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地味と言われた令嬢の生き方。  作者: 不知火螢


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09.二人の観察。あるいは盗み聞き。

 陛下の侍従の先導で向かった先は、先日、陛下とお会いした部屋とはまた異なった、もっと王宮の奥にある一室だった。

 場所的に、王家の方々が私的に使うであろう部屋だと思われる。

 このような場所にまで招かれるようになったことに少しだけ怖気づくも、カイル様の婚約者として認められた証だと思えば、気が引き締まる。


 一つの扉の前で先導してくださった陛下の侍従が足を止め、そのまま後ろに下がられた。扉の前に控えていた別の方にその後を託し、御自身は下がられた。

 扉の前で待機されていたのは、陛下が掛けられていたソファのすぐ後ろにいらっしゃった方だった。

 アシル殿下が「父上の侍従長のギルバートだよ」と教えて下さる。


「ギルバート。ドアはほんの少しだけにしてもらえるかしら」

「あぁ、それから悪いんだけど、いいと言うまで、静かにしていてもらえる? ちょっと、確認したことがあるんだ」


 入室許可の合図をしようとしていたギルバート様を、イザベラ様とアシル殿下が止められた。

 その内容は、つまりは陛下とカイル様の会話を盗み聞きするということにほかならない。果たしてそれは許されるのだろうか、と驚いて二人を見つめてしまう。

 ギルバート様も同様に、驚愕の表情を浮かべてお二人を見つめていたが、しばし逡巡された後「仕方ないですね、少しだけですよ」とお二人の意見を飲み込んだ。


 アシル殿下とイザベラ様がこのような行動に出られたのは、間違いなく、わたくしの発言がきっかけだろう。


『陛下とカイル様は、非常に仲の良い父子(おやこ)のようでした』


 問題がないと思ったわたくしの発言は、想定以上にアシル殿下とイザベラ様にとっては衝撃的だったようだ。

 非常に仲の良い父子の様子とはどういうものなのか。それを確認するには、実際に二人が話しているところを見るのが一番である。


 しかし、陛下は少なくともイザベラ様には頼もしい伯父である姿を見てほしいと思われている。対して、カイル様といらっしゃる時の陛下は、頼もしいという姿とは些か離れていらっしゃった。


 自分のしでかしてしまったことに血の気が引く。

 

「……大丈夫ですよ、リウォード子爵令嬢。偽りの姿ではないとはいえ、陛下が次期王太子夫妻に一面しか見せていないのは問題ですから。それも、第二王子殿下とクロフォード公爵令嬢でもお見せしているお姿は異なりますし。むしろ、よくぞここまで隠し通されたものだと思います」

「僕とベルだけじゃなくて、兄上に見せる顔も違うんだろう?」

「そうですねぇ、陛下の御即位前からお側にいる身として言えることは、あの方は、御自身をどう見せるのが一番いいのかを、よく理解されているとは思いますよ」


 わたくしを安心させようとしてくださったギルバート様ではあるが、明確なお言葉を避けられているが、その実、アシル殿下のお言葉を全肯定しているのも同然である。

 陛下が御即位前からお側にいるということなので、相当近しい関係であると考えればこの程度のことは許されている、とみるべきなのだが、頭ではわかっていても、心臓に悪い。


「ギルバートも認めるほどの差なんだ……」

「なんなら、王妃殿下と御側室様にも態度が違いますからね、あの人。――さぁ、お二方。見知らぬ陛下のお姿を受け止めるご準備はできましたか?」


 ニヤリ、とギルバート様が笑う。まるで、これから盛大にいたずらをしでかす子供のようなその笑顔に、アシル殿下とイザベラ様が固唾を飲んで頷かれた。

 ギルバート様が、中にいらっしゃるお二人に気づかれないように、そっと扉を開かれると、中はそれほど広くないのか。その隙間からははっきりと陛下とカイル様の声が聞こえてくる。


「父上、そろそろレラが来る頃だと思うんで、姿勢を戻した方がいいんじゃないですか?」

「あー……アデラ嬢はもう構わんだろ。お前の嫁になるんだから、そこは揃えとかないとな」

「なら、アシルとイザベラはどうするんですか? これからも個別に会うのは、さすがに怪しすぎですよ」

「それなー。俺もどうしようか困ってる」

「僕も困ってます」


  ギルバート様が一歩下がられたのに倣い、わたくしも一歩下がる。今、室内の様子を知りたいのはわたくしではなく、アシル殿下とイザベラ様のお二人なのだ。

 お二人は、恐る恐る隙間から中の様子を窺い、まるで信じられないものを見るように瞠目されている。


 先日の陛下とカイル様の様子は、よくお二人を知らないわたくしであっても驚いたのだ。それこそ自我が芽生えぬ前から関係があるであろうお二人にとっては、驚くどころではないのかもしれない。


「そもそも、なんでアシルにまで態度変えるんですか? 僕にはこんななのに」

「だってお前、アシルの前でだらけて、何かの拍子に側室の耳に入ってみろ。絶対小言を言われるに決まってるだろ、普段からうるさいんだから」

「母上はいいんですか?」

「王妃は……あいつも、俺やお前ほどじゃないが、似たようなもんだからな。興味関心のあること以外は存外どうでもいいとするところがある」

「……結局、僕は父上に似ても、母上に似ても、馬鹿で興味のあることしか頑張れないってことじゃないですか!」

「それもそうだな!!」

「なんで父上が笑うんですか!!」


 陛下とカイル様の様子は分からないが、声だけ聴いていると、どうしようもなくハラハラする。

 既に陛下とカイル様の関係はある程度理解しているわたくしでさえ、大丈夫なのか心配してしまうのだ。アシル殿下とイザベラ様の心境は計り知れない。

 そして、お二人に覗き見されていることに気づいたときの陛下も、大丈夫だろうか、と失礼ながらに心配してしまう。


 本来なら、誰よりも陛下に真摯に忠誠を誓い付き従うはずの侍従長であられるギルバート様がこの状況を黙認されているので、おそらくこれは必要なことだった、と考えられているのだろう。


 人は誰しも、複数の顔を持つし、色々な側面がある。それを、見る人が勝手に一部だけを切り取って「この人はこういう人」と決めつけるのは失礼なことではあるが、意図的にその状況を作り出す人もいる。

 それが正に、陛下である。

 陛下は意図的に、イザベラ様には頼もしい伯父としての姿を見せ、カイル様には逆に取り繕わず一人の父親としての姿を見せていた。

 アシル殿下にはどのように見せられていたのかは不明だが、少なくとも、陛下のお姿に驚かれているのは間違いない。

 カイル様も、アシル殿下の語る陛下、イザベラ様の語る陛下も自分の知る姿とは別のようだとおっしゃっていたのだから、陛下は徹底的に管理されていたのだろう。


「殿下、クロフォード公爵令嬢。そろそろよろしいでしょうか」

「あ、うん……」

「そうね、陛下がアデラ様をお待ち、だものね……」


 ギルバート様の言葉に、わずかに開いていた扉を閉じられ、アシル殿下とイザベラ様が姿勢を戻された。

 些か顔色がよろしくないように思えるが、お二人とも、すぐに気持ちを切り替えられたのか、にこりと笑みを浮かべられた。


「さぁ、ギルバート。伯父様(・・・)にアデラ様がいらっしゃったことをお伝えして」


 日頃、例え血の繋がる伯父であろうとも「陛下」とお呼びしていたイザベラ様が、敢えて「伯父様」と呼ばれた。果たして、そこにどのような意図があるのかはわからないが、間違いなく、陛下とカイル様の会話を見聞きして、何か思われたのだろう。

 ギルバート様がノックした少し後に、扉が先ほどよりも大きく開かれた。


「……陛下、リウォード子爵令嬢をお連れしました」

「あぁ、入れ」


 陛下の許しが下り、ギルバート様が扉を大きく開けて横にずれる。わたくしが一礼してから室内に入ると、カイル様との会話にあったように、陛下はソファの背もたれに完全に背中を預け、身体が半ばソファからずり落ちかけている。

 わたくしを見て、右腕を挙げられたと思った次の瞬間、慌てて姿勢を元に戻された。


「アデラ嬢ともっと話がしたくて、ついてきてしまいました」

「構いませんか? 伯父様」


 わたくしの後ろにいらっしゃったアシル殿下とイザベラ様に気づかれた陛下が、驚いたように瞠目されている。

 カイル様も振り返り、お二人に気づかれたようだが全く気にもせず「レラ、こっちこっち」と笑顔で手招きをされていた。


 カイル様、せめてもう少し、陛下のお気持ちを分かってあげてください。











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挿絵(By みてみん)

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