21.愚か者の来訪。あるいは侍従親子。
劇場は、一種の貴族の社交場だ。夜会やお茶会、サロン、社交クラブなども色々あるが、こういった劇場のボックス席は人に邪魔されることなく話すことができるので最適である。
もちろん、本格的な会談の場としては不適合であるが、偶然出会えた人や、他の貴族がいない場で話ができるのは利点の一つではある。
今回、カイル様を訪ねてきたのはやはり、一人の男性貴族であった。挨拶もそこそこにカイル様へのご機嫌取りを始め、見え見えの下心を隠そうともしていない。あまつさえ、わたくしの目の前で、自身の娘を売り出している。
確かにカイル様のやらかしを考えれば、そういった手を思いつくのは致し方ないかもしれない。しかし、それはあまりにもカイル様を下に見すぎている。今日の演目もまた、あまりよくなかったのかもしれない。
カイル様は、ご自身の行動が他者からどのように見えていたのか、と振り返るために訪れているというのに、目の前の男性はカイル様が過去を美しい思い出として認識しているとでも思っているのだろうか。
生憎、まだ不勉強であるためこの男性がどなたなのかは理解できなかったが、国内でも主要な上位貴族や王宮での実力者たちは軒並み記憶している。
わたくしの記憶にないということは、少なくともこの男性は上位貴族ではない。
カイル様は男性のことをご存じのようで、普段のカイル様からは想像できないほど、男性のことを冷たくあしらっている。
だというのに、男性は引き下がることなく、媚びを売り続けている。
あまりの不敬さに、関係のないわたくしでも頭が痛くなってくる。
カイル様の後ろに控える侍従たちも、いつもより些か表情が固い。感情を堪えているようにも見える。
「ねぇ、それってレラとの時間を邪魔してまで言うことなの?」
どう対処すれば一番、事を穏便に済ませられるか考え始めたところで、カイル様が口を開かれた。
不機嫌であることを隠さず、王族としてはあるまじき態度であるが、逆にそれがカイル様らしい。場にそぐわぬことは分かっていても、カイル様はそれでいいのだと、漠然と思ってしまった。
「もしかして、僕のことを学習しないバカだと思ってる? 僕がバカなのは事実だけど、レラは父上が認めた婚約者で、僕もレラのことが好きなんだ。好きな女の子が不安に思うような危険因子をレラに近づけるわけ無いだろう?」
「は……」
「え……?」
好きなんだ。
好きな女の子。
場違いながら、カイル様の口から発せられた言葉に驚いて、わたくしの口からも小さく声が漏れた。幸い、誰の耳にも届いていないようであったが、慌てて口を噤む。
これまでにも、直接的な言葉はなくとも、態度や行動などで好意を示してくださっていたこともあるが、こうして言葉にされると、勘違い、自惚れではなかったのかと安心するし、とてもドキドキする。
胸をときめかせている場合ではないとはわかっているのだが、それでも胸の高鳴りはしばらく治まりそうにはない。
「いくらなんでも僕に対して失礼すぎない? もしかして僕にまた同じ過ちを犯せって言ってる? それとも、僕に叛逆しろって言ってるの?」
「カイル様」
さすがに胸を高鳴らせている場合ではない、と制止するが、すっかり機嫌を損ねているカイル様は、行儀悪くテーブルに頬杖を突きながら、既に視線は舞台の方へと向けられる。
訪れていた男性もカイル様の言葉に身を固くし、かといって自らこの空気を壊すほどの気概はないらしい。チラチラとわたくしへと視線を向け、言外にどうにかしろと訴えている。というか、なぜか憎々し気にこちらを睨みつけてきた。
正直、これ以上関わりたいとは思えないその態度に些か不愉快に感じるも、このまま無意味な時間を過ごす方が無駄である。
卓上に放り出された手を上からそっと握ると、カイル様が分かりやすく眉尻を下げられた。
「……ニコ」
「かしこまりました」
カイル様が侍従の名を呼ぶと、それだけで意図が通じたのか、男性に向けて退室を丁寧に促した。
そういえば、カイル様とお会いするときはいつもお側にいらっしゃるのに、お名前を呼ばれたのは初めてだということに気づく。いつも、カイル様が明確な指示をされる前にその意図を汲んで先回りして行動されているので、よほど優秀な方なのだろう。
「ニコ様、とおっしゃるのですか?」
「あぁ、うん。ニコラス。僕の乳兄弟なんだ。父親の方が僕の侍従長やってて、乳母だった母親は、母上付きの侍女をしてる。あ、今度の視察の時、アネットが来るって聞いてるけどクラリッサも来てもらう?」
「やめてください殿下。なんで母親付きで視察に行かなきゃならないんですか」
「だめかぁ」
「わたくしも駄目だと思います」
初めて見る私的な主従の会話に目を丸くしながら、ニコラス様のお母様をお連れするのはだめですと釘を刺す。
カイル様は時に、本当に善意でとんでもないことをしでかす、というのはわたくしにも身に覚えがある。
「改めまして、ニコラス・ローゼンと申します。カイル殿下とは乳兄弟として育ちましたが、今は殿下の侍従見習いとしてお側についております。殿下が領地へと向かわれる際には、私もそのまま殿下について行く所存ですので、末永くよろしくお願いいたします」
「え、そうなの!?」
ニコラス様の言葉に、カイル様が驚き、勢い余って立ち上がられ、瞠目された。本当に初耳だったのか、「え、本当に?」と非常に戸惑われている。
ローゼン、と言えば昔から王妃殿下のご実家であるベルフォール公爵家に仕えられている伯爵家である。そこのご当主がカイル様の侍従長ということは考えられないので、傍系かもしれない。
ランバート伯爵夫人がカイル様の二人目の母親のようなもの、ということは、乳母だというローゼン夫人はもしかしたら三人目の母親、なのかもしれない。
「当たり前です。父上も母上もついて行きますよ。他の誰がカイル様の面倒を見れるんですか」
「え……誰だろう?」
「ほら。まったく。カイル様はちょっと目を離すと何をしでかすか分からないですからね。いつまでもお供しますよ」
はて、と首を傾げられているカイル様であるが、嬉しそうに口元は綻んでいる。
「そういうわけで……殿下、イディオータ伯爵はどうするんですか? 外に放り出してきましたけど、あの様子だとまだ諦めてないようですよ」
「えー……僕の自業自得なのはわかってるけど、いい加減にしてほしいな」
「……あの方が、イディオータ伯爵なのですか?」
イディオータ伯爵と言えば、カイル様の元恋人であったエメ嬢の父親である。
「え、では、娘というのは……?」
「あぁ……伯爵夫人との間の娘じゃないかな。家族構成についてはあまり詳しく聞いていなかったけど、確か、エメの他にも子供が二人いたと思う」
エメ嬢は婚外子だという話だったので、引き取られて籍に入れたのは、てっきり嫡子がいないからだと思っていたのだが、嫡子は別にきちんといたらしい。
それならばなぜわざわざ庶子を自身の籍に入れたのかと思うのだが、何かしら伯爵の思惑があったのかもしれない。
結果的に、せっかく籍に入れた庶子であるが、国王陛下の怒りに触れて除籍することになったというのに、何を考えてカイル様に接触を図っているのか。
「何を考えてるかわかんないけど、よりにもよって僕に自分の娘を宛がおうとするとか、僕以上のバカだよね」
ここまで機嫌を損ねられたカイル様は、初めてではなかろうか。




