動き出す影
薄暗い研究室の中で、榊玲香は,コーヒーを飲んだ。近ごろ仕事が立て込んでいて眠れていない。カフェインをぶち込んで無理やり頭を覚醒させる。
「松原。例の画像の分析は?」
机には,フィギュアや、写真、スナック菓子などが無惨にばら撒かれている。更に助手の松原は両手で書類を持ちながら慌ただしく、玲香の机にぶちまけたのだった。
「例の画像。福岡で確認されたのは、『スピアー』の様で間違いありません。」
「そう……」
玲香はため息をつく。髪もボサボサで手入れする暇もない。
「更に、所属不明のヘリが夢ヶ丘上空で確認されたとの情報を分析したところ、『ヴェノム』のものだとわかりました。」
「やつは」
松原は写真をファイルから取り出す。真っ白な肌をした、二十代前半と思われる、美人の顔が映されていた。
「ヴァイパーですね。夢ヶ丘地区で精度は低いですがいくつか目撃があります。」
ヴァイパー。国際アストラル犯罪組織『ヴェノム』を率いるテロリスト。なぜ奴が日本の一都市に?何を企んでいる?
研究室の中にある、パソコンから様々なデータを取り込み、情報を集める。
◇
瑠衣師匠との待ち合わせまで、あてなは部屋で音楽を聴いていた。瑠衣師匠とメイちゃんはあの後も、バチバチで結局瑠衣師匠の彼氏を連れてくることになった。
あてなもなぜか呼ばれて、日曜日の午後に、夢ヶ丘北にある、繁華街で待ち合わせすることになった。師匠大丈夫かな。あてなはそろそろ部屋を出ようとする。部屋にある鏡の前を通る時に、見ない様にした。
心がだんだん苦しい。楽しいことをしているのに、みんながいるのに……。あてなは待ち合わせ場所に向かう。
夢北にある駅の中で、前を歩いていた女の子とうっかりぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
「大丈夫?怪我ない?」
紫色のツインテールがあてなの前で揺れる。
「ごめんね。前見てなくて。今度お詫びさせて」
「そんな、いいですよ」
あてなは笑うと、その女の子も笑った。綺麗な子……。黒いスカートが似合ってる。
「じゃあ私用事あるからまたね。」
そう言ってその子は,プラットフォームの方へ駆けて行った。
夢北にある噴水にはすでにメイちゃんが来ていた。青色のカーディガンと水色のスカートがすごく可愛い。
「めいちゃーん」
「あてなっもう」
「すごく可愛い」
「そう?たまたま買ってみた」
メイちゃんはそう言うとニヤニヤして笑っていた。
それにしても……。メイちゃんだけじゃなく瑠衣師匠とも遊びに行けるなんて。ワクワクする。あれが来なければいいのに……。
夢北噴水広場に女の子がやってきた。ピンクのトップスにフレアスカートが似合うその子はあてなの方を見て笑う。
「お待たせしました。メイちゃん、あてな」
「瑠衣師匠っ」
あてなは思わず抱きつこうとするとメイちゃんがあてなの背中を引っ張る。
「瑠衣。それで?ボーイフレンドは?」
メイちゃんがジト目で睨む。
「ええ、そうでしたね。」
瑠衣が手招きすると、白のTシャツに黒のパンツが似合う背の高い男がやってきた。
「ども。累人……いや皇史郎です。」
そう言って笑いながら頭を下げた。
「うっまさか本当にとはね……」
メイちゃんは,真顔になってあいさつする。
あてなと瑠衣師匠、メイちゃん。そして皇史郎さんが揃ったけど、メイちゃんはなかなか喋ろうとしない。
「おい、瑠衣……さん、俺必要だったか?」
それにしても瑠衣師匠の彼氏すごいなあ。瑠衣師匠と似てる気がするくらい顔が整ってて、瑠衣師匠を男の子にしたらこんな感じかな。
「さっすが師匠です!」
「ええ……当たり前ですよ。あてな。」
「サッカー部で、キャプテンで、モデルで、成績も抜群なんてすごいなあ」
あてなが見つめると,皇史郎さんは苦笑いする。
「流石に……」
瑠衣師匠が皇史郎さんのお腹を軽くポンと叩くと、慌てて言い直す。
「ああ。大したことないよ。」
皇史郎さんはまた笑いながら答えた。
「夢北って私なかなか行ったことなくて。」
あてなは立ち並ぶビルや、様々なお店に圧倒される。
「じゃあ、ええと瑠衣さん、あてなさん、めいさんあそこのお店でも行こうか。」
皇史郎さんが指差したのは、おしゃれなカフェ。ビル街の中にあるハチミツを使った料理が有名なお店なんだって、皇史郎さんが教えてくれた。
木で出来た扉を開いて中に入る。メイちゃんはあてなの後ろを恐る恐るついてくる。
「いらっしゃいませ」
案内された席に座る。メイちゃん、あてなが同じ席に座り、向かい合わせに皇史郎さんと瑠衣師匠が座る。
「ご注文は?」
「何がおすすめなんですか。」
あてなが皇史郎さんに聞くと、優しそうに笑って『ハニートースト』と『カプチーノ』が美味しいと教えてくれた。
あてなはハニートースト、メイちゃんは緑茶、瑠衣師匠と皇史郎さんは、ブラックを頼む。
「それで、二人はどこで出会ったんですか?」
あてながずっと気になっていた事を聞いてみた。
「ああっえーと」
皇史郎さんが瑠衣師匠の方をちらちら見る。
なんだか理想のカップルみたい。
「コホン」
瑠衣師匠が咳をする。
「あれだよ。瑠衣と真夏の海辺で会ってだな。そこで一目惚れしたっていうか。あはは」
メイちゃんはそれを聞いて、お茶を飲みながらにやっと笑う。
「一目惚れ……ね。瑠衣と皇史郎さんはとても顔立ちが似ているけど、カップルって顔も似てくるのかしら」
「グッ」
皇史郎さんが慌てて吹き出す。
「瑠衣と俺は運命的な絆みたいな?」
メイちゃんはそれを見てじっと二人を見てる。
コーヒーがやってくると二人はほっと息をついて、飲み始める。
あてなのハニートーストもやってきた。表面が卵を練り込んでふっくらしたやつだ。
ジュワッと甘い匂いが広がる。
「皆さんもどうぞ」
みんなでハニートーストを分け合う。皇史郎さんが食べようとすると瑠衣師匠が止める。
「皇史郎はだめです。」
「なんでだよ。」
「えーえっと女の子と一つの皿を間接キ……スみたいじゃないですか!」
瑠衣師匠真っ赤になってる。うーん。考えたことなかったけどそう言われると気になるよ。あてなも恥ずかしくなる。それに瑠衣師匠やっぱ皇史郎さんが他の女の子と仲良くなるのに嫉妬してるのかも。やっぱり恋っていいなあ。
「アームズ杯。惜しかったな。」
「やっぱ堕天じゃなきゃ勝てねえよ」
隣の席に座ったお年寄りが何やら話しているのが聞こえる。
「もうアームズ杯も終わると夏も終わりだな。」
そんな会話に瑠衣師匠は、呆れ笑いをしていた。メイちゃんは不機嫌そう。
窓を見ると、蝉が死んでいた。窓枠の外側だけど、見ているとなんだか悲しくなる。
「空に……行きたい」
あてなはふと席を立つ。そのままトイレに行くと手を洗う。今の何?いきなり変なこと呟いたから、怪しまれないように逃げるようにトイレに駆け込む。
トイレには大きな鏡があって、見てはいけないと思いながらもじっと見てしまう。
鏡の中のあてなが笑う。鏡の中には三人の人物が映る。もちろんトイレにはあてなしかいない。一人は、白いワンピースの少女、もう一人は、ゲームみたいな軍隊の装備を着た、女の人だ。
鏡の中で三人はじっと見つめてくる。ワンピースの少女の姿がだんだん消えていき、トイレの窓から生ぬるい風が吹く。
「やっとみつけたわ……」
軍服の女が叫ぶと、真っ赤な目があてなを見つめる。
あてなはトイレから勢いよく飛び出した。
あてなが席に戻ろうと近づくが、瑠衣師匠と皇史郎さんは気づいてない、メイちゃんは、水をとりに行ったのか、いなかった。
「だから姉貴。あれはやばいだろ。絶対バレてる」
「ばれてません。いいですか、あてなの前ではかっこいい師匠なんですから。うまくやってくださいね」
そう言って皇史郎さんのお腹を優しくつねる。
「……」
あてなは店を出た。頬を塩辛い水が伝う。
もう無理だよ。瑠衣師匠は可愛いし、メイちゃんは優しいのに。こんなに楽しいのに……
みんなこんなにいい人達なのに。




