11.馬車の中で。あるいは次の約束。
「飛び級するしないに限らず、一度、一緒に領地の方に行ってみない?」
「視察ですか?」
「うん、資料も大事だけど、実際に目で見てみるのも大事だよね」
王宮を辞する馬車の中で、カイル様に提案されたのは、今度の休みについてだった。
飛び級に関連する話が終わると、既にある程度、陽が落ちていることもあり、陛下から退室を促された。アシル殿下とイザベラ様はそのまま残られたので、改めて、お話をされるのだろう。
陛下ご自身が、カイル様は自分にそっくりだと仰っていたことを考えると、おそらく今頃は逃げ出したい気分になられているのではないだろうかと思う。
そして退室後、陛下のお言葉通り、これ以上遅くなるのはよくないと、今日はもう帰宅することとなったのだ。
「そうですね。王宮にある資料は、あくまでも王室に報告するように作られたものであり、そこに記す必要のないことや、記しても意味のないことなどは書いていませんから」
領地を任される代官が提出する領地に関する報告書の内容は、基本的に「領地に問題はない」「領地に問題が起きた」「領地は順調だ」などであり、書面だけでは実際の空気を感じ取ることはできない。
カイル様の提案には一理あり、距離的にも不可能ではない。
現在は王領であるカイル様に下賜される領地は、王都から馬車でおよそ半日掛からないほどの距離だ。そのため、無理をすれば日帰りができなくはない距離ではあるが……
「ちなみにカイル様は、どういうスケジュールのおつもりですか?」
「え、半日くらいの距離だって聞いてたから、行って、見て回って、その日のうちに帰ってこれるかな、って」
「……なるほど」
カイル様の案は、確かに、無理ではない。時間的にも、距離的にも、不可能ではないのだ。
ただし、きちんと「視察」をするのであれば、日帰りならば肝心のその視察時間が非常に短くなる。領地自体は広くはないとはいえ、きちんと見て回るのであれば確実に時間が足りない。
しかし、わたくしたちはまだ、婚約中の身。婚約していればそこまでうるさく言われない風潮が広まり始めているものの、カイル様はまだ王子の身。宿泊はあまり歓迎されることではなく、外聞もよくない。
だが、せっかくカイル様がこうしてご自分からやる気を出してくださっているのだから、それをくじくようなことはしたくない。
「飛び級の件と併せて、父に相談してみます。許可が下りましたら、具体的な計画を立てましょう。王籍を離れられることが決定しているとはいえ、カイル様は王族ですので警護なども必要になりますし、領地側でも出迎えの準備が必要ですから」
「あ、そっか。うーん、じゃあ、さすがに今度の休みには無理だね。なら、買い物に行こうか。飛び級するのが決まったら、レラは勉強で忙しくなるだろうから、その前にさ」
カイル様の反応に安堵する。視察そのものが不可、というわけではないので、そこまで気落ちされていないようだ。
視察の代わりの提案もしてくださり、既に思考はそちらに向かわれているらしい。
最近のカイル様は、以前に比べて、全てを表面的に受け取られることは少なくなってきた。明らかな下心が少しわかってきた、とおっしゃっていたし、カイル様も変わってきていらっしゃるようだ。
とは言え、一度思いつかれたことをすぐに行動に起こそうとされるところは変わらないが、こうして事前に相談してくださるようになったのはいいことだと思う。
「最近は、いろんなお茶会とかにも招待されてるんでしょう? だったら、ドレスもたくさん必要になるし、ドレスを見に行こうよ。ぜひ、僕に贈らせてほしいな」
「え、いや、しかし……」
「大丈夫。きちんと婚約者用の品位維持費も出されてるし、そもそもなぜか僕の個人資産、結構なことになってるから」
「個人資産が、ですか?」
品位維持費は、理解できる。人はどうしてもまずは視覚情報からその人物を認識することが多い。そのため、王家の人間がみすぼらしい格好をしていると、それだけで不安や不満が募るものだ。そのためだけに予算が組まれているのは理解できる。それが婚約者に適用されるのも同じこと。
しかし、個人資産は別である。自身で投資などをして増やすなどで本来与えられている以上の資産を持つことは可能であるが、失礼ながら、カイル様ご自身が増やされていたイメージは全くない。
わたくしのその驚きがカイル様に伝わったのか、笑いながら「なんか母上が勝手に増やしてた」と教えてくださった。
「王妃殿下が、ですか?」
「うん。知らなかったんだけど、投資も趣味なんだって、母上。暇だったのかな」
「それは……どうでしょうか」
王妃殿下との対面はまだ、実現していない。そのため、まだ王妃殿下ご自身がどのような方なのか、分からないのだ。陛下が思っていたのとはだいぶ異なった性格の方だったので、王妃殿下もそうである可能性も考えられる。
カイル様からお聞きしたり、貴族の間で噂になっている、美容、おしゃれに非常に興味があること、それらに関する職人や商人を援助しているなど、そういった噂レベルのことしか知らないのだ。
投資が趣味、というのも、もしかしたらこの援助を指しているのかもしれないし、援助と投資は明確には異なるが、王妃殿下の口から「投資」という言葉が出たのであれば、実際は援助ではなく純粋な投資なのかもしれない。
少なくとも、王子として生きてこられたカイル様の金銭感覚をもってしても「結構な額」というのが恐ろしくて、具体的に話を聞くのは結婚後でいいかな、と思う。
婚姻後はさすがにお互いの財産を把握していないと何があるか分からないので困るが、今はまだ、少なくともカイル様の資産も、きちんと文官のどなたかが管理しているはずである。
「ってことで、買い物は決まり! ね?」
「……そうですね、では、カイル様のお言葉に甘えさせていただきます」
「うん、約束!」
ドレスが複数必要というのは事実であるし、センスのない自分で選ぶよりも、カイル様に選んでいただいた方がいいのは間違いない。それに、にっこりと嬉しそうに笑うカイル様を見ると、わたくしの心もまた、温かくなるのだ。
「あ、そういえばイザベラの言ってた、『伯父様』と『陛下』ってどう違うの?」
「あぁ、それはですね……簡単に言ってしまえば、イザベラ様にお見せしていた威厳ある国王としての姿、そして頼もしい伯父の姿を『陛下』、そういった見せかけの姿ではなく、陛下本来の性格を『伯父様』と呼ばれていたのではないかと。つまり、簡単に言ってしまえば、カイル様は御父上に似ていたのですね、ということだと思いますよ」
「……うん? うーん……なんか、分かるような、分からないような?」
イザベラ様にその意図をお聞きしたわけではないし、実際にイザベラ様と対面している陛下を拝見したことがないので単なる想像でしかないのだが、そう、的外れな考えではないだろう。
カイル様は首を傾げて懸命に考えていらっしゃったが、こればかりは、おそらく、カイル様が感覚的に理解するのは難しいだろう。なにせ、陛下御自身がそう、振る舞われていたので。
しばし考えた後、カイル様は緩く首を振り、「やっぱよくわからないや」と笑われた。
「なんとなく、本当になんとなくは『つまりこういうことかなー?』くらいは分かるけど、『威厳ある国王の姿』をほとんど見てないからかな。何かのパーティとか儀式とかでは、威厳というよりも、さすがに普段の父上の姿ではいけないというのは分かるからそういうもの、と思ってたけど」
「わたくしも、カイル様のおっしゃる『威厳ある国王陛下のお姿』は式典などでしか拝見していないためあくまでも想像の域を出てはいませんけれど。アシル殿下やイザベラ様に、陛下がどのような方なのか、お話を聞いてみてはいかがでしょうか? アシル殿下やイザベラ様も、カイル様のお話を聞いてみたいと思われているかもしれませんよ? ギルバート様にお話を聞かれるのもいいかもしれませんね」
今までは、自分が見ている陛下の姿以外など考えられたことはなかったと思われるので、きっとこれは、カイル様にとっても、アシル殿下やイザベラ様にとってもいい機会である。
とくにギルバート様は、あらゆる陛下のお姿を拝見しているはずである。きっと、思いもよらぬお姿の話を聞けるのではなかろうか。
「あ、リウォード邸に着いたね」
話をしていると、時間の経過はあっという間だ。
もとより、王宮と我が家のタウンハウスがそれほど離れていないのもあり、移動時間はそれほど長くはない。
馬車が止まり、御者が扉を開けるとカイル様が先に降り、手を差し伸べてくださる。その手を取ってゆっくりと降りた。
子爵程度のタウンハウスではそれほど広くはないので、門から玄関までは、王宮やクロフォード公爵邸と比べたら目と鼻の先である。それでも、多少なりは前庭などは整えており、初めてカイル様が我が家にいらしたときは、楽し気に見ておられたのを覚えている。
「じゃあ、また明日ね、レラ」
「はい、また明日」
また明日。この約束ができるのは、とても幸せなことである。
玄関先に到着し、階段の下で立ち止まる。カイル様がわたくしの右手を取り、名残惜し気に、指先に口付けた。
最近、別れの挨拶として定番となるこの行為に、まだ慣れずに顔を赤くすると、それを見たカイル様がまた、嬉しそうに笑うのだった。




