夏合宿
最近馬鹿に暑い。温暖化の影響ってテレビでは言うけど、夢ヶ丘にもその影響は来てるみたい。
「夏だよ!夏といえば海!」
明星あてなは身を乗り出しながら叫ぶ。
結局あの試合を観戦した後、堕天の圧倒的な強さの前に発する言葉を失ってしまったのだ。
「あてな!状況分かってるわけ?」
紫耀メイが突っかかる。
「メイちゃんひょっとして泳げないんじゃないの?」
「は?泳げるけど!」
メイは前屈みになって叫ぶ。
(よしメイちゃんがかかった)
あてなは内心で微笑む。とにかくこのまま暗くなっててもしょうがない!
「でも海なんて言ってる場合かしら?」
さくら部長は手強い。でもこのままではダメだ。何か変えなきゃ。あてなは頭をフリフリしながら必死で理由を探す。
あの後の数日間、デンサバ部は圧倒的な実力を見せられ、どんよりとした雰囲気が覆っていた。
さくら部長も練習量を増やしたりだとかいつもより自分を追い込んでいるように見える。
夏先輩も流石に落ち込んだのか軽口の数も減ったみたい。
こんな雰囲気をなんとか変えてみたかった。
「合宿……そうだ!夏合宿なら自分も鍛えられるし、海もいけるし一石二鳥だよ!」
「夏合宿……いい響きだ。よしあてな乗ったぜ!」
夏先輩が食いつく。
「だから!遊びに行くわけじゃないでしょ」
メイちゃんとさくら部長が同時に前屈みになって叫ぶのが聞こえる。
「いいじゃねえか、さくら夏は海だせ!まさか部長も泳ぐの苦手か?」
「それはあなたでしょ夏!いつも海行くと砂場で遊んでるじゃん」
さくら部長がにやっと笑う。
「うるせー泳がなくたって海は行きたいんだよ!悪いか!砂浜でお城作って悪いか!ああん?」
夏先輩の威圧にさくら部長は呆れ顔……でも
「そうね。落ち込んでもしょうがないわよね。気分転換も兼ねて海、行きましょ」
と言ってくれた。
◇
「海!」
夢ヶ丘に隣接する夢ヶ丘海岸。
もうすぐやってくる真夏日に向けて太陽がぎらついている。
あてながかけだした。
「じゃぶーん!」
勢いよく飛び込むあてなとメイ。さくら部長はテラスでくつろいでいるし,夏先輩は,浅瀬で砂遊びをしていた。
あてなは今日の朝の出来事を思い出していた。
「というわけで。近くの宿借りれたからそこに行きましょ」
さくら部長が宿を予約してくれた。『海風荘』という海から少しだけ離れた場所にある旅館だ。お金は全員で出し合う事になっていたがさくら部長と夏先輩、三年生メンバーが殆ど出してくれた。あてなはもちろん自分がいい出したから出しますと言ったが、さくら部長と夏先輩は譲らなかった。
その日あてなはスポーツシャツの中に水着を着込んだ格好で集合場所である夢ヶ丘浜駅に着く。
「おー来たな!新人くん!」
夏先輩はミリタリー風のジャージでとても似合っているとあてなは感じた。
「あっ夏先輩おはようございます!あっめいちゃーん」
あてなが右手を振って声を上げると向こうからメイちゃんが気づいたのか右手を口に当てて「シー」のポーズをとる。
「まったくはしゃぎすぎよ。みんな」
夢ヶ丘浜駅に到着したさくら部長はアロハシャツにイルカの浮き輪を肩にかけたままそう言った。
水が口に入ってくる。肌にかかる水が気持ちいい。犬掻きで泳いでいるとメイちゃんが、見事なクロール泳法で横に並ぶ。
そう言えば海に着いた時、みんなの水着姿初めて見たんだっけ。
それは海に着いてすぐだった。更衣室内で着替えている最中、あてなはキョロキョロみんなの方を見る。夏先輩は引き締まった健康的な日焼けに迷彩柄の水着が映える。さくら部長は黄色のフリフリ水着でイルカの浮き輪を抱えながら
「ちょっとやりすぎたかしら」
と言いながらあてなの方を見て笑う。(夏先輩はカッコいいし、さくら部長可愛いー)
あてなは視線を感じて振り向くとメイちゃんがジーッとあてなの方を見ていた。
「メイちゃんどうしたの?」
「あてな。へんじゃない……?」
メイはそう言ってバスタオルを外した。
白い肌にしなやかな四肢。そして水着は学校指定のスクール水着だった。
「うん。変じゃないよ!メイちゃんかわいい」
「嘘!今ダサいって思ったでしょ!」
そう言ってメイはあてなの方を睨む。
「まあまあ。水着なら今度一緒に買いに行きましょ」
さくら部長がフォローするとメイちゃんは恥ずかしそうにうなづきバスタオルを巻く。
「まあいいじゃないか。そう言うのがマニア心をくすぐるんだぜ」
夏先輩……それフォローになってないよ。あてなは心の中でつぶやいた。
再び水飛沫が顔にかかる。
水面から顔を出すと,舌を出してそれからすぐまたクロールを始めた。(あっメイちゃん今バカにした!)追いかけるあてな。しかしメイちゃんのしなやかなクロールは水を掻き分けてあっという間に先に行ってしまう。
しばらくメイちゃんを追いかけるあてな。
やっと追いついたあてなはメイちゃんが海に背を向けて、波に気持ちよさそうに浮かんでいるのを見つけた。あてなも同じように背泳ぎの形になり二人は波に揺られている。
隣にメイちゃんの顔が見える。
空を見上げていると白い海鳥達が颯爽と青空をかけていくのが見える。
「あてな」
不意に隣で浮かんでいるメイが口を開く。
「私。やっと決心ついた。」
波が肌に当たって心地いい。タプタプと優しい波が全身を撫でているみたいだ。
「『ケルベロス』使うから。もう逃げないよ、あてな」
メイちゃんが背泳ぎの体勢のままこちらを向いた。
「メイちゃん……」
あてなも横を見る。その時海鳥のけたたましい鳴き声が聞こえ、二人は空を見上げた。
二匹の海鳥は低空飛行しながら、今度は空高く舞い上がり,そのまま何処かへ行ってしまった。




