02.婚約者候補との顔合わせ。あるいは現状把握。
『まずは、我が家で顔合わせといたしましょう。二人を引き合わせるのはわたくしですから。責任持って、その場を設けます。……そうそう、わたくしのことはイザベラと呼ぶことを許します。仮に殿下との縁が結べずとも、貴女とは末永く付き合いたいと思っているので』
カイル殿下と会うと決めると、クロフォード令嬢――イザベラ様はそうおっしゃって、後日、改めてクロフォード邸へと招待された。
そして殿下との顔合わせ当日。案内された席には、すでに殿下とイザベラ様がいらっしゃり、慌てて膝を折る。
「どうぞ、楽になさって。今、お茶を淹れましょう」
イザベラ様に促され、給仕係が椅子を引いてくれた席につく。それと同時に目の前にカップが用意され、美しい紅のお茶が注がれた。
カイル殿下の真っ直ぐな眼差しがわたくしへと向けられ、その視線の真意を探りかけ――こういうところが、可愛げがないと言われるのだろうな、と自虐する。
しかし、こんな性格だからこそ、イザベラ様はわたくしに目をかけてくださったと考えるべきなのだろう。そうでないと、文字通り殿上人に等しいイザベラ様が、わたくしを気にかけてくださる理由が思いつかない。
「殿下、こちらはアデラ・リウォード子爵令嬢。非常に優秀で、いずれはわたくしの側近にと考えていた令嬢です。アデラ様――はすでにご存知でしょうけれど、カイル第一王子殿下です」
「お初にお目にかかります。リウォード子爵が長女、アデラと申します」
イザベラ様の紹介を受けて、改めて椅子から立ち上がり深く腰を落とす。公的な場ではないので最敬礼とまでいかないが、身分差を考えれば大げさな挨拶ではない。
「あぁ、イザベラから話は聞いているよ、リウォード子爵令嬢。顔を上げてくれ。もはや僕はそこまで丁寧な挨拶をしてもらえる立場ではないよ」
カイル殿下からの許しを得て、顔を上げる。殿下は、少し眉根を下げられ、小さく口元に笑みを浮かべられていた。その見たことのない気弱な様子の殿下に、気丈な様子を見せてはいるがやはり心労が絶えないのだろう。
自業自得と切り捨てることは簡単だが、一度の過ちでこれからの人生を棒に振るには、いささか罪と罰のバランスが取れていないように思える。
確かに殿下に与えられる領地は非常に肥沃な土地ではあるが、いずれは国王になったかもしれない未来を考えると、やはり罰は大きいだろう。本人の適性云々は、また別の話である。
「知っていると思うが、カイルだ。今日はよろしく頼む」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
遠目にお見かけすることはこれまで多々あったが、こうして実際に言葉を交わすのは初めてだ。記憶の中の殿下と比べて、幾分やつれているようにも見える。
カイル殿下は王妃殿下に似た容貌をしており、中性的でありながらも非常に端正な顔立ちで、殿下に憧れる女性生徒は多かった。イザベラ様という婚約者がいるのをわかっていてもなお、恋心を抱く人は少なくなく、その中のひとりが、かの伯爵令嬢だったわけだが。
彼女があれからどうなったのかはわからないが、こうしてカイル殿下が将来の配偶者候補としてわたくしと会っていることを考えると、関係は清算されたということなのだろう。
恋人とはどうなったのか、などと直接聞くのはいくらなんでも品がない。しかし、人生を共に歩むかもしれないことを考慮すれば、確認しておかねばならぬことでもある。
「さぁ、アデラ様、いつまでも立っていないで。まずは、お茶でも飲んでリラックスしましょう」
「はい、ありがとうございます」
促されるがまま席につき、お茶で喉を潤す。芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、少しだけ気持ちがほぐれたような感覚になる。思ったよりも、緊張していたようだ。
「まずは――そうね、きっとアデラ様が気になっているであろう疑問から解決していきましょうか。殿下の口からは話しにくいでしょうし。――エメ・イディオータ。彼女をイディオータ家から除籍する手続きはすでに完了しています。今後、二度と殿下の前に姿を現すことはないから、どうか安心して」
まさに、一番気になっていたことの解を得られて、思わず瞠目する。イザベラ様の洞察力にも驚きだが、イディオータ伯爵令嬢がすでに除籍されたという事実が信じられなかった。
貴族の婚約や婚姻、養子を迎えるなど、籍の移動を伴う手続きには全て、国王陛下の承認が必要だ。多忙な国王陛下の認可まで済んでいるということは、それだけ陛下の意思が反映されているということなのだろう。
陛下の怒りに触れた者が、貴族籍を持ったまま生きていくのはおろか、王都近辺での生活などできるわけがない。良くて陛下の息がかかった遠方にある修道院、悪ければすでにこの世にはいないのではなかろうか。
それとなくカイル殿下の様子を窺うと、うつむかれてはいないものの、その眼は閉じられている。彼女の運命を決めてしまったのは、殿下の言動であることに間違いはない。もちろん、そのきっかけとなったのは彼女自身にあるのだが、殿下に一切の非がないとは決して言えないのだ。殿下の罪悪感は、わたくしごときに推し量ることはできない。
「というわけで、アデラ様の心配事は解決できたかしら」
「……はい」
なんと答えても殿下を傷つけてしまう気がして、ただ頷くだけに留める。
「では、わたくしはそろそろ下がりますね。わたくしがいてはできない話題もあるでしょうから。庭園の方も出入りはご自由にどうぞ」
そう言って、イザベラ様は席を離れられた。
突然のイザベラ様の退席に、カイル殿下は途方にくれられたようにしばし呆然とされた様子だった。少しして、軽く咳払いをしてからわたくしと向き合った。
「その……今日は、時間を作ってくれて感謝している。念の為、認識合わせをしてもいいだろうか」
「はい、殿下」
「ありがとう。すでに公表されたことだし、イザベラからも話を聞いていると思うが、僕は学園卒業後、王籍を離れて男爵位を賜ることになっている」
改めて殿下がしてくださった話は、概ねわたくしが事前に得ていた情報との差異はなかった。僅かなニュアンスの違いなどは誤差と言えるだろう。大事なのは、殿下が何を考え、どう受け止めておられるか、である。
学園を卒業と同時に臣下に下り、領地へと向かうこと。
イザベラ様の言葉で現実と向かい合えたこと。
恋人との間にあった感情が、今では本当に恋愛感情だったのかわからないこと。
そんな自分だから、イザベラ様に誰かを紹介してほしいと依頼したこと。
自分は今後出世することはないが、下賜される領地は豊かなので、家族となるならば決して苦労させることはないだろう、ということ。
王族ではなくなるが、陛下の計らいで罪人ではないから安心してほしい、ということ。
そして、できれば自分たちで領地をきちんと治めていきたいので、可能な限り夫人には有能な女性を求めていること。
おそらくは、嘘偽りなく、全て殿下の本音であるのだろう。ところどころ言葉に詰まることはあれど、言葉を探しながら話している、という風には見えなかった。
「イザベラから君の話を聞いて、少し調べさせてもらった。その――ひどい言いがかりをつけられて、婚約を白紙撤回した、と」
「……はい。公的記録ではすでに婚約はなかったことになっておりますが、『地味だから』という理由で破棄を告げられたのは事実です」
「そう、か……その、僕が言える立場ではないのは重々承知ではあるが……あまりにも愚かだな?」
「いえ、わたくしが地味なのは事実でございますから。もとより、彼に情はありませんでしたので、これ幸いと白紙撤回とさせていただきました」
わたくしの言葉に、殿下は「そうか」と頷かれ、何かを考え込むように右手を顎に添えられる。そういった何気ない所作すらも非常に様になっており、殿下に恋心を抱く女子生徒の気持ちの一端が少しだけわかるような気がした。




