9騎 狩りと採取
一息ついたところで、アインツとマイキーが今日のこれからのことを検討する。
ひとまず、集会室は閉鎖した。
扉を閉め、テーブルや本棚などで塞ぐ。
簡易的な施錠魔法をかけ、物理的にも魔法的にも、そうそう容易くは開けられないようにしている。
一応これで、控室の死体も、地下の死体も、目に触れるところには無いことになるし、誤ってこちらから入るという事も無くなる。
クーネルはあれから特に問題も無く回復したのだが、念のため待合室として使っていた小部屋で、毛布を敷いて休憩している。
魔法で回復しているため、すぐにでも動けるというクーネルを休憩させたのは、てろてろたっての願いと、上目遣いと、こぼれる大粒の涙だった。
そんな二人を尻目に、エレーナは礼拝堂奥のエレベーターホールだった暖炉の部屋で暖を取りつつ、魔力回復のためと称して休んでいる。
このままでは空腹になるのは目に見えている事だったので、まだ元気があるうちにと、アインツとマイキーが食糧調達係に志願した。
マイキーは、ゴブリンから奪った弓矢で、レンジャースキルを使って獲物を捕まえられないか試してみる。
一緒に、簡易的ではあるが、先の戦闘で使った袖で作ったスリングと、石をいくつか持って行くことにした。
今回、アインツは補佐に回る。
マイキーの邪魔にならないようにすることと、獲物運びの役目だ。
それと、近接戦闘になることがあれば、てろてろから預かったゴブリンのショートソードで対処するつもりだった。
二人が教会の扉を出る。
辺りは日が傾き始めていた。
狩りの時間としては、それ程猶予は無いように思える。
マイキーがレンジャースキルで、教会を中心として周辺を確認する。
教会の周囲は草原が広がっている。
北側から東側にかけて、数キロ先には森が広がっている。
そのさらに奥には、山の稜線がかすかに見える。
南側から、川のせせらぎが聞こえる。
それ程流れが速くないように聞こえる。川幅が広いのだろうか。
西は、自分たちのパーティが通ってきたところだ。
特に何もなかったと記憶している。
問題なのは、この教会の位置が、誰の記憶にも地図の情報にも合致しないことだった。
まるで、教会ごと転送されたかのうように。
「とにかく情報が足りません。近くに町や村など人の住む場所があればいいんですけどね」
「クリスタルが使えれば、買い物できるンすけどねー」
「移動のことも考えると、あまり遠出はできないでしょう。獲物は小振りになっちゃいますけど、近場の草原で探すことにしましょうか」
アインツがマイキーに語り掛ける。
「了解っス。遠くへ行っちゃうと、ここへの道も、分かんなくなっちゃいそうっスよね」
「やー、流石にそれはないでしょ。多少なら、方向と距離で、教会が判りますよ」
「オレっち、探索はできるけど、迷ったら戻ってこらンない気がするンすよねー。道とかは、アインツさんオナシャス!」
アインツが苦笑いする。
「んじゃ、ちょーっと獲物がいないか、見てみますンで」
マイキーが目を細める。
レンジャースキルの遠景視覚を、今一度発動させる。
拡大はできないが、遠くにあるものもぼやけたり霞んだりせず、それが何かを判別できるくらいにくっきりと見ることができる。
使うには慣れが必要だが、覚えたての使い初めの頃は、黒い点のようにしか判らなかったものも、今では発動と同時にそれが何かを把握することができるようになっていた。
距離を半径1キロに限定すれば、野ウサギが3、野ネズミが6。
方角や距離はまちまちだが、それなりの獲物が見つけられた。
まずは、一番近い標的から狙う。
距離は30メートル程度。
対象は、野ネズミ。
粗末なゴブリンの弓が、どれくらいの制度を持っているか、また、威力はどうか。
アビスクロニクルでは携帯食料があったため、食事のための狩猟を行ったことはなく、専ら戦闘のための弓術ではあった。
そういう点では、狩りというのは、マイキーにとっても初の試みだった。
「精密射撃……」
「射出補正……」
能力開放をし、命中精度とダメージ上昇をかける。
スゥ、と息を吸い、止める。
世界が、一瞬の沈黙に覆われる。
弓の弦が鳴り、空間を一筋の放物線が切り裂く。
「ギュッ!」
小動物が断末魔を上げる。
「お見事」
アインツの称賛に、照れ笑いでマイキーが返す。
「この調子だと、今夜は大猟っスかね~?」
教会の一室。
休憩を終えたエレーナが、テーブルの上に教会の周辺で採れた草花を並べる。
白い綿が少しと、赤い小さな実が3つ。他は、表面に棘のある深緑色の葉や、枯れ枝のような草が数本。
綿は、綿花のようなものから集めてきたものだ。
少し指先でよってみると、糸のような形状になる。
「これは糸として使えそうね」
赤い実は、低木に生っているものを持ってきた。
センリョウや、ヤブコウジに似た実だ。
毒は無さそうだが、酸味が強く食用には向かないだろう。
余程のことがなければ、食卓には載せないが、緊急時の腹の足しにはなるかもしれない。
他にも薬効があるか試してみたいところだ。
「森にでも行かないと正確なところは判らないけど、草木の成長度合いや実の生り具合からすると、季節は秋頃と見てよさそうね」
その他にも、薬剤として使えないか、いくつかの葉や枝を持ち帰っていたのだった。
「食料の足しに、とは思ったけど、そうそう無いわよね。あ~あ、裏庭で家庭菜園でもやっててくれたらよかったのにな~」
エレーナが独りごちた時、ドアがノックされる。
「なんじゃ」
エレーナが、言葉遣いを普段のものに戻して返事をする。
「ちょっと、いいかしら」
ドア越しに、てろてろの声が聞こえる。
「構わぬぞ」
「じゃ、失礼して」
ドアを開け、てろてろが部屋に入る。
武器は腰に差したナイフ程度で、グローブは外して素手になっていた。
戦士としてブレストプレートは着ていたものの、ゲスト用の女性用のそれは、カップ付きキャミソールのカップの部分が金属で出来ている程度のものだったため、その上から大きめのガウンで身体の線を見えなくしていた。
実用的ではないものの、ゴムの剣はまだ荷物の中に入っている。
「おぬしもとんだ災難じゃったの」
「ふぅ、そうですね。まさかこんなことになるなって、ちょっと思っていなかったから」
「あの国じゃ、あれだけ人間がいたというのに、身近なところには死というものを隠しているような風潮があったからの」
「ここでの時間は、刺激的じゃろ」
「そうですね。そうかもしれません」
確かに、地上世界では、電車の人身事故で遅延が発生したといっても、ほとんどの人が他人事で無関心。
かえって、予定が遅れることに対して不満を持つ者も少なからずいるくらいだ。
人の命が、失われているのに、だ。
交通事故で、毎日何人も死んでいる。
自ら命を絶つ者もいる。
死は身近で、薄い。
敢えて見ないように、意識しないようにしている内に、死というものが無色透明になっていくような。
そんな生活が続いていた。
それに比べて、この世界の出来事は。
「でもやっぱり、身近な人や知っている人が死ぬのは、怖いです」
「儂も、ゲームの世界ならともかく、本物の生き死にとなると、戸惑いはあるがの」
「じゃが、儂は儂。ゲームが現実になろうと、現実がゲームであろうと、儂がやりたいようにやるのみじゃ」
てろてろが、エレーナのハシバミ色の瞳を、ジッと覗く。
「強いんですね、エレーナさん」
「儂がそう、見せておるからの」
「それに、共にいたのがアインツでよかったわい。あやつはそれなりに機転も利くし、飲み込みも早いから対処もできる」
「三代目リーダーは、伊達じゃあないのじゃよ」
「ずいぶん褒めますね。あの、もしかして、エレーナさんって……アインツさんの事」
「好いておるよ」
照れもせずあっさりと答える。
「将来の婿とも思うておる。ま、儂の片思いじゃがの」
「ふふっ、なんとなく、解ります」
「それよりおぬし、おぬしは”クーちゃん”に懸想しておるのかの」
ガールズトークのお決まりの切り返しに、てろてろが頬を染める。
「ほ、ほんとは、そんなことない、なかったんです」
「ただ、家が近所ってだけで。学校でも、あたしが先輩ですし、なんか、弟というか、子犬的な? ペット的な? そんな感じだったんです」
しどろもどろになりながらも、言葉をつづける。
「それが、あんなことになっちゃって、ゲームとか映画とかじゃなくて、クーちゃんが、ほんとに、だとしたら」
また先程の事が思い出されるのか、一瞬瞳が潤む。
「吊り橋効果じゃろうのう」
「なんです、吊り橋?」
「興奮している時のドキドキを、恋愛のドキドキと勘違いするとかいう話じゃ」
「あー、なんか聞いたことあるかもー」
「でもー、だいたい、ないじゃないですかー。好きな人だったら、一緒にフィットネスとか。ないわー」
「そうじゃのう、見せるのであればフィットネス後というのが、乙女のたしなみじゃろうからの」
「でしょー! ダイエット前のぽちゃなんて、見せらんないですよ!」
「まぁ、そんなもんじゃろうかの」
「エレーナさんはいいよぉ。色白で金髪で腕も細いし、何気におっぱいおっきいし」
「儂は関係なかろ」
「……それに、容姿でどうこうなる奴でもないからの、あの朴念仁は」
「それはともかく」
面倒臭い方向へ向かいそうだったため、エレーナが話の腰を折る。
「教会の周りで、いくつか採取できそうなものがあったのでの」
「長期になるかは判らぬが、ある程度腰を据えるのであれば、使える野草なども探しておかねばならぬわい」
「それでじゃ」
エレーナは、紡いだばかりの木綿糸をてろてろに見せる。
「これは?」
「綿花のようなものが近くにあったでな、それをよって紡いだものじゃ」
「ゴブリンが持っておった小動物の死骸の、肋骨から削り出した針も作っておいた」
見ると、骨で出来た針があった。
針孔は無かったが、代わりにフックのようなものを削って作ってあった。
そのフックに、糸を掛けて使うようだ。
「わぁ、エレーナさんすごい!」
素直にてろてろが感嘆の声を上げる。
「ある程度の寸法直しなら、これでできそうかの?」
「うん、できると思います」
「糸の強度などはこれからじゃが、先ずはないよりはマシ程度にの」
「あたしも手伝うね!」
「うむ」
「もうちょっと、オシャレなのにできたらいいなぁ」
「それはおぬしに任せるわい」
「えー、一緒にやりましょうよー」
「儂は機能美が好きなのじゃ。オシャレなんぞ、クソの役にも立たぬわえ」
「きっと似合うよ、うん、エレーナちゃん、かわいいもん!」
どこから取り出したのか、てろてろが木の棒をエレーナの身体に押し付け、棒に印を刻んでいく。
「いや、ちょっ、おま」
「うわー、やっぱ、エレーナちゃんスタイルいいなぁ~」
「勝手に採寸すんなーー!」
外ではそろそろ日も落ちてきた。




