22騎 転生者
「おまえさんたち、今がすべて、さ」
アインツたちは、クエスの家で話の続きを聞いている。
誰しもが、耳を疑う。
自分たちが、立体映像として見てきたものは、架空のものだと思っていた。
システムが作り出すプログラムであると。
「簡単に言うと、ゲーム内の出来事は全て虚像なのだよ。だから仮想現実立体映像で世界を構築していたのだ。でも、ゲームはこちらの世界、地下世界を模倣し、立体的に再現していたのだ」
究極のリアリティは、プロデューサーやシナリオライターが創り出したものではなく、実際の世界を転用した、というのだ。
「ですが、私たちの行動が、ゲームにも反映されました。モンスターを退治すれば、町の人がそのモンスターに襲われなくなる」
「そこだよ、アインツ君」
クエスがアインツの疑問を受け止める。
「アビスクロニクルは、おまえさんたちの世界、地上世界に虚像を送るだけではなく、おまえさんたちの行動も、こちらの世界へフィードバックさせていたのだよ」
「フィードバック?」
クーネルがおうむ返しに聞く。
クエスは、懐からナイフを取り出した。
囲炉裏の縁に左手を開いて置き、右手はナイフを逆手に持つ。
「なにを……」
てろてろが言おうとするところで、クエスがナイフを振り下ろす。
「!!」
ナイフが、左手の小指を切り飛ばす。
クエスが苦痛に顔を歪める。
「エレーナさん、治癒を!」
「今掛けるわい」
「待って。……もう少し」
エレーナが治癒魔法を唱えようとしたところで、クエスがそれを遮る。
おびただしい流血が起こる。
「見て」
クエスが、切られた指を顎をしゃくって指し示す。
クエスの小指は、切り口から風化するように、砂のような細かい粉になって、消えていく。
指は、跡形もなくなっていた。
エレーナが治癒魔法をかけ、クエスの小指が再生される。
「これは、どういう事っスか……」
マイキーが不思議がる。
「見ての通りさ。システムで作成された身体は、仮想的な肉体技術で造られているのだ。おまえさんたちが冒険をしていた時に、こちらの地下世界ではシステムが造り出した肉体が、活動していたって訳さ」
「会話も成立していたんですか」
「当然、ボディは今のわたしみたいに、生命体と同様の働きができるからね」
「ゲームでは、死んだ後に、自分でセーフティエリアまで行って、リスポーン待ちをしていたんですが、こちらの身体は」
「そう。ゲーム中死亡した場合は、こちら側の肉体は、今みたいに砂のようになって消えてしまう。リスポーンする間、こちらの世界で肉体が再生成されているんだよ」
「それでは、目の前で砂のようになった人が、また現れてくるっていうことも、こちらの世界に住む人たちは経験しているのでしょうか」
「そうだね、初めは地下世界の住人も驚いたことだろう。だが、魔法が日常的に使われている世界だ。そこまで不思議な事ではないのだよ」
「現に、身体の一部を失っても、治癒魔法で再生できるくらいだから、ですか」
「その通り」
「でも、わたしたちは、怪我をしたら血も出るし、出血して付着した血液も、時間の経過とともに消えたという事はありませんでしたよ」
その点では、パーティで一番怪我をしているだろうクーネルが証言する。
「指を切り落としたりまではしていませんが」
「おまえさんたちは、地下世界に意識だけ来ている存在ではなく、何らかの形で、生きた身体のままこの地下世界へやってきているんだ。だから、地上世界にはおまえさんたちの身体も、意識も存在していないのだよ。おまえさんたちが指を失えば、切られた指はそのまま残るっていうことさ」
「ただ、プレイヤーと違って中身のないわたしは、この世界で受肉し、記憶を植え付けられた人間のコピーなのさ。だから存在も、切り落とされたパーツが消えるように、中途半端なんだ」
「……」
あまりの情報の重さに、アインツの脳がフル回転する。
「アビスクロニクルが仲介して、私たちの世界、地上世界と、今のこの世界、地下世界をつなげていたということですか」
「そうだね、概念としては近いかな。実際に行き来したわけではないが、地上世界と地下世界は、つながっているのだよ。比喩ではなく、ね」
「ただ」
クエスが言いよどむ。
「アビスクロニクルは、疑似的な人体生成を行って、地下世界で実験していた、と思える節がある」
「実験、ですか」
「そうだ。地上世界には、仮想現実立体映像で虚像だけを、それも限られた場所でのみ表現していたが、地下世界へのフィードバックは、物理的な質量を持った人形を使って、実際に動かしていた訳だ」
「その違いが、アビスクロニクルで地下世界を実験場にしていた証拠、だと」
「わたしも、システムを把握しているわけではないからね。転生者の、限られたアルゴリズムで導き出した、プログラムのバグのような考えだからね。断片的なことしか説明できていないかもしれない」
クエスが、アインツを見つめる。
「これは、わたしの本体であるプレイヤー、マキナも知らない事だよ。転生者だから、システムに造られた存在だから、知りえた情報だと思う」
牧奈は、一時期、高遠と親しい仲にあった女性だ。
歳はマキナが二つ上で、出会いはギルドだった。
中学が同じ地元の中学校で、1年間だけ先輩後輩の立場であったはずなのだが、当時はお互いを意識するどころか、すれ違った記憶すら無いくらいの間柄だったので、ギルドで酒を酌み交わしたのが、実質初めてだった。
マキナはエルフの魔法使いで、付与魔術を得意としていた。
アインツがガードし、その間にマキナが強化魔術をアインツに掛ける。
攻撃力が倍増した状態で、アインツが敵を薙ぎ倒していく。
パーティでプレイしても、この基本スタンスは変わらず、いいコンビプレイができていた。
冒険では良きパートナーとしてパーティを共にし、ギルドではお互いその日の冒険での成果や、仕事の話などで盛り上がったものだ。
お互い大人であるし、それぞれ独り身ということもある。
それなりに仲もいい関係と思い始めた頃に、恋愛感情のようなものが芽生えていたことは、自然といえば自然なことだったろう。
その日、都心は朝から雨が降り続いていた。
今夜は雪になるという予報が、お天気サイトに書かれていた。
(これは寒いはずだ)
高遠一二三は、初めてマキナとローテフェザー以外の場所で会う約束をした。
高遠は、小さいころから将棋を指していて、プロにはなれなかったが、アマチュアでもそれなりの成績を残していた。
社会人になってからも、月に数回は、腕試しと称していろいろなところで将棋を指していた。
今日は仕事が定時で上がれて時間があったため、緊張を紛らわそうとして、駅前の囲碁将棋センターで野良試合を1局指してきたところだ。
(タバコの匂い、移ってないかな……。確か、マキナさんはタバコ嫌いだったような事を言ってたような)
高遠はタバコを吸わないが、たまたま立ち寄った囲碁将棋センターが喫煙可の店だったため、仕事帰りのスーツに染みついた匂いが気になっていた。
(アルコール消毒してくればよかったなぁ)
雨の中、傘を差して駅へ向かう。
逆方向に流れる人の波の隙間をぬうようにして、足早に歩く。
(この様子だと、約束の時間の10分前には着けそうだ)
メールが来ていないか、高遠はスマートフォンの画面を見るが、メール着信のポップアップは表示されていなかった。
仕事帰りに食事に行こう、ということにしていた。
食事であれば、居酒屋であるローテフェザーでしょっちゅう一緒に取っているのだが、今回は少し奮発して、フルコースの出る店を予約していたのだった。
いつものエルフ耳のマキナも素敵だが、特殊メイクをしていない姿を見るのも、楽しみだったりする。
(先週のアビスクロニクルの大きな討伐イベントを達成したし、全国ランクでも上位グループに入った。冬のボーナスも入ったから、ちょっと豪勢にしてもいいよな)
イベント達成記念と銘打って、外のお店に連れ出すなんて、ギルドとしたら迷惑なのかな、とも思わなくも無いが、こうやって出会いと2人で食事に行くまでのきっかけを作ってくれたアビスクロニクルには感謝しなきゃ、などと、自分勝手なロジックを組み立てる。
人の流れが増えたような気がした。
駅が近いからか。
たまに、駅前で人だかりができている時がある。
(昨日は、街角ライブをやっているグループがあったなぁ)
人ごみをかき分けて進む。
普段であれば、もっと余裕を持ってぶつからないようにするのだが。
「すいません、ども、すいません」
時間が迫っている事への焦りからか、何人か傘が触れたり、カバンがぶつかったりした。
丁度帰宅ラッシュと重なったからなのか。
(やたらと人が多いな)
大通りに面したところで、ひときわ大きな人だかりの脇を抜ける。
空から白いものが落ちてきた。
「あ、雪だ……」
雪を見た人は、大体が第一声に同じ言葉を発するらしい。
駅の改札口前。屋根の下に入り、傘をたたむ。
駅の時計を見る。待ち合わせ、7分前だった。
視線を周りに向ける。
(まだ、来ていなかったかな?)
スマートフォンの画面を見る。
着信表示は何もなく、いつものロック画面だった。
ロックを解除して、メールを確認する。
・仕事が終わったので、これから行くね。アインツ君から誘ってもらうなんて意外だったけど、なんて言ったら失礼かな? でも、嬉しいな~。
・そんなことないよ、断られなくてよかった。
・せっかくだから、話したいこと、わたしもあったんだよね。
・え、なにー?
・それは、合ったときの、お、た、の、し、み。なーんて。
・わー、なんだろ、すっごい気になるけど、楽しみに待ってる。
・うん。待っててね。
これが2時間前のメールのやり取り。
それ以降の更新は無い。
3分前になった。
(遅いな、いつもだったら、もう来ているころだけど)
改札口と、商店街方面を交互に見る。
見知った顔は無い。
待ち合わせ時間丁度。
(メールしてみようかな。でも、時間ぴったりだと、余裕無いように見えちゃうかな)
雪の量が増えてきたように思える。
マフラー持ってきたらよかったかな、などと他の事を考えてみる。
駅に備え付けてあった鏡を見る。
雨の日は、髪の先が跳ねてしまう。
(髪、伸びたなぁ。そろそろ切らなきゃ)
5分経った。
マキナの性格から、遅刻するにもメールくらいはくれるはずだった。
(さすがにちょっと心配だな。メールしてみよっかな)
・アインツです。マキナさん大丈夫? 傘持ってるかな、雪、降ってるよ。
送信。
10分経った。
返事は無い。
ローテフェザーのマスターに電話してみたが、マキナは今日顔を見せていないとのことだった。
・マキナさん、どうかしましたか? 駅の改札口で待ってます。
送信。
空を見ると、白いゴミが落ちてくるようにも見える。
だいぶ雪が降ってきた。
(これは、積もりそうだな)
スマートフォンで、アビスクロニクルのゲーム情報を書いているブログを見る。
その筋には有名なブロガーが書いているブログで、最新アップデートの情報なども、かなりの速度と精度で書かれていたりもする。
たまにはスクープ記事もあったりして、プレイヤーには頼りになる情報源の一つとして活用されていた。
(ときたまシステムの裏情報とかも書いたりしているから、社員じゃないかなんて思ってたなぁ)
昔の記事を思い出す。
記憶が確かならば、プレイヤーがNPCになるというシステムの事を、初めてネット上で記事にしたのが、このブログだった。
プレイヤーは人なので、プレイを続けられない事には様々な理由がある。退会したり、来なくなったりすることも勿論ある。
だが、世界観を守る、という方針で、キャラが突然いなくなったりしたらおかしいだろう、という発想の元、プレイヤーキャラをNPCに作り替えるというものだった。
NPCといっても純粋なNPCではなく、オートプレイに近いので、放置状態でも経験値が若干ながら入るようにもしたりなど、リターンプレイヤーに優しい設計をうたっている。
当然、NPC化は、プレイヤーの許可を得て、の事である。
アインツもマキナも、NPC化の手続きは行っておいた。
プレイヤーが申請するか、1年以上プレイが無かった場合、プレイヤーキャラを、NPCとしてアビスクロニクルの世界で生活させる、というものだ。
プレイヤーが再度アビスクロニクルに行く場合は、NPCとしてオートプレイをしていたキャラを使うことになる。
自分の知らない成長を良しとするか否かがポイントではあるが、もし自分がなんらかの理由でプレイできなくなったとしても、自分が成長させてきた第二の自分が、ゲーム内とはいえ残るのであれば、それもまた自分の存在証明になるのではないか。そんなことも思ってみたりしたものだ。
ブログを見ている高遠に、トップニュースが飛び込んできた。
・【速報】夜の駅前で車暴走、危険運転か。交通事故で2人死傷。




