23騎 マキナ
高遠は、記事をクリックする。
・本日夜、駅前の商店街で発生した交通事故で、仕事帰りと見られる女性(26)が、会社員の男性(38)の運転するワゴン車にはねられ死亡した。会社員の男性は、肋骨を折るなどの重傷。女性は近くの病院に搬送されたが、全身を強く打っており、まもなく死亡が確認された。
(場所は、この駅だ。さっきの人だかり……)
記憶を辿ると、パトライトの赤い光があったような気もする。
傘も差していたし、それどころじゃなかったけど、と、自分の中で言い訳をする。
(まさか、ね)
高遠は、マキナにメールを送る。
・交通事故が近くであったってニュースでやってた。びっくりしたよ。マキナさん、メールでもいいので、返事くださいね。
送信。
待つ。
待つ。
待つ。
不意に、スマートフォンが振動し、メロディーを奏で始める。
マキナからの電話だ。
「あ、マキナさん? どうしたの、心配したよ」
すぐさま電話に出るが、自分が焦っていないことをアピールしようと、平静を保った声で話しかけた。
つもりだった。
一拍置いて、声がする。
「高遠さんですね。私、警察の者ですが、着信履歴の一番上にありましたので、お電話させて頂きました」
電話から聞こえたのは、低い男の声だった。
(え? 何言ってんのこの人……)
スマートフォンの画面を見る。
発信者はマキナ。
先日ギルドで戦勝祝いをしている時に撮ったマキナの写真が表示されている。
表示されたマキナは、エルフの付与術士の姿をして、はにかんだ笑顔でピースをしている。
どうしてもと、拝み倒して撮った一枚だ。
「写真って、あんまり好きじゃないのよね。だって、なんか自分じゃない自分が作られちゃうわけでしょ」
そんなことを言っていた。
「どうせなら、写真なんかより、一緒にいるわたしを見てほしいな」
そんなことも言っていた。
「ちょ、なんで誰か知らないけど、マキナさんの携帯から電話してるんですか!?」
少し声が大きかったかもしれない。
雨宿りだろうか、駅前にいる人が数人、高遠の方を向く。
「ええ、身元確認をお願いしたいと思いまして。こちら、駅前の救急総合病院なんですが、お近くにいらっしゃいますか?」
(なんでこんな、意味わかんないよ)
よく覚えていないが、近くの病院に行き、受け付けの看護師に案内してもらい、薄い緑を基調とした壁の、機材がごてごてと並んでいる部屋に入った。
警察の制服を着た人が何か言っていたような気がしたが、耳に入ってこなかった。
ベッドの上に何かが置いてあるのか、グレーのシーツが盛り上がっている。
シーツやベッド、床にも、赤い模様が散らばっていた。
何かで拭いた跡が、縞になっていた。
「あ、れ……?」
シーツの上の方から、顔が出ているのが判った。
どこかで見たことのある横顔。
布団をかぶって眠っているように、ベッドに横たわっていた。
「……マキナさん、どうしてこんなところに……寝て、いるの?」
高遠が、震える手で起こそうとマキナに近づく。
「ちょっと強引だったかな、怒ってるんでしょ? 拗ねて寝ちゃった? 家じゃないよ、それともドッキリかな。ほら、ヘルメットかぶってる人もいるし、プラカードとか持ってさ、てってれー、とか言ってさ、隣の部屋で隠れてるんじゃない?」
(青い服を着た人、ああ、警察の制服だ。どうして俺の手を掴んでるんだ。マキナさん起こせないじゃん)
黒い感情が内側からこみあげてくる。
「高遠さん。上半身はそれ程損傷ありませんが、腹部から下は原型を……」
(何の事を言ってるんだこの人は。そうだ)
「あ、エレーナさん、怪我したんならエレーナさんに、治癒魔法をかけてもらえば、あれ、メニュー、グループチャットが、あれ?」
「高遠さん、残念ですが、住江さん、住江牧奈さんはもう……」
世界が暗くなる。
(なぜ……。
どうしてなんだ。なんでマキナが……)
飲酒による危険運転だったようだが、証言と検出されたアルコール濃度からは、それを立証できなかった。
(なぜこんな理不尽が。
こんなことが許されるのか!)
(この世界は、間違っている!!)
「えー、写真苦手だもん。どうしても、っていうから、この1枚だけだよ」
撮った写真は保存しました。
「だって、写真撮っておけば、いつでも顔が見られるでしょ」
撮った写真は保護しました。
「わたしは止まってる写真より、今のわたしを見てもらいたいなぁ」
困ったような顔。
「それだと、会えない時に寂しいじゃん」
ちょっとだけ、からかってみる。
「だったらさ、次はあたしたち一緒の写真を撮ろうよ。それなら許す」
保存した写真と同じ、はにかんだ笑顔で。
「約束、だよ?」
その約束が、果たされることはなかった。
永遠に。
(今のわたしを、見てもらいたいな、か)
アインツは、過去の事に思いをはせる。
「と、いうわけなのだよ。」
クエスが、一息入れてお茶をすする。
「あたしには難しくってよくわかんないけど、異世界転移みたいなもの?」
「中らずと雖も遠からずじゃ」
「なんとか帰る方法も探さなきゃね。っていっても、戻ってもさー、会社クビになってるだろうなぁー」
「集団失踪に巻き込まれたと言えば、不可抗力。大丈夫じゃろ」
「そんなんじゃ効かないよー。スケジュールに穴を開けちゃうと、それだけでアウトだもん」
「もし解雇になっても、一身上の都合ではないのじゃから、転職に不利という訳ではないじゃろ」
「履歴書の職歴、追加しないとなぁ……」
こんな時でも、パーティの女性陣はたくましい。
「戻る方法は、あるんでしょうか」
クーネルが訪ねる。
「そうだな、世界の生成については、わたしもこれ以上の事はデータが無いのでな、方法があるのか、どうすればよいのか、説明しようにもできぬ。済まぬな」
「だが、地上世界は確かに存在する。おまえさんたちが戻る術も、必ずみつかるだろうさ」
そう答えるクエス。
今アインツの目の前にいるのは、牧奈ではなく、システムで肉体を構築された、クエス・マキナ・レルフィーだった。
手続き上、本人の同意は得られており、また、プレイしなくなってから1年が過ぎた時に、キャラデータをNPCとして書き直し、実装したものだ。
その時に、王立魔術学園の講師という役柄に当てはめたのが、転生者となったクエスのポジションだった。
当時は、冒険を続けていたアインツの前に、ひょっこりと現れたものだ。
アビスクロニクルでは、牧奈のその後は情報として入力されていない。
最後にプレイした時のデータが、クエスの最終更新だった。
過去のクエスが、その後の牧奈の未来を知らないまま、あれから1年後に突然現れたのだ。
当時のクエスの姿で。
「マキナさん! 今までどこにいたのさ、あれから全然連絡が取れなくなって……」
不意を突かれたこともあったろう。いきなりアインツはクエスを抱きしめる。
「どうしたのさ、アインツ君。わたしはクエスだよ。まぁ、マキナはミドルネームだから、間違いではないんだが。クエス・マキナ・レルフィーだよ」
(そんなことはどうでもいい。マキナに逢えた。1年前のことは、何かの間違いだったんだ……)
マキナを抱きしめながら、アインツはむせび泣いた。
(きっと何か理由があって、逢えなかったんだろう。後でちゃんと聞かないとな……。
逢えてよかった……)
「あはは、困ったなぁ。久しぶりだね、アインツ君。元気だったかい?」
その時点のクエスは、牧奈の最期を知らない。
「見ない内に、積極的になったもんだ。ほら、パーティの皆が見ているよ、ちょっと、恥ずかしいな……」
最後に元気だった頃の牧奈の姿。
そういうルールだったことを後から思い出したのだが、当時アインツは、クエスの姿を見て、クエスが生き返った、いや、死んでいなかった、あの時のことは何かの冗談だったのだ、と思ったものだ。
アインツは、当時の無知さ加減を思うと、赤面してしまう。
今のアインツにすれば、また新たな疑問も浮かぶ。
転生者となったクエスは、ギルドに、そして地上世界へ行けるのだろうか。存在しうるのだろうか。
地下世界を出た途端、砂のように消え去りはしないだろうか。
そんなアインツの気持ちを察してか、クエスがアインツに話しかける。
「わたしは影のような存在なのだよ。こちらの世界でも、あちらの世界でも、ね。生命の残滓のようなものだ」
クエスは、アインツだけに判るような声で囁いた。
「ごめんね、高遠君。わたしが、マキナじゃなくて……」
アインツは、声を絞り出す。
「ううん、いいんだ。クエス。……ありがとう。ありがとう」
「ふぅ。まだまだ、強敵じゃのう」
エレーナが、自分のお茶を一気に飲み干す。
「どしたの、エレちん?」
てろてろがエレーナの呟きを拾う。
エレーナがしわぶきを一つ、わざとらしくした。
「いやなにな、過去だけならまだしも、忘れ形見は卑怯じゃわい」
「あー」
てろてろが、エレーナとクエスを交互に見る。
「ま、ガンバレ!」
「……わ、……!」
今後の検討を行っていたアインツたちだが、外が騒がしいことに気付く。
「どうしたっスか?」
マイキーが外の喧騒を気にする。
不意に、家の外から声がした。
「長老さま、長老さま、なんだ、となり村の連中が、わ、こりゃだめだ、助けてくだせぇ!」
慌てた様子で、村人だろうか、クエスを呼ぶ。
「おまえさんたち、済まぬな、なにやら騒ぎが起きているようだ」
ただならぬ村の様子がうかがえる。
フードをかぶりなおしたクエスが家を出て、それにアインツたちも続く。
「どうした、何があった」
「長老さま、見てくださいよ、となり村のが、ほれ!」
村人が指差す先には、みすぼらしい姿をした人々が、着の身着のまま、取るものもとりあえずといった様相で、レオロ村に向かってきていた。
ぱっと見て10人は下らないだろう。
それからどんどんと続いているので、総人数ではどれだけいるか判らない。
「おおーい、ブラル村のー。どうした、何があったー!?」
クエスを呼んだ村人が、みすぼらしい集団に大声で呼びかけた。
「た、たすけ、てくれ……」
息も絶え絶えに、集団の先頭の男が答える。
「南部連合が、裏切ったんだ……」
レオロ村の住人たちに、戦慄が走った。
次回、ちょっと重たいところから離れて、魔族のお話です。




