16.王妃殿下の御用達。あるいは身の丈の話。
「さあ、着いたよ!」
「カ、カイル様、こちらは……」
「あれ、母上から聞いてない? 母上御用達の仕立て屋だよ」
馬車の到着前から店員らしき人たちが、カイル様を出迎える準備をして、わたくしたちが馬車から降りるのを静かに待っていた。
カイル様の手を借りて馬車を降りると、店員たちが一斉に頭を下げる。
少し目線を上げると、そこにはこれまで入ることはおろか、予約を取ろうとも思ったことすらない有名店。道からも見える数々のドレスは多種多様で、シンプルながらも品のあるドレスや、レースをふんだんに使用した華やかなドレスなど、色々飾られている。
そのドレス、一着一着がどれも平民はおろか、下級貴族ではなかなか手出しができない値段である。
飾られているドレスは全て既製品のはずで、誰でも買うことができるドレスでさえこの値段ならば、オートクチュールは一体どれほどするのだろうか、と、貴族にあるまじきことを考えてしまう。
一生、縁がないと思っていたお店に、促されて足を踏み入れた。
店内には、亜麻色の髪をきっちりと後ろで結い上げている女性が一人、待っていた。女性がカイル様の姿を認めて、静かに膝を折り、略式の礼を取る。
「お待ちしておりました、カイル殿下、リウォード子爵令嬢」
「あぁ、今日はよろしく頼むよ、オーナー」
「はい。王妃殿下からも、『くれぐれも、義娘をよろしくお願いね』とのお言葉を賜っております」
女性はこの仕立て屋のオーナーだったらしく、にこやかにカイル様へと挨拶をして、わたくしたちを奥の部屋へと案内してくれた。
店内の入り口付近は誰でも手に取れるエリアとなっているようで、様々なドレスがトルソーに飾られて並んでいる。基本のデザインは同じようなのに、異なる色で作られていると、全く印象が異なって見えるので、とても不思議な気分である。
オーナーと出迎えてくれた店員以外に人の姿はなく、コツ、コツ、という足音だけが響き渡る。
もしかしなくても、これが噂に聞く「貸し切り」なのか、とここに来てようやく気づく。
確かに、王妃殿下から「連絡しておくから」とは言われてはいたものの、それがまさか店自体を貸し切りにするという意味だとは思わなかった。
「王妃殿下には、返しきれない恩があるのです。そんな殿下に『義娘をよろしく』とお願いされたのです。殿下からのお願いなど、初めてのこと。不肖エミリ、全身全霊の力で挑ませて頂きます」
貸し切りの現実に気づいて怖気付いたわたくしを見て、オーナーはにこりと上品に微笑んだ。
「母上が、エミリを見出したんだよ。まだまだ駆け出しの無名デザイナーだったエミリのデザインを気に入った母上が、エミリにドレスを依頼して、この店を出すときにも資金援助をしていたみたいだよ」
「王妃殿下がいらっしゃらなかったら、今の私はいないでしょう。そんな王妃殿下直々の願い、それもカイル殿下の婚約者のドレスを私に任せていただけるなんて、光栄ですわ!」
奥の部屋に通され、ソファに並んで腰掛ける。馬車でも王宮での領地の勉強をしているときも、カイル様はいつも右隣に座っているので、こうして隣に座るのもいつの間にか慣れてきている自分に今更ながらに驚いた。
オーナーに差し出されたカタログを受け取り、ハラリ、とページを捲ると、中には沢山のデザインラフ画が描かれていた。
「王妃殿下主催のガーデンパーティに、カイル殿下とリウォード子爵令嬢が揃って参加されると伺っております。まずは、そちらのドレスを選びましょう。王妃殿下からはセミオーダーでとのことでしたが、せっかくですから、デザインからさせていただきますわ!」
ぐっ、と力強く手を握るオーナーの気迫に、思わず目を瞬く。
王妃殿下のガーデンパーティは、来週と聞いている。こちらの仕立て屋は常に予約で一杯で、それはつまり、忙しいということで。
王妃殿下とオーナーのご厚意で、セミオーダーで受けてくださるだけでも十分すぎるというのに、今からデザインして新しくドレスを仕立てるなど、わたくしには分不相応である。
「いえ、そのようなご迷惑をおかけするわけには」
「迷惑など! むしろ、少しでも王妃殿下に恩を返す機会を私に与えると思っていただけたら嬉しいですわ」
「いいんじゃない? せっかくレラのためにドレスを作ってくれると言ってるんだし。僕は気にしないけど、一応まだ王子の婚約者が、既製品に手を入れただけってのは、王家の品位に云々……って、イザベラに言われそう」
「それは、そうなのですけれど」
王家の品位、という言葉に間違いはない。
絶対的君主である国王の家族である王家は特別であり、その婚約者もまた、特別でなくてはならない。
単なる貴族が王家のドレスと被ることは、王家への挑発と取られかねない。それを避けるために、王家のドレスは一点ものになる。だからこそ、セミオーダーが重要になるのだ。
「……わかりました。では、お願いいたします」
「えぇ、えぇ、是非ともおまかせくださいませ! どのようなドレスがいいとか、ご希望はございますか? 御令嬢の栗色の髪の毛には、淡いオレンジなどがよく似合いそうですが」
「できれば、薄い青が良いのですが、可能でしょうか?」
薄い青、アイスブルーは、カイル様の瞳の色だ。初めて公に二人で参加する場なので、カイル様の色は、できれば取り入れたい。
「そうだなぁ、レラは普段から姿勢もいいからどんなドレスでも着こなせるとは思うけれど……貴族夫人たちとの顔繋ぎの場だというなら、あまり若い令嬢向けのドレスよりは、大人しく貴婦人受けのいいデザインがいいけれど……あまり貴婦人向けのデザインだと、レラの魅力が伝わらないし……」
「カイル殿下もそのように思われますか? 華やかさに寄せると、逆に派手に寄ってしまいそうですね。お色は殿下の瞳のお色に合わせて薄い青にするのであれば、裾を金の糸で刺繍いたしましょう。全体的なシルエットは……そうですね、実際、いくつか試着していただいてから決めましょう」
オーナーが手を叩くと、色々なデザインのドレスを手にした女性たちが入室してきた。それを見たカイル様がわたくしの手を引いて立ち上がり、ドレスの元へと足を運ぶ。
真剣にドレスを眺めながらいくつかのドレスを選ばれ、それを指差すと、女性たちがそのドレス以外を片付けていく。
「まぁ、カイル殿下、流石です! どれもリウォード子爵令嬢によく似合いそうですね。さぁ、あなたたち、御令嬢の試着をお手伝いして差し上げて!」
「かしこまりました」
オーナーの指示で、あっという間に女性店員たちに囲まれ、そのまま退室を促される。
「え、あの」
「お着替えのお手伝いをさせていただきますわ」
「一人では脱ぎ着できないですからね」
あっという間に試着室へと連れて行かれて、あれやこれやと戸惑っているうちに一着目の着替えが終わっていた。
姿見に映るドレスは美しいが、地味なわたくしにはあまりにも不似合いで、せっかくカイル様がドレスを選んでくださっているのに、とても申し訳なくなる。
「うーん、流石にお化粧をしないでドレスを着ると、流石に違和感がありますね。お化粧して差し上げてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
化粧をした程度ではわたくしの地味という印象はさほど変わらない。しかし、せっかくの御厚意であるのだから、お受けしないのは失礼に当たるだろう。
ドレッサーの前に座り、目をつぶる。
前髪を髪留めで留められ、「少し肌を整えますね」と声がかかった後、頬にヒヤリとしたものが触れた。
その後も色々と肌に塗られるのは分かったが、具体的に何をされているのかがわからない。
社交は全てお母様に任せていることから、わたくしが着飾ることはめったに無い。普段から化粧をする習慣もないので、何をしているのか想像することもできないが、国一番と言っていい人気の仕立て屋なので、されるがままにしているのが一番だろう。時折「目を開けてください」「下を見てください」「上を見てください」といった指示が入るので、それに従う。
そうこうしているうちに、少しずつ周囲の雰囲気が変わっていく。
「御令嬢にはそこまで色を乗せなくても」
「いやでも今のドレスに合わせるなら、陰影だけでは」
「あの、なにか問題でも……?」
きっと、美容関連の知識のある方ならば意味が分かったのだろう。しかし、それらの知識に欠けるわたくしには、その意味がわからず、戸惑うしかない。
「いえ、失礼いたしました。御令嬢が、あまりにも美しく、私たちの中で意見が割れてしまっただけですので。さぁ、もう目を開けて大丈夫ですよ」
最後に髪留めが外され、はらりと前髪が額に落ちる。
ゆっくりと目を開いた先には、いつもと代わり映えのない栗色の髪と榛色の瞳をした――見たことのない顔のわたくしがいた。




