21騎 レオロ村の長老さま
前回までのお話。
アインツたちは、ゲームのシステムダウンの後、リアルな世界で戦っていた。
情報収集のためグレン砦に到着したが、総督に歓迎されなかったアインツたちは、砦に一番近いレオロ村に向かった。
アインツたちは、レオロ村の入り口に辿り着いた。
街道を進んだためか、道中はモンスターなどに襲われることもなく、半日もかからず村へ到着できた。
まずは、水と食料だけでも補給できれば御の字だ。
それほど期待は持てないが、ついでに何か情報がつかめたらいいと思った。
それというのも、稀に街道ですれ違う農村の人から聞くに、村では外の情報がなかなか入ってこないため、アインツたちが求めるような話は聞けないのでは、というものだった。
地方の農村では、都市とのつながりも交流も少なく、話題に上るのは、明日の天気や農作物の出来具合いといった、その村の中での話ばかりだそうだ。
せいぜい聞こえる、北方の帝国との出来事も、南部の穀倉地帯ではあまり話題にならず、戦果云々よりも戦費として徴収される作物の量の方が気になる有り様だという。
ただ、頻繁に戦闘が起きている国であり、こんな時勢である。外部の人間が訪れるともなれば、地方の村の人間はいい顔をしないものらしい。
あまり村人を刺激しないように、とも言われた。
確かに、武器や鎧を身に付けた集団がやってきたら、心穏やかでないだろう。
そこで、アインツたちは村には入らず、入口のすぐ外でキャンプを張ることにした。
レオロ村には宿など無く、まばらに建つ民家と、簡素な集会場がある程度だった。
集会場は、共同炊事場ともなっており、水場や竈が並んでいる。日々の食事の支度はここで行っているようだ。
集会場の脇には、村唯一の井戸が掘られている。
「失礼。私は旅の者だが、この水を分けていただけないだろうか」
アインツが、集会場脇で野菜を洗っている女性に声をかける。
「見かけない顔だね。外からの人なら、井戸の使用料は1日で10カラトだよ。お代は集会場の料金箱に入れといておくれな」
この世界でも、飲み水は貴重な財産だ。
カラトはこの世界の通貨で、1カラトはおよそ1円相当にあたる。
10カラトは、井戸の使用料としては安い方だろう。それは、この村の井戸の水が豊富にあるという事も意味していた。
レオロ村の中では貨幣の流通はあまりないが、旅人などには金銭で支払ってもらう事で、外貨を獲得する事もあった。
そこで得られる貨幣は、たまに訪れる商人や、他の村との取り引きに使われたりする。
当然、井戸は自分たちの共同資産なので、村人は都度の料金を払わないが、維持管理は自分たちで行う事になっているし、その費用は自分たちの納める税で賄われている。
「これで足りますか?」
アインツが、クリスタルを見せる。
アビスクロニクルのゲーム内の、モンスターがドロップする換金アイテムで、アインツが持っている中で1番価値の低い小粒のものだ。ゲーム内では100カラトに相当する価値があった。
てろてろが初めてジャンピングラットを倒した時に手に入れた、もっと小さい粒も存在するが、アインツが持っているのはこのサイズだった。
しかし、大変動後の世界ではアインツは一度も売買をする機会がなかったため、ゲームのクリスタルがどの程度の価値を持つのか、はかりかねていた。
クリスタルを見た女性は、食い入るようにそれを見つめ、その持ち主に視線を移す。
「こんなキレイなの、あたしゃ見た事がないからね、いいかどうかなんてわかりゃしないよ。ちょいと待ってな、長老さま呼んでくっから」
そう言うと、洗った野菜もそのままに、すぐそばの大きめな家へと向かう。
「長老さま、長老さまぁ、ちょいと出てきてくんないかなぁ」
村の女性が長老さまとやらの家の前で大きな声を上げる。
「この声は、ブエナんとこのカカアだな。相変わらずやかましいわい」
ぼやきつつドアを開けながら、誰かが家から出てくる。
それは、ほっそりとした面差しの長身の女性だった。
フードを深くかぶっているためよくは判らないが、隙間から覗く髪の色は、銀に近い薄いブロンド。
身体の線が隠れるような、ダークブラウンの厚手のローブを肩からかけており、その色の対比によって、神秘的な印象をアインツに与えた。
「長老さま、旅の方が井戸を使いたいらしいんだけど、代金がなんだかキラキラしたものでさ、ちょいと見てくんないかなあ」
「わかったわかった。そやつのとこへ、あないせい」
声の様子からだと、まだそれ程歳も重ねていないように思えるが、長老さまと呼ばれているので、アインツにしてみればなんとも奇妙な違和感を覚える。
長老さまがアインツのところに来る。
「おまえさんが旅の方か」
アインツがクリスタルを見せる。
「これで、井戸を使わせてはもらえないでしょうか」
ほほう、と、長老さまが驚きの声を上げる。
「おまえさん、これをどこで拾ったね?」
長老さまが尋ねる。
モンスターを倒した時のドロップアイテムなので、拾ったと言えば拾った物なのだが、どこで拾ったかまでは当然覚えているものではない。
「以前、冒険の際に手に入れましてね。お金が手持ちにない時は、これを代わりに使っていたんです」
言葉の流れなのかもしれないが、拾った、と長老さまが断言するその理由も解らない。
アインツが、嘘ではないが曖昧な表現で説明する。
「こちらでも使えると助かるのですが」
「なるほど、そう言う事であれば、それをカラトに替えてやろう。わしの手持ちが、今はこれくらいしか無いのだが」
長老さまが、拳を握り人差し指を立てる。
「どうかな?」
(100カラトか。ゲーム内の価値と同じでよかった)
アインツは、アビスクロニクルでの価値と同程度であることに安堵し、首を縦に振った。
長老さまが懐に手を入れ、袋を取り出すと、アインツの手の上に置く。
中身を見ると、銀貨が1枚と、小銅貨が12枚入っていた。
小銅貨は1カラト、銀貨は1000カラトの価値がある。
他にも流通している貨幣としては、小銅貨より少し大きい、穴あきの銅貨が10カラト、小粒の銀に刻印がある小粒銀、豆銀と言われるものが100カラトの価値で、1番価値の高い金貨が、1万カラトだ。
アインツが受け取ったのが1012カラト。アインツの知るクリスタルの価値としては、10倍以上の開きがあった。
「何かお間違いではないですか? こんなには貰えませんよ」
「おまえさんは知らないだろうが、そのクリスタルはなかなか手に入らん物でな。価値がどんどんと上がっているという話だ」
「そうなんですか?」
「魔法は、わかるな、おまえさん?」
突然話の流れが変わり、アインツは戸惑うが、知っています、とだけ返した。
「そのクリスタルはな、マジックアイテムの素材として高値で取り引きされているのだよ。以前はよく出回っていたのだがな、このところとんと見なくなった」
こんな村で流通していたのか、とアインツは訝るが、心を読んだかのように、長老さまが言葉を続ける。
「これでもわたしは、王立魔術学園の教師なのだよ」
アインツは一瞬長老さまが何を言ったのか理解できなかった。
「え、今なんと……」
長老さまが、被っていたフードを後ろにまくる。
口もとはいたずらっぽく横に広がり、その唇の間から白い歯がこぼれる。
かき上げた髪から覗く、少し先の尖った耳。
深い森のような静けさと落ち着きをイメージさせる碧色の瞳は、キラキラと楽しそうに輝いている。
アインツは、見覚えのある姿に、目を見張る。
「クーネルは元気かな、アインツ君。彼は今でも子犬のような男かね?」
長老さまの言葉に、アインツは返すことができなかった。
アインツたちは、長老さまの家に招かれていた。
「おや、新人さんもいるようだね。では、改めて、王立魔術学園で教壇に立つ、付与術士でレオロ村の長老、クエス・M・レルフィーだ。エルフなのでな、見た目は若かろう?」
「お久しぶりです、レルフィー先生」
クーネルが後半をスルーして挨拶をする。
「他人行儀だなぁ、クーネル。もう学園の先生と生徒じゃないんだ、クエスでいいよ、クエスで」
「で、では、クエス……さん」
クエスが苦笑する。
「その呼び方の方が、しっくりくるな。昔を思い出す」
長老さま、クエスの家は、入り口のところに土間があって、一段高い高床になっている部分に居間が続いている。
その奥にはもう一つ、簡素な部屋があるだけの狭いものだ。
家は全体が木で出来ており、木の柱に木の板を壁としている。
板屋根は居間にある囲炉裏の煙で燻され、真っ黒になっていた。
アインツたちは居間に上がり、囲炉裏を囲むようにして座っている。
そこへ、クエスが人数分のお茶を淹れてくれた。
「それで、おまえさんたちはどこへ行くつもりなのかね」
お茶をすすりながら、クエスが訪ねる。
「まずは王都へ向かおうと思っています」
アインツがクエスの質問に答える。
「ギルドのメンバーがいないか、地上世界の情報が無いか、見て回ろうかと思いまして」
「そうか。おまえさんたちの言う大変動からこっち、わたしも王都へは行っていないのでな。向こうの状況は判らんのだよ。ただ、付与術士仲間から伝え聞くところでは、地上世界の住人、そう、おまえさんたちプレイヤーは稀有な存在になったようだ」
「と、言いますと」
「前は冒険者やらなんやらで、世界のあちこちにいたのだが、あの日を境に、どこへ消えたのか、ほとんど見なくなったそうだ」
「でも、ほとんどってことは、何人かはいるっていう事でしょうか」
「そのようだな。完全にいなくなった訳ではないらしい。だが、わたしもプレイヤーがこんなに集まっているというのは、初めて聞いたよ」
クエスは驚きを隠さない。それだけ珍しい存在になったという実感はアインツにはなかったが、これからの立ち居振る舞いを考える事にする。
「それでしたら、私たちみたいにパーティで集まっているかもしれません。もしかしたら、ギルドの他のメンバーと、白銀の守護者のメンバーとも会えるかもしれませんね」
アインツが、希望を口にする。
「クーちゃん、クエスさんって、どんな人なの?」
てろてろが、クーネルに小声で聞いた。
「クエスさんは、元は白銀の守護者のメンバーだったんだけど、プレイヤーの方が引退するっていうんで、ギルドにキャラクター使用の許可を与えて、NPCとして再生されたキャラなんだ」
「そんなのがあるんだー」
「アビクロでは、転生者って呼んでいたんだよ」
転生者は、元々プレイヤーキャラクターで、何らかの事情によってゲームを離れる際、キャラクターだけオートモードで再配置されるNPCのことをいう。
ステータスやスキル、パラメータはそのままで、行動だけコンピューターに任せるというものだが、デッドエンドを避けるため、クエスのように、公的機関や組織の重要なメンバーとして役職が付けられる。
また、プレイヤーが復帰した際には、再度同じ設定でプレイができるように、という配慮でもあった。
ちなみに、転生者とならないプレイヤーキャラクターは、ギルドでキャラクターデータが保管されている。
これらは、コールドスリーパーと呼ばれていた。
今のクエスは、NPCとして転生したキャラクター、のはずである。
(でも、今の世界のNPCの概念って、なんだ?)
アインツは不思議に思う。
(今の世界で生活している人たちは、皆、命を持った生きている人々だ)
(実体もあるし、斬られれば死ぬ。生き物として当たり前のことだ)
(プレイヤーがそのまま活動しているならともかく、転生者や、アビスクロニクルの頃の特定NPCは、今どうなっているんだろう)
アインツは、疑問に思ったことを素直にぶつけてみる。
「クエスは、アビスクロニクルのことをご存じなんですよね?」
クエスは、少し怪訝そうな顔をするが、こちらも素直に答える。
「知っているよ、アインツ君。おまえさんたちと一緒に冒険に出ていた頃の記憶もある。ただ、ゲームシステムのキャラだからかな、ゲームの裏側や、会社の意図といったところまでは、情報開示されていないのだよ」
クエスが己をNPCであるという認識を持っていることに、アインツは少なからず衝撃を受けた。
(ゲーム視点でのキャラクターの存在を、今まで考慮していなかったかもしれない)
(追い剥ぎの連中などは、ステレオタイプの設定だったように思える。彼らも、個人としての意識や存在感があったのだろうか)
(それとも、この世界で生きる人たちが本物で、今までゲームで出会ってきた人たちは架空の存在だったのか)
以前、クーネルがアインツに投げかけた疑問。
(アビスクロニクルは、続いている……)
「おやぁ、おまえさんはいつもそうだったねぇ、アインツ君? 考えるとすぐ、自分の世界に入ってしまう」
クエスの言葉が、アインツを現実に引き戻す。
「おまえさんたちには酷な話かもしれないが、聞くかね?」
アインツたちは、神妙な面持ちでクエスを見つめる。
アインツが、皆を代表して答える。
「お願いします」
一拍置いて、クエスが口を開く。
「いいだろう。わたしの知っている限りを伝えよう」




