第14話 近づく手紙
都からの手紙は、二通目が届いた。
一通目を、まだ開けていないのに。
私は、二通とも、懐にしまったままにしていた。
開ければ、何が書いてあるか、分かっていた。
戻ってきてほしい、と。
あなたが必要だ、と。
それを読んでしまえば、この里での静かな日々が、揺らぐ気がした。
だから、開けなかった。
けれど、開けないことが、かえって、私を落ち着かなくさせた。
ある夕方。
私は、食堂で、ハンナと二人になった。
ハンナは、湯を沸かしながら、ふいに言った。
「手紙、まだ開けてないんだろう」
私は、驚いた。
ハンナには、何も言っていなかった。
「……どうして」
「あんた、このところ、懐をよく触ってる。重いものを、しまってる人の仕草さ」
私は、懐の手紙に、手を当てた。
確かに、無意識に、触っていたのかもしれない。
「教会から、だね」
「……はい」
「戻ってこい、って?」
「たぶん」
ハンナは、湯を注いだ。
そして、私の前に、湯気の立つ器を置いた。
「ここに来る人はね」
ハンナは、ゆっくりと言った。
「たいてい、誰かに、連れ戻されかけるんだよ」
私は、顔を上げた。
「役目を降りた人を、放っておけない人が、必ずいる。あんたがいないと困る、って。あんたのためだ、って」
その言葉は、優しくて、少しだけ、寂しかった。
「ハンナさんも、そうだったんですか」
私は、訊いた。
訊いてから、また、しまったと思った。
踏み込みすぎただろうか。
けれど、ハンナは、嫌な顔をしなかった。
「ああ。私もね」
ハンナは、遠い目をした。
「昔、私も、何かを背負ってた。背負いきれなくなって、ここに来た。そして、連れ戻されかけた」
「……でも、残ったんですね」
「残ったよ」
ハンナは、笑った。
「この里はね、私みたいに、降りた人が作った場所なんだ。ずっと昔から、そうやって続いてる。背負いきれなくなった人が、ここに来て、降ろして、次の人を迎える」
私は、息を呑んだ。
降りた人が、作った場所。
この里が、ただの湯治場ではないことを、私は、初めて知った。
「だからね」
ハンナは、私を見た。
「あんたが、ここに来たのは、偶然じゃないかもしれないよ」
その言葉が、胸の奥に、静かに落ちた。
偶然じゃない。
役目に疲れた私が、たどり着いた場所。
それは、かつて、同じように疲れた誰かが、降りるために作った場所だった。
「手紙はね」
ハンナは、湯を片付けながら言った。
「開けても、開けなくても、いい。でも、開けないままだと、いつまでも、あんたの肩に乗ったままだよ」
その夜。
私は、寝床で、二通の手紙を取り出した。
しばらく、それを見ていた。
開ける勇気は、まだ、なかった。
けれど、ハンナの言葉が、背中を押した。
肩に乗ったままにしておくよりは。
私は、一通目の封を、切ろうとした。
その時。
里の外で、馬の足音がした。
夜の谷に、響く、蹄の音。
誰かが、来た。
こんな時間に。
私は、手を止めた。
胸が、わずかに、騒いだ。
足音は、里の入り口で、止まった。
里の由来が、少しだけ明かされました。
降りた人が作った場所。
エルシャがここにたどり着いたのは、偶然ではなかったのかもしれません。
そして、開けられなかった手紙の差出人が。
ついに、里へやってきます。
次回、「門に立つ人」。
ここまでが、一区切りとなります。
読んでくださって、本当にありがとうございました。




