12.決意表明。あるいはお茶会への招待。
「お父様に相談しましたら、視察については陛下からお許しが頂けるのでしたら、とのことでした」
「やった! 僕も父上に相談したら、喜んで騎士を貸してくれると言ってたし、母上からもレラの身の回りの世話に自分の侍女を派遣する、って言われたよ。大事なお嬢さんを連れ回すのだから、って」
翌日、授業終わりに迎えに来てくださったカイル様に父との相談結果を話すととても喜んでくださり、わたくしはそのことを嬉しく思う。
王妃殿下の侍女の件については、ありがたくお受けすることにする。
ご迷惑をおかけすることにはなるが、それ以上に信頼できる侍女と騎士が側にいてくださるということは、それだけカイル様を外聞から守ることに繋がる。
『カイル殿下とアシル殿下の仲は、良好なのだな?』
『はい。カイル様は間違いなくアシル殿下に対して含みなどはなく、アシル殿下も、お話している限りではカイル様との間にわだかまりはないようです。そもそも、イザベラ様が気にされていないようですから。それに――皆が思っている以上に、陛下はカイル様をご子息として愛していらっしゃるのは間違いありません』
昨夜、お父様に相談した際に触れた話を思い出す。
お父様としてはわたくしがカイル様との婚約を望んだことを尊重してくださっているが、それでも、実際の王家の内部事情が分からないため、カイル様の立場が気になるのだろう。
わたくしとて、実際に陛下にお会いするまでは、カイル様があれほど陛下と仲が良いとは思ってはいなかった。
もちろん、与えられた土地を考えれば息子としての情はあるのだな、ということは読み取れはするが、そこにある愛情の深さは、実際にお二人の様子を拝見してみないと理解はできなかった。
お父様もまた、陛下御自身とはお会いしたことがあっても、カイル様とくつろいでいる陛下のお姿は拝見したことがない。だからこそ、カイル様の王家での立場が分からずに不安だったのだろう。
王家の、と言っても、もちろん王妃殿下と御側室様がどう思われているのかは分からない。しかし、アシル殿下の立太子も決まっている今、カイル様に対して何を思われていようとも、問題はないだろう。そもそも、今更カイル様を害するには理由がなさすぎる。
王妃殿下については未だに分からないままであるが、視察にご自身の侍女をつけてくださるというお話だったり、カイル様の個人資産を増やしていたというお話を聞く限り、王妃殿下もまた、カイル様のことを愛しておられるのだな、という想像がつく。
カイル様は一度やらかしてしまったことにより、これ以上の醜聞は避けたい、という思惑ももしかしたらあるのかもしれないけれども。
「それから飛び級についてもわたくしの意思に任せる、とのことでした」
今日、授業の合間に学園の教師に話をしようかと思ったが、そもそもどの程度の話が通っているのかが分からなかったので、話をすることはなかった。
「なら、まずは父上に話をしよう! その後は、その……僕が力になれることはないけど、レラを応援する!」
「えっと、はい。頑張ります」
王宮に着くと、そのままカイル様に連れられて陛下の執務室へと向かう。さすがに迷惑なのではとカイル様を止めようとしたのだが、
「大丈夫、いつものことだから」
という、少し気が遠のきそうな返事を頂いた。
陛下とカイル様の距離感や性格を考えれば本当に問題なさそうだと思う一方、まだしばらくはこういった、カイル様にとっては日常だけれど私にとっては破天荒な行動に驚く日々が続きそうである。
カイル様のことを疑っていたわけではないが、本当に陛下の執務室へと向かう途中、先にこちらに気づかれた扉の横に立たれていた警護の騎士が、中に何か合図をされているのが見えた。
そして執務室へと着くと直ぐに中へと通され、当たり前のように中に入っていくカイル様の後に続く。
騎士の隣を通るとき、じっ、と見つめられた気がしたが、その視線がどんな意味を持つのか、考えるのはやめておいた。
中に入ると、正面奥に大きな窓があり、その前に陛下の立派な執務机が置かれていた。卓上の左右には書類が積みあがっており、陛下の忙しさを象徴しているようである。
その少し手前には少し小ぶりな机が二つ、左右に配置されており、二人の補佐官が仕事をされている。更にその手前には書類棚、そして一番手前には応接セットがあった。
しかし肝心の陛下の姿はぱっと見なく、おや? と思っている間にカイル様は部屋の右奥の方へと進まれた。そちらに視線を移せば、一人がけの大きなソファでくつろぎながら書類に目を通されていた。
「カイル、それにアデラ嬢。今日はどうした?」
こちらに気づかれた陛下が、書類から顔を上げて手招きをされた。
カイル様に続いて陛下に近寄ると、手にされていた書類は仕事とは直接関係のなさそうなゴシップがメインの新聞のようだった。
「ん、あぁ、これか? こういうのも、案外侮れなくてな。どこぞのボンボンがなにをしでかしたとか、どこぞの道楽が何かを収集し始めたとか。そういったどうでもよさそうな情報からも、色々と見えてくることがあったりするんだ、面白おかしく誇張しすぎて、事実とかけ離れていることもあるから全く鵜呑みにはできんがな」
陛下もこのようなものを読むんだな、と珍しい気持ちで見つめていると、陛下がゴシップ新聞を読む理由を教えてくださった。
その理由に、思わず納得してしまう。人間である以上、必ずその行動には何かしらの思惑がある。そこにどのような理由が隠されているかは実際に探ってみないと分からないが、全く関係のないと思われた二つの出来事が、重要な事件の前兆だった、なんていうこともあり得るのだ。
それらの前兆をいち早く察知しておけば、何か起きたときに、いち早く対応することができる。
――ということまで対応されている陛下が、カイル様と元イディオータ令嬢のことに気づいていなかった、ということは考えられない。ということは、わかっていて放置されていた、と考えられる。
あの元令嬢が陛下の予想を上回る奇行に出てそれにカイル様が釣られてしまったのか、はたまた今の状況を最初から見越しておられたのか。陛下の真意はわたくし如きには分からないが、わたくしが大切にすべきはカイル様である。今の、そしてこれからのカイル様の幸せが重要なのだから。
「で、何の用だ? 視察については少し待ってくれ。騎士と王妃の侍女の予定を調整しているので、それが終わり次第視察の予定を立ててくれ」
「騎士と侍女の件、誠にありがとうございます。そして頂いていた飛び級の件について、父からはわたくしの意思に任せる、と。ですので、是非その、今年の卒業に向けて動きたいと思います」
「おぉ、そうか! では、学園長に話を通しておく。アデラ嬢向けのカリキュラムがどうなるか俺にはさっぱり分からんが、決まり次第、連絡しよう」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、必ずカリキュラムを終わらせてみせます」
陛下の言葉に感謝を述べ、礼をする。
まだ、飛び級が決定したわけではない。もし、わたくしのカリキュラムの修了過程に問題があった場合、その話は頓挫してしまう可能性だって十分にあるのだ。
陛下に伝えるべきことは伝えたため、またいつも通り領地の予習に向かおうと思った矢先、一人の女性がやってきた。
王妃殿下の侍女らしいその方は、わたくしを見て、恭しく頭を下げる。
「失礼いたします。王妃殿下が、リウォード子爵令嬢を殿下のお茶会に招待したいとのことです」
「ほう、王妃がアデラ嬢に興味を持ったのか? 確か、アデラ嬢はまだ王妃には会ってなかったな。いい機会だ、会ってくるといい」
「いえ、あの、ですが……学園から参りましたので、王妃殿下のお茶会に参加できるような身なりではなく……」
当然、本来ならば陛下ともお会いできるような恰好ではない。もちろん、学園の制服なため、正装と言えば正装なのだが、貴族の娘としての正装とは呼べない。
陛下の場合は、お呼びとあらばどのような姿でもすぐに馳せ参じるのが通りであるが、王妃殿下となると、我が国の社交界の頂点に立たれる方にお会いするのに果たして制服でいいのか、となってしまう。
「急に呼びつけてるのは王妃の方だから問題ない。というか、俺と王妃の息子がカイルなんだ。そこから逆算したら、なんとなく王妃がどんな人間か見えそうなもんだろう?」
「えっと、それは……」
いかに陛下への返答とはいえ、思わず言葉に詰まる。
そんなわたくしを見て、カイル様がわたくしを庇うように陛下との間に割り込んできた。
「父上、レラが言葉に困ってるじゃないですか。まぁ、母上に対してそう身構えなくていいのは事実ですけど」
「お前、それ庇えてないからな。まぁ、不安ならカイルと一緒に行ってくるといい。場合によってはカイルは追い払われるかもしれんが、視察の件かもしれないしな」
確かに、視察で王妃殿下の侍女を派遣していただけるとの話だったので、その件である可能性は高い。
「それでは、王妃殿下の元へご案内いたします」
安心させるように、カイル様がわたくしの手を握った。




