温泉
「と言うわけなのよ」
「さくら部長!夏先輩!えっそれじゃあ!」
あてなは、温泉街に来ていた。三年生の引退パーティーを含めた最後の合宿をするために,夢ヶ丘からバスに乗り,隣町の仙石温泉街にやってきた。
あてなは和室に寝転がりながらゴロゴロしている。隣にはメイちゃんがメガネをつけて勉強道具を片付けてる。
「メイちゃーん。勉強なんかしないで遊ぼうよ!さくら部長や夏先輩とまだいれるんだってきいて嬉しい!」
あてなは先程食事の席での話を思い出した。
仙石温泉街にある旅館『狐館』には,お刺身に名物のお稲荷さんがついたきつねうどんセットが定番らしい。
「ここの仙石温泉街に伝わる言い伝えだけど、三匹の悪い狐が旅人を食らってたみたい。それを有名な山伏が退治したみたいなんだけど,そのうち一匹は谷底に落ちて,一匹は道に迷い,最後の一匹は復讐を……。」
「もう,メイちゃん話長い」
そう言いながらあてなが抱きつくとメイちゃんはハッとして「やめなさい」って言った。
「ふふ、私は聞きたいな」
さくら部長まで。
ニヤニヤ笑うさくら部長と魚ばかりを口いっぱいに頬張る夏先輩。
「そういえば話って。」
あてなが聞くとさくら部長は口を開く。その瞬間みんながさくら部長の方を見る。
「本来なら三年生は夏の大会敗退後に引退なんだけど……」
一瞬緊張が走る。あてなたち電華高校は,あの後すぐに負けてしまった。堕天戦で疲れ果てて勝負にもならなかった。
「公式戦には出れないけど、私たち部員四人だから、だから練習試合とか練習には付き合えるの。」
えっそれじゃあ。さくら部長はちょっと遠慮がちに箸を置く。
「また……一緒にお願いしてもいい?」
「はい!やったぁ」
あてなはさくら部長と夏先輩の二人の間に飛び込む。メイちゃんは,「お願いします」って言いながらすごく嬉しそう。
「俺もいい?」
「もちろんです!」
夏先輩も笑顔でお刺身に手を出し始める。
やったぁ。これでみんな一緒にいられるんだ。
温泉宿ということで、さっそく大浴場に行く。さくら部長と夏先輩も後からついてきた。
「だから俺は,温泉は嫌だって」
「こらこら夏。だめよ」
さくら部長が逃げる夏先輩の浴衣の襟を掴んで引きずる。
「やっほー」
大浴場の扉を開けると、湯煙が立ち昇っていてテンションが上がってしまう。大理石でできた浴場の中に誰かが座っていた。
「あてなっ待ちなさい」
「えっ」
振り向く人影。薄紫色の長い髪に、綺麗な胸。可愛らしくて大人みたいな女の子。
「瑠衣師匠!」
「あてな……さん」
あてなは湯船に飛び込もうとするのをメイちゃんが止めた。
「先体洗ってから」
「ふふっそれにメイちゃん。お久しぶりですね。」
「……うん。」
体を洗ってから瑠衣師匠の横に行くあてな。
夏先輩とさくら部長もやってきた。
「おっこいつら電華やないか。なんやうちやに勝ったくせにその後負けたんかいな」
赤髪の女の子ともう一人胸をタオルで隠した女の子が先輩達に話しかけてる。
「なんだと」
「夏っ。落ち着いて」
「そうです。真雪と萌火先輩は,喧嘩しにきたわけではないです。」
そう言った真雪さんはこっちを見ると、
急に怖い顔をした。
「わっわたしの瑠衣が……おのれ紫耀メイ」
真雪ちゃんが走ってくるのを萌火さんが静止した。
「まあまあうちらも体洗ってからや。」
瑠衣師匠は,湯船に浸かっている。メイちゃんは,少し離れた場所に体を沈める。
「師匠っバトルすごかった」
熱いお湯と湯船が気持ちいい。
「ええ……私も驚きました。あてな。頑張りましたね。」
「……」
メイちゃんがこっちを見てる。
「メイちゃんもおいでよー」
「私は……ここ」
瑠衣師匠は,あてなに近づくと,メイちゃんに向かって胸を張る。
湯船に浸かっているとだんだんポカポカしてきて,不思議な気持ち。普通の女子高生ってこんなかんじなのかな。
「瑠衣師匠って仲良い男子とかいるんですか」
「ぷっ仲良い?つっ、つまり彼氏と言うわけですか?」
瑠衣師匠は,湯船に体を埋める。
「……いますよ。当たり前じゃないですか。」
「おーすごいです!さすが師匠!どんな方なんですか。」
師匠は,また顔を湯船に埋めてから立ち上がる。
「ふっふっ知りたいですか?私の彼氏は他校のサッカー部のキャプテンで,模試で上位で,モデルをしているんですよ」
湯船の影響なのか体が赤い。
瑠衣師匠は,メイちゃんの方を見ながらニヤリと笑った。
「他校ね……。ぜひ会いたいわね。その彼氏」
メイちゃんが今度はニヤリと笑う。
「いっいいですよ。今度連れてきます!」
「へえー」
メイちゃん?瑠衣師匠?
「あてなは私の味方ですよね」
そう言って身体を近づける。
「あてな?」
メイちゃんも青白い怒りの顔で笑う。
怖いよー。
あてな?誰かが呼んだ気がした。
あてなは水面に浮かぶ自分の顔を見た。
湯船の水面が揺れてあてなとそっくりな女の子がそこに映っていた。
(誰?)
もっと速く。もっと空に近づきたい。
これはこの子の記憶?
病室を抜け出して,一人デバイスを操作する。白いワンピースが揺れている。加速したい。(私はもっと風になりたい。この体はあまりにも脆すぎるから)
迎えにきた看護師と、心配そうに見つめるおじいちゃんの姿が見える。
「あてな?」
メイちゃんと瑠衣師匠が心配そうにこっちを見ていた。
「……うん。大丈夫だよ!」
まただ。最近治ったと思ってたのに。
あてなは首を振りながら、窓を見ると、浴場の窓は少しだけ空いていて生温かい嫌な風が吹いてきた。




