8騎 孤立する教会
教会だ。
アインツたちの目の前には、確かに教会があった。
聖スクイレル教会。
ロマネスク様式を模した、石造りの。
ギルド、ローテフェザーのゲートウェイとなっていた、セーフティエリア。
だった場所だ。
人の手が入らなくなってからいかばかりか、壁はところどころ崩落し、隙間から風が入ってくる。
雅な彫刻は風雨にさらされ、真っ当な形で残っているものを探す方が難しい。
調度品は色褪せ、埃や蜘蛛の巣にまみれている。
「何があったんだ。もう、何十年も経ったみたいじゃないか」
クーネルが溜め息とともに思いを吐き出す。
「今日、プレイ開始から半日も経ってませんよね。食料だって、なんとかもったくらいだし」
確かに、食料は一人分が3つ、これを、手持ちの最後の食事として5人で分けて食べたのが一時間程前。
それからマイキーが教会を見つけ、ここまで辿り着いたのだった。
夜にもなっておらず、腹の減り具合からいっても、そう何時間も、勿論、何十年も経っている訳がなかった。
「とにかく、誰かいないか、何か使えるものがないか、調べてみましょう」
「そうですね、あ、居酒屋、酒場へのエレベーター、あれは!?」
アインツの提案に、てろてろが反応する。
「てろてろちゃん、そだね、エレベーター、見てみよっかね」
マイキーがフォローを入れるが、てろてろ以外は、おおよそ結果を知っていた。
教会の中に入る前。
外観を見たとき。
アインツたちには見慣れた風景を、見間違えようもない。
SFに出てくる軌道エレベーターのようなものが、天まで伸びようかと思えるような銀色の筒が、あるべき所に無かった。
予想はしていた。
あれ程の大きな建造物が消えているということは。
てろてろが、エントランスを抜け、エレベーターホールのあった突き当たりの部屋の扉を開けて、中に入る。
エレベーターのあった所には、大きな暖炉が、煤と灰に覆われているだけであった。
地上へのエレベーターは、無かった。
初めから、存在しなかったかのように。
アインツたちは、教会内の部屋を調べることにする。
いずれにせよ、今夜はここに留まることになりそうだからだ。
入り口から入ってすぐのところは、建物内で一番大きいエントランスホール。
一応カーテンで仕切られているその奥には、礼拝堂がある。
今はカーテンも朽ち果て、その名残があるだけだが、かろうじてエントランスと礼拝堂を分けていた部分は把握できた。
入って右側には扉が並ぶ。
それぞれ、待合室や、会議に使える部屋になっていた。
パーティ間の交渉や、連絡、情報共有などに使ったり、更衣室として使っていた部屋だった。
簡易的なテーブルに、椅子の一揃え。
あまり華美ではないものの、実用的なものが揃っていた。
冒険者が使用するものだ。頑丈な素材が使われており、質実剛健を形にしたようなものだった。
見渡しても、これといってめぼしいものも無く、廃材で暖を取るのに使える程度。
野盗が一通り物色したのか、燭台などの貴金属や装飾品はことごとく奪われていた。
入り口左側には大きめの扉があり、その向こうは集会室になっている。
オークションや、ギルド戦の作戦会議などで使うホールとしていた。
奥には控室もあったが、そこに入ろうとした時、マイキーがメンバーを止める。
「何かいる」
ささやき声で、アインツたちに伝える。
手持ちのナイフやショートソードを構えなおし、控室の扉に注視する。
マイキーが控室の扉のノブに手をかける。
かすかに、扉の向こうからガサゴソと音がする。
エレーナが火を点けたたいまつをかざす。
扉をゆっくりと開け、開けきったところの床には、黒光りした羽。
一面を覆うのは、虫、虫、虫。
「クリーピングローチ!」
クリーピングローチは、手のひらサイズの甲虫で、その見た目から、這い回るゴキブリの異名を持つ。
大きな顎は、人の指程度であれば簡単に食い千切る力を持っており、集団で現れた時には、馬や牛程度は瞬く間に骨と化す程だ。
虫に多い弱点として、火が挙げられる。
多分に漏れず、クリーピングローチの弱点も、火。
「炎の攻撃に切り替えろ!」
アインツの指示が飛ぶ。
エレーナがたいまつを床に近づける。
それを火種にし、クーネルが呪文を唱える。
「フレイムセクター!」
たいまつを扇形の要として、拡散された炎が、部屋の床をなめる。
数百匹はいたであろう虫が、炎の嵐で一瞬にして消し炭になる。
後には、焼け焦げた匂いと、舞い上がった灰のみである。
通常、火炎放射器では、噴射口の向きを左右に変えるなどして炎を操作する必要があったろうが、クーネルが魔法で作った炎にはホーミング性能を付与していたため、範囲内にターゲットとして捉えた相手には、確実にダメージを与えるのであった。
袖口で顔を覆い、降り積もった灰の中を、奥へ進む。
そこには、人間の死体があった。
ところどころ白骨化した姿は、死者への冒涜とも、自然の驚異とも思えた。
身長は、170センチ前後。
身なりや体格から、男性と思われる。
「こいつを、食っていやがったのか……」
マイキーがこぼす。
「アインツさん、どうします? オレっちたちが知ってる教会なら、この先は地下の玄室につながってる階段があると思うンすけど」
「一度、教会内を全部調べてみましょう。この遺体の調査は、またその後でという事で」
「了解っス」
マイキーがエレーナからたいまつを受け取り、先頭に立って部屋奥の下り階段へ向かう。
地下の玄室は、本来であれば霊安室として使うものであったが、聖スクイレル教会では冒険者の集う場所として、死体を安置する場所ではなく、装備や薬品、巻物などの倉庫としていた。
少しでも、アイテムが残っていないか、淡い期待を抱き、マイキーが階段を下りていく。
アインツがそれに続き、他の3人は控室に留まる。
螺旋状に続く階段を進んでいくと、だんだん空気がひんやりと、湿った感じになっていくのが判る。
ぐるぐると、どれだけ回りながら降りたろうか。
それは、螺旋階段の中央部の柱の向こうから現れた。
荘厳な両開きの扉が、階段の終点に鎮座していた。
扉の周辺は、死にまつわる物語が、レリーフになっていた。
「っと。倉庫、こんなでしたかね……」
マイキーが、自分の記憶と照らし合わせて、疑問を投げかける。
アインツも同じ疑問を持っていたが、それには答えず、ゆっくりと、両開きの扉を押し開ける。
マイキーの持ったたいまつの光が玄室の中を照らしていき、徐々に目が慣れていくと、部屋の中もある程度把握出来た。
部屋は、横10メートル、奥行きは30メートル近くあるだろうか。
壁は石で囲われており、奇妙な文様と、扉絵にあったようなレリーフが飾られている。
壁に設置された棚には、ピックや孫の手のような道具が、所狭しと置いてある。
部屋の脇にある水がめには、水ではない何かが溜まっており、覗き込むと、キラキラとたいまつの光を反射させた。
そして、部屋の中央には大理石と思わせる石の寝台があり、その上には何か人の形をしたものが置いてあった。
そろりそろりとマイキーとアインツが近寄り、二人とも息をのむ。
そこには、死体防腐処理を施された死体が安置されていた。
処理で使った薬品か、香辛料の影響か、この死体には、クリーピングローチは食指が動かなかったようだ。
埋葬前の処置中の死体。
既に死蝋化しているのは、処置の結果なのか、未完成ゆえなのか、アインツたちには判別できなかった。
作られた年代も、死後どれくらい経過しているのかも、把握する術はなかった。
「気味は悪いでしょうが、今はこのままにしておきましょう。死者の眠りを妨げてはいけないでしょうから」
アインツたちが玄室を閉め、階段を上りかけた時。
「キャーーっ!!」
てろてろの悲鳴が響き渡る。
アインツとマイキーは、玄室から出ると数段飛ばしで螺旋階段を駆け上がる。
「大丈夫かっ!」
アインツたちが控室まで戻って、中を見る。
そこには、先程クリーピングローチにかじられていた死体が、死体だったものが起き上がり、半ば骨の見える足を引き摺り、てろてろたちに向かっていくところだった。
てろてろが、覚束ない剣さばきながらも、ショートソードで起き上がった死体を突き放す。
エレーナは、長目の詠唱を続けている。
詠唱を長くする事で、同じ魔力消費でも、効果を高める事ができる。
その横で、クーネルが腕を抑えて倒れている。
抑えた腕からは、おびただし血が溢れ出していた。
「クーネルさん!」
「あ、アインツさん……、咬まれ、ちゃいました……」
顔面蒼白なクーネルが、息も絶え絶えに応えた。
アインツの顔から、血の気が引いた。
(まさか、クーネルさんが……感染!?)
アインツの視野が、赤く染まる。
仲間を傷付けられた事に対してなのか、頭が沸騰する。
アインツは、己の腕を見る。
腕には、金属製のグローブをはめている。
起き上がった死体の歯や爪は、多少の事なら皮膚まで届かないだろう。
怒りで我を忘れるかとも思ったが、案外冷静な部分があると、アインツ自身も驚いた。
アインツは起き上がった死体に飛び掛かる。
グローブをした左腕で喉元を抑え込み、咬まれないようにしながら、右手に持ったナイフを顎の下から突き上げる。
そのままナイフを持った腕を上げ、顔面を縦に切り裂く。
最後に、死体の額に力の限りナイフを突き立てる。
既に眼球がかじられて無くなっているため、虚ろな眼窩がアインツに向けられ、そこから濁った液体が、どろりと流れ出す。
縦に切られた傷口からも、力なく半開きになった口からも、同じような内容物が溢れ出したきた。
フラフラと持ち上がった死体の両手が宙を掻き毟るように動き、そのまま後ろへ倒れ落ちた。
死体はもう、起き上がってはこなかった。
アインツが溜めた息を、フウッと吐き出す。
クーネルを見る。
荒い呼吸を、断続的に行っている。
傷口はてろてろがタオルで抑えているものの、咬まれたところが深いのか、すぐに赤い染みが広がっていく。
「私の、判断ミスだ。あの時、安全を確保してから先に進むべきだった」
アインツの顔が、先程の怒りの様相から一転、青ざめた表情になっていた。
「ンなこと、ないっス。アインツさんが悪いわけじゃないっスよ……」
マイキーがフォローを入れるが、アインツには届いているのか、それは判らなかった。
マイキーも、現場を離れた責任を感じての発言かもしれない。
「あーあ、ああいったゾンビ系に……やられ、ちゃう、んて……失敗……だな」
力無く、クーネルが倒れたまま言葉を発する。
傷口は既に自身では抑える余力も無く、てろてろが抑えながら、クーネルを抱えている。
「クーちゃん! もうしゃべんないで!!」
「あー、てーちゃん、ご……ごめんね。かっこ、つけらんな、か、」
アインツたちが階段を下りて行った時、3人が階段を見ていると、不意に後ろから死体が立ち上がり、襲ってきたのだった。
てろてろを狙って咬みつこうとした時、クーネルがてろてろに体当たりをし、その攻撃を己が身に受けたのである。
「お、オレ、が死んだら、ここ、な……」
クーネルは、最後の力を振り絞って、傷のない方の手で自分の額を、2回、コツコツと突いた。
「そんなこと、言っちゃやだよ! ダメだよ、きっとほら、休んだらさ、よくなるから! クーちゃん!」
力なく、クーネルの腕が垂れ下がる。
「クーちゃあああん!!」
てろてろが、クーネルの頭を掻き抱き、絶望の叫びを上げる。
「それくらいじゃ、死なんわい。ホーリー・ステリリゼイション!!」
エレーナが詠唱を終え、呪文を発動させる。
聖属性の、滅菌消毒の魔法。ウイルスの感染を抑えるというより、ウイルス自体を消滅させてしまう上位魔法だ。
続けざまに魔法を発動させる。
「キュアウーンズ!」
傷口が塞がり、出血が治まる。
すると、クーネルから、かすかな呼吸音が聞こえる。
「エレさん、クーネルさんはだいじょぶなンすか!?」
「問題ない。出血性ショックなだけじゃ。感染症の消毒を済ませた上で、治癒をかけたのじゃから、血が戻れば元通りじゃ」
「え、そうなンすか!? 咬まれたら、起き上がった死体になっちゃうんじゃ……」
「バカもん、そんな訳なかろう。咬まれたら感染するなどというのは、映画の観すぎじゃ」
「そもそもそんなウイルスがあったとしても、ホーリー・ステリリゼイションなら、きれいさっぱりじゃ」
(え、そうなんだ……)
アインツは、心の中だけで呟いた。
てろてろが、エレーナの言葉を聞いて安堵の声を漏らす。
「そ、それは本当なんですか……」
「無論じゃ」
「よかった、よかったよぉ……」
ほっとした顔には、大粒の涙。
てろてろの胸に顔を埋める形となったクーネルの頬に赤みが戻ったのは、治癒の魔法のおかげなのか、それとも他の要因なのか。
「ま、そやつも苦しそうじゃからの、もう離してやってはどうじゃ」
エレーナの言葉に、てろてろが自分の行為を改めて確認し、瞬時に顔が上気する。
が。
「もうちょっと、こうしてます……」
「ふむ、なるほど。役得じゃの、”クーちゃん”」
エレーナは、ニヤニヤとした意地の悪い視線をクーネルに向ける。
クーネルは、何も答えない。
いや、答えられなかった。
マイキーの目線が、クーネルに突き刺さっていた。




