15.出迎えの話。あるいは容姿の話。
学園で授業を受けた後に王宮に通う日々を過ごし、カイル様と約束の休日がやってきた。
外出の準備を整えて玄関でカイル様を待っていると、当主であるお父様とその妻であるお母様、そして次期当主であるお兄様が隣に並ぶ。
「そういえば、お父様とお兄様は、カイル様と面識はありましたか?」
「面識は、まぁ、あるが。しかし私的な会話をしたことはないな」
「私はないかな。しがない子爵家の跡取り息子なんて、王子と関わることなんてないしね。殿下と同時期に学園に通ったことはないし」
お兄様はわたくしの四つ年上なので、お兄様が学園を卒業してからカイル様が入学されている。今は子爵家の跡取りとしてお父様の手伝いをしながら、王宮で仕官している。
お兄様の具体的な仕事については聞いてはいないが、王子であるカイル様と接することはおそらくないだろう。そもそも、もしお兄様と何かしらの接点が生まれていたのならば、確実にカイル様の方から「実は昨日、」と教えてくださるだろう。
「アデラの様子を見ている限り、カイル殿下との仲は心配なさそうだけど、実際はどんな方なんだい? 王族方の話なんて、噂でしか聞かなくてね」
「純粋な方ですよ。いい意味でも、悪い意味でも。お兄様にも、できれば噂には惑わされず、ありのままのカイル様を見ていただけたら嬉しいです。もちろん、お父様にも」
「……アデラがそんな風に言うなんて。バニダートの倅とは異なり、カイル殿下にはずいぶんと心を許しているようだな」
「……バニダート令息は、自惚れが凄い方でしたから」
婚約が白紙になったバニダート令息とは、幼い頃から交流はあった。しかし、一体何を根拠にしているのかわからないが、いつも何故か自信に満ち溢れており、ある意味羨ましい方ではあった。真似したいとは欠片も思わないが。
わたくしを地味だと言ったバニダート令息は、同級生の中では確かに容姿は優れている方だったとは思う。しかし、失礼ながらカイル様やアシル殿下と比べてしまうと、足元にも及ばない、ということを知ってしまった。
一体、彼が認める美しい令嬢とはどんな方を指しているのかはわからないが、できればバニダート伯爵夫妻に迷惑を掛けないよう、しっかりした方を婚約者に迎えてほしいとは思う。
「一体、どこから生まれているんだろうな、あの自信は」
「カイル様に少し、あの自信を分けてほしいですね。カイル様、お好きな分野に関しては専門家に負けない知識をお持ちなのに、それを素直に誇れないようで」
「……実はわたくし、未だにアデラが王子殿下と婚約したことが信じられていないのだけれど……これから、本当にいらっしゃるのよね?」
わたくしとお兄様の話を聞いていたお母様が、おもむろに口を開いた。
わたくしやお兄様がお父様に似て、どちらかと言うと寡黙、あまり口数も多くはないし表情もさほど変わらないタイプである一方、お母様はコロコロと表情が変わり、感情豊かなタイプである。
王妃殿下のように話すのが大好き、というより、人と関わるのが好きというタイプで我が家の社交の要ではあるものの、お母様は時折、突拍子もない話をしだすので、少しだけ身構えてしまう。
お兄様も、お母様のことを怪訝な顔をして見つめている。
「お母様、流石にそこは信じていただきたいのですが。毎日、カイル様がわたくしを送ってくださっていますでしょう?」
「それはそうなのだけど……だって、その……カイル殿下は華やかな方じゃない? アデラは……ねぇ」
「……まぁ、そうですね」
確かに、カイル様は王妃殿下に似て華やかな方だ。普段はあまり意識することはないが、地味と言われるわたくしなどが隣に立つのは、あまりにも烏滸がましいと思われるほど、目を引く方である。
イザベラ様に見出されたのも、カイル様が必要とされている妻の条件も、容姿は関係ない。わたくしの能力こそが求められているから、わたくしは胸を張ってカイル様の隣に立っていられるのだ。
しかし、お母様はそうは思っていないようで、こうして、折に触れて容姿について言及してくる。
お母様はどうやら、わたくしがカイル様の婚約者になったことが、どうしても気に入らないらしい。本人は、気に入らないのではなく信じられないのだ、というけれど、その根底にあるのは同じ感情である。地味な娘が華やかな王子の婚約者に選ばれたことが、どうしても納得いかないのだ。
密かに王妃殿下に憧れているため、その王妃殿下の息子で、王妃殿下に似ていらっしゃるカイル様の隣に、地味なわたくしがいるのが、許せないのかもしれない。
「母上、それは」
「お前たち、おしゃべりはそこまでだ。殿下がいらっしゃったぞ」
お父様に指摘され、わたくしとお兄様は二人して口を噤む。そのすぐ数拍後、カイル様の馬車を引く馬の姿が見えた。
門の位置で馬車から降りられたカイル様が、まっすぐに玄関へと歩いてこられる。
「本日はお越しいただきありがとうございます、殿下。至らぬ娘ではございますが、今日一日、よろしくお願い致します」
「おはよう、リウォード子爵、夫人。僕の方こそ、至らぬ身ではあるが、今日は一日、大切な御令嬢を預からせてもらうよ」
「お初にお目にかかります、カイル第一王子殿下。長男、アランと申します」
「初めまして、リウォード令息。……僕には兄がいないから、実は兄という存在に憧れていたんだ。貴方が義兄になる日を、楽しみにしているよ。――おはよう、レラ」
お父様、お兄様との挨拶も無難に終わらせたカイル様は、最後にわたくしに向けて満面の笑顔を浮かべられた。きちんと、当主、跡継ぎを無視してわたくしの元へ一直線、ということもなく、婚約者の家族への挨拶としては及第点、と言えるのではなかろうか。
噂だけでしかカイル様のことを知らないお兄様は、失礼なことに、カイル様の言動に驚いていることが表情に出ていた。
わたくし以上に無愛想と言われがちなお兄様であるが、分かりにくくても家族には驚いていることがよく分かる。
ちらり、と横目でお母様をみると、まるで憧れの人を見るようにカイル様を見つめている。婚約者の母としても、子爵夫人としても失格であるのだが、カイル様は一向に気にしておられる様子はない。
おそらくカイル様はこれを失礼ともなんとも思っていない。どころか多分、その無礼さに気づいていらっしゃらないのだが、そのこと自体は本来問題ではあるものの、今だけはそのことに安心する。
「おはようございます、カイル様。今日は一日、よろしくお願い致します」
「うん。それじゃぁ、行こうか」
「はい。ではお父様、お兄様、行ってまいります」
「あぁ……殿下に迷惑を掛けぬようにな」
差し出されたカイル様の手に自分の手を重ねて歩き出す。背後で何やら不穏な気配を感じるが今はカイル様が最優先だ。
お母様のことは、お父様とお兄様が諌めてくれることを信じて、カイル様の手を借りて、馬車へと乗り込んだ。
「あの三人が、レラの家族なんだね」
「はい、両親と兄の四人家族になります」
「そっかー。アランは初めて会ったけど、話だけは聞いたことあるよ。リウォード子爵令息は、父親に似て優秀だ、って。具体的に聞いても理解できないからスルーしてしまっていたけれど、レラのお兄さんならちゃんと話を聞いておけばよかったなー」
「兄のことを気にかけてくださり、ありがとうございます。兄はわたくしと同じように、特段面白みのない人間なので……存在だけでもカイル様の記憶に残していただけていたと知ったら、喜ぶことでしょう」
「レラと同じなら、物知りってことだよね! 結婚したら義理の兄上になるんだよね? アシルは弟だけど、歳も同じだし、あまり関わりを持たないできたからさ。仲良くしてくれるといいな」
馬車で隣に座るカイル様は、にこにこと嬉しそうに笑っている。
通常、婚約者といえども馬車では対面に座るものである。馬車自体の重心を考えると二人で並んで座らない方がいいのだが、カイル様はこうして隣り合って座るのがお好きらしい。
普段からスキンシップが好きなんだろうな、と思うような行動をされることも多いので、隣に座るのもおそらくはその一環なのだろう。
「レラもアランも、子爵に似たのかな? 顔立ちもだけど、性格とかも子爵似?」
「そうですね。わたくしも兄も、父に似たと思います。わたくしも少しでも母に似ていたら、こんな地味な女ではなく、もう少し可愛げがあったと思うのですが……」
「? レラは可愛いよ? 前にも言ったけど、地味でもないし可愛い。誰かに何か言われたの?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
生まれてこのかた、「可愛い」など言われたことがなくて、カイル様の言葉に顔が赤くなる。
散々、地味で可愛げがないと言われてきたので、聞き慣れない言葉を素直に受け取るのが難しい。
「んんー……よし、今日はレラに、レラは可愛い、美しい人だって理解してもらえるようにする日にしよう!」
「カ、カイル様?」
「大丈夫、任せて!」
「カイル様!?」
窓から同行している従者に何かを指示したカイル様は、満足げに微笑んだ。




