20騎 ひとときの憩い
戦乱の気配が漂う。
砦の兵士の話では、既に北の国境線ではスリード王国とローエンダルク帝国との間で小競り合いが始まっており、双方とも少なからず被害が出ているようであった。
レオロ村。
グレン砦より南へ半日程行ったところにある、農耕主体の村。
アインツたちは、砦から一番近くにある村であるレオロ村に向かうことにした。
今しがた、ベルンフォートから教えられた村だ。
北の街道が危険を増していく様相を呈しているので、南回りで王都ケイティパレスに向かうつもりだ。
王都まで行けば、他のプレイヤーがいるかもしれない。ギルド、ローテフェザーの仲間がいるかもしれない。地上世界の情報を何か得られるかもしれない。
その一縷の望みを抱いて、王都を目指すことにした。
だが、王都への道程は長く、一旦流れの冒険者が逗留しても問題がなさそうな、それなりに大きい町へ向かいたいが、そこに辿り着くまでの身支度を整えるにも、どこかで水と食料を調達する必要があった。
できれば砦で装備を整えたいところではあったが、総督の不興を買った後では、兵士たちにも体よく断られたものだった。
兵たちにしてみれば、行きずりのアインツたちに便宜を図ったとして、特に見返りも無い上に、総督のモルグールに目を付けられては、今後の生活にも支障が出ようというものだ。
また、兵士たちの中には、アインツたちが同僚を手にかけた者だということを知り、非難の目を向ける者がいたのも事実だ。
総督のではなく、ベルンフォートの私的な客人として、形ばかりの部屋があてがわれたが、それでも倉庫なのか納屋なのか分からないような、荒れた部屋だった。
「馬小屋よりは快適っスよ」
マイキーが軽口をたたく。
心情は落ち着かないが、安全面と体力面から、アインツたち一行は野営よりはマシと判断し、ベルンフォートの好意に甘えることにした。
煙る蒸気に覆われた一室。
「とはいえ、風呂の便宜を図ってくれたことには感謝せねばな」
エレーナが話しかけると、てろてろもそれに答える。
「そうねー、やっとお風呂に入れたー。やっぱりお風呂はいいわー」
日頃は砦の兵たちが使う大浴場だったが、この時ばかりはベルンフォートがアインツたちに貸し切ってくれたのだ。
アインツたち男性陣は部屋で今後の対策を検討している。
そのため、先ずは女性陣に入浴してもらうようにした。
「教会を出てから、碌に水浴びもできんかったからのう」
「はあー、癒されるわー」
湯船に浸かりながら、ため息を漏らす。
湯の暖かさが、疲れた身体にじわりと染み込んでいく。
エレーナは、長い金髪を後頭部でまとめて、バレッタで抑えている。
長旅で酷使していたか、バックパックを背負っていた肩は、赤くベルトの跡が付いていた。
同じくして浴槽に浸かっているてろてろは、まとめた髪をタオルでくるみ、浴槽の縁に寄りかかるようにして心地よさを満喫していた。
エレーナはヒーラーという事もあり、あまり肉体を酷使しない。
そのせいか、締まりはあるものの、それ程筋肉が目立つような身体つきではなかった。
対しててろてろは、初めはゲストプレイヤーではあったが、元々の身体能力の高さと、戦場に身を置く経験、アインツやマイキーとの稽古で、かなり戦士らしい体格になってきていた。
「まさか初めは、こんな筋肉が付くとは思わなかったけどねー」
「鍛えられた肉体美じゃの」
「ちょっと、割れた腹筋って、憧れだったんですよ」
んっ、とてろてろが力を入れると、腹筋の縦の筋がくっきりと浮かぶ。
「最近、アインツさんたちに剣の稽古をしてもらってるから、ちょっとは絞れてきた気がするのよね。腹筋も縦に割れてきたしー」
「おお、腹筋女子じゃのう。どれどれ、ほほう、なるほどのう」
「どうだ、いるか?」
「いや、声は聞こえるんだが、湯気でよく見えん」
「ちくしょう、あと少しなんだがなあ」
換気口の隙間から覗き込んでいる男が愚痴を漏らす。
「だいたい、ボッカス、おまえも見ただろ? あの金髪、服の上からでも判るチチのデカさをよう」
「判る判る。砦住まいのオレたちには、ちぃっと刺激が強すぎだあな」
「だろー? なりはちいせえのに、あのデカさは反則だろ。もう1人だって、ツラはなかなかの上玉だしな」
「だなー、チンク、おまえも判ってんじゃねぇか」
砦の兵士であるチンクとボッカスが、エレーナたちの入っている風呂場を覗こうとして、換気口の裏に息をひそめて隠れている。
「何も襲っちまおうってんじゃねえんだ。オレたちも仲間がやられてんだからよ、詫びの一つに、その裸でも拝ませやがれってんだ」
「だなー」
チンクたちは、自分たちの身勝手な論法で、覗きを正当化したつもりでいた。
エレーナが両手を挙げて伸びをする。
「それにしても、エレちんって着痩せするよね~。羨ましいなぁ」
「そちも、言う程小さくもなかろう?」
いつの頃からか、てろてろはエレーナの事を、エレちんと呼ぶようになっていた。
エレーナは特に気にする様子も無かったので、てろてろはそのまま使っている。
「えー、そりゃあさ、少しは自信あったけどさー。エレちんには負けるわー。それにさ、ツンって上向いてるし、ピンク色なのは反則だよぉ」
エレーナが、湯船に浸かりながら、右手で湯を掬い、左肩にかける。
湯が、ピンク色に上気した肌を幾筋にも分かれて流れ、湯船に落ちる。
肌の上に、水の玉が残る。
「反則って……そんなことあるまい」
「あるよぉ。あたしなんか、最近色が濃くなってきちゃったような気がしてさ。ショックー」
てろてろの身体を、エレーナが覗き込む。
「どれどれ……ふむ、儂にはようわからんが、そういうものかの」
「ふえ~ん、エレちんひっどー」
女子2人が風呂場でじゃれあっている。
男たちの目が光る、が、換気口の隙間からでは、エレーナの背中しか見えない。
だが、よく目を凝らすと、胸の膨らみの外側だけだが、背中からはみ出して見えるのが判る。ちいさなすべすべな背中より、胸の膨らみの方が大きいのだ。
「惜しい! もうちょっと」
「こっち向け、向き変えろー」
チンクたちは興奮を隠せない。
エレーナが腕を下ろして、また湯船に浸かる。
うなじに水が滴る。
「ああー」
ボッカスは、押し殺した声で落胆する。
てろてろが立ち上がる。
チンクたちがなんとか覗き込もうとするが、エレーナの頭が邪魔をして、肝心なところが全く見えない。
「ねえ、そろそろ出ない? あたしのぼせちゃった」
「そうじゃの、そうするか」
エレーナが腕を伸ばし、バレッタで止めている髪をほどこうとした。
「お、ぼちぼち上がりそうだぞ。湯船から出れば、こりゃ丸見えだぜ」
「うひひ。だなー!」
「さてと、上がるにしても、どうしたものかの」
エレーナが悩む。
「流石に殺してはまずいじゃろう」
「え、そうだよ、それはダメだよ」
「かといって、むざむざ儂のナイスバディを拝ませてやる義理もないしの」
そこへ、聞き慣れた声が耳に届いた。
「エレちゃんたち、お風呂まだー? オレっちたち、待ちくたびれちゃったっスよー」
チンクとボッカスが息をひそめる。
「おお、マイキーか。丁度よいところに来たの」
「ん、どうしたっスかー?」
「ちょいと頼まれごとを受けてはくれんか?」
「んー、いいっスよ。なンすか頼まれごとって」
少しの間。
「もしかしてここにいる砦のヤツっスかねー?」
身動きの取れない場所で、男たちがその身を強張らせる。
風呂場の湯気のせいなのか、着ているものが張り付くほど全身がびっしょりと濡れている。
「話が早いの」
「レンジャーにかかれば、どこに潜んでたって、バレバレっスからねー」
「まあ、森の野ウサギより隠れるのが下手じゃからの。儂にもまるわかりじゃ」
男たちが後ろを振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべたマイキーとクーネルがいた。
「んじゃ、ご注文を承りまーす。絞め方はどうしましょうか。半殺し? それとも全殺し?」
「うーむ、全殺しでは味気なかろう。9割5分殺しで頼む」
エレーナが答える。
「了解っスー。ンじゃ、焼き加減は、レア? ミディアム?」
「こんがりウェルダンがいいなー」
てろてろが注文する。
「かしこまりー。ンじゃ、まな板の上のお兄さん方、覚悟してちょンだいねー!」
「ぎーやーー!」
この日、夜の闇に響く、むさ苦しい男たちの絶叫が終わることは無かった。
夜が明けて、一行は出発の準備をしつつ、荷物の中から取り出した干し肉で、簡素な朝食とした。
昨日のモルグール総督の態度を思ってか、見送りに来たベルンフォートが申し訳なさそうにする。
「アインツ殿、レオロ村へは街道沿いに徒歩で半日程。今からであれば、昼頃には着けるでしょう」
「ベルンフォートさん、いろいろとお世話になりました。お力になれないのは、残念です」
「いえ、こればかりは運命の糸のなせるところ。今回は機会が無かったという事で」
「北方の戦場には向かうんですか?」
「恐らく、近々には」
「そうですか、ご武運を」
「いつか、轡を並べて共に戦場を駆け巡ることができたらいいですな。アインツ殿も、壮健で」
ベルンフォートに別れを告げ、アインツたちは南へ向かう。
戦乱を避け、南回りで王都を目指す。
王都まで行けば、何か判るのではないか。
アインツたちは、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちで、先ずはレオロ村へ向けて砦を後にした。
次回、挿話で、スリード王家にまつわるお話です。




