第25話 戻ってくる人
季節が、少し、進んでいた。
谷の木々が、色を変え始めていた。
そんなある日、里に、懐かしい顔が、戻ってきた。
行商人の、ガレスだった。
「よう」
ガレスは、谷を下りてきて、片手を上げた。
来た時のような、急いだ様子は、なかった。
ゆっくりとした足取りで、荷も、前より軽そうだった。
「ガレスさん。また、来てくれたんですね」
「ああ」
ガレスは、荷を下ろした。
「商売の途中でな。どうせ通るなら、寄ってみるかと思って」
ハンナが、湯を出した。
ガレスは、今度は、すぐに座った。
「湯、もらうよ」
来た時とは、違っていた。
最初に来た時のガレスは、座ることすら、できなかったのに。
「商売、どうですか」
私は、訊いた。
「ぼちぼちだな」
ガレスは、湯を飲んだ。
「前は、一日でも休むと、置いていかれる気がしてた。でも、たまに止まるようになったら、不思議と、商売も、悪くならねえ」
ガレスは、笑った。
「むしろ、客と、ゆっくり話すようになって、馴染みが増えた。急いでた頃より、よっぽどいい」
「それは、よかったです」
私は、微笑んだ。
ガレスは、湯を飲みながら、私を、しげしげと見た。
「あんた」
「はい?」
「ここに来た頃と、顔が、違うな」
私は、少し、驚いた。
「そうですか?」
「ああ。前は、なんつーか……張りつめてた。笑ってても、どっか、無理してる感じだった」
ガレスは、湯気を見ながら言った。
「今は、楽そうだ。自然に、笑ってる」
私は、自分の頬に、手を当てた。
自然に、笑っている。
自分では、気づかなかった。
「変わったんですかね、私」
「変わったよ」
ガレスは、断言した。
「いい方に、な」
私は、なんだか、照れくさかった。
変わったことに、自分では、気づかない。
毎日、少しずつだから。
けれど、久しぶりに会った人には、はっきりと、分かるらしい。
「あんたのおかげで、俺は、止まることを覚えた」
ガレスは、言った。
「だから、礼を言いに、寄ったんだ。商売のついでに、ってのは、口実でな」
「私は、何も」
「いや、してくれたよ」
ガレスは、首を振った。
「『村は、どこにも行かない』って、あんた、言ったろ。あの一言が、ずっと、頭に残ってる」
私は、その言葉を、覚えていた。
第一印象では、急ぐ人だったガレス。
止まれずにいた彼に、私は、ただ、それだけを言った。
癒したわけでも、なかった。
ただ、言葉を、置いただけ。
それが、彼の中に、残っていた。
「不思議ですね」
私は、言った。
「私、聖女だった頃は、たくさんの人を、癒してきました。でも、その人たちが、私の言葉を覚えているかは、分かりません」
「……」
「役目として癒したことより、ただ、隣で言った一言の方が、誰かに残ることが、あるんですね」
ガレスは、湯を飲み干した。
「そういうもんかもな」
その日、ガレスは、一晩泊まって、また、出ていった。
来た時より、ゆっくりと。
去る時も、ゆっくりと。
私は、その背中を、見送った。
戻ってくる人が、いる。
それは、里が、その人の中に、残っているということだった。
そして、私も、少しは、誰かの中に、残れているのかもしれない。
役目としてではなく。
ただ、エルシャとして。
一度去ったガレスが、戻ってきました。
「ここに来た頃と、顔が違う」
変わったことに、自分では気づかない。
でも、久しぶりに会った人には、分かるものです。
役目として癒したことより、隣で言った一言の方が、残ることがある。
エルシャは、聖女としてではなく、エルシャとして、誰かの中に残り始めています。
読んでくださって、ありがとうございました。




