20.好き嫌い。あるいは埋もれた名産品。
少しふわふわした頭でカイル様の瞳の色によく似た首飾りを付けたまま、次に向かった先は王立の劇場だった。
演目は今人気の恋物語で、主役のモデルはアシル殿下とイザベラ様。カイル様のやらかしについてはなかったことにして、色々と脚色した物語となっている、らしい。
もちろん、劇団側は黙秘を貫いているが、髪や目の色がお二人そっくりなので、次期王太子夫妻となられる二人がモデルなのではないか、と実しやかに囁かれている。
まさかそんな演目にカイル様が連れてきてくださるとは思っていなかったので、少し驚いた。
馬車を降りて劇場内を、支配人に案内される。途中、すれ違う人から視線を感じたのは、やはり演目が演目だからか。モデルの一人であるカイル様が劇場にいたら、気になるのも仕方はあるまい。
隣にいるわたくしにも視線が向けられていたが、不思議と男性が多かった気がするのは何故だろうか、と内心、首を傾げる。しかもその直後、カイル様がエスコートの腕をほどいて肩に回されたので、ますます不思議に思う。少しだけカイル様のお顔が不機嫌そうだったので、尚の事。
席はもちろん、王族が使用するロイヤルボックスで、他に人はいない。そこでようやくカイル様の気が緩んだのが分かった。
ロイヤルボックス内には二人掛けのソファが置かれていて、その左右には小さなサイドテーブルがあり、上演中に軽くつまめるナッツ類が既に準備されている。
ボックス席は他の観客の迷惑になることなく、飲食が可能だ。多少は会話もできるが、その代わり、ボックス席に誰がいるのかも一般席からはよく見える作りになっている。
すでに、カイル様とわたくしがいることに気づいた他の観客たちが、ヒソヒソと連れ合いと話をしているのが見えた。
「カイル様、なぜ、わざわざこの演目へ?」
「……うん。イザベラが許してくれて、アシルも気にしていなくて、アデラと出会えて、今が幸せだからって、僕がやらかしたことは、事実だから。多分、父上の顔色を窺って僕のことは悪くは書いていないと思うけど。一応、戒めとして、ね。脚色されているとは言え、少しは客観的に見てみないと、と思って」
「……そうですね。自分のことを客観的に見つめ直すのは良いことですよ」
開演時間まではまだしばらく余裕があるため、観劇用のソファとはまた別に設置されている休憩用の椅子に、テーブルを挟んでカイル様の正面に座る。
こちらのテーブルにも、ワインやナッツ類、フルーツの盛り合わせが用意されている。
馬車での移動とはいえ、朝から行動していると流石に少し疲労が溜まっていたようだ。一息つくと、カイル様の侍従がワインの栓を抜き、グラスを手渡される。
「レラって、ワイン平気?」
「普段はあまり飲みませんが、問題ありません」
我が国の成人は学園への入学が許可される十六であるが、実際に飲酒を嗜むのはもっと年齢が上の人たちが多い。もちろん、好んで飲む人もいるが、そこまで多くはない印象だ。
わたくしも普段は飲むことはなく、お兄様も更に年上の方々との付き合いでくらいしか飲むことはないそうだ。逆にお父様は毎日のようにワインを嗜んでおり、少し酔ったときだけ、お父様はいつもよりは饒舌になるらしい。
「そっか、よかった。このワイン、下賜される土地のぶどうで取れたワインらしいんだ。で、このぶどうも」
「まぁ、そうなのですか? 粒も大きくて、美味しそうですね」
カイル様が先に一粒、口に運ぶのを見てわたくしもそれに続く。
一粒一粒が大きくて、想像以上に甘いことに驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは、皮がとても薄くて、苦みがないことだった。
皮によって歯ごたえもあり、不思議な食感が口の中に広がる。
「実はコレね、皮ごと食べれるし、種もないんだよ」
「……確かに、これは皮ごと食べられますね」
ゴクリ、と皮ごと果実を飲み込む。
普通、種のないぶどうはもっと小粒なもので、皮もそれほど厚くはないが、皮ごと食べようと思えるほどではない。そして粒の大きなものは基本的に、もう少し皮が厚く、品種によっては渋みもあって、決して皮ごと食べようとは思えない。
ワイン用のぶどうはまた別の品種で、小粒で皮にも厚みがあり、生食用のものより渋みが強い。
「今日、ここで舞台を見ようと決めた時、ワインと一緒に持ってきてもらったんだ。ほら、ぶどうって、収穫してからあまり日持ちしないから。領地が王都から近くて良かったよ」
どうりで都合よく、下賜される予定の領地のワインがあるわけである。
小麦が主な収穫物ではあるが、ぶどうも収穫でき、ワインの産地となっているのは分かっていたが、こうして実物を飲むのは初めてである。
「ありがとうございます。このように美味しいぶどうは初めてです」
「うん、本当に、良かったよ。レラがぶどう好きだって知ってたなら、もっと早くに持ってきてもらってたんだけどね」
「……?」
カイル様の言葉に、思わず首を傾げる。
確かに先ほどいただいたぶどうは非常に美味しいと思ったのは事実だが、ぶどうが好き、と特に思ったことはない。
「あれ、もしかして自覚なかった? お昼、小さな桃のタルトとぶどうのタルトが出たけど、ぶどうのタルトを食べる時、口角が上がって嬉しそうだったよ?」
「……そう、なのですか?」
おもわず、自分の頬に手を添える。全く、自覚はなかった。個人的にはどちらのタルトも非常に美味しくいただいたと思っていたのだが。だから、カイル様はわたくしをじっと見ていたのか、と納得する。
「うん。だから、今度視察に行ったら、ぶどうについて詳しく聞いてみようか。ワインは知ってたけど、こんなに美味しいぶどうがあるのに、知名度がないのはもったいないもんね」
「はい、そうですね」
視察の具体的な予定はまだ立っていないが、ぶどうの収穫期間中に合わない、となるほど遅くはならないだろう。
「ワインはどう? 口に合うかな?」
つい、先にぶどうを食べてしまったが、特産品となっているのはワインである。
グラスに手を伸ばし、口に含む。ワインを飲むことが少ないため、コレが果たして美味しいのかどうか、いまいちわからないのが残念であるが、わからないものはわからないので仕方がない。
むしろ、飲み慣れていないからか、ワイン独特な渋みが口の中に広がって、素直に言ってしまえばあまり美味しいとは思えない。
とは言え、カイル様の手前、美味しくないとは言えず、曖昧に笑って誤魔化す。
「申し訳ありません、ワインを飲み慣れておらず、良し悪しがわからないのです……」
「わかる、僕も正直、美味しいのかわからない! 父上と母上はよく好んで飲んでるみたいなんだけどね。ぶどうジュースのほうが美味しいよね」
「ふふ、そうですね」
カイル様はへへっ、と笑われ、美味しくないと素直に言えずに誤魔化した自分が少し、恥ずかしい。そして、そんな自身の感情に素直なカイル様が羨ましくもなる。
王妃殿下から、陛下が酔って殿下の前で本音を吐露したことがあると聞いていたので、お二人で晩酌を嗜む程度には関係が良好なようだ。
いずれはカイル様とわたくしも、ワインを美味しく飲める日が来るのだろうか。正直、現時点ではワインよりもジュースを二人で飲んでいる未来のほうが自然に思い描くことができる。
二人してワインが美味しく飲めていないことを察したカイル様の侍従たちが、ワインの代わりに果実水を持ってきてくれる。
二人で飲み直して、「やっぱりこっちのほうが美味しいね」と笑いあっていると、来客の合図が聞こえた。
「なんだろう?」
「カイル様がこちらにいらっしゃっていることを知った貴族が、ご挨拶に来られたのかと」
「えー、せっかくのレラとのデートなのに」
既にカイル様がロイヤルボックスにいることは知られているため、近隣のボックス席を取っている貴族が挨拶に来るのはおかしくない。
ただ、演目が演目なので、カイル様に好意的な、いわゆる「元第一王子派」の貴族たちであることはあまり考えられない。
カイル様はあまり対応したくは無さそうではあるが、ここで追い返してしまうのはあまり得策ではない。
男爵へと臣籍降下された後のことを考えると、人脈は広くて損はないし、今のうちに良好な関係は築いておくに越したことはない。
カイル様が目で合図をすると、侍従が用件を確認しに行った。




