18騎 街道まで
慌ただしい出発であった。
一路、アインツたちはスリード王国の辺境守備隊が拠点とする砦へ向かうことにした。
その砦は、辺境守備隊の第四大隊が配属されており、その他にも砦の守備兵を初め、それなりの兵力を持つ戦力である。
王都ケイティパレスから遠く離れた辺境にあって、その数はかなりの規模と言える。
追い剥ぎのねぐらとしている洞窟からは、徒歩で半日程度の距離である。
森の中であるとはいえ、今まで追い剥ぎ団が討伐されていなかったのは、調査を行う機会が設けられていなかったのか、それまで重要視されていなかったのか、ともかくもそこまで脅威と捉えられていなかったことが挙げられる。
それが、外敵からの侵攻、周辺警備を行うようになったのは、大変動の影響があったかもしれない。
道中、アインツはベルンフォートに自分たちの持っている、アビスクロニクルで使用していた地図を見せる。
「ほほう、これは詳細に記載された地図だな」
ベルンフォートはその書き込まれた内容に目を見張る。
「どれだけの調査をすれば、ここまで細かい内容をまとめられるのか、ぜひ教えてもらいたいところだ」
アインツたちは、マップ自体はアビスクロニクルのゲーム中では当然のものと思っていたが、よくよく考えてみると、NPCやゲーム内国家では一般に流通していない代物だった。
他にも冒険で使う道具などは、現地の人からすればオーバーテクノロジーに近い物が存在するため、冒険者が敢えて譲り渡すか、放置した荷物から持ち去られたなどしない限り、市場には出回らないものであった。
当然、アイテムの取り引きは、リスポーン地点となるセーフティエリア内か、地上のギルド内で行われていた。
「この地図がどこの国を示しているか、判りますか?」
アインツが問うと、ベルンフォートは悩みながらも答える。
「この地図は、私が知っている地形と照らし合わせると、そうだな、やはりこの大陸の地図に似ているように思える」
「と、言うと」
「スリード王国がここだとする、我々がこれより向かおうとするところは……、ここのグレン砦だ」
ベルンフォートが地図の右側を指し示す。
「ここが、グレン砦……」
「そう見えるのだがな」
グレン砦は、アインツたちの記憶にもあった。
スリード王国の、西に位置する辺境の砦だ。
外敵の侵略から国土を守るため、国境に配置されていた。
それがこれから向かおうとしている砦。
とすると。
「では、ここが王都ケイティパレス」
「そうだ」
アインツの中で、地図と記憶が合致する。
アインツたちは、スリード王国の遥か西の、廃墟となった教会を拠点としていた。
アビスクロニクルの地図の外のエリアだ。
だが、スリード王国、王都ケイティパレスの場所がベルンフォートの説明と、アインツの記憶とが同じであれば、まさしくこのアビスクロニクルの地図は、スリード王国周辺の地図だという事だ。
「アビスクロニクルと、同じ。だが、教会の場所が違う」
「何か思い当たるところでもあったか」
アインツの呟きに、ベルンフォートが問う。
「では、ここには何かありましたでしょうか」
アインツたちローテフェザーに属するプレイヤーが、初めて訪れる場所。
セーフティエリアで、地上エレベーターのある建物。
聖スクイレル教会。
「ああ、そこか。そこは」
「隊長! オオカミの群れが近づいています!」
ベルンフォートが言いかけたその時、部下からの報告が上がる。
見れば、野生のオオカミが、20匹くらいか。アインツたちの後背から、包囲しようとしている。
「モリオオカミは、凶暴だが力量差を理解する知能を持つと言われている」
ベルンフォートが説明する。
「なるべくなら、刺激しないように進んでいこう」
「どうしてっスか。オオカミくらいなら、この人数でなんとかなるっしょ」
マイキーが楽観的な意見を述べる。
「今は20匹程度だから大したことは無いが、モリオオカミは、1匹見つけたら30匹はいると思え、という言い伝えがあってな」
「なんだそりゃ。まるでゴキブリっスね~」
てろてろがクロノスに問いかける。
「クロノスさん、精神支配の魔法は?」
「一日に何度もかけられるような魔力消費量ではない。しかもこれだけの頭数では、無理だな」
「仕方ない、相手はもう気付いているはずだが、それでも刺激しないようにしよう。特に、怪我人を隊列の中央へ」
アインツの指示で、皆が動く。
モリオオカミは、遠巻きに見ているものの、襲いかかっては来ようとしなかった。
日は高いが、エレーナがたいまつに火を灯す。
「獣が少しでも炎を嫌がればよいのじゃが」
「森を焼くわけにはいきませんが、火はいい選択だと思います」
エレーナの行いを、クーネルが肯定し、自らもたいまつに火を点ける。
遠巻きにしていたモリオオカミたちは、更に距離を保つようになる。
少し緊張が薄れた、そう思ったとき、モリオオカミが一斉に森の中へ消える。
アインツたちは不審に思ったが、その答えはすぐに現れた。
草木をかき分けて、アインツたちの進行方向から現れたのは、身長3メートルはあろうかという一つ目巨人、サイクロプスだった。
薄汚れた身体に、巨大な一つ目。
筋肉で引き締められた二の腕は、大人の腰程もあろうかという太さだった。
手近の木を一本引き抜くと、アインツたちに放り投げてきた。
アインツたちは回避するが、討伐隊の兵士の2人が、その木の下敷きになった。
「やっべー、オオカミに気を取られて、前方不注意だったっス」
マイキーが避けながら謝罪する。
躱しざま、矢を射る。
サイクロプスの頬を掠めるが、特段大きなダメージにはならなかったようだ。
その頬の傷も、見る間に塞がっていく。
「治癒能力か! そこはアビクロのジャイアント系と一緒ってか。あんなデカブツに治癒能力があっちゃあ、ちまちま攻撃してらンねぇっスね!」
マイキーが分析する。
(攻め手は、守り手よりは主導権が握れる点に限っては有利。でも、攻めて攻めて攻めまくったとして、あの治癒能力を超える攻撃を与えることができるのか)
アインツがタワーシールドを構えて、じりじりとサイクロプスとの距離を詰める。
防御力の高い聖騎士は、前線でチームの盾になるのが一番の役目だ。
サイクロプスが、抜き取った木を武器にして、アインツに襲いかかる。
ゴワン!
サイクロプスの木の幹を使った打撃攻撃が、アインツの構えたタワーシールドに直撃する。
手が痺れる感覚を久しぶりに体験したかのようなアインツだった。
「おも、重い……」
アインツが歯を食いしばりながら感想を漏らす。
サイクロプスが一度引き、再度突進をかます。
ガイィン!!
アインツが、タワーシールドとショートスピアで受け止める。
続けてサイクロプスが木の幹で殴打するが、アインツはそれをタワーシールドとショートスピアで躱したり、いなしたりしている。
「なぜこんなところにまで、サイクロプスなんて魔物が出てきているんでしょうね」
「流石辺境ならでは、といったところじゃ」
魔法の矢で援護するクーネルの呟きを、エレーナが拾う。
エレーナは、堅牢化と回避向上の魔法で守備をサポートする。
「それに、オオカミを食らおうとしたら、それよりももっとうまそうなものに出会ったからじゃろうなぁ」
確かに、人間の集団の方が、オオカミの集団よりは食いでがありそうだ。
「でも、儂らを食ろうても、胸焼けするのがおちというものじゃ」
そうこうしている間に、アインツの他、前線の戦士もサイクロプスに攻撃を加えていた。
てろてろも、サイクロプスが振り回す木の幹を避けながら、剣を振るう。
サイクロプスへの攻撃で、浅い傷はすぐに塞がってしまう。
治癒能力が高く、なかなか継続的なダメージを与えられない。
「3秒。攻撃はいいので、防御を頼みます」
アインツが、てろてろと討伐隊の兵士たちに話しかける。
「判りました。3秒ですね」
そういうが早いか、てろてろが剣を振りかぶり、サイクロプスに一撃を与える。
体重の乗った攻撃は、巨人に一瞬の怯みを起こさせる。
そこへ討伐隊の兵士たちが一斉に飛び掛かる。
一斉攻撃の息の合ったコンビネーションは、流石に同じ釜の飯を食っていた仲間の連携と言えた。
サイクロプスが、それでも倒れず、てろてろたちに向けて拳を振り上げる。
てろてろがたたらを踏んで、後ろへよろける。
「うおぉぉ!」
タワーシールドを投げ捨てたアインツが、ショートスピアだけを構えて、突進する。
その腕には、灼熱した炎のような光が宿っていた。
筋力上昇の能力開放に加えて、騎士の習熟したチャージ攻撃がサイクロプスへ向かう。
アインツが、サイクロプスと交錯する。
「グガアァ!!」
一瞬の時が過ぎた。
サイクロプスは上半身の1メートルと、脚の1メートルだけの身体になっていた。
アインツの通り過ぎた場所がまるまる弾け飛んでおり、胸から下と、膝から上が、まるで初めからそこになかったかのように、ぽっかりと穴が空いていた。
あまりの衝撃のせいか、勢いのせいか、アインツの身体どころか、ショートスピアにすら、サイクロプスの痕跡は残っていなかった。
血の一滴すらも。
マイキーが口笛を吹く。
支えを失ったサイクロプスの上半身が、膝から下だけの脚を巻き込み、地面へ落下した。
柔らかい物体と、液体が弾ける音が、森の中に響いた。
既にサイクロプスだった肉塊は、その動きを止めていた。
アインツたちは、身支度を整え、森を出る。
そこには街道があり、街道は南北に続いている。
「モリオオカミが追ってきたことには、焦りを感じたが、まさか森の中とはいえ街道近くにあのような魔物が出てくるとは」
ベルンフォートがため息と共に言葉を吐き出す。
「ともかくも、街道に出られてよかった。ここから北に行けば、夕刻までにはグレン砦に着けるだろう」
疲れてはいたが、こんな魔獣が現れる森からは、なるべく早く離れたいと、誰しもが思った。




