08.ガゼボでの歓談。あるいは適材適所の話。
「それで、最近は毎日、学園から王宮に通ってカイルと領地の勉強をしていると聞いたけれど」
「はい、授業の後、カイル様が連れてきてくださり、帰りも家まで送ってくださいます」
「まぁ、あのカイルが……」
わたくしの言葉に、イザベラ様は口に手を当てて驚かれた。アシル殿下も同様に驚いており、ぱちくり、と瞬きを繰り返される。
「……カイルって、そこまで気が利く性格でしたか?」
「うーん……兄上は言われたら気づける人ではあったけど、率先して何かをするような人ではない、かなぁ」
イザベラ様もアシル殿下も、当然だがカイル様の性格については概ね正確に把握されている。お二人の意見もまた、間違いではないのだ。しかし、それはあくまでもカイル様の一面でしかなく、興味のある分野に関しての意欲はかなり強い方である。
とは言え、それらをわたくしから指摘するのは憚られ、口元に笑みを作る。
「では、その送り迎えの馬車の中で、二人は交流の時間をきちんと持てているのね?」
「はい。そう長い時間ではございませんが、その日にあったことや感じたことなど、お互いに話したいことを気ままに交わしております」
「カイルはアデラ様のことを愛称で呼んでいるし、どうやらわたくしが思っていた以上に、二人の仲は深まっているようね」
ふふ、と楽しそうにイザベラ様が笑われた。もしかしたら、御自分が引き合わせた二人だから、と気にかけてくださっていたのかもしれない。
カイル様とのことは、いまだ恋愛感情かどうかは分からないが、このような縁を取り持ってくださったイザベラ様には、本当に感謝しているのだ。
おそらく、もし万が一、この婚約が急遽なくなりでもしたら、わたくしは我を忘れて慌ててしまうであろう程度には、カイル様への情が既に芽生えている。
「先ほど、カイルはアデラ様の話に嫌な顔をしないとおっしゃっていたけれど……あなたの目から見たカイルは、どういう人かしら」
「そう、ですね……一言で表すのであれば『物事を俯瞰してみるのが苦手な方』でしょうか。一つの物事に対して夢中になれる集中力をお持ちなのはカイル様の魅力の一つではありますが、反して、目に見えない可能性を考えることが苦手なようです。これはカイル様の資質、性質であるため、欠点ではないのですが、国政には俯瞰した視点が必要でしょうから、そういった意味では、カイル様は王には向いていなかった、と言わざるを得ないかと存じます」
そう、本来は王としては、失格と言えるレベルであるのだ。
わたくしの目から見たカイル様の印象は、イザベラ様とアシル殿下にはどう感じたのか。
何か一つのことに夢中になると、他のことが目に入らない。これはまさに、元イディオータ嬢とのことでもある。
普通に考えたら幼い頃からの婚約を、王の許可なく破棄などできないとわかるものだが、カイル様はそこまで考えが至らなかった。勉強不足というのもあるが、それ以前に、どうしたら彼女とずっと一緒に居られるのか、ということにのみ思考がいってしまったのだろうな、と今なら思う。
単なる憶測ではあるが、彼女がカイル様の思考を誘導した可能性も高い。少なくとも、わたくしの目から見たカイル様は、ご自身の意思で婚約を破棄する、など思いつくことはなさそうなのだ。
逆に、元イディオータ嬢に唆された、と考えれば、納得するのである。
今更、ことの真偽を問い質すようなことはしないが、個人的にはその可能性が非常に高いと睨んでいる。
今のカイル様ならば一度は立ち止まり、わたくし、あるいはイザベラ様に相談をするくらいはしてくださると信じているが、少し前のカイル様がそういう方だったのは間違いないのだ。
「なるほど、アデラ様の目には、カイルはそう映っているのですね……」
「はい。おそらくは、陛下も同じように感じられているかと。陛下とカイル様のお話を隣で聞いておりましたが、陛下の抱くカイル様像と、わたくしの抱くカイル様像に大きな差異はありませんでしたので」
「まぁ、陛下が……わたくしも、もう少しきちんとカイル自身に目を向けていたらよかったのかしら……」
「いえ、イザベラ様は次期王妃となられる方ですから。個人の資質ではなく、王の資質に着目するのは当然のことと存じます」
わたくしの言葉に、イザベラ様は何かを飲み込むように「そうね」と呟かれた。
決して、イザベラ様が気になされることではないのだが、非常に責任感の強い方である。どうしても、何かしら思うことがあるのだろう。
そんなイザベラ様の手をアシル殿下が握り、ようやくイザベラ様の表情が和らいだ。
さほど接点のないわたくしの目から見ても、イザベラ様とアシル殿下は相思相愛である。カイル様は案の定そのことに最初は気づいていなかったようで、お二人が婚約して初めて気づいたようだった。
『次期王がどっちでもいいなら、二人でそれを父上に訴えればよかったのにね。父上のことだから、多分だけどすぐにイザベラの婚約者はアシルになったと思う』
なんて、カイル様が言っていたことを思いだす。
カイル様がそう考えてしまうのは自然なことであるが、陛下のお考えを覆すように願い出るなど、そんな不敬なことはそもそも考えることすらないのである。少なくとも、カイル様でないと、そのようなことは思いつけないのではなかろうか。
アシル殿下と共にいらっしゃるイザベラ様は、本当にお幸せそうである。
かつて、学園で見かけていたイザベラ様は、常にどこか気をはっていらっしゃるように見えていた。しかし、最近のイザベラ様の表情はとても柔らかく、とても嬉しそうにアシル殿下と寄り添っておられるのだ。
適材適所、というわけではないが、陛下のおっしゃる通り、結果的に全てがうまい具合に収まった、ように思える。
「……思っていた以上に、二人の相性がいいようで本当に安心したわ。カイルの隣にアデラ様がいるのであれば、安心ね。ありのままの自分を受け入れてくれる相手が隣にいるというのは、本当に幸せなことだから」
そうおっしゃって、イザベラ様はアシル殿下と視線を合わせて微笑まれた。
「アデラ嬢は、よく人を見ているね。腹違いとは言え、兄弟なのに僕はほとんど兄上のことを知らなかったんだな。もしかしたら、父上のことも」
「差し出がましいことかと存じますが、皆様にはまだ時間がございます。それに、カイル様は基本的にご自身の興味のあることにしか意識を向けられることはございませんが……ひとたび、興味を持たれましたら、それはもう、あっという間に夢中になるのですよ。ですので、アシル殿下と、お話を通して、興味を持たれましたら、あっという間に仲の良い兄弟になられるかと」
カイル様が興味を持つことがまずは第一歩となってしまうが、それでも、何かとっかかりがあれば、非常に仲の良い兄弟になれるはずである。そんな二人を見てみたいと思うし、簡単に想像もできてしまう。
イザベラ様の婚約者ではなくなったカイル様のことは、きっと、アシル殿下は嫌いではないはずなのだ。そうでなければ、このように悔いたような表情をされる理由はない。
「ご歓談中に失礼いたします。リウォード子爵令嬢、陛下がお呼びです」
「かしこまりました。――それではアシル殿下、イザベラ様、素敵なお時間をありがとうございました。わたくしは、これにて失礼いたします」
こんな話までしてしまってよかっただろうか、と少しだけ後悔した直後、陛下の侍従がいらっしゃった。
席を立ち、軽くひざを折ってお二人に挨拶をしてその場を辞する――つもりだったのだが、なぜか、背後からお二人が席を立つ音が聞こえた。
「せっかくなので、わたくしたちも参りますわ」
とイザベラ様が楽しそうに笑い、
「アデラ嬢も言っていたからね、せっかくの機会だし、ね」
とアシル殿下も楽しそうに微笑まれた。




