03.二人で庭園散策。あるいは人間観察。
「リウォード子爵令嬢は、決して地味なんかではないよ。顔立ちは非常に均衡が取れている。おそらくだが、少しメイクに手を加えるだけで、見違えると思う」
「……殿下、わたくしは構いませんが、そのように女性の容姿について直接言及するものではありませんよ。それにしても、随分とお詳しいのですね」
「あぁ、すまない。イザベラからも『思ったことをすぐに口に出すな』と言われていたのに。……母が、こういったことにうるさくて、知りたくないことも色々と知識が増えてしまった」
カイル殿下の母君といえば、王妃殿下だ。王妃殿下はご側室様と、陛下の寵愛を求めて競い合っているというのは、国民の間での常識だ。肝心の陛下はどちらかに肩入れすることもなく、権力の偏りが発生しないようにバランスを取られている。
そんな王妃殿下のおそばにいらっしゃる殿下が、美容に詳しくなるのはおかしくない。
「とまぁ、僕の話はこんな感じだ。リウォード子爵令嬢、君の話も聞かせてくれるかな」
「はい。……そうですね、では、すでにご承知の上でしょうが、わたくしの身上から」
家族構成、元婚約者とのこと、好きなこと、もう結婚は諦めて王宮の文官になるつもりだったこと、イザベラ様から話を持ちかけられたこと、浅ましくもチャンスだと思ってしまったこと。
殿下が包み隠さずに話してくださったので、わたくしも正直に話さないとフェアではない。
なんの面白みもない話にも、殿下は口を挟むことなく、時折相槌を打たれながら最後まで静かに耳を傾けてくださっていた。こういった聞き上手な点も、殿下の魅力のひとつなのかもしれない。
「話しにくいことも正直に言ってくれてありがとう。……今日は天気もいい。せっかくだし、庭園の散策をしないか? クロフォード邸は叔母上のこだわりで、非常に美しいんだよ」
「はい、ぜひ」
そうして差し出された殿下の手にそっ、と手を重ねて立ち上がる。
夜会などにも最近は顔を出していなかったので、こうして男性にエスコートされるのはとても久しぶりだ。
殿下に連れられて移動を始めると、後ろから殿下の侍従と護衛、そしてクロフォード家の使用人がついてくる。
部屋に未婚の男女を二人きりにするわけにはいかないので、当然ずっと同じ部屋にはいたのだが、完璧に存在感を消していたので、少し驚いた。
「まぁ、これは……!」
「すごいだろう? 王宮の庭園にもない品種がたくさんあるんだ」
殿下に連れられてやってきた庭園は、色とりどりの花が咲き乱れて非常に華やかだった。クロフォード邸にしかない品種も多いとのことなので、他の季節もまた見て回りたい、と好奇心がくすぐられる。
そのまま殿下にエスコートされながら、他愛のない話をする。最近読んだ本、これからの国の行方、学園の教師たちのこと。
これらの話を通して実感したのは、殿下は物事を俯瞰的に見るのが苦手な方だ、ということだ。おそらく、興味のあることに関しての知識は幅広く、非常に深い。しかし、興味のないことは知識が乏しく、基礎的な話題を振ってもあまり理解されていないご様子だった。
それでいて、わたくしがわかりやすく説明すると、興味深そうに話を聞き、ご自身の知識不足を恥ずかしそうに笑っておられた。
無駄にプライドの高い男性は、恥をかかされたと怒りを顕にするのだが、殿下にそんな様子はない。元婚約者などはそれが顕著で、余計にわたくしのことを「可愛げがない」と思われていたのだろう。
懐が広いのか、新たな知識を得ることが楽しいのかはわからないが、これからも人生をともに歩む相手を考えると、これ以上ない相手に思えた。
広い庭園を一通り散策して戻ってくると、すでに陽は傾き始めていた。思った以上に長い時間、殿下と共に過ごしていたらしい。
「今日はありがとう、リウォード子爵令嬢。できれば、貴女との縁が結べたら嬉しく思う」
「こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございました。父と相談し、お返事をさせていただきたく存じます」
帰路の馬車の中で、今日一日のことを思い返す。すでにわたくしの中で結論は出ていたようなものだったが、それは直感に近いものであったため、冷静にその結論に至った経緯を考える。
直感はもちろん大事かもしれないが、それは全て、そう感じた何かがあるはずなのだ。
「この縁談、お受けしようと思います」
「そ、そうか。お前がそんなにはやく決断を下すとは思わなかったが……とりあえず、なぜその結論に至ったのか、聞いていいか?」
帰宅後、まっすぐにお父様の書斎に向かい、中に迎え入れられた直後に、わたくしは自分の中の結論を明かした。
自分の中でも、理由よりも先に結論に至ったので、お父様にもその順序で説明することにする。
「一番は共に過ごした時間が、とても息がしやすかったから、です」
「息がしやすかった?」
「はい。会話のテンポといいますか、空気感といいますか。殿下とは初めて言葉を交わしましたが、わたくしの言葉をさえぎることも、馬鹿にすることもなく、真摯に耳を傾けてくださいました」
「アデラの話を? それは珍しいな。父としては、お前の賢さは誇らしいが、殿下の興味を引くものではないと思うのだが」
確かに、遠目に見かけるだけの殿下の印象は、わたくしの話など興味なさそうに感じた。最近はとくにかの女子生徒が常に侍り、いつも楽しげにしていた様子だった。実際の会話はもちろん耳にしたことはないが、少なくとも、国策についての話などはしている雰囲気はなかったと思う。
「殿下が学問に興味があるとは聞いたことはないが、一体どんな話をしたんだ?」
「学問という程のことではありませんが、今後の国の行方や、下賜されるという領地について少々」
「ふむ……アシル殿下ならともかく、カイル殿下の興味を引くような話題には思えないが……いや、領地については、他人事ではないから、気が向いたのか?」
どうも、お父様の中でカイル殿下の評価はとても低いようだ。
実際に話してみて感じた限り、殿下はおそらく、苦手なことから逃げ出すタイプではないだろうか。幼少期に逃げ出し、教育係がそれを良しとした。あるいは、殿下の理解が追いついていないことに気にもかけず、教育課程を進めることにのみ注力したか、あるいはそもそも気づいていなかったか。
学問は、知識は、その前提を理解していなければ意味がない。どれほど重要なことであっても、なぜそれが大切なのか、肝心な部分を理解せずに先に進んでも、それを理解するのは難しい。
わたくしが噛み砕いて説明しただけで殿下は理解されていたようなので、殿下の教育係が基礎をおろそかにしていた可能性は高そうだ。
殿下がどのような環境で過ごされてきたのかはわからないが、都合のいいことだけを耳に入れて、苦言をしない人に囲まれていた可能性もある。イザベラ様は忠言すら厭わなかっただろうが、それを素直に聞き入れていたかどうかは怪しい。
しかし殿下はご自身の視野が狭かったことを認められた。
わたくしの話にもきちんと耳を傾けられ、理解しようという意思が見られた。
自身の境遇に嘆くことなく、過ちを認めて、未来を見ていた。
そして、その未来に、わたくしが共にあることを望まれた。
「それに、殿下はきっと、とても支え甲斐のある方ですから。文官になるよりも、男爵夫人として、殿下とともに人生を歩んでみたいと、思ったのです」
わたくしの感じたことを素直にお父様に打ち明け、改めて殿下との縁談を進めてほしいと告げる。お父様はしばし瞠目し、考え込んでいたようだが、「なるほど」と納得されたようだった。
「では、クロフォード公爵にはそう手紙を出しておこう。直接動かれているのは令嬢だが、名目はクロフォード公爵から持ち込まれた縁談だからな」
「はい、よろしくお願いいたします」
こうして、わたくしと殿下の婚約は数日で結ばれる運びとなった。




