、思うだろ?」
アインツも、大変動後から、敵とはいえ何人もの命を奪ってきた。
襲われたから、仲間を守るためだから、死にたくないから、いろいろな理由を付けて、倒してきたことは確かだ。
死ななくてよかった、と思う自分がいる事も、それが他人の命の上に成り立っているという事も、アインツは理解していた。
「っだが、生き残る事と、遊びで殺す事は違う!」
「どう違うさ。ギリギリの戦いに、勝利する。その後の、生きているという実感。何よりも勝る生への喜び! これに尽きるだろ」
ガンツがアインツをにらむ。
「お前の命を狙ってるんだ。生き残りたければ、オレを殺してみろ。オレより強いという事を証明してみせろ!」
ガンツの両腕が引き締まっていく。
筋肉がギシギシと収縮する音が聞こえてきそうなほどの緊張が、ガンツの全身を覆う。
「オレたちプレイヤー同士の戦いは、所詮ヒーラーがいる戦いだ。
腕の一本や二本じゃあ、勝負がつかねえ。
勝つには、相手の心を折るか、命を獲るか。だろ、アインツ?」
間を空け、バトルアックスを横向きに構える。
「ーー旋風爆斬!!」
破壊の暴力が一気に解放され、振るったバトルアックスから一陣の風が生まれる。
瞬時に風が風を呼び、渦を巻いて竜巻状になって、アインツに向かう。
アインツは右手にショートスピアを持ち、後ろに構える。
半身の体制となり、左手は軽く開かれ、身体の手前に突き出す。
「スピアプラッシェ!!」
刹那、ショートスピアが竜巻に向けて幾重にも突き出され、連続して突き崩そうとする。
アインツの突きと、ガンツから生まれた竜巻が衝突し、一面を爆風が走る。
空気の塊が弾けるような衝撃。
そばにいたクエスは飛ばされないようにするので精一杯であり、距離を取って見ていた南部連合の兵士たちでさえ、あまりの衝撃に、武器を取り落としたり、兜が飛んで行ってしまう有り様だった。
「ほう……」
バトルアックスを振り下ろした形のままの姿勢で止まっていたガンツが、感嘆の声を上げる。
「ある程度、オレの旋風爆斬を相殺させたようだが、それでも立っていられるとはな」
アインツは、爆心地にありながら、ショートスピアを突き出したままの姿で、立っていた。
フルプレートの鎧は、ところどころ剥がれ、めくれ、欠けており、鎧としての体を成していない。
ショートスピアも穂先が割れ、槍というよりはただの割けた棒に過ぎなかった。
身体のあちこちに打撲や切り傷があり、いたるところから血が流れていた。
「なんだ、まだ元気そうじゃねぇか」
「白銀の守護者の名は、伊達じゃないのでね」
2人が互いに声を掛け合う。
ガンツのバトルアックスに細かい亀裂が入り、一瞬にして砕け散る。
ガンツの額から、おびただしい血が噴き出る。
「なんと、ここまで届いていたのか。ははっ、こりゃあおっかねぇ」
アインツの刺突は、竜巻を相殺するだけではなく、その集中した突きによって、衝撃がガンツのところまで届いていたのだった。
出血に対しても特に気にする様子も無く、ガンツは手にしていたバトルアックスの成れの果てを眺めていた。
「こいつもなかなかの逸品だったんだがな。うむ、面白い」
独りごちて、ガンツは踵を返す。
「アインツよ、今ここで殺すのはもったいねぇ。もうちっとマシな支度をしてきたら、また相手してやらあ」
ガンツが隊へ向けて歩を進めるその顔には、かすかな笑みがあった。
「ガンツ隊長、どうしてやめちまうんです!? あともうちょっとだったのに」
南部連合の兵が、隊に戻ってきたガンツへ質問する。
「ああ、なんだ。ここまで張り合える奴になかなか出会ってなかったからな。できたらもっとイーブンな勝負をしたくてな」
「隊長の言ってる意味が解りやせんぜ。この村はどうするんです」
「あいつらがいるうちは、やめといた方がいいみたいだな。こちらの被害も、バカになんねぇだろ」
「そんなことはねえっすよ、オレたちゃ連戦連勝、あんなちっぽけな村なんか、一瞬で廃墟にしてやりますよ! なぁ、みんな!」
兵士たちが雄叫びを上げる。
「それに、あの騎士も、もう立っているのがやっとの様子みたいっすからね、このオレでも楽勝っすよ!」
兵士たちが、村へ向けて突撃を敢行する。
独り、街道に取り残されたガンツは、やれやれと腰を下ろす。
「やめとけって言ったのに、ありゃぁやられキャラの死亡フラグだぞ」
立っているのもやっとというのは間違いではないにしろ、腰に佩いていたロングソードを抜くと、ガンツがぼやくが早いか、アインツの剣技に、兵たちが次々と切り伏せられていく。
「だから言ったんだ。普通の兵じゃ、それこそ太刀打ちできないってな」
ガンツが立ち上がり、レオロ村とは逆の方向へ、自分たちか来た道へ戻っていく。
「オレでさえこのザマだ。アインツをやったとしても、奴ほどではないにしろ、それなりの奴がまだ村にいるだろう。
そいつらまで相手にするには、ちと骨だからなぁ」
「楽しみは、取っておかなくちゃな」




