04.陛下との対面。あるいはよく似た親子。
カイル殿下と正式に婚約を結ぶためには、当然ながら陛下の承認が必要になる。殿下の父親でもあるし、貴族の婚姻に関しては全て陛下の承認が必要になるのだから。
お父様から、陛下がお呼びであると聞いたときには一瞬、頭が真っ白になってしまった。
しかし、冷静に考えれば当たり前のことではあるな、と思い直す。
そうして、国王陛下にカイル殿下と二人で呼ばれた先は、謁見の間ではなく、応接室であった。なお、王宮まではお父様と二人で来たが、既にお父様は自身の仕事に戻っている。
「緊張してる?」
扉の前に立ち、胸に手をあてて深呼吸をしていると、隣のカイル殿下が心配そうに顔を覗き込んできた。
これで二度目の対面となるが、前回お会いしたときと、やはり印象は変わらない。
人を探るような言動はないし、いつも自然体だ。
今だって、わたくしが緊張のあまり、挙動不審になっているのを見かねて、純粋に心配して声を掛けてくださったのだろう。
「と、当然です……わたくしのような下位貴族の娘が、陛下と直接お会いするような機会などありませんし」
「うーん、まぁ、呼ばれた先が応接室ってことは、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。謁見の間じゃないってことは、一国の君主としてではなく、僕の父親として、リウォード子爵令嬢に会ってみたい、ということだから」
「そ、それはそれで、もっと緊張するのですが」
わたくしとて、君主に一臣下として謁見するのであれば、表面はなんとか繕えるだろう。しかし、これから会うのは、婚約するかもしれない方の父親としての陛下、と考えたら、自分をどう取り繕えばいいのか、わからなくなる。
よっし、と自分に気合を入れて覚悟を決める。それがカイル殿下にも伝わったのか、殿下が小さく頷き、それが合図となって殿下の侍従が扉をノックした。
ほんの少しの時間を置いて、内側から扉が開かれ、中に入るようにと促される声が聞こえた。
「あぁ、来たか、カイル、リウォード令嬢。さぁ、座れ」
「父上、いきなり声をかけるから可哀想に、中途半端な体勢で固まってしまったじゃないですか」
臣下の礼を取ろうとしたまさにその瞬間、いきなりの陛下の言葉に、頭の中が真っ白になる。
これは、挨拶を続けていいのか、顔を上げていいのか。
本来ならば挨拶をするべきなのだが、しかし座れと言うのが陛下のお言葉で。
ぐるぐると、儀礼と王の言葉、どっちが優先だっけ、と普段では考えられない状況に戸惑い、考えがまとまらない。
「あー、顔を上げて大丈夫だよ。大丈夫、父上、完全に僕の父親としてここにいるみたいだから」
「は、はい……」
カイル殿下の言葉に、恐る恐る、体勢を戻す。
殿下に手を引かれて向かった先には当然ながら、テーブルとソファの応接セットが配置されていた。一人掛けのソファにはカイル殿下とイザベラ様のによく似た髪の色と目の色をした、一人の男性がくつろいで座っている。
カイル殿下の父君であり、我が国を統べる偉大なる太陽、国王陛下、である。
顔立ちは、カイル殿下よりも、第二王子殿下によく似ている。とはいえ、カイル殿下は王妃殿下に似ていると思っていたが、こうしてみると陛下にも似ていることに気が付く。
特に、髪の毛の質はまさに親子というべきか、何も知らない者が見ても、血縁関係があるのだろうな、と思う程度にはよく似ていた。
「はは、あの生真面目なリウォード子爵の娘だから同じように型にはまった令嬢かと思ったが、意外に可愛らしいところがあるじゃないか。あぁ、でも婚約破棄していいところを、婚約という事実はなくしたいからと白紙撤回にするようなお嬢さんだったな。なるほど? はて、名前はなんだったか」
「ア、アデラと申します、陛下」
「そうそう、アデラ嬢だったな。さぁ、二人とも、掛けなさい」
陛下に促されて、カイル殿下が先に座られたので、それに続いて殿下の隣に腰を下ろす。
陛下が軽く手を挙げられると、音もなく部屋の隅で待機していた給仕係が、カイル殿下とわたくしの前に茶器をセットしていく。そして、あっという間にいい香りのお茶が用意された。
「さて。二人を呼んだのは他でもない。婚約に関しては問題ない。イザベラ直々の推薦でもあるしな。他でもないあの子が君ならカイルを任せられる、と判断したのだ、俺に否やはない」
「ありがとうございます、父上」
「陛下とイザベラ様の信頼に応えられるよう、精進してまいります」
「ははっ、そう畏まらなくていい。君なら問題は無さそうだ」
気さくに陛下は笑われた。どうにかわたくしは合格をいただけたらしい。
陛下、そして殿下がカップに口を付けるのを見て、わたくしも同様にカップを手に取る。先日のクロフォード邸でも同じようなことがあったが、あの時とは異なり、緊張がほぐれることはない。
それでも、自分が想定していたよりも、もっと、本当に陛下としては気楽に設けた場であることが窺えた。
「アシルは顔は俺に似たが、それ以外は側室に似たからな。カイルは中身まで俺に似てしまったからなぁ……色だけで良かったのだが」
「母上に似ても父上に似ても馬鹿ってことですか、僕は」
「身も蓋もないことを言ってしまえばそうだな。でも仕方ないだろう、俺はそれで側室を勧められたんだ。王位争いでの後ろ盾ならば、王妃の実家だけで良かったんだがな。結果的に、その判断は正しかったのかもしれないが……お前、馬鹿だからなぁ。俺と王妃の子だから、当然と言えば当然なんだが」
「父上、今だからかもしれませんが、色々ぶっちゃけすぎです」
……なんだか、ただの宮廷勤めである一子爵の娘であるわたくしが聞いていい話ではない気がするのは、きっと、気の所為ではないだろう。
今の話を鵜呑みにすると、陛下はご自身も王妃殿下も卑下されているように聞こえるのだが、聞こえなかったことにするべきだろうか。
陛下の治世は、非常に安定している。臣下として、一国民として、陛下が行われている政に、何一つ不満などないのだが、なぜ、陛下はご自身をそのように卑下しているか、全く分からない。
「もしかしたらクロフォード公爵あたりは気づいているかもしれないが、流石にイザベラにはバレていないはずだ。あの子の前では、ひたすら頼りがいのある、かっこいいオジサマを演じていたからな。……いや、聡いあの子のことだから、存外、俺の立場を重んじてあえて気づいていないふりをしてくれているのかもしれないが」
「どうでしょう。たぶん、気づいていないと思いますけど。前に、イザベラに『世が世なら反逆者として処されてもおかしくない』と言われましたから。イザベラの中で父上は、それはそれは威厳ある国王陛下として映っているみたいですよ」
カイル殿下のしでかしたことは、少しどころか、本当に時代を遡れば、王に叛意あり、と見做されていたかもしれないのは事実である。イザベラ様のお言葉は何ひとつ間違っていないし、正しいはずなのに。
なのに、どうしてだろう。実際に正面の陛下と、隣に座るカイル殿下の会話を聞いていると、全くそんな風には感じない。
「僕の知ってる父上とイザベラの知ってる父上がなんだか別人のように感じていた理由が、ようやく分かった気がします。正直、アシルの語る父上像ともなんだか違う気がしてましたけど」
「アシルはな……アレは、あまりにも中身が母親そっくりだから、アシルと二人のときは気が抜けないんだ。王妃が言うには、お前もアシルも俺にそっくりらしいのだが」
つまり、カイル殿下とお二人の時の陛下は気が抜ける、ということでもある。そして、王妃殿下の目から見たら、お二人の王子殿下は国王陛下によく似ている、と。
カイル殿下と直接お言葉を交わしたのは先日が初めてだったし、国王陛下は当然、今日が初めて、アシル殿下に至っては対面したことがない。
そんなわたくしでも、カイル殿下と国王陛下はどことなく似た空気を感じるので、もしかしたら、アシル殿下も王妃殿下の言う通り、似ている何かがあるのかもしれない。
そして、カイル殿下があのような行動に出てしまったのは、父親である陛下と、君主である陛下がイコールで結ばれてしまっていたのが、原因、だったのかもしれない。
全てはわたくしの憶測に過ぎないが、そう、的外れでもないのではなかろうか。
「イザベラを王妃にするのは決まっていたから、正直、次の王はカイルでもアシルでも良かった。俺の代は兄弟間での王位争いが激しかったが、ほとんどの膿は出したし。側室の実家がもしかしたら口を出してくるかもしれないが……アシルはイザベラには従順だが、老獪な狸に振る尻尾を持っていないし、邪魔だからとお前を排除するほど堕ちてもいない。不愉快な小娘がきっかけというのは不愉快でしかないが、まぁ、いい感じに収まったのではないか?」
「父上、不愉快という気持ちが溢れて二回言ってますよ」
「不愉快だからな。というか、お前、自分の恋人だった割に、ずいぶんあっさりしてるな」
やはり、カイル殿下の目に、陛下は本当に「父親」としか映っていないようだ。何気なく他の侍従たちに目をやっても、平然としているので、まさにいつも通りのやり取りなのだろう。
カイル殿下は、流石に陛下御本人から言われるのはバツが悪かったのか、眉間にシワを寄せて、ふてくされたようにそっぽを向かれた。
「エメは、その……イザベラに諭されたっていうのもあるけど……リウォード嬢と改めて話をして『この子と結婚したらどうなるかな』って、彼女とはできなかった想像ができたんです。だからやっぱり、一過性のものだったのかな、って」
「単純だな、カイルは。本当に、俺そっくりだ」
「なら、僕がこんな風になったのは父上のせいってことじゃないですか!」
「ははっ、そうとも言うな」
カイル殿下の言葉にハラハラしながら、そろそろ止めたほうがいいのだろうか、と考えるが、陛下の様子を見るに、特に気分を害された様子はない。
むしろ、朗らかに笑われて、口元を緩められた。
本当に、これが普段の陛下とカイル殿下の距離らしい。
……もしかして、イザベラ様も、こんなお二人の姿は知らないのではなかろうか。
「そもそも、なんで父上は叔母上のことをそんなに大事にしてるんですか?」
「ん? 言ったことなかったか?」
「少なくとも、僕は聞いたことないですよ」
そうだったか? と陛下が、ご自身の後ろに控えている侍従たちに視線を向けられたが、彼らも一様に首を振るのみであった。
……え、もしかして、わたくし、貴族の誰もが知っているのに、誰もその理由を知らない疑問の答え合わせの場にいられる、のかしら?




