14.隠れた王の願望。あるいは色の話。
「さて、ここからは女同士の話をしましょうか。というわけで、カイル、先に勉強してなさい。最近、アデラ嬢と一緒に勉強していると聞いてるわよ。一人で復習してなさい」
「えー、なんで母上がレラを独り占めするんですか」
「女同士の話だって言ったでしょ。義理の母と義理の娘が話をするとき、息子はいらないのよ」
王妃殿下は、しっ、しっ、とまるで犬でも追い払うようにカイル様を強引に退室させた。助けを求めるように眉根を下げて見つめるカイル様の頭上に幻の耳を見た気はするが、わたくしが王妃殿下に何かを物申せるわけがなく。
とぼとぼと退室するカイル様に辛うじて、
「後ほど伺いますね」
とだけ伝えることはできた。
「早く来てね」
「いいから、早く行きなさい」
名残惜し気にこちらをチラチラと見ながらも王妃殿下に促されて、カイル様は肩を落とされて完全に退室された。それに続けて、王妃殿下は侍女たちも退室するように指示をされた。
「まったく。あら、そう緊張しないで。と言っても無理だろうけど。ちょっと、カイルには聞かせられない話だったからね」
「……その、カイル様にお聞かせできないお話、とは?」
わざわざカイル様どころか侍女まで追い出してまでする話、という内容にドキドキする。
わたくしは王妃殿下が興味を持たれそうな分野に関する知識はないし、求められる情報もおそらくはもっていない。
ドキドキしながらもおもむろに尋ねると、王妃殿下は立ち上がり、わたくしの隣に座り直された。そしてわたくしの手を取り、にこりと笑われた。
その笑顔がまた、カイル様によく似ており、思わずその笑顔に見入ってしまう。
「まずは、アデラ嬢。あなたには、本当に、心から感謝するわ。ありがとう、あの子との婚約を受け入れてくれて。本当はあの子が王には向かないと思った時点で、婚約者をアシルに変えていればこんなことにはならなかったのだけどね……ちょっと、陛下にも譲れない想いがあって」
「いえ、婚約についてはわたくしにはもったいないご縁と存じております。しかし……陛下の譲れぬ願いとは……? イザベラ様が王妃になる、以外でしょうか? その、わたくしがお伺いしてしまっても、よろしいのでしょうか」
陛下の譲れぬ願いと言えば、イザベラ様が王妃になること、と認識していたけれど。しかし、それだけであれば、確かにカイル様の資質を理解されている陛下がいつまでもイザベラ様の婚約者をカイル様にしていた理由はない。
アシル殿下ではなく、カイル様でなければいけなかった理由。それがある、というのであれば……アシル殿下にはなくて、カイル様が持っている、もの?
「イザベラ、よりもアシルね。アシルの耳に決して入らないようにしてほしいけれど、アデラ嬢に秘密にしておく理由はないもの」
「あの、それは果たして……」
「アシルにとっては酷なことだけれど……アシルは、陛下の髪と目の色を受け継がなかったからね。顔はそっくりなんだけど」
確かに、アシル殿下は黒髪に濃い青い瞳をされている。対するカイル様は、陛下と同じく、プラチナブロンドに、アイスブルーの瞳である。
そしてこの色は――クロフォード公爵夫人と、イザベラ様も同じである。
……つまり、陛下、クロフォード公爵夫人と同じ色をした子を次の王にしたかった? その色の孫が欲しかった、という可能性もある。
もしそうなのであれば……確かに、アシル殿下にはとても酷なことである。
アシル殿下がプラチナブロンドにアイスブルーの瞳で産まれていれば、もっと早くに、あるいは最初から、イザベラ様がアシル殿下の婚約者だったのかもしれない、だなんて。
しかし、髪の色も目の色も、遺伝である。仮に両親が二人とも同じ色であっても、両家の祖父母、曾祖父母、それより前の先祖に、異なる色の髪と目の人がいれば、確率は低くともその色が現れる可能性はある。
御側室様は、アシル殿下と同じ、黒髪に青い瞳をされている。つまり、たまたま父親ではなく母親の色を受け継いだ、ということだけなのだ。それだけの理由で、愛する人が異母兄の婚約者になったと知ったら。
「その顔、気づいた? このあまりにも酷な現実に。あの人、どうしても自分とお揃いのベアトリス様の髪と目の色を後世に残したかったみたいでね……そういう意味では、カイルも可哀そうね。王の素質なんてないのに、髪と目の色が父親と同じというだけで王にさせられそうだったんだもの」
「それは……陛下が、直接、そのように……?」
「酔っぱらってる時にね。陛下、カイルとわたくしのことを自分の同類と見做しているせいか、かなり油断してるのよ。あの人、表に出してないだけで結構暴君なんだけど……側近たちにしか信じてもらえないのよねぇ」
あまりの衝撃に、言葉が出なかった。
王妃殿下は手を頬に添えて「まったく」と呆れられているが、王妃殿下の中ではその程度のことらしい、ということにも衝撃を受ける。
国王陛下は、王妃殿下とも御側室様とも一定の距離を置き、どちらの実家にも肩入れしないようにしている、というのは国民の間では定説だ。これは平民だけではなく、貴族たちの間でも同じように信じられている。
当然、わたくしもそう思っていたし、だからこそ、第一王子派、第二王子派、なんて派閥もできていたのだが……じつは、国王夫妻は、わたくしたちが思っていたよりもずっと仲が良いのかもしれない。
公的な立場と私的な立場では関係性が変わる夫婦、ということなのかもしれない。
「なんだか、世間ではわたくしの実家のごり押しだとか、第一王子派の方が力があるからとか色々言われてるみたいだけれど、これが驚きの真相よ。はぁー、やっと話せる子ができたわー! イザベラ嬢にもアシルにも当然言えないし、側室にも言えないし、カイルに教えたらアシルとかイザベラに話しちゃいそうだし! でもあなたなら、安心よ」
「その……光栄、です?」
何と返していいのか分からず、曖昧な返事になる。
「ごめんなさいね、こんなおばさんの愚痴の捌け口にされちゃって! でもねー、本当、カイルのお嫁さんになってくれるのがあなたのような子でよかったわ。さすがにこんなことイザベラ嬢には言えないし、生涯誰にも言えないかと思ってたわ」
「いえ、そのようなことは決して。今でもお若く、美しい我が国自慢の王妃殿下です」
「あら嬉しい、ありがとう。普段から若作りしてる甲斐があったわね。これでも、陛下より年上なんだけどね」
国王陛下も王妃殿下も、お父様とそれほど歳は離れていないはずなのに、ずっと若く見える。
確か、王妃殿下は国王陛下の二つか三つ、年上だったはずだ。貴族の夫婦は男性が年上であることが多いので、珍しいことではある。
興味のある分野に関して知識が豊富なカイル様によく似ていらっしゃるという王妃殿下は、美容に興味があるとのことなので、それらがこの若々しさの秘訣なのかもしれない。
「そうだわ、アデラ嬢、今度、わたくし主催のガーデンパーティに招待するわ。そこで、この国の貴族夫人たちを紹介するわね。カイルと二人でいらっしゃい。いろいろと忙しいとは思うけれど、貴族同士の繋がりは重要だもの。あなたのお父様は宮廷貴族でしょう? 地方貴族たちとも縁を繋いでおいて、損はないわ。実際のお話には、残念ながらわたくしは手伝えないけれどね」
「ありがとうございます。カイル様と、喜んで参加させていただきます」
「えぇ、えぇ、そうして頂戴。そうだ、今度、カイルと買い物に行くのでしょう? わたくし行きつけの仕立て屋があるの。連絡しておくから、今からガーデンパーティ用に仕立てるのは無理でも、セミオーダーくらいなら聞いてもらえるから、何着か誂えてらっしゃいな」
王妃殿下御用達の仕立て屋、と言えば、王都でも有名な店である。
王都でも一番大きな通りに面しているそのお店のドレスと言えば、国内の貴族夫人、令嬢垂涎の的である。オートクチュールはもちろんのこと、セミオーダーどころか、既製品ですら手に入らず、そもそも、予約が既に何カ月先、何年先、だなんて話もある。
そんな仕立て屋に対して予約の割り込みを可能とするのは、王妃殿下の権力、というよりも、王妃殿下が愛用しているから有名になった、というのが大きいのだろう。
もしかしたら、投資、というのも、そこの仕立て屋のことなのかもしれない。
「結婚式のドレスもそこで誂えましょうか。腕は確かなのよ、そこのオーナー。ふふ、あなたはとても整った顔立ちをしているから、化粧映えするでしょうね。楽しみだわ」
まるで、夢見る少女のような瞳で、王妃殿下が微笑んだ。




