19騎 グレン砦
「おいらは、これからどうなるんでやすかね……」
罪人として捕らえられたボドは、不安げな思いを口にする。
「あそこの追い剥ぎ団は、おまえ以外は全員死んだか逃げたかしているし、ねぐらもあの通りだ」
ゼメキスがボドに詰め寄る。
グレン砦へ向かう街道をアインツたちは進んでいる。
「頭領のエイザも死んだ。今までさんざん悪さをしてきたんだ。殺された人々やその家族に、おまえはどう詫びるつもりだ、ええ?」
「そ、そんな、おいらはただ、頭に命令されたまま……」
「命令されれば、物を盗むのか、女を犯すのか、笑って人も殺すのか!」
ゼメキスがボドの胸倉を掴んで揺さぶる。
ボドが目に涙を溜め、何かを言おうとしても、言葉に詰まって出てこない。
「よせ、ゼメキス。裁きは砦で行う。今は堪えろ」
「しかしよ、隊長!」
「ゼメキス!」
ベルンフォートが一喝する。
「……くそっ!」
ゼメキスが掴んでいたボドを放す。勢いでボドが尻餅をつき、何度かむせる。
「おまえは必ず極刑に処されるぜ。せいぜい今から覚悟しておくんだな」
ゼメキスが吐き捨てるように言うと、ボドに一発蹴りを入れ、砦に向かって歩き始めた。
アインツたちも、それに続いていく。
何とか立ち上がったボドの足取りは、重かった。
そろそろ日が暮れようとする時間。アインツたち一行は、グレン砦の入り口に立った。
広い荒野の中に街道が走る。
砦が荒野にぽつんと佇んでおり、砦の門から街道がそれぞれ南北へ続いている。
この街道は、スリード王国の西の端にあり、この砦から西は、王国でも未開の地となっている。
アインツたちは、その未開の地の森を抜け、ここまで来たことになる。
北へはローエンダルク帝国と国境を接しているイベータ城塞へ続いている。
グレン砦とイベータ城塞の間には、ところどころに宿場も設けられていた。
街道の宿場は駅ともいい、そこには駅馬と呼ばれる早馬が整備され、荷物や手紙を運ぶ役を担っている。
定期的に通信を行うことで、不測の事態にはどこで連絡が途切れたかを把握し、敵が侵攻してきた場合の規模や動きがいち早く判るようにも組織されている。
王国にとっては、重要な流通、情報網の一つである。
南は、穀倉地帯へと延びる街道として利用されている。
小さいながらも村が点在し、砦などへの物資の輸送に使われる。
村同士の人的交流は少なく、季節ごとの輸送以外は、専ら旅商人や冒険者が使う程度で、人通りはほとんどない。
ここからかなり東にある王都、ケイティパレスへの直接の道はなく、北のイベータ城塞か南の村々を経由する街道を行くか、手つかずの荒野を突き進むかしか手段がなかった。
スリード王国の西の果てにある砦が、このグレン砦である。
グレン砦の広さとしては、1000程の兵が駐留するだけあり、それなりの規模がある。見張り台や鐘楼なども配置され、昼夜分かたず外敵に対し、監視の目を光らせている。
筈だった。
ただ、辺境にありながら、他国と直接領土が接しておらず、有事と言っても多少のモンスターが通りかかる程度で、王国の有史以来他国の軍勢の影を見た事すらなかった。
兵力の1000名も、元々の辺境守備隊は400程度で、討伐分隊が組織された時に王国の南の村などから集められたり、王都からの増援でこの数になっているというものだ。
ベルンフォートも王都からの増援組で、討伐分隊として隊の指揮を任されている。
討伐分隊は、街道や村に出て、王国の不安要素となるものを排除することが目的であり、盗賊の討伐や魔物狩りなど、常に戦闘を意識した行動を取る。
それに比べ、守備隊は砦の防御を任されている、といえば聞こえはいいが、所詮居残り組である。
戦闘を行うことも無く、そのせいか、討伐分隊に比べ守備隊の兵士たちの士気は、お世辞にも高いとは言えなかった。
その影響か、見張りの気配も少なく、物見櫓からは警備兵のあくびが聞こえる程だ。
砦の周りには堀があり、水が張られているため、深さまではうかがい知れない。
入り口となる門には跳ね橋があるが、今は引き上げられており、歩いて砦の中には入れないようになっている。
「開門ー!」
ベルンフォートがたいまつに火を灯し、円や直角など、複雑な動きを炎で描く。
ゴゴゴゴゴ……
跳ね橋が降り、地響きを立てて堀の上に横たわる。
「お待たせした、アインツ殿。ようこそ、グレン砦へ」
この砦の総督を務めるのが、ウスラー・モルグール男爵。
スリード王国の名門貴族の出ではあるが、武術も勉学も人並み以下で、反面、出世欲と支配欲が肥大している男である。
無能な者を前線に配する事は、王国にとっても愚行ではあるが、西の砦は辺境にあって、外敵からの侵略が今まで無かった場所である。
捨て扶持としては破格ではあるものの、名門貴族の子弟として箔をつけるために、父親のモルグール伯爵が権力と策謀を使ってねじ込んだ地位である。
ただ、モルグール伯の他の子弟は、王都にあったり、自分の領土を持っていたりするため、ウスラー・モルグール男爵にしてみれば、辺境の司令官に左遷された今の地位は、はなはだ面白くないものであった。
その影響からか、近隣の村々から搾取した財を、華美な装飾に費やし、贅沢な生活を送り、辺境の地で王の真似事をするようになった。
中央としても、辺境の一砦の動向までは細かく抑えていないため、多少の事は見て見ぬふりという状態であった。
また、たとえ何かあったとしても、王都にいるモルグール伯の手にかかれば、どうとでもなるというものだ。
そのため、謁見の間は辺境の砦とは思えぬような贅を尽くした作りになっており、訪問するものはみな息を飲んで、ここが辺境の一砦であることを、一瞬忘れてしまう程のものであった。
王宮の謁見の間と比べても、豪華さでは引けを取らない上に、辺境の地だけあって、異国情緒溢れる装飾もところどころに見られる。
謁見の間に費やした金銭の額という点であれば、こちらの方が勝っているかもしれなかった。
そこへ、アインツが通される。
高い天井までレリーフが施されている扉が、ゆっくりと観音開きになる。
モルグールは、入り口の扉から20メートルはあるだろうか、正面奥の総督の椅子へ踏ん反り返って座っており、居丈高に口を開く。
「そなたらが白銀の……」
言葉に詰まるところへ、ベルンフォートがフォローを入れる。
「白銀の守護者の者か」
総督の椅子の脇には飾りの掘られた台があり、その上に果物が山のように積まれている。
モルグールは、そこから果物を一つ取り出し、無造作に口へ運ぶ。
溢れ出す果汁がこぼれ落ち、毛足の長い絨毯へと吸い込まれていく。
モルグールがアインツの足元を見て、泥で汚れている事に気付き、少し眉をひきつらせる。
「総督閣下。お初にお目にかかります。白銀の守護者の代表を務めます、アインツ・ヴァイ・ドライと申します」
アインツは、過度ではないものの、儀礼にかなった挨拶をする。
「さてアインツ殿、此度は盗賊どもの討伐にご尽力頂いたとかで、陛下に代わって礼を言いますぞ」
鷹揚な態度はそのままで、言葉だけの礼を口にする。
初めから国王の威をかざすなど、アインツにとっては噴飯物ではあるが、そこはこらえて重々しい態度を崩さないようにする。
「いえ、かえって不幸な事故もありましたので、砦の兵を損なう事になりました。そこは残念に思います」
「出会い頭の事故と聞いておる。そうだの、ベルンフォート」
「はい。我らが先走ったが故の、不幸な出来事でありました」
(ほう、部下の過失を認める度量はあるのか)
アインツは、少しばかり感心する。
「それはともかく、北方で、きな臭い噂が上がっておってな。どうやら帝国が、またぞろ我が国に攻め入らんとしておるらしい。だが、応援を求められておるのだが、残念だなあ。戦力が限られている砦としては、援軍を出そうにもままならない状況なのだよ。特にほれ、討伐隊に大きな損害が出た今となっては、砦の防備にも事欠く有様でなあ」
モルグールは、嫌味を込めた視線を送る。
「さて、アインツ殿、や、アインツ殿ではなんだな。なんとお呼びすればよいかな、爵位はなんであったかね?」
ぎらり、と、モルグールの瞳が怪しく光る。
「爵位はありませんよ。無爵です、総督閣下」
「ほほう、無爵とな……、ん、無爵ぅ?」
モルグールの顔が、青くなったり赤くなったりする。
「ベルンフォート! 貴様、平民をこの謁見の間へ通したというのか! 道理で身なりもみすぼらしく、薄汚れておるわ! 部屋が穢れる、とっとと追い払え!」
「しかし、総督閣下、アインツ殿は無類の強さを誇る実力者。加えて国王陛下からも称号を賜る程の活躍をされている御仁であり、北方の援軍としてお力添え頂くにも、ここは礼を尽くしてお迎えすべきかと」
「黙れ黙れ黙れぇ! 貴様、私の兵を損なった上に意見をするか! ええい、不愉快だ、出て行け! この間から立ち去れぃ!」
モルグールががなり散らす。
「お前もだ、この騎士崩れの野良犬めが! とっとと去れ!」
モルグールは、手にした食べかけのオレンジをアインツに投げつける。
オレンジはアインツとの距離の半分にも届かず、謁見の間の毛足の長い絨毯に落ちて止まる。
アインツは丁寧に一礼をすると、最後に一瞥し、謁見の間から出て行った。
「アインツさん、どうでした?」
控えの間で待っていたクーネルがアインツに聞く。
「あれは見込みなしです。典型的なダメ領主でしたね。主人公にワンパンでやられるタイプの雑魚キャラです」
「うわー、それは痛いですねえ」
クーネルも苦笑を隠しきれない。
「アインツさんがワンパンしなくてよかったですよ」
「よしてくださいよー。私だって狂犬じゃないんですから、砦を乗っ取るつもりも無いし、王国と事を構えるようになったら困りますよ」
ただ、アインツはこの豪華な砦の内装を見て思う。
「これでは、搾取されている側は苦しいでしょうね。だからといって、どうすることもできないんですけど」
「他人の領土の事ですからね、口を挟むわけにもいかないでしょう」
国王や周辺貴族には、アビスクロニクルのイベントの際に多少のつながりがあったものの、この辺境の領主にも領民にも、どちらにも縁がない中立のポジションにいるアインツたちにとっては、どうすることもできないし、どうしようとも思わなかった。
アインツにしてみれば、過失とはいえかなりの数の砦の兵を殺してしまったのだから、ある程度の嫌味や恨み言は聞かされるかと思っていたが、ここまで悪し様に言われるとは思ってもみなかった。
これは、アインツたちの行動そのものではなく、爵位や権威といったものに媚びるモルグールの性格に難があったのだが。
だからといって、アインツが権勢におもねるつもりは毛頭なかったのだ。
このような事から、事前にベルンフォートから聞いていた、アインツたちが北へ向かう援軍に参加するかどうかという話は、検討以前に白紙に戻した方がよさそうだった。
仮に同道したところで、無爵というだけで粗雑な扱いをされるのが目に見えているし、アインツたちがそこまでしてやる義理は無かったからだ。
「それにしても、話を聞くにそのオレンジがアインツ様に当たらなくてよかったな。もし当たってしまっていたら、カウンターマジックが発動して、投擲者にマジックアローが突き刺さるところだったよ」
事も無げに、クーネルと共に控えの間にいたクロノスがベルンフォートに言う。
「な、なぜそんな」
ベルンフォートが言い淀む。
「当然だ。カーテンや旗の後ろに、武装した兵が隠れているようなところに、アインツ様お一人で向かわせるなどできようか。おそらくそれでもアインツ様の勝利は揺るがないだろうが、アインツ様にお怪我があってはならないのでな。防御の魔法は、専守防衛の保険のようなものさ」
クロノスが、さも当然という口ぶりで話す。
「ま、もし当たったとしても、それはそれで面白かったかな?」
不気味な笑みで、クロノスが呟く。
骨と皮ばかりの顔で笑う姿は必要以上に迫力があり、ベルンフォートは微かな身震いをしたのであった。




