第74話 結婚式
さて、それから二月ほど、ついに待ちかねた日がやってきた。4月の4日。春分の日にその日が選ばれた。繁栄を祈る祝日であり、種まきの日でもある。考えてみれば、これ以上に良き日は無かったのかも。
「すごい……。城の中庭を借りて式を挙げるなんて……」
ベルチカが、文官棟の前の中庭に並べられた、料理をいっぱいに載せたいくつものテーブルに目を丸くする。さらには、フィドルやトゥルムシャイトを引き、ソルテリーをかき鳴らす楽団が演奏を響かせていた。
「結婚式って、新しく生活する場の皆にお互いを紹介して、誓いを見届けてもらうための宴だからね。文官棟で働くアイザさんの場合はここがいちばんなんだって」
アイザさんは王室付きの指物師らしいんだよね。そして元居た世界みたいに教会で神さまに誓ったりはしないから、聖堂で式を挙げたりはしない。この世界では誓いそのものが神聖で、誰が見届けたっていい。ちなみにお父さまとお母さまは職場ではなく、住んでる複合住宅の中庭で、近所の人と親しい人を招いて小さな結婚式を挙げた。
アイザさんは、聖女様を取り戻すために魔術を学び、王城に入り、ついにその手に取り戻した人。とてもそんな武勇伝があるようには見えない、ちょっと頼りなさげな感じの人なんだけどね。
今は、お父さまと一緒に居た。他にもエスロさんやギレさんが一緒になって楽しそうに笑い合っていた。4人とも、何かを作るのが大好きで、それぞれにそういった祝福を授かった。
「アイザさん、おめでとうございます」
「ありがとうございます、アンリエット様。ここに立てるのもあなたのおかげです」
声を掛けると、彼はいくらか身を屈めて答えてくれた。
初めて顔を合わせたのが、私が大賢者になるのが決まった後だったものだから、アイザさんからは完全にアンリット扱いされていた。アンリットにすごくお世話になったんだって。そのうえ、聖女様に助言したことをとても感謝されていた。
「……そんな風に言われると困るのですが……。あっ、こちらは親友のベルチカです。彼女のお母さまがベルカイエ様なのです」
「初めまして、アイザ様」
「初めまして、ベルチカ様。ベルカイエ様には、カナリがお世話になってると聞きました。今日もカナリを手伝ってくださってます」
「あっ、そうか。聖堂の施療院なので聖女様とはお知り合いなのですね」
「私も直接は知らなかったのですけどね。まさか、あのベルカイエ様だったとは」
王都は広いし人も多いからね。一度関係が途絶えると、顔を合わせることも無くなる。
「アイザ、おめでとう。決心するのが遅いですよ」
そう言ってやってきたのは…………陛下じゃん!
皆が膝を突こうとするのを手を上げて止めるアイリア。
彼女は、ジョスタさんとエスカイユさんだけを伴って現れた。
「――今日は勇者アイリアとして招いてもらったのですから、アイリアで頼みますよ」
「勇者は国王と同じくらいの立場なんですから、結局、同じですよ」
そうなの?――と私に返すアイリア。
「そもそも陛下はアイザの後援者なのですから、そちらの立場の方が大事でしょう?」
お父さまがそういうと、アイリアは冗談めかすように――
「アイザと知り合ったのは僕が国王になる前の話なのですから、後援者の役は必要な時だけそうすればいいでしょう?」
そう言って胸を張る。アイリアは、男の振りをしてたらしいんだよね、最初は。
「それはそうとアイリア、護衛は付けなくていいんですか?」
「勇者に護衛なんて必要あると思いますか?」
それはそうだ。
ただ、アイリアと話していると、ベルチカに小突かれて――どういうことなのです、アンリエット!?――と詰められてしまった。仕方がないので、大賢者の事を話した……。ついでに、施療院での治癒魔術師の専門学校のことを相談してあることも話しておいた。
ベルチカからは、頬を抓る真似をされながら、おめでとうを言われた。
他にもゼナ先生たち神殿の人や、ライハルトさんの屋敷の関係者、大勢がアイザさんにお祝いを伝えていた。あとは元勇者一行の人たち。バルマシアさんなんかはもう、勝手に料理に手を付けていたし、ミシャカラさんも、そのバルマシアさんに嫌々付き合わされていた。
◇◇◇◇◇
「アイザ殿にはおかれましては本日、たいへんおめでたく、またいつにも増してご立派で、ご健勝であらせられることと存じ上げます」
過剰な言葉と共に仰々しく挨拶してきた男性は、その言葉とは裏腹に、なんだかむさくるしい冴えない格好をしていた。シャルヴィエさんと一緒に居る所を見ると、不審な人ではなさそうだけど……。
「いつもお世話になっております、ハキスネン様。ところで、いつもあなたが口にされてる、アンリット様の生まれ変わりが見つかりましたよ」
そう言って、私を紹介する。
「――アンリエット様、こちら、ハキスネン様と申されまして、貴族が扱いたがらない王都のトイレや下水回りの設備の調達に尽力してくださった方なのです」
するとそのハキスネンという男は崩れるように両膝を突き両手の指を合わせる――
「おお……おお……、貴女様があの公女様の……。この老いぼれが召される前に、賢者様の再生をお目にすることができ、幸甚の至りにございます……」
急に遜られて、どうしたものかとアイザさんやシャルヴィエさんを見上げると、ふたりとも微笑みと共に深く頷いた。
「残念ながらあなたの事だけでなく、誰の事も私は憶えておりません。ですが! ですが、トイレの普及は私にとって何物にも代えがたい偉業なのです! 下水も然り! それらに力を尽くして下さったハキスネン様に感謝と祝福を!」
清潔で、静かにひとりで用を足せるトイレは、私が遥か昔に諦めていたものだった。だから、それらを実現してくれたというハキスネンさんは、私には聖者に見えた。
感謝と共に天上から光が差し、小祝福がハキスネンさんに舞い降りた。
「なんということか……。あなた様はやはり公女様だ……」
おお――というどよめきが周囲に起こる。シャルヴィエさんは腕を組んで何度も頷いていた。
◇◇◇◇◇
やがて、中庭の西側が騒がしくなる。
「おっ、花嫁のお出ましだぞ、アイザ」――アイザさんと親しい文官が声を掛ける。
回廊をやってくる一団。
前を歩くのは嚮導司祭様。そして聖堂騎士たち。
その後ろには、純白の衣装を身にまとった6人の聖乙女に護られるようにして、中央には同じ純白でもずっと布地の多い華やかな衣装の、ちょっとだけ背の低い聖女様。背が低いのを気にしていたので、じゃあヴェールを伸ばせば?――と、こちらの世界には無い衣装の提案をした。長いヴェールを痛めないように、カアヤさんたちが持ちあげていた。
現れた聖女様の美しさに、中庭の面々が溜息を吐く。
聖女様らが中庭に降りると、緑の芝生に白がいっそう際立った。
一団がこちらへやってくると、神殿のシグヴァルド様たち神官が出迎えた。アイザさんの出身が神殿なので、神殿は家のようなもの。だから、彼らが親代わりなのだ。聖女様も出身は神殿なので、聖堂から家へ帰る意味もある。
そうして聖堂の面々と別れ、聖女様と聖乙女がアイザさんの方へやってくる。
「本日、聖女の任を解かれ、あなたの元へ嫁ぐためにやってまいりました。あなたはこの女を受け入れてくださいますか?」
なんだか圧の強い言葉を発した聖女様。アイザさんは、カナリさんが聖女という立場を失う事に、これまでずっと思い悩んでいた。
さらには、周囲の聖乙女たちからも圧を感じるような気がした。迂闊なことを言ったら承知しません――とばかりにアイザさんを見据えていた。
アイザさんは息を飲み、一歩を踏み出す。
「責任をもってその女を奪います」
(ええ……)
SNSがあったらボコボコにされそうな台詞を吐いたアイザさん!
ただ、聖女様は!
「よかった……」
そう言ってアイザさんの胸へ頬を寄せた。
(いや、いいんかい!)
ホッとするヒルデブラントさんたち聖乙女。
だけどアイザさんは小さな声で――あ、違った――とか呟きかけたところを、カナリさんに唇を塞がれていた。なんだか知らないけれど、よかったね…………。
◇◇◇◇◇
その後、大賢者であるジョスタさんがその場を取り仕切り、その場の皆で証人となって、ふたりは夫婦となる誓いを立てた。後援者である国王陛下がふたりに祝いの言葉を贈り、祝いの宴が幕を開けた。
屋外のため、立食パーティの形でそれぞれに食事を取っていた。アイザさんとカナリさんは、入れ代わり立ち代わり、ゲストたちにお祝いの言葉を貰っていた。
「ねぇ、アイザぁ。さっき、何を間違えたのー?」
遠慮のない質問をするのはネッラ先生。確かに私も気にはなっていたので耳を傾ける。
アイザさんは困り顔。対して、カナリさんはニヨニヨと含み笑い。すると傍に居たトリアさんとゼナ先生が笑いながら答える。
「あれはね、『私を受け入れてくださいますか?』――って言うはずだったのよね。そしたら、『君を奪います』――ってアイザさんが返す予定だったの」
「それをカナリ様が、『女を』――なんて言っちゃったものだから!」
するとカナリさんは――
「土壇場になって心配になったので、思わず聞いてしまいました。ですが、アイザの言葉が聞けて嬉しかったです」
そんな風に言っていた。ただ私は思う。これは計画的犯行だ――って。
「ああ、そういえば、あのカナリ様に求婚していた聖堂騎士の人はどうされたんです? 今日は嚮導司祭様の傍にもいらっしゃいませんでしたが……」
カナリさんたちが話に夢中になっている間に、ヒルデブラントさんにそっと聞いてみた。すると、彼女は腰を落としてそっと私に耳打ちした。
「グレイムス様でしたら、今日は見えられておりません。その…………昨夜、たいへん卑猥な言葉を叫びながら暴れたらしく、本日はお目付けつきで謹慎されておられます」
(ああ……男の嫉妬は恐いね……)
カナリさんの婚姻が確かになると、ヒルデブラントさんたちも無事お役目を終え、中にはこの祝いの場でカナリさんと一緒に結婚式を挙げてしまう人までいた。聖乙女は聖女の護衛であり、側仕えであり、そしてもしもの場合の代役――聖女候補なのだそうだ。
◇◇◇◇◇
それから皆で輪になって踊った。勇者も国王も聖女もない。お互いに手を取り合って、今日のこの日を目いっぱい楽しんだ。この国は、魔族と戦い続けなくてはならない運命にあったけれど、誰かが理不尽な目に遭って命を落としたりする世界ではあるけれど、平和と幸せを享受してはいけないなんて決まりはない。憐れみという衣をまとい続けたりなんかしない。
この空落ちる日が明日であろうとも、我らは共に誇り高く生きるのだ!
宴は夜遅くまで続いたそうだ。アイリアなんて、ソルテリーの演奏まで披露していたという。ほんと、勇者はなんでもありだよね。結局、立食だったパーティも、中庭に長椅子まで持ちだして不要になる冬の貯えを食べつくすほどだったらしい。給仕たちが呆れていたとかなんとか。そして、やっと7年前の勝利を祝えた気がする――と、翌朝、報告に来たエスカイユさんも楽しそうに語ってくれた。
私? 私は早々に疲れてしまったので、さっさと寮に帰って寝た。




