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地味と言われた令嬢の生き方。  作者: 不知火螢


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06.婚約者との交流。あるいは事前学習。

 陛下の承認も下り、わたくしと殿下――カイル様との婚約は、正式に結ばれた。

 婚約後、御名を呼ぶ許可を下さり、更にわたくしのことを「レラ」と愛称で呼ぶようになった。


『せっかくだから、僕だけの特別な呼び名がほしいなぁ。アデラだから…アディ……は呼ぶ人もいそうだし…もう少し捻ったほうがいいな』

『呼び名など、それほど拘るものではないかと存じますが』

『いいじゃないか、奥さんのことを、特別な呼び名で呼ぶの、憧れなんだ。僕の両親は不仲ではないけど、愛称で呼び合う関係でもないからさ』


 国王陛下と王妃殿下の関係を持ち出されてしまえば、強くは出られない。

 わたくし自身、強いこだわりがあるわけではないので好きに呼んでもらおうとしばし様子を窺っているうちに「レラ」で落ち着いたようだった。

 とても嬉しそうに笑ってわたくしを呼ぶその姿に、らしくもなく、心臓が高鳴ったものだ。


 想像はしていたがカイル様との婚約を結んでから、周囲の人間の反応は二種類に分かれていた。

 縁を結んだのがイザベラ様だと知って、納得した方々。

 婚約者に棄てられた女と、婚約者を棄てたと思ったら逆に棄てられた男の余り者同士がくっついた、と嘲笑する人々。

 結果的に、わたくしを取り巻く人間関係に多少変化はあったものの、概ね、これまでの付き合いのあった方々が愚かではなかったことに安堵する。


 王太子候補から一転、男爵として封じられるのは事実だが、表面的な物事しか見えない人々は嗤い、その領地の重要性に気づいた人は、すでにカイル様に接触を図っているようだった。わたくしが殿下の婚約者となったことにより、更に殿下への注目度は上がっている。


「うーん、最近どこに行っても貴族たちに囲まれるんだよな」

「カイル様に下賜される土地は、それだけの要地ですから。今のうちから親しくなっておきたいという下心がわかりやすくてよいではありませんか」

「下心かぁ。最近になってやっとわかってきたよ」

「ふふ、カイル様の純真な御心を穢してしまったような、背徳感がありますね」

「レラも言うようになったなぁ」


 クスクスと笑うわたくしに、それでもカイル様は優しいまなざしを向けてくださる。それだけ、心を開いてくださった証なのだろう。


「さぁ、もう少し続けましょうか」

「わかったよ。全てをレラに任せきりにするのは、少し情けないからね」


 隣に座るカイル様の目の前にある資料を指すと、カイル様は少しだけ眉根を下げられた。

 それもこれも、すべては陛下のお言葉がきっかけだった。

 

『あぁ、そうそう、どうせカイルに領地経営ができるとは思っていないから、アデラ嬢が好きにしてくれていいよ。代官を立てるよりも、君に任せる方が安心できそうだ。もちろん、カイルを鍛えてくれても構わんぞ?』


 わたくしの好きにして構わない。

 そうおっしゃってくださった陛下は、本当にカイル様が自力で領地を治められるとは思ってはいらっしゃらないようで、現在はまだ王領である地について、事前に学ぶ許可をくださった。

 当然、王領である土地の内部資料など、王宮でしか得ることはできない。そのため、わたくしは毎日、王宮へと足を運んでいる。

 学園での授業が終わった後なのでそれほど長い時間ではないが、時間は貴重なのでそのわずかな時間でも勉強に充てている。

 そんなわたくしに触発されたのか、カイル様もわたくしと共に、下賜される土地について学ぶようになった。

 学園から王宮、王宮から我が家への送り迎えも担ってくださり、それに伴い、僅かな時間とは言え、交流の時間が増えたのは、いいことだろう。


 初めのうちは理解ができない、と顔に大きく書いて、逃げたいという意識が強く表に出ていたカイル様ではあったけれど、資料の読み方を少しずつ理解していくにつれ、領地について真剣に学ぶようになっていった。

 殿下は、やはり以前に思った通り、きっかけさえあれば、ぐんぐん吸収することができるようなタイプなのだろう。興味のあることをとっかかりとして、そこから徐々に誘導していけば、乾いたスポンジが水を吸い込むがごとくに知識を吸収していった。


「んー、ちょっと疲れてきたな。休憩がてら、散歩にいかない?」

「そうですね。カイル様も頑張っていらっしゃいましたので、そろそろ身体も動かしに行きましょうか」

「よし、じゃあ、母上の庭園に行こうか。叔母上の庭園ほどではないけど、そこにしかない花もあるんだよ」

「まぁ、楽しみです」


 カイル様が差し出された手に自分の手を重ねると、嬉しそうに握られた。


 王宮にはいくつかの庭園があり、その中で最も華やかなのが王妃殿下の庭園とされている。

 以前、伺ったクロフォード公爵夫人の庭園も非常に美しかったが、王妃殿下管理の庭園も、もちろん季節折々の花が完璧に管理されて非常に美しかった。

 カイル様の「興味のあること、関心のあることに関する知識が深い」はこちらの庭園にも発揮されていたようで、詳しく解説してくださった。

 恥ずかしながら、わたくしは植生学には詳しくなく、カイル様の話は非常に楽しくためになる。そして、カイル様もまた、わたくしに教えられることがあるという事実が自信に繋がっているようだった。


「あら、カイルにアデラ様、二人で散策を?」

「あぁ、イザベラにアシル。そうなんだ、レラに、母上の庭園を見せたくて。二人も散歩かな?」


 カイル様と庭園を散策していると、同じく散策にいらしたらしいイザベラ様と、アシル第二王子殿下と出会った。

 略式の礼をとると、すぐにアシル殿下から楽にするようにと声がかかり、体勢を戻す。


 カイル様と婚約を結んでから、起こった人間関係の変化の一つ、それが、イザベラ様とアシル殿下と接点ができたことだ。

 ある意味当然と言えば当然なのだが、アシル殿下ご本人から「これからよろしくね」と笑みを浮かべながら握手を求められた時には、さすがに咄嗟に反応ができなかった。

 イザベラ様からも、義姉妹になるのだから、と名前で呼ぶことを許され、アシル殿下からも気楽に話しかけられるようになり、本当に恐れ多いのだが、お二人と義兄妹、義姉妹となるのは事実である。

 陛下の様子からして、カイル様が王籍を離れられてもおそらく関係は続くのだろう。なので、この関係には慣れておく必要はあるのだが……今しばらくは、慣れるのに時間が掛かりそうだ。


「王妃殿下の庭園はクロフォード邸とはまた違った美しさがあるからね。残念ながら母上はこうした庭園の管理には興味がないから……」

「母上は母上でその時の気分で植える花を変えるからね。見ていて楽しいのは確かだよ」


 三人が話している様子を見ると、どう考えてもあのようなことがあった間柄には見えない。

 カイル様とイザベラ様は婚約していた関係だし、アシル殿下はカイル様から婚約者と王太子の地位を奪ったようなものである。

 もちろん、大前提としてカイル様がやらかした、ということはあるのだが……それにしても、カイル様が非常に気安くお二人に接している。

 カイル様らしいと言えばそうなのだが、それ以上に既にイザベラ様が気にしておられないのが大きい気がする。完全に、わだかまりがないのだ。


 何気なく三人の様子を眺めていると、一人の男性が近づいて来たのが見えた。確か、陛下の後ろで控えられていた侍従だったと記憶している。


「ご歓談中失礼致します。カイル殿下、陛下がお呼びです」

「父上が? ……レラがいるのに?」

「はい。リウォード子爵令嬢も、後ほどお呼びするとのことです」

「……イザベラもいるのに?」

「はい」

「……」

「殿下」


 顔にとても行きたくない、と書かれているカイル様だったが、陛下の侍従は顔色一つ変えることなく、カイル様を促している。

 イザベラ様は全く関係ないのでは、と思ったが、横からイザベラ様の「わたくしは先ほど、陛下とお話をいたしましたから」という言葉を聞いて、なぜかわたくしへと救いを求めるような視線を向けられた。

 わたくしで助けになれることであればもちろんいくらでも助力するが、さすがに陛下がお相手であれば、わたくしにできることはない。


「カイル様、陛下をお待たせしてはいけませんよ?」

「……ちぇー、わかったよ。レラは後で呼ばれるんだな?」

「はい、陛下からそのように伺っております」

「なら、後でね、レラ」

「はい、ではまた後程」


 何とか宥めてカイル様を見送り振り返ると、まるで不思議な生き物を見るような目で、カイル様の背中を見つめているイザベラ様とアシル殿下がいらっしゃった。


「……ずいぶんと、距離が縮まりましたのね」


 呆然と、イザベラ様が呟かれた。


 




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挿絵(By みてみん)

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