17.ドレスデザイン。あるいは「美しい」とは。
わたくしが右手を上げれば、鏡の中のわたくしも右手を上げる。
わたくしが左手で頬に触れれば、鏡の中のわたくしも左手で頬に触れる。
全く同じ動作をするということはやはり鏡の中に映る女性はわたくしに間違いなく、パチパチ、と何度も瞬きを繰り返す。
「御令嬢は非常に整った顔立ちをされていますから、とてもお化粧映えしますね! 少し手を入れただけでこれほどとは!」
「靴はこちらをお履きください。さぁ、殿下がお待ちですよ。まだ他にも試着すべきドレスは残っていますし、早くお見せしに参りましょう!」
ドレスにデザインを合わせて作られた靴が足元に置かれる。おずおずと履き替えると、着替えを手伝ってくれた店員たちに背中を押されて、元の部屋へと戻る。先導してくれていた女性が扉を叩くとすぐに返事があり、すっかり顔見知りとなっているカイル様の侍従が中から扉を開けた。
侍従がすぐ横にずれ、中に通される。
「レラ!」
侍従が横に移動したことにより、その先で待っておられたカイル様が満面の笑みで迎えてくださった。
「うん、思った通りやっぱりよく似合う。どう? レラ的にはこのドレス、気に入った? ドレスはデザインの流行りも大事だけど、個人の好みも大事だからね。最近は、スカートを全体に膨らませるか、後ろだけ膨らませるか、で派閥があるんだっけ? レラはどっちが好き?」
「その、すみません。こういったことには疎いものでして……」
カイル様の勢いに押されて何か答えねば、とは思うのだけれど、出てくる言葉が見つからない。
服飾の専門家がいる場で知ったかぶりをしても意味がないので、素直に答えると、カイル様は「好きかそうでないか、でいいんだよ」とおっしゃった。
「でもまだ一着目だしね、他にも色々着てみて、自分の好みを見つけるといいよ!」
「殿下のおっしゃる通りです。しょせんドレスは着る人を魅力的に見せる道具に過ぎませんし、好みのドレスを着るのが一番かと。もちろん、着る方を最大限に魅せるデザインのものを選ぶのも素敵ですよ。リウォード子爵令嬢は姿勢も良いですし、あえて膨らませないデザインも似合いそうですね」
「でも、実際に着てみないとわからないよね! というわけで、次はこのドレスを着てみてほしいな!」
はいこれ、とトルソーごとドレスを店員に渡し、再び試着室へと連れて行かれる。
また、あっという間に着替えが終わり、ドレッサーの前に座らされ、先程の化粧を拭われたと思ったらまた新しく施され、そしてまた、先ほどとは異なるわたくしの顔が鏡に映る。
「今度は先程のドレスと異なるから、可愛らしい雰囲気でいきましょう」
「御令嬢のような美しい方は、どんな化粧も似合うので、逆に迷いますね」
う、美しい……?
これまでの人生で一度も言われたことのない言葉を掛けられ、何が起きているのかわからず、困惑する。
字が美しい、と言われたことはあったけれど、わたくし自身がいつも言われるのは「地味」「可愛くない」「可愛げもない」である。
戸惑っている間にまたしても化粧は終わり、再度元の部屋へと戻る。
そして再び、カイル様とオーナーが、あぁでもない、こうでもないと言葉を交わす。
そんなことを何度か繰り返し、ぐったりしているわたくしの横で、やはりわたくしには理解できない話でカイル様とオーナーは盛り上がっていた。
「日中のガーデンパーティだし、座ったり立ったりすることもあるからやはり膨らみはなしのほうがいいと僕は思うんだけど、エミリはどう思う?」
「そうですね。生地はシルクで光沢を抑え、スカート部分はあえて身体のラインをだして行くのはどうでしょう。先程も話しました通り、裾には刺繍を入れて……カイル殿下とリウォード子爵令嬢の立場でしたら挨拶を受ける立場ですから、多少は動きにくくても問題ありませんよね。となると、刺繍にはやはり金糸を使いましょう。ドレスでカイル殿下の瞳、金糸で髪色を入れることで、婚約者との仲が良好であることをアピール……いいですね!」
手元のスケッチブックに、ガリガリとすごい勢いでデザインを描き込んでいたオーナーが、突然、立ち上がる。
「リウォード子爵令嬢を見ていると、アイデアが次々と浮かんでまいりますわ! 明日中にデザインをお送りしますので、いくつかお選びくださいませ! そこから仮縫いまでを数日以内に終わらせて、ガーデンパーティまでには間に合わせてみせます!」
「うん、頼んだよ、エミリ」
「おまかせくださいませ! 王妃殿下は私の幸運の女神でしたが、リウォード子爵令嬢は、私のミューズでしたのね!」
両手を組み、キラキラとした目でオーナーがわたくしを見つめてくる。
自分と、ミューズという言葉がどうしても紐づけることができず、曖昧に笑うことしかできなかった。
何やら火が付いたらしいオーナーはこれから部屋に籠もってデザインを続けるらしい。
「エミリって、面白いよね。だから多分、母上も彼女が好きなんだろうね」
「……そうですね。王妃殿下や、カイル様に通じるものがあると思います」
「あー……確かに、それはあるかも」
オーナーのことはろくに知らないが、どう考えても、ドレスのことが大好きなのだろう。より正確に言えば、自分のデザインしたドレスで、人を引き立たせることが。
デザインは大好きなのに、完全にドレスは二の次という雰囲気だった。
「そうだ、今着ているものと、先に着ていたものも、このまま貰っていくよ。後で僕に請求しておいて」
「かしこまりました」
カイル様を制止しようとして、そういえば今日はカイル様がドレスを贈ってくださるという話だったことを思い出す。ガーデンパーティのドレスとはまた別の話、という展開になるのが目に見えているので、ありがたく頂戴することにする。
ふと、壁に設置されていた姿見に映るカイル様と自分の姿が目に入り――なんだか、不思議な気分になった。
いつもなら、華やかなカイル様には不釣り合いな地味な自分が目に入ってもなんとも思わなかったのに、今は何故か、じっ、と見つめてしまう。
「レラ? どうかした?」
「……その……いえ、ドレス、ありがとうございます」
「どういたしまして。今着ているのも凄く似合うよ! それに……」
途中で言葉を区切ったカイル様が少し屈み、わたくしの耳元に顔を近づけた。
なにか内緒話か、と少しだけ顔を傾ける。
「いつものレラも可愛いけど、いまのレラ、すっごく可愛いから、他の男には見せたくないなぁ。早く、馬車に乗ろう?」
「なっ!?」
にやり、といつもは浮かべない笑みを浮かべたカイル様は、まるでイタズラに成功した子どものようだった。
驚いて、とっさに少し距離を取ろうとしたら、その前に腰に手がまわり、離れるどころか逆に密着する形になる。
「カイル様!?」
「レラ、そろそろお腹すかない? 美味しいところを予約しているから、お昼食べに行こうか」
「は、はい……」
おかしい。今日のカイル様は、なんだかいつもよりも、やたらと行動力がある。
スキンシップがお好きなのは分かっていたけれど、ここまで密着するのは初めてだった。
お店を出ると、既に馬車は回されていて、カイル様の手を借りて馬車に乗り込む。続いてカイル様が乗り込み、その後、先程試着したドレスと靴たちが店員の手によって荷台に運ばれた。
全て積み終えると、馬車が緩やかに動き始める。
「はぁ〜、可愛い。レラは顔立ちが整ってて美しい人だから、絶対に化粧映えするのは分かっていたけど、予想以上だった! さすがエミリのもとにいる人たちだね、母上の侍女たちにも劣らない腕なんじゃないかな」
「わ、わたくしに、美しい、という言葉は、不釣り合いかと……」
整った顔立ち。
それは、これまでにも何度も言われたことはあった。カイル様にも、王妃殿下にも、化粧をしてくれた仕立て屋の店員たちにも。しかし、その言葉がどうしても自分の、なんの特徴もない地味な顔から、どうしてそんな感想が出てくるのかがわからなくて、不思議でたまらない。
だって、わたくしは、地味で、だから。
「ううん、レラは美しいよ。可愛いは作れる。綺麗も作れる。でも、美しいは作れない。美しい人は、外見だけでなく、内面から滲み出る教養や品位が関わってくるからね。それに、人間が感じる『美しい』って、本能的なものなんだって。人間の手で、人間が『美しい』と感じるように化粧することはできるけど、それにも限度がある。目の位置とか、鼻の高さとか、輪郭の形とか、そういうのは生まれ持ったものだからね。レラは、その人間が本能的に『美しい』と感じる顔立ちをしているんだよ。だから、こんな、ちょっと化粧をするだけで、可愛くなれるし、綺麗にもなれるんだ」
人が本能で「美しい」と感じる、というのはわかる。いわゆる、黄金比だ。縦と横の長さや、全体の大きさとその中に存在する別の部位の大きさが一定の比率であると、それを人は「美しい」と感じるのだ。
確かに、その理論で考えれば、人の顔も、この大きさ、この距離、この高さ、など、そういった絶妙な配置で、本能的に美しい、と感じることがある、ということは理解できる。
とはいえ、それがわたくしの顔である、という話には、どうしても結びつかない。
「うーん、レラの中で『美人』っていったら、どんな人を思い浮かべる?」
「……その、王妃殿下や、イザベラ様、でしょうか……」
「あー、イザベラはわかりやすいかな。イザベラは確かに誰が見てもまさしく『美人』だと思うけれど、目の形が少し特徴的だから、どれだけ化粧を頑張っても、『可愛い人』にはなれないんだよね。ほら、よく言うじゃない? 目力が強いって。イザベラはまさにあれだよね。もちろん、アシルにとってはいつでも可愛いんだろうけど。その点、レラは可愛いにも綺麗にもどっちでもいける。実際、さっきも、可愛いも綺麗もどっちもあったよ」
カイル様の言葉に、嘘はないのだろう。
カイル様は、とても素直で純粋な方だ。だから、口先でわたくしを丸め込もう、なんてことを考えるような方ではない。
それなのに、素直に受け取ることができないのは……何故なのだろう。




