27騎 森の行軍
アインツたちが森の中を進む。
1日程行った頃か、少し丘になっているところで後ろを振り返ると、レオロ村のあったあたりから、黒煙の上がっているのが見えた。
「村にいたら、今頃わしらもどうなっていたことか……」
「村が、村が燃えとる……」
「ああ……」
村人たちからは、自分たちの戻る場所が奪われたことの悲しみと、それでも今は生きているのだという安堵が伝わってきた。
108人ともなると、流石に歩く速度も遅くなる。
特に、子供や老人も多く、なかなか距離を稼ぐことができなかった。
ブラル村からの生き延びた人の中には、怪我をしている者もいたが、それらはエレーナが治癒魔法で治療していたため、足を引っ張ることはなかったのが救いだ。
レンジャーのマイキーが先頭に立ち、その後に村人たちが続く。
ところどころに白銀の守護者のメンバーが配置され、長蛇の列となっている村人たちを、横合いから攻めてくるモンスターたちから守るようにしている。
クロノスが殺気をはらんだ威圧の魔法を隊列全体に効果が出るようにかけているため、弱小なモンスターや獣たちは、それに怯えて近寄ろうともしなかった。
「クロノスは、そういうのもできンすね~」
マイキーが驚きの声を上げるが、クロノスは意に介さないで黙々と、キーマンになる村人に魔法をかけていた。
20人おきに、体格のいい村人を置き、それに威圧の魔法をかけたのだ。
モンスターからすると、あまりにも危険な大きな蛇が、森を横切っているように思えたかもしれない。
だが、その殺気は諸刃の剣でもある。
己の存在をアピールすることにもなるため、強さに自信のある怪物は、かえって獲物ととらえて襲ってくる可能性があるのだ。
当初、隠密で進むか、威圧で進むかを検討していた。
「隠れながら進んだ方が、安全なんじゃないですか?」
クーネルが、隠密派の意見を唱える。
村人を余計な危険にさらさないためにも、隠れながら進んだ方がいいというのだ。
それに対してクロノスは、威圧で他を圧倒する方針を提案する。
「己よりも強い存在を感知させれば、野生の者どもは襲ってはこまい。火を焚いて動物を遠ざけると同じことよ」
動物、特に野生の勘が働く者にしてみれば、己の命を脅かすような相手に対しては、近寄ろうとはしないものだ。
命の大切さというのは、野生で生きる者には十分理解されているし、危険から身を遠ざけるという事は、力のない者にとって、生き残るための唯一無二の手段であった。
「じゃあ、それを突破しようとするのがいたら?」
てろてろが質問する。
そこで出した結論が、白銀の守護者の分散であった。
先頭から、レンジャーで偵察、感知に長けるマイキー、援護にクロノス、救護としてエレーナを置く。中央にアインツを配し、前後どちらに敵が現れても一番短い時間で対処できるようにした。後ろの部隊には、クエスが補助し、クーネルが中遠距離のサポート、しんがりの盾役としててろてろが続く。
比較的戦闘力の高い者を先頭と最後尾に置き、アインツを中央にした布陣である。
それに挟まれるように、遠距離攻撃に長けた魔法使い、付与魔術、回復役と置いている。
どこから攻撃が来たとしてもある程度は持ちこたえられ、その間に攻撃されていない側の者がフォローする。
敵が単体であれば、村人をまとめてエレーナとクエスが防衛に入り、クロノスとクーネルは魔法で援護。前線にはアインツとてろてろ、マイキーが対処する計画だ。
多数の敵に包囲された場合も、基本的には輪形陣を取り、アインツ、てろてろ、マイキーが三角形の頂点を陣取り、その間に他のメンバーが入り、円の内側に村人を入れるようにする。
万全とはいえないまでも、ある程度は臨機応変に対処できるようにしていた。
甲高い高笑いと、耳をつんざく爆音が森の中に響くまでは。
「ハハハハハハーッ!!」
頭上から笑い声がこだまする。
炎の塊が空から降ってきた。
「エナジーシールド!」
「ウォーターバリア!」
クロノスとエレーナが炎の塊に対して対抗魔法をかける。
炎の塊がピンポイントで弾かれ、あらぬ方角へ飛んでいき、その先で着弾する。
閃光に続いて爆音が聞こえ、土煙が舞う。
上空にいるのは、人間の姿ではあるが、翼と尻尾が生えており、その翼で空中に静止している者だった。
「とんでもない殺気を放つ奴がいるなと思ったら、威圧の魔法だったとはな。単なる人間風情が、がっかりさせる」
男とも女とも取れるような中性的な声、それに見合った中性的というより、大人とも子供とも取れるような顔には、その言葉とは裏腹に、酷薄な笑みが張り付いている。
子供が昆虫の脚を一本一本むしり取っていくときの、残虐な、それでいて欲望に忠実な、そんな笑みをたたえた顔だった。
壊してもいいおもちゃを与えられたような。
「人間なんてつまんないから、ちょっと遊んであげるよ!」
空に浮かぶ悪意が、両手を交互に振りぬくと、その都度炎弾が村人たちに襲いかかろうとする。
「させない!」
アインツは村人たちを下がらせ、村人と敵との間に割って入る。
「空にとどまっていられるというのは、通常の敵ではないでしょう。魔族か、それに類する者では」
クーネルが考えながらも、降り注ぐ炎弾を魔法で弾き返す。
「じゃあ、死ぬ前に教えてあげるよ。ボクはディグラナータ。ワイバーン系ドラゴニュートだよ! 死にゆく者たちへの、せめてもの手向けにね!」
「ドラゴニュート!?」
ドラゴンの鱗から生まれるとか、ドラゴンの卵を雄鶏が暖めると生まれるとか、出生に謎が多い魔物だ。
実際にはどのようにして誕生するのか判明しておらず、その存在すら伝説とまで言われた。
それが目の前にいる。翼を持った、死の象徴として。
特大の炎弾が覆いかぶさるように落ちてくる。
「みんな焼けちゃえー!」
クーネルたちが防御魔法で堪えるも、弾かれ分かれた炎弾が、逃げている村人に当たる。
村人たちが、1人、また1人、炎の塔と化す。
辺りに広がる、物の焼ける匂い。
髪が焦げ、皮膚を焼き、肉を燃やす。
炎の中でのたうち回るその肉塊を、助けも、癒しも行えない。
今ある防御魔法を解除するわけにはいかないのだ。
他の村人が自らのマントやコートで火を消そうとするが、魔法の炎は容易くは消えてくれない。
かえってマントに火が移り、助けようとした村人まで延焼する勢いに、皆が躊躇する。
「ほらほらー、いつまでもそんな魔法じゃ、耐えられないよー!」
ディグラナータが高笑いをする。
「アローシュート!」
マイキーの放った矢が、ディグラナータの顔を掠める。
「お、そこのレンジャー、よくもやったね……」
笑っていたディグラナータの顔がゆがむ。
その頬に、一筋の血の跡が浮かぶ。
ディグラナータが、目を見開き、口が耳まで裂ける。
その口の中は、幾重にも生えた牙が無数に並んでおり、その合間から、先の割れた赤い舌がちろちろと覗く。
「やぁってくれたなぁ、ニンゲン!!」
口から吐く息が、ドラゴンのブレスのようにも見える程、怒気に力がこもっていた。
刹那、ディグラナータが急降下を行う。
目標はマイキー。
直線的な動作であれば、矢を外す可能性は低いが、撃ち落とさなければマイキーが直撃を食らう。
狙いを定め、放つ。
ディグラナータがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、瞬時に方向転換する。
ほぼ直角に曲がった先には、白衣のようなヒーラーの衣装を身に纏った、エレーナがいた。
「死ねぇ、ニンゲン!!」
ディグラナータの鉤爪が、エレーナを襲う。
アインツがタックルをするかのようにエレーナに飛びつき、ディグラナータの射線から外れる。
「おぬし……」
地面に放り投げられたエレーナに、馬乗りになる形のアインツが、ディグラナータからの攻撃を防ぐ。
頭からは血が流れ、背中は焼けただれる。
ドラゴニュートの攻撃の前では、南部連合の兵士が身に着けていた程度の革鎧は、紙も同然だった。
「じっとしておれ」
エレーナが、アインツの顔に触れる。
(シリアスキュアウーンズ)
治癒の魔法をイメージすると、力がアインツに注がれるように魔力の流れをコントロールする。
「助かった」
「なに、こちらこそ命拾いしたわい。また怪我をしたら来るのじゃよ」
アインツがエレーナのハシバミ色の瞳を見つめる。
「……ええ。そうしましょう」
飛び起きざま、アインツがロングスピアを払う。
ディグラナータが空中でそれを躱す。
魔法の盾をかいくぐるように、ディグラナータが隊列の中を縦横無尽に飛び回り、切り裂く。
(ん?)
ディグラナータが一旦空中へ高く舞い、アインツたちを見下ろす。
「ま、まさか、お前は……いや、そんなはずはない。アガダラ様も、そんなことはおっしゃっていなかったはず……」
怪訝そうな顔を、アインツたちに向ける。
「あのお方……は」
一瞬の静止。
マイキーがそれを見逃すはずはなく、強化の能力で放った矢が、ディグラナータの左脇腹に突き刺さる。
「ッガ!」
唸りを上げ、マイキーを睨み付ける。
「またしてもお前か、レンジャー」
怒りに身を震わせると、脇腹に刺さった矢が燃え上がる。
「一度ならず二度までも、このボクに傷を付けるとはね! いいだろう、今回は退いてあげる。覚えてなよ、レンジャー!」
(それに、気になることもあるからね)
独り言をつぶやき、ディグラナータが南の空へ消えていく。
なんとかドラゴニュートを撃退したアインツたちだったが、見るとかなりの村人が攻撃を受けていた。
エレーナが治癒魔法をかけ、他の者は応急処置に走る。
重傷でも傷はどうにかなるとはいえ、死者は生き返らせることができなかった。
家族や友人が、物言わなくなった親や、夫や、妻や、子に、すがりつき、泣いていた。
ただでさえ進みにくい森の中だ。
遺体を連れては行けず、泣く泣く森の空き地に埋葬したのだった。
このディグラナータからの攻撃で、レオロ村の住人、15名が命を失った。
「あのドラゴニュート、ディグラナータと言ったか。あいつがなぜ退いたのかは解らんが、あいつの言っていたアガダラというのは、聞いたことがある。
おまえは覚えがないか?」
クロノスが記憶を辿り、クーネルに尋ねる。
「アガダラ……いや、ありませんね。申し訳ないですが」
「そうか……。魔法に関係する誰かだと思ったんだが。おまえは知らないか、クエス」
次はクエスに振る。
魔法に関係しているとなれば、王立魔術学園にいたクエスなら何か知っていると思ったのか。
「そうだね、ここ最近勢力を伸ばしている、魔皇、と言ったかな、その魔皇の部下に、そのような名を聞いたやもしれん。
王立魔術学園にいた頃に読んだ記事程度の話ではあるがな」
「ま、魔皇!? そんな奴に関係するのが、この辺りをうろついていたってことなんですか!?」
レオロ村の住人、ムルガが聞く。
ムルガは、レオロ村唯一の鍛冶職人だ。
鍛冶全般と言っても、扱う物は農具や包丁の類で、武器防具には精通していなかったが、鍛冶の腕前自体はそれなりの物を持っていた。
ムルガの問いに、村の長老さまであるクエスが答える。
「アガダラは、確か魔皇の直属の部下だった気がする。覚えている限りではあるが、一軍を任される将であるらしい。まぁ、それ以上の事は判らんな」
「魔皇……」
アインツが呟く。
エレーナは、そんなアインツを見つめる。
マイキーは、とんでもない奴を敵にしたのかと、少し背筋が寒くなった。
「まだ先は長い。悲しむのは、教会に辿りついてからだ」
クロノスが、村人たちに発破をかける。
「形見の品を持って行け。髪の一房でもよい。教会に着けば、この儂、ブツのオショウたるエレーナ・ぽんぽこが丁重に弔おう」
エレーナが村人へ話す。
「エレちゃんがオショウさんでよかったっスよ」
「まぁ、ブツの教えが、地下世界でも通用するかは判らんが、救いの道の手助けにはなるじゃろ」
エレーナはアインツの横顔を見る。
「失う者の悲しみは、理解しているつもりじゃ」




