13.王妃への挨拶。あるいは『宝物』の話。
「いらっしゃい、来てくれて嬉しいわ。なんかオマケもいるけれど、とりあえずは気にしないでおくわね」
「母上がいきなりレラを呼ぶから、ついて来たんですよ」
王妃殿下の侍女について行った先で待っていたのは、陛下やカイル様よりも濃いまっすぐな金の髪に、同じアイスブルーの瞳、カイル様がもし女性で成長したのならこうなっているだろう、という女性だった。
カイル様の母君である、王妃殿下である。
「リウォード子爵が娘、アデラと申します。お会いできて光栄です、王妃殿下」
「あぁ、いいのいいの、そういう堅苦しい挨拶は。わたくし、苦手なのよ。陛下やカイルから聞いていない? わたくしたち、案外似たもの同士なのよ」
聞いております。とは言えずに、淑女らしくわずかに笑みを浮かべるに留める。
「さぁ、座って頂戴。あなたたち、普段王宮で勉強ばっかしてるから、アデラ嬢の好みが分からなくて色々と用意させたのよ。気に入ってもらえると嬉しいのだけど」
にこり、と笑われた王妃殿下は、やはりカイル様に似ており、カイル様が陛下ではなく王妃殿下似の顔立ちであることがよくわかる。
ただし、カイル様の髪の色は陛下と同じプラチナブロンドであるし、髪の毛の質もまた、カイル様はまっすぐではなく細くて柔らかく、毛先は緩やかに跳ねていて、陛下も同じように猫っ毛だった。
王妃殿下に言われて席に着く。慣れたもので、カイル様が早速用意してくださったケーキに手を伸ばし、その手を王妃殿下に叩かれていた。
「アデラ嬢に用意したのに、あんたが先に食べてどうするの」
「あ、そっか。ごめんね、レラ、何食べる? 母上お抱えの料理人の腕は保証するよ」
「え、と。では、マドレーヌを」
婚約者とはいえ、王子に給仕のまねごとをさせていいのだろうか。しかし王妃殿下からは何も言われず、本来の給仕係も動かないため、そのままカイル様からお皿を受け取る。
「全部美味しいから是非、たくさん食べて頂戴。それでね、アデラ嬢を今日招いた理由はいくつかあるけれど……カイルがいるから、視察の件からしましょうか。もう聞いているとは思うけれど、その視察に、わたくしの侍女を付けましょう。陛下からも近衛騎士が貸し出されると聞いているわ。だから、安心して一泊してらっしゃい」
「色々と配慮していただき、ありがとうございます」
「いいのよ。個人的には、あなたに期待しているの」
「期待、ですか?」
王妃殿下のお言葉に、ドキリとする。つい先日、陛下にも思いもよらぬことを言われて、おかしな返答をしたばかりである。
王妃殿下に期待されるようなことをした覚えはないし、できる自信もないのだ。
「大した話じゃないわ。あなたなら、カイルの『宝物』になってくれるかと思って」
「カイル様の『宝物』、ですか?」
どういう意味だろう、とつい隣に座るカイル様へと目を向ける。しかし、カイル様ご本人は、我関せずと焼き菓子に手を伸ばし、幸せそうに食されている。
「そう、陛下にとってのベアトリス様、アシルにとってのイザベラ嬢のような、ね。先代国王は特にそういう気はなかったけれど、王家の人間には時折、やたら執着心の強いものが現れるの。で、その執着先に関することなら、尋常じゃない力を発揮する。陛下の本質を見たのでしょう? あの人、本当は国王には向いていないのよ」
王妃殿下の言葉に、内心、頷く。確かに陛下の本質は、あまり政治が好きではないのだろう。他者の見たい姿を見せることには長けていらっしゃるが、それをずっと続けるのは決して楽ではないだろう。
だからこそ、陛下はカイル様の前では、一国の君主という仮面を脱ぎ捨て、素に戻っているのかもしれない。
まぁ、カイル様は君主としての姿をほとんど見ることなく育った結果、君主としての陛下のことを軽く見てしまったのかもしれないが。
「陛下はね、ベアトリス様が幸せに暮らせる国を作る、ただそれだけのためにこうして良き国王として君臨してる。アシルも似たようなものね。あの子もイザベラ嬢の為なら何でもするもの。カイルがもう少し悪辣で、意図的にイザベラを貶めるような人間だったら、何をしていたことか。まぁ、わたくしと陛下の息子がそんな愚か者になるわけないのだけど。……頭は悪いけどね」
「母上、最後の一言は余計です。それに……イザベラのことは、結果的に丸く収まったし、許してくれたけど。あれは単に、イザベラが誇り高い公爵家の娘であったことと、アシルを好きだったから特に何とも思わなかっただけで……」
「反省するのは大事だけど、アシルもイザベラ嬢も気にしていないのなら、反省しすぎて逆に自分を卑下してはだめよ。それは、許したイザベラ嬢を侮辱することになりかねないから」
王妃殿下のお言葉に、カイル様は大きく目を見張られた。
「イザベラ嬢がもういいと言ったのに、それでも卑下し続けたら、まるでイザベラ嬢の許しを信じていないようでしょう? それはだめよ。というか、わたくしたちみたいな人間は、腹の探り合いなんて最も苦手とすることなんだから。褒められたら素直に受け取る、許されたら素直に受け取る、怒られたら素直に反省する。それでいいのよ」
「母上、全然胸を張れないことを堂々というのは、さすがにどうかと僕も思います。腹の探り合いは苦手ですけど!」
陛下とカイル様を見ていた時も、とても親子だな、とは思った。その時思ったことを、今、再び思っている。
王妃殿下とカイル様もまた、とても親子である。
「あ、あの……」
「あぁ、ごめんなさいね。アデラ嬢には苦労を掛けると思うけれど、本当に、わたくしたち、基本的に腹の探り合いができないのよ。あからさまな下心はさすがにわかるけれど、貴族って基本的に本音をうまく隠すものでしょう? わたくしが、なぜ社交界の頂点に立っていられるかわかる? 悪意が分からないからよ。そのうちイザベラ嬢にその場所を譲るけど、あの子はそれこそ淑女の鑑みたいな子だから、上手くあしらえるから安心ね」
「母上、母上、レラが圧倒されてるので、少し黙ってください」
「あらやだ、ごめんなさいね。いつもは気高い王妃のふりしてるから、つい気が緩んじゃったわ」
まさかの、王妃殿下まで人に見せる仮面をつけ外すタイプの方だったとは。陛下とは違ってそれほど多くの姿を使い分けているわけではなさそうだが、王妃殿下がお喋りが好きという話は、あまり聞かない。
やはり、所詮、噂は噂、ということなのか、と一人で納得する。
「それで……なんだったかしら? あぁ、そうそう、視察の件だったわね。――アネット、こちらへ」
陛下の執務室に、王妃殿下のお茶会の件を告げに来られた女性が、王妃殿下の後ろに立たれた。
「アネットと、アネット直属の部下たちを視察に同行させるわ。アネットはわたくしがまだ実家にいたころからついてくれている一番信頼できる人よ。ランバート伯爵夫人、と言った方が通りがいいかしら」
「アネット・ランバートです。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、ランバート伯爵夫人」
席を立ち、ランバート伯爵夫人に礼を返す。ご結婚されてもなお、王妃殿下の侍女として仕えられているということは、お二人の絆はそれほど強いものなのだろう。そんな右腕とも呼べる方が同行している視察ならば、誰も文句を付けようがない。
「アネット夫人が一緒に来てくれるなら安心だ!」
「アネットはカイルにとって二人目の母親みたいなものだからね。カイルが暴走しそうになったら、アネットに相談するといいわ」
ランバート伯爵夫人に向かって、カイル様も満面の笑みを浮かべておられる。それだけ、こちらの母子にとって信頼できる方、ということなのだろう。
まだ具体的な日取りは決まっていないが、視察が現実的な予定になってきた。




