18.食事の時間。あるいは受けた教育。
「少し歩くけど大丈夫?」
「はい、もちろんです」
カイル様が仕立て屋の次に連れてきてくださったのは、大通りから少し外れた裏路地だった。王家が使用するような立派な馬車が入れる程道は広くなく、この先に用があるのならば、ここで降りることを余儀なくされる。
カイル様の手を借りて馬車を降りた先に続いていた道は、きちんと整備されている。履きなれない靴であっても、歩くのは問題なさそうだった。
人通りは少なくとも、路地自体は非常に綺麗な環境が保たれている。
せっかくカイル様が贈ってくださったばかりのドレスと靴を、汚すことはなさそうで少しホッとする。
差し出されたカイル様の腕に軽く手を載せて、ゆっくりと歩き出す。いつもより歩幅が小さく、こちらを気遣ってくださるその心配りがなんだか擽ったい。
ふと、隣に立つカイル様のお顔が、いつもより近いことに気がつく。普段履きなれている靴と比べて、踵が高くデザインされているため、視線も高くなっているようだ。
「ん? どうかした?」
「い、いえ、なんでもありません」
澄んだアイスブルーの瞳に見つめられ、慌てて目を逸らす。
着いた先は一見するとただの民家であるが、扉を抜けた先ですぐに身分確認をされた。
カイル様の侍従が名前を告げるとすぐに中へと通され、出迎えてくれた人の胸ポケットにされていた刺繍は、王都でも人気のレストランの意匠だった。
位置関係を頭に浮かべると、たしかに今通ってきた裏路地は、このレストランのある通りから一本奥に入った道である。
「二階が個室になっててね。まぁ、お忍び用ってやつかな。さっきの出入り口はその個室利用者専用なんだって。一階と二階の利用者がうまくかち合わないような店内構造になっていて、静かに食事をしたい貴族とかがよく使うらしいよ」
「なるほど。理にかなっていますね」
王族や高位貴族などが、ゆっくりと食事を楽しみたい、などと言うときに使われるのだろう。確かに、人目を気にしながら食べるのは、気苦労が多そうである。
一子爵の娘であるわたくしには、わからない世界であったが、カイル様と婚約して、少しだけ、理解できるようにはなった。こちらは相手を知らないのに、相手は自分を知っている、という状況は、あまり歓迎したくはない。それが食事中であれば尚の事。
「ごめんね、勝手にお店決めちゃって。レラの好きなものを知らないことに気づいて、とりあえず何食べても美味しいところにしたんだけど、大丈夫だった?」
「はい、好き嫌い等は特にありませんので、カイル様のおすすめであれば喜んで」
「うーん、できれば好きなものは知りたいんだけどなぁ」
少し肩を落とされたカイル様に申し訳なく思うものの、本当に好きな食べ物も嫌いな食べ物も、ぱっ、とは思いつかないのである。
レストランの店員に通された部屋は個室とは言え十分な広さがあった。給仕をする店員以外に、客の連れている従者や護衛たちが待機する場所まできちんと用意されている。
よほど地位の高い人――それこそ、陛下や王妃殿下、あるいは各上位貴族家の当主たちなどが使用するための部屋なのかもしれない。
通路を通ったときも、店員たちが食事をサーブするために出入りしていたのに、話し声はおろか、食事をする音もほとんど聞こえなかった。どうやらかなり厳重な防音設計となっているようである。
つまり、密談にもってこい、とも言える部屋である。
「そう言えば、レラ、食事の時もあまり表情変わらないんだもんなぁ」
「それは……申し訳ありません」
「いや、表情を変えないといけない、ってことじゃないからいいんだけど。ただ、美味しいものを食べて顔が綻んだレラも可愛いだろうなぁ、と思って。だからレラの好きなものを見つけたいんだけど……うーん、なかなか、道は険しいなぁ」
自分はあまり表情を変えるタイプではない自覚があるので、なんだか申し訳なく思う。
「レラは、食事も綺麗だよね。リウォード子爵家では、そんなに色々なことに力を入れた教育をしているの?」
「あまり……深く考えたことはありませんでしたが、そうですね。今思えば、教養や儀礼に関しては、かなり母から力を入れて教育されたような気はします」
ナイフやフォークを持つ角度、切り方、食器の音を立てない食事中の仕草はもちろんのこと、普段の姿勢や立ち居振る舞い、目上の方を想定した会話の仕方など、改めて思い返せば、子爵の娘としてはあまりにも教育の幅が広すぎる。
ただ、全てが不要だったかと言えばそんなことは決してなく、現に、王子であるカイル様の婚約者として過ごしてきて、幸いなことに、今のところ特段指摘を受けたことはない。
「母は伯爵家出身ですので、わたくしがどのような立場に嫁いでも、問題のないようにしたかったのかもしれません」
あるいは、幼い頃から地味で凡庸な容姿であるわたくしの嫁ぎ先を心配してのこと、なのかもしれない。
一応、幼い頃からバニダート伯爵令息と婚約はしていたものの、令息との仲は決して良好とは言えなかった。そのため、いつ、その婚約がどうなるかわからない、とお母様は思っていたのかもしれない。いくら親同士の仲が良いといっても、その関係が子どもたちにまで受け継がれるとは限らないのだから。
実際、その婚約は令息がきっかけで白紙撤回となっている。
「わたくしに母の考えはわかりませんが、こうしてカイル様の婚約者として恥ずかしくない教養を身につけられたことは、幸いだと思います」
いくら成績が良く、学年首席を維持し続けているとは言え、品位も教養もなければ、イザベラ様はわたくしを推してはくださらなかっただろう。
結果的に、お母様のおかげ、ということになるのかもしれない。
「なら、僕も子爵夫人には感謝しないとね」
「ふふ、そうですね。カイル様からお言葉を頂きましたら、母は間違いなく喜ぶと思います」
問題は、お母様がカイル様に失礼なことを言い出さないか、であるが、流石にその線引きはできていると信じたい。
ゆったりと会話をしながらの食事は、思った以上に楽しかった。
普段、我が家における食事風景はほとんどが無言か連絡事項、報告事項である。お母様は御自分が話をするのはあまり好まれないし、お父様、お兄様、そしてわたくしは、間違いなく雑談が苦手といえる。
だからこそ、こうしてゆっくりと食事をしながらカイル様と過ごす時間には慣れないが、心地よく、実はこうした時間が好きだったのかもしれない。あるいは、ともに過ごす相手がカイル様だから、なのだろうか。
さすが人気店というところで、決してこちらの会話を邪魔しないタイミングで料理を運んでくるし、その全てが本当に美味しかった。
途中、デザートのタイミングでカイル様が目を丸くしてじっ、とわたくしを見つめていたが、それ以外は特に変わったこともなく、最後までぺろりといただいてしまった。
「美味しかったね。それじゃあ、そろそろ行こうか」
「はい、とても美味しかったです」
カイル様に促されて席を立つ。
店員に先導されて来た道をゆっくりと戻る。帰りの際にも、一階はもちろん、二階の利用者の誰とも顔を合わせることなく、お店を後にする。
またカイル様のエスコートで歩いていくと、やはり既に馬車が回されていた。当然のように差し出されたカイル様の手を借りて馬車に乗り込み、隣にカイル様が座られると、ゆっくりと馬車が進み出す。
既に当初の目的であったドレスは贈っていただいたも同然なのだが、時間的にも、カイル様の様子からしても、解散にはまだ早いのだろう。
次はどこに連れて行っていただけるのか。こうして王都でお買い物などする機会はほとんどなかったため、少し、ワクワクしている自分がいた。




