10.人間関係の再構築。あるいはその準備。
室内は、先日の応接室より、一回りも二回りも小さな部屋だった。しかし当然ながら調度品は一級品で、遠目から見ても価値の高いものだということが分かる。
部屋の中央には足の低いテーブルが一つ、その周囲を囲むように、ソファが配置されていた。
上座にあたる奥の短辺には陛下が座られていた一人掛けのソファが、手前の長辺にはカイル様が座られている三人掛けのソファが、その対面には一人掛けのソファが二つ、置かれている。
「な、イザベラ!? ……ギル! お前、どういうつもりだ!?」
「カイル殿下のおっしゃる通りですよ。陛下の多面性はいつものことですが、さすがに後継者であるアシル殿下とクロフォード公爵令嬢にまでいいところしか見せないのはどうかと。――アシル殿下には、いいところも見せていませんが」
もしかしたら、わたくしは今、またしてもとんでもない場面に遭遇しているのかもしれない。
イザベラ様の姿を目視して慌てて立ち上がられた陛下は、ギルバート様にくってかかる。しかしギルバート様はなんて事はないと平然とされている。
陛下の御即位前からお側にいるということは、それでいて気安い関係なのかもしれないが、カイル様のとき同様、どうしてもハラハラしてしまう。
ただ、ギルバート様もカイル様以上にその多面性を目撃されている。それだけ陛下にとって身近なことであることを考えると、もしかしたら本当に問題ないのか、という考えが脳裏によぎる。
カイル様は、動揺を隠せないでいる陛下のことも気にせず、御自身のすぐ隣の座面をにこにこしながら叩いている。
陛下とイザベラ様のことも気になるが、ひとまず、わたくしが動かねばカイル様はずっとここに座れ、という合図を辞めないと思われるので、ひとまず、カイル様の元へと移動する。
アシル殿下もイザベラ様もまだ立ったままなので、わたくしが先に座るのは、と思ったのだが、「いいから、いいから」とカイル様に腕を引かれ、ソファに腰を下ろすことになった。
「伯父様、アシル様とわたくしも、御一緒によろしいでしょうか。アデラ様含め、近い未来家族になるのですもの。結婚後は王都を離れられることが決まっておりますから、二人がまだ王都にいる間に親睦を深めておいた方がいいと思うんです」
「イ、イザベラ……それなら、四人で親睦を深めるといい。義理とはいえきょうだいになるんだ、俺も四人の仲が良いのは、喜ばしいことだと思うぞ」
「あら、わたくしは、伯父様がいてこそだと思うのです」
にこにこと笑われているイザベラ様は非常に美しいが、その意図が読み切れず、どこか少し、恐ろしい。
「なんでさっきから、イザベラは『伯父様』、って呼んでるんだ? いつもは『陛下』って他人行儀に呼んでるのに」
「カイル様、陛下とお呼びするのは決して他人行儀では……」
あれ、違ったっけ? とカイル様は首を傾げられるが、「はい、違います」というのも何か違って、返答に困る。
確かに、実の伯父を伯父と呼ばずに陛下とお呼びするのは、血縁的には他人行儀と言ってもおかしくはない、気もするが。しかし国王陛下は国王陛下であるため、陛下とお呼びすることに間違いではない。はずである。
「父上、座ってください。父上が座らないとベルも座れないじゃないですか」
「あ、あぁ……いやまてアシル、お前はお前でなんでそんなに落ち着いてんだ」
「んー、ベルのすることですし、それに、どうやら僕自身が父上に嫌われているわけではないようだとわかったので」
にこり、と笑うアシル殿下は、本当に心の底から安心しているように見え、少し強引ではあったが、陛下とカイル様の会話の様子をこっそりと伺ったことは、状況を良い方向へと導いてくれた、のかもしれない。
しかし、陛下ご自身は呆然とアシル殿下を見つめられ、ゆっくりと再び座られた。
「父上、威厳とやらが装備出来てないですよ」
「だぁーっ、なんでお前はいつもそう空気が読めないんだ俺の息子だからな!」
「答え出てるじゃないですか」
アシル殿下とイザベラ様がいらっしゃろうと、カイル様には関係ない、とばかりに普段の調子で陛下に声をかけられる。その結果、陛下もカイル様に釣られて、普段通りのやり取りをなされている。
アシル殿下やイザベラ様がいらっしゃることは当然認識されているとは思うが、陛下としてもこれまでになかった状況で、対応しきれていないのかもしれない。
そんな陛下の一挙一投足全てを見逃すまいとイザベラ様は陛下を見つめていらっしゃるし、アシル殿下はそんなイザベラ様を楽しげに見つめられている。仲がよろしくて、臣下としては大変喜ばしい。
「……カイルは、陛下というよりも、伯父様に似ていらっしゃるのですね」
「あぁ、いや、イザベラ、これはだな」
非常に慌てていらっしゃる陛下と、冷静に見定めるイザベラ様。
力関係は完全に逆転しているようにも思えるが、陛下が溺愛なさっているクロフォード公爵夫人が生んだ姪に対しても、やはり溺愛なさっているのか、強気に出られることはない。
陛下のおっしゃっていた「頼りになる伯父様」がどういったものかは分からないが、間違っても、カイル様と似た要素はなさそうである。
「陛下って、父上のことだよね? 僕は父上というよりも父上に似てるって、どういうことだろ」
「カイル様、あとでご説明して差し上げますので、今は静かにしていましよう、カイル様」
「父上と兄上の関係も予想外だけど、兄上とアデラ嬢の関係も思っていたのと少し違ったかも」
現在この場でもっともいつも通りに過ごされているのはカイル様、それとギルバート様だけだろう。陛下は慌てられ、イザベラ様は観察され、アシル殿下はそんなお二人や、平然としているカイル様やギルバート様を見ておられる。
「っていうか、父上、さっき自分で『どうしようか困ってる』って言ってたんだから、ちょうどいいじゃないですか」
「あー……カイル、正論は時に人を傷つける、ということを覚えておけ……」
カイル様のお言葉に陛下はもはや全てを諦められたのか、大きなため息をつかれた。
「あー……あー……よし、イザベラ。あとで話そう。ついでにアシルも。悪いな、アデラ嬢、せっかく来てくれたのに」
「いえ、陛下のお呼びとあらば、いつでも馳せ参じる所存です」
「ははは、君はそのままでいてくれ」
アシル殿下もイザベラ様も決して人が変わったわけではないし、まだ決定的な何かを言われたわけではないのだが、陛下の中では既に色々と諦めの境地に入られたらしい。
「そうだ、君を呼んだのは、飛び級をどうするのかということを聞こうと思っていたんだった。学園の方に君の成績について改めて確認したが、卒業までに本来は来年学ぶべきことを詰め込み学習になるとは思うが君なら可能だろ、と聞いている。どうだ?」
わたくしが陛下に呼ばれた理由を聞いて納得する。確かに、決断するならば少しでも早いうちがいい。
お父様に相談せずに今ここでわたくしが回答することはできないが、個人的にはとてもそそられる提案だった。
詰め込み学習、と言われると少し及び腰になってしまうけれど、わたくしの卒業が遅れると、その分、カイル様を待たせてしまうことになる。
カイル様は、卒業と同時に領地に向かわれることになる。正直、一年だけとはいえ、既にカイル様と離れるのは少し心配だし、それに寂しい、と思ってしまうのだ。
領地の予習は最悪、現在の代官の方からの引継ぎがあれば問題ない。学習範囲については……学園側が問題ないと太鼓判を押してくださっているのならば、それを信じよう。
「父と相談させて頂いてからの正式な回答となりますが、わたくし個人としては、そのお話をお受けしたいと存じます」
前向きな回答を返すと、隣のカイル様からとても嬉しそうな気配を感じる。しかし、すぐに「でも……」と不安げな声が聞こえた。
「その、あと半年で一年分の勉強って、レラに負担がかかるんじゃ……」
「カイル様、そもそもわたくしがカイル様の婚約者に、とイザベラ様が推してくださった理由、覚えておいでですか?」
身体を少し捻り、カイル様と向き合う。
声の通りに、眉尻が少し下がり不安げなカイル様を安心させるように、そっ、と膝の上に置かれていた手に自身の手を重ねる。
「わたくし、これでもイザベラ様のお墨付きを頂けるほど、優秀なのですよ。一年分の先取り位、問題ありません」
「わぁー……一度でいいから言ってみたいな、そんなセリフ」
「ふふ。ですのでご心配無用です。わたくし、唯一の取柄と言えるのが、勉強ですから」
そう、勉強が得意で、貴族に必要な礼儀は叩き込まれていて、年齢が釣り合い、婚約者がいないという条件がそろっていたからこそ、イザベラ様はわたくしとカイル様を引き合わせてくださったのだ。
だから、勉強程度で卒業が一年早まるのならば、わたくしに頑張らない理由はないのだ。




